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“法務がHomeにやってきた”~Homu is coming Home.~

2011年6月

2011年6月24日 14:13

やめる決断が一番難しい

1996年、私はイスラエルのとある製品について、当時の司の指示を受けて検討し、約半年間のリサーチの後、「荒削りではあるが、日本での製品化を共同で行えるならば、期待できる」と結論付け、契約に踏み切りました。
そして、数年の共同プロジェクトの後、残念ながら思惑ははずれ、様々ないきさつがあって、相手企業との訴訟(仲裁)となり、そのままさらに約8年間の紛争処理期間を過ごしました。(以下参照)


訴訟中に、相手方からだけでなく、代理人の弁護士からも何度も指摘されたのは、

「何故、"この"時点で契約を中断しなかったのか?」
「なぜ、"その"時点で、ビジネスをやめようとしなかったのか?」

ということでした。

「明らかに相手の行為が原因でビジネスがおかしくなりつつあったことを認識していた」
と主張しているのに、その時点で契約をやめることを提案しなかったのは、「本当は相手が原因ではないのではないか?」という疑念としてクローズアップされてしまったのです。

  *   *   *

子供の頃の草野球。
得点差があって、9回裏2アウト2ストライクと追い込まれても、
「最後まであきらめるな」
「あきらめない事が大切だ」
と教えられてきました。勿論これらは様々な意味で正しいと思います。

しかし、ビジネスでは、それでは合理的でない場合があります。負け試合を、9回まで戦うよりはサッサと棄権して、次のゲーム、あるいは、次の別の競技に移行したほうが、企業にとってはよい場合が多々あるようです。

しかし、これは"意外"と、いや"かなり"難しい。




ビジネスの契約書では、一般的には、契約の終了に関する条項が設けられています。
例)
(契約有効期間と契約解除)
・契約期間は、201X年1月1日から201※年12月31日
・甲乙両者の協議により別途契約期間を変更できる
・"契約終了"の意思表示がなければ自動的に同等の内容でカ月毎に更新
・甲および乙は、相手方が次の各号の一に該当する場合には、何らの催告を要せず本契約を解除し、かつ損害賠償請求をすることができる。
(本契約の条項の一に違反するとき、差押、仮差押、仮処分、租税滞納処分を受け、または整理、会社更生手続の開始もしくは競売を申し立てられ、または自ら整理、民事再生、会社更生手続を開始もしくは破産の申立をしたとき。自ら振り出しもしくは引き受けた手形または小切手につき不渡り処分を受ける等支払停止状態に至ったとき。営業の廃止または解散の決議をしたとき。)

契約期間が決まっていますが、特に異論がなければ、自動的に更新され、契約違反をした場合あるいは、どちらかが倒産したり、営業停止になったりしない限りは、続くようになっています。

つまり、契約違反がなければ、途中でやめるような方向にはなっていないのです。もし、双方でビジネスがうまくいかなくなりそうな場合には、

(協  議)
本契約及び個別契約に定めのない事項又は疑義が生じた場合は、甲及び乙は、信義誠実の原則に従い甲乙協議し、円満に解決を図るものとする。

(契約の目的)
甲乙双方の共同作業及び分担作業が必要とされることを認識し、互いに役割分担に従い分担作業を誠実に実施するとともに、相手方の分担作業の実施に対して誠意をもって協力する。

大雑把に平たくまとめると、

「期間は一応決めるよ」
「何も問題がなければ自動延長するよ」 
「見直す時は話し合いね」 
「契約内容を守らないとやめることもできるよ」
「問題が起きたら、なるべく双方で力を合わせてなんとかしてね」

ということです。

  *   *   *


訴訟中の
「なぜ、"その"時点で、ビジネスをやめようとしなかったのか?」という疑問。。。


だって、契約書には「なるべくガンバレ」と書いてあります。

同時に、自分が検討し、主体となって進めてきたビジネスですから、様々な山や谷を乗り越えてなんとか成就、成功させたいと思うのは当然だと思いますし、多少おかしくなっても、なんとか立て直したいと考え、立て直せると自分を鼓舞して、"自分から"途中で投げ出すようなことはしたくありません。

さらに、相手に明確な契約違反がない場合、「見直す時は話し合いね」条項で相談することになりますが、中途解約ですから、「そっちの都合なんだから」賠償が問題となります。それを払ってでも契約を中断するかどうかと考えると「なんとか立て直すほうがいいんじゃないか?」という判断になりがち。特に、実施当事者の場合は、殆どそうなるのではないでしょうか。

つまり、ビジネスの現場での「やめる」決断は、いくら「オマエに任せたから」と下命しても、実際には、実施当事者ではなく、経営層でなければ下せない構造なのです。





そして、多くの人々を巻き込んでいるコトを「やめる」と、色々な問題が派生します。やり始めた責任、費やした時間や費用の責任、関わっていた人々や産業への影響、そのためにできなかったこと(機会損失)への批判対応等々。。。

やめる決断が一番難しいのはなぜか。
実は、「やめる」ために、いつ、どのようにやめていくか、やめたあと次に何をどうするか、それが一番重要だからなのです。ビジネスだけでなく政治でもね。

2011年6月20日 23:02

私を見て!でも干渉はしないで。。

友人はTwitterをやめたそうです。
理由は、ストーキングされている(らしい)こと。相手は仕事関係者。

友人の話しによれば、
『つい先日まで、Twitterにつぶやくと

「あ、今XXなんですね。いったことがあります。」から始まって、
「近くにいますよ」
「お茶でもいかがですか?」

といちいち反応してくる。最初は反応して失礼のないように返信をしていたが、あまりに頻繁なので、時間もなく、面倒臭さもあって、段々と返信が滞った。すると、

「あ、私の(業務連絡の)メールに返信してください。」
「Twitterするのに仕事の返信はないのですか?」

とくるようになった。

流石に仕事メール返信は失礼だったなと自覚して、そちらを優先して返信するようにして、業務中のつぶやきは控えたところ、ダイレクトメッセージが来るようになった。

「最近つぶやいてませんね。隠れて個別にメールしているのですか?」

これを無視して、通常の電子メールだけで返信するようにしたところ、メールヘッダより

「あ!今はXXなんですね?」
「ご自宅ですね」
「あれ?XXからですね?もしかして○○さんのところですか?」

と、完全に位置情報ストーキングになってしまった。お陰でいつも見張られている感がつきまとっている。』

ということです。

結局、現在はTwitterを非公開にして、他のSNSへのアクセスも控え、なんとか心の平静を保っているとのことですが、デジタル化とネットワーク化、クラウド化の進展は、こうしたストーキングされる、できる状態を、誰にでも提供することになりました。ちょっと知識を得れば、友人がされたようなストーカー行為は、誰でもできてしまうので。そして、それ以上に。。。

Webでは、利用者がいつインターネットに接続して、どのページを閲覧し、どれくらいそこにとどまり、更にどのリンクを辿ってページを移動し、どんなキーワードでどんな頻度で検索しているかを記録することが可能です。そして、Webの提供者はそうして蓄積した情報をもとに、興味がありそうな広告や、情報を利用者の画面に表示されることも、技術的には可能です。あなたが「車を買いかえる時期だなぁ」と思って、検索すると数日後には、最新のハイブリッドカーの広告が画面に表示され、"温泉"を検索した週末には、箱根の旅行パッケージがさりげなく表示されています。

米国のFTCは、2010年12月に、"Do Not Track" という考え方のWebシステムへの採用を提案しました。
「Webシステムが消費者の追跡を行うことを,消費者が設定で止めることができるようにすることで,オンラインの消費者プライバシーを保護するもの」です。
http://blog.livedoor.jp/cartan0216/archives/51790641.html
利用者がWebの利用時に希望すれば、位置情報やアクセスの傾向などを送信しなくなるので、パーソナライズされた広告が出なくなるというもの。現在は、それぞれのブラウザの設定で、アクセス行動を記録させない設定に自分で設定変更する機能が一般的になりつつあります。


  *   *   *

「TwitterとかSNSなんてやめれば?」と私。
「いやぁ〜なんか書いていて反応があるとうれしい」と友人。

明るく積極的で人付き合いのよい友人曰く。
「結局仕事があるので言いたいことを言いたいように言えてないんだ。SNSなどで書くことは、ある程度本音。毒も吐く。そして、それを"わかってくれる誰か"に、見ていて欲しい。それだけで楽な気持ちになる。」

「ふうむ。でも、干渉されることは仕方ないんじゃないか?」
「いや!そこは、放っておいて欲しい。」

「ルイス・ブランダイスとサミュエル・ウォーレン Louis Brandeis(1856-1941)アメリカの法律家、合衆国最高裁判事。Samuel Warren(1852-1910)、アメリカの法律家。1890年、ふたりの手による論文によって「プライバシー」が個人の権利と見なされることとなった。当時過熱していた新聞、雑誌のゴシップ報道から、個人の権利を擁護するために書かれ、プライバシーとは「放っておかれる権利(Right to be alone)」であると主張した。」 Wired記事 「ソーシャルという罠」より引用。


つまりは、見て欲しいけど干渉しないで欲しいということ。
論理的じゃないけど、理解できるような気もします。
無関心には心を痛めるが、干渉されると煩がる。

思春期の青年のような心理はストーカーされることとウラハラです。

2011年6月17日 23:50

そろそろ一つの方向へ

我が家には、年頃の娘2人がいますので、放射能関連のニュースには敏感になります。

例えば、こんな情報に触れると
http://twitter.com/#!/riemicrophone/status/80507692828991489

「おい!雨に濡れるなよ!」
「東方面に近づくなよ」
「早く帰ってこいよ」

といいたくなり、お父さんウザイ!と思われている今日この頃。

「ああこの娘達の将来が心配だ。もう多少停電して不便になってもいいから、原発はヤメてもらってブツブツ。。。」

と、独り言をいいながら帰宅すると、在宅介護中の義父がベッドの上で寝ています。

「ああ。。。そうか。。。そうだったよな。。」

我が家は、在宅介護もしています。
在宅介護では、状態によって電気器具を必要とします。呼吸器や吸引するための器具は全て電気が必要となり、本人は動けませんから、寒ければ暖房、暑ければ冷房は必須。地震直後の停電では危機的状況になりました。計画停電も困るのです。その間の電力供給が十分できない。

「やはり停電は困るな。。。火力、水力を総動員して、電力は"安定"確保してもらわにゃ。。。いや。。まてよ。。。」

石油資源の少ない我が国では、中東などからの輸入に頼ることになります。同時に、化石燃料は枯渇する方向にあり、排気するCO2による地球温暖化も抑制しなければいけなかった筈。

「そうか!再生可能エネルギーだ。風力だ。ソーラーだ!」

日本では、1974年から「サンシャイン計画」で、太陽熱発電を始めとする次世代エネルギーの研究実験が行われてきましたが、太陽熱発電は十分な出力が得られず2000年に終了しています。

そういえば、地震後に購入したソーラー充電のランタンは、雨の日が続いたらもう点灯しませんね。
風力は、周辺地域の低周波問題とやはり風が吹かなかった場合の安定発電量に課題があり、渡り鳥が突撃して撃墜されるということなどから、環境保護団体は反対しています。


無限ループに入りそう。

(1)放射能はヤダな。命は大切だ。
(2)しかし、電力不足も困るぞ。命は大切だ。
(3)CO2による温暖化だって致命的だ。地球は大切だ。
(4)しかし、次世代エネルギーはまだ頼れない。。。。さて。

   *   *   *

この議論って、戦争反対と平和主義の議論と似ています。
多くの命を奪う戦争はいけない。命は大切だ。だから武器を製造してはいけない。
正しいのですが、戦争は相手があります。じゃあ、相手が武器を持ってきてせめてきたら?大切な人が武力で殺されたら?それでも武器を使わない戦争反対は貫けるのでしょうか?

平和主義は、平和のためなら、戦いを選択することもやむを得ないという考え方。
根源には、「そしていずれ戦う必要はなくなる(筈)」ということがあります。だから、それまでは、戦わなければならないこともある。命は大切だから。

   *   *   *

次世代のために。

「こんなに酷いとは知らなかった」とか、「騙された」とか、いうだけでは子供じみています。闇雲に"反"して、現状の経済生活を破壊しても始まりません。それも次世代の為にはならない。現実的に"なんとかする"ために、そろそろ一つの方向へ向かうということにしましょう。

論理的に考えると、技術開発・実用化研究の分野で、仕様済み燃料の処理に目処がつくか、次世代エネルギーがモノになるまでの間、そこまでのエネルギーをどうするかということになります。温暖化問題も、待った無しで来ていますから、"それまでの間"は、現状の方法(原発)に投資を継続して十分な安全策を施し、徐々に移行していくということになるのではないでしょうか。

"反"でも、"脱"でも、"推進"でもいいから、それ+(プラス)「安定供給とエネルギーポートフォリオの確立」で、運動してください。
どちらにしても負担コストはあがります。
節電をベースに。

もう覚悟を決めましょう。

2011年6月13日 23:57

いろいろなものがネットで買える 〜準拠法と管轄〜(2)

(続き)
一方、売るほうからしてみると、法人を作る気がなければ「消費者のいる国で争うことはやりたくない。しかも複数カ国でなんてムリ!」なので、前述のような記載をすることになり、消費者はそれを知ると、購入を躊躇する。。という循環となります。どちらも当然の判断です。
そこで、各地域で議論され、試行されつつあるのが、ODR(Online Dispute Resolution)による紛争解決です。

これは文字通りオンライン、つまりネットワークでのコミュニケーション(電子メール、TV会議、専用の紛争解決サイトなど)を通じて、紛争を解決しましょうということですが、その期待されるメリットは、移動を伴わないこと。交通費や宿泊費、その間業務が滞ることによる弊害、そして移動に伴う事故などのリスクが軽減されることです。 また法的には、ADR(Alternative Dispute Resolution)裁判外紛争解決の枠組みを適用することで、手続きにかかる負担を軽減することができます。が。。。

しかし、実はコトはそう単純ではありません。

まず、越境EC(A国の事業者とB国の消費者の取引)の場合、前述の利用規約への合意で、消費者が相手国管轄、相手国法での紛争解決に合意していたとしても、消費者に不利な合意として、無効にすることができる場合があります。すると、実際の取引紛争の前に、合意が無効だという争いとなり、無効だとなれば、じゃあどこで争うか?という争いになり、せっかくのADRなのに、更に時間がかかるという事態にもなってしまいます。

世界中で統一されたルールを作ればいいじゃないか?という議論(UNCITRAL: United Nations Commission on International Trade Law:国連国際商取引法委員会)も行われていますが、現行の各国ルールが違っていますので、みんなが賛同できるルールを作るのは一筋縄では行きません。例えば、返品、クーリングオフに関するルールが明確にある国と、そうでない国があり、返品の期限も7日だったり10日だったりまちまちです。違反する事業者名を積極的に公開する国もあれば、消極的な国もあります。欧州では、EUとして統一的なルールを整えつつありますが、アジアや米州が加わって統一しようとすると、ややこしいことになるでしょう。各国の現行法を変更することにはどうしても抵抗がでてきてしまいます。

一方で、現実的には、紛争解決以前に、苦情対応でかなりのトラブルが解決できるのではないかという見方もあります。
例えば、米国の巨大オークションサイトeBayでは、年間6000万件のトラブルが、苦情を受け付けるResolution Centerに投稿されるそうですが、その9割は当事者間のやりとりで解決されているそうです。欧州では、ECC-Net(http://ec.europa.eu/consumers/ecc/index_en.htm)という苦情相談ネットワークが運営され、ここでは、関係機関による英語への翻訳と交渉支援で可成りの問題が解決されているとのこと。アジアでは、前にもご紹介した実験プロジェクトICA-Netやそれに続き新しい試みが検討されています。

消費者庁取り組み
http://www.caa.go.jp/adjustments/pdf/110311adjustments_1.pdf
http://www.caa.go.jp/adjustments/pdf/110311adjustments_3.pdf
http://www.caa.go.jp/adjustments/pdf/110117adjustments_2.pdf

上記レポートによれば、「中国、米国の利用者の 7 割以上がトラブルに遭遇 しているのに対して、日本では 4 割弱の遭遇割合」ということです。これは、物流のトラブルが多いことを考えると、日本の中国からの購入額が、米国からの購入の10分の1以下であり、中国は海外からの購入が、日本の7倍、米国の2倍弱と大きいことが関連しているのかもしれません。

あるいは、やっぱり日本人はあまり海外にクレームしないのかしらん?

2011年6月10日 23:41

フランス語以外禁止の法律って、日本の戦時中のアレ?

「フランスのテレビはインターネットの人気サイトの名前を番組中で使えない」
http://jp.techcrunch.com/archives/20110603the-internet-makes-you-declare-winners-unless-youre-on-french-tv/
CNN  http://www.cnn.co.jp/tech/30002996.html?ref=ng
フランスでは、ニュースなどで、「では、詳細はfacebookでお会いしましょう」とか「Twitterでフォローしてください」ということが禁止されているそうです。それぞれ、「ソーシャルネットワーキングのサイト」などに言い換える必要があります。

「これって、日本の戦時中のアレ?」とも思いましたが、どうやら、"マーケティング"上の理由で、国内のソーシャルサイトに不利になるからだそうです。一種のマスコミの自主規制的なもの??



おっと!
実は、フランスでは、"マーケティング"と言ってはいけないのです。。。1994年に成立したトゥーボン法という法律があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Toubon_Law

「正式名称は『フランス語の使用に関する法律』。
フランス国内で行われる国際会議、広告、交通機関の標識、金融などのサービス部門、製品の使用説明書、国内におけるテレビやラジオの放送、学会、デモ、レストランのメニュ-など、公共の性格を持った場では、フランス語の使用を原則的に義務づける 」

というものですが、言い換えるべき言葉集には、数行前に記述した「すでに国際語ともいえる『マーケティング(marketing)』が、フランス人も聞いたことのない『mercatique』に」なっているとのこと。
  「スポンサー」「リーダー」「ノンストップ」「スクープ」「ショー」「ディスクジョッキー」なども禁句になっており、「違反すれば、団体や組織への補助金を取り消し、最高で禁固6ヶ月、罰金5万フラン」

前掲したリンク先の言い換え傑作選によると殆ど直訳した誤訳みたいなものが多くて、なかなか面白いです。
brain-storming(ブレーン・ストーミング)=>remue-meninges(かき混ぜられた脳みそ)
near miss(ニアミス) =>quasicollision(ほぼ衝突)
walkman(ウォークマン)=> baladeur(散歩する人)
最後のwalkmanなんて、和製英語が英語として定着したものが、フランスにいっておかしなことになった伝言ゲームみたいです。


日本でも、戦時中、敵性言語だからという理由で、多くの言葉が言い換えられました。 

セーフ、ファウルが「よし」とか「だめ」、
スタルヒン投手が須田博、
ディック・ミネは三根耕一、
フェリス女学院は横浜山手女学院、
雑誌キングは富士、
鉛筆のHBは中庸、
カレーライスは「黄色辛汁掛け飯」。

しかし、これらは、国家や軍の命令ではなく民間の自主規制でした。(軍は寧ろ「敵の言葉が分からないやつなどいらない」というスタンスだったそうです。)

戦う上で、相手の情報を排除し、敵愾心を煽るために「排除」か? 
よりよく敵を理解し、戦略・戦術を練るという考えによる、「理解・活用」か?
日本は、あらゆる文化を飲み込んでアレンジしてしまう、理解・活用の宝庫ですが、それは戦略ではなく、文化なのです。戦略には、繋がらない。。

それもいいか。。

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