
2010年1月27日 11:45
■商品のリアリティをどこで感じるか?
最近、我が家もやっと地デジ対応テレビを購入した。結婚した時に買ったテレビが20年して壊れたため。ドラマを見ていると出演者の目の輝きまでくっきりとわかり「テレビって明るかったんだ」と言うと、子供からバカにされてしまった。
さて、こんなわけでいくつかの新たなデジタルチャンネルと、テレビ神奈川、東京MXテレビが見られるようになった。
これが結構おもしろい。
中でも、妙にはまってしまうのがショッピングチャンネルだ。
「まぁよくもここまでいかがわしく作り込まれているな」というぐらい、通販番組はうまくつくられている。商品についての情報番組にもなっていて、ついつい見てしまうのだ。
驚いたのは百万円を超えるような真珠のネックレスが通販で売られていて、それが「残りわずかです」など表示が画面に出たかと思うとすぐに売り切れてしまうこと。
消費者に訴える商品のリアリティと情報量が、店頭よりもよほど強く多い。
■変わる消費スタイル
そういう自分も、通販は使わないまでも、最近、消費スタイルが変わってきている。例えば、百貨店には結構足を運ぶのだが、買うのは紳士服のみ。あとは商品を見るだけ。そして気に入った商品があったら、後で、ネットショップでカードで買う。その方が安いし、カードにポイントもたまる。これは、家 電量販店や書店、文房具でも同様だ。
実際の店舗はショーケース、買うのはネットから。
そのように店を使い分けている。
かみさんに聞くと「そんなの、当然でしょう!」。他の主婦のみなさんも同じようにしているらしい。
見るところと買うところの分離。
これでは店舗は潤わない。
■銀座も変わるのか
そんなことを思っていると、昨日、西武百貨店有楽町店が閉店というニュースが報じられていた。もともと店舗面積も狭いし、すぐ近くの有楽町そごうが閉店しビックカメラになったように、いずれ閉店するのだろうなとは思っていた。ついにその時が来た、という感じだ。
この時代に外商の売上げが伸びるわけでもなく、ショーケースはデパート、買うのはネットや安売り店で、とお客さんが行動したら、損するのはデパートばかりだ。
そろそろ百貨店という業態も成立しなくなってきているのかもしれない。
昔、銀座というと、全国の中心地で、一流品を扱う店が並んでいると思っていた。確かにそのような店は今も多い。でも、客の行動が変わってくると、銀座は土地ばかりが高く、百貨店のようなショーケース化する業態にはきつい場所になってきているのかもしれない。
2010年1月20日 10:39
■野沢温泉の火祭り
昨年夏にもこのブログで話題にした野沢温泉。
「また」行ってきた。今度は冬の野沢。しかも大雪。スキーヤーにとって野沢温泉はすばらしいゲレンデで大雪はうれしいと思うのだが、私はスキーをいたしません。
目当ては道祖神祭。毎年1月15日の夜に行うムラの火祭りだ。
http://www.nozawakanko.jp/spot/dousozin.php
厄年の男達等から組織された「三夜講(さんやんこう)」により社殿が昼までに建てられる。
昼14 時頃。社殿の前に並ぶ三夜講の人々上の写真で並んでいる男達。
夜になると、火をつける側と社殿を守る側で別れ、攻防戦が繰り広げられる。それが1時間半ほど行われると、双方手締めの 上、社殿に火が入れられ、豪壮に燃え上がる。
これが道祖神祭だ。特に今年は大雪の中で社殿が燃え上がり、この姿も印象的だった。
昼の社殿が、夜になるとこうなる。この直後、社殿が燃え上がる。22 時半頃。
■外国人旅行者
これを最初に見たのは3年前。その時と違うのは、観客にかなり多くの外国人旅行者が混じっていたことだ。いま、どこの観光地にもアジアからの観光客が多数訪れているのだが、野沢温泉や志賀高原などのスキー場にはオーストラリアからの観光客を集めている。時差がほとんど無いので、日本にやってくるのだ。
先日もこのスキーヤーが多数来ていたらしく、祭を見て奇声を上げてはしゃいでいた。祭が終わった 後に立ち寄った居酒屋にもこうした外国旅行者が来ており、焼き鳥とラーメンを食べて楽しんでいた。
こうした旅行者にとって、道祖神祭は日本文化を知るよい体験だろう。
■外からの刺激
道祖神祭は本来、ムラの祭だから、ムラの衆だけで完結させる。しかし、その衆が少なくなっているのは事実。
今年は「祭体験ツアー」ということで、60 名の観光客が社殿造りなど、祭の準備から携わっていた。祭の表に出ない部分まで体験をすることができ、この方たちも道祖神祭を知るいい体験をしたことになる。
ここでも、外の観光客が祭に元気を与えているわけだ。
野沢温泉村のようなムラの祭も、国際化、人口減少に適応しようとがんばっている。
臨時おみやげ売り場では、レジの横に貼り紙が。覗いて見ると「お守りcharm チャーム」「神様god ゴッド」というように、海外からの観光客へのおもてなし用に地元スタッフのためにつくられたもの。
ちなみに、翌朝の長野行き急行バスの中は、海外からの観光客と、おじさんおばさんのツアー客。といいつつ、私もおじさんなのですが。現在の観光市場を垣間見た思いです。
2010年1月13日 09:53
■北欧スタイル
三連休の日曜日に、妻に肩を押されIKEA港北店に行ってきた。スウェーデン発祥のこの量販店。 覗いてみたいと思っていたモノの機会が無かった。
今回の目的は自分の書棚を買い替えるため。だいたい書棚を買おうと思うと、まずは家具屋に行くのだが、デザインが悪いし、値段が高い。こちらがほしいのは「家に置く仕事用の書棚」なのに、家具屋では「リビング用家具としての書棚」しか置いていない。そのため値段が高くなる。
かといって、通販で売っている書棚は安いのだけれど強度に不足している。デザインが良くてしっかりしていて、値段も手頃。そんな商品はないものか。と、思っていた。
そこで、IKEAに行ってみたのだが、まずショッピングスタイルが日本とまったく違う。

エントランス脇には、商品番号・倉庫置き場所記入カード、鉛筆、貸し出し用カタログ、メジャーが置いてある。ここでカードと鉛筆をもってショールームを見て回るわけだ。気に入った商品の商品番号、倉庫置き場所をカードに記入する。買うものが決まったら、倉庫フロアに降りていく。

こんな感じで、組み立てる前の家具が置いてある。番号で指示された置き場所に行き、自分でカートに乗せ、レジにもっていく。
デザインもなかなかよいし、人件費をかけていないから、安い。
レストランもあり、スモークサーモンやスカンジナビアテイストの料理がバイキング形式で食べられる。
■量販店は文化装置
かつてスーパーマーケットが輝いていた時代がある。そこに行くとアメリカ風の商品がたくさん並んでいて、アメリカンホームドラマに出てくるような生活を実感できた。今でも、紀伊国屋とかナショナルストアなどはその臭いを残している。
それに対して、中内功氏が薬屋から起こしたダイエーはまさしく「主婦の店」で、そのようなアメリカンウェイ・オブ・ライフとは縁がなかった。むしろ大量の安売り品が定価で売られていた。この大衆性が人気の源だった。ここにも高度成長から安定成長期のライフスタイルがよく表れていた。
量販店はライフスタイルを伝えるショーケース、メディアの役割を果たしてきた。
では、将来を体現した量販店はどこなのだろうか?
■DIYで社会を支える北欧スタイルへ
私は、結局本棚を三つ買って帰ってきた。車で運ぶのや組み立ては自分で行った。翌日は腰痛に悩まされたが、DIYであることを考えればそれもよい。
この店が、いま賑わいを生んでいる。
値段は大衆向けでもデザインは北欧風。このDIYスタイルが、人気を呼んでいることは、今後の購買スタイルを暗示しているような気がしてならない。
これまで、自分でできることを他人にしてもらって(手伝ってもらい)日本経済は膨らんできた。しかし、人口減少社会の郊外居住者はつつましく、自分でできることは自分でするというDIYの気分が強まっている。ここ数年の北欧人気の裏には、実際の消費者ライフスタイルの変化がひそんでいるのではないだろうか。
店が客に「お客様」と尽くすのではなく、「店と客はDIYで社会を支えるパートナーだ」という気分がIKEAには感じられる。これまで北欧文化を体現した量販店なぞ無かっただけに、今後の成り行きを注視したい。
2010年1月 5日 12:21
■年末は映画
あけましておめでとうございます。
ウォーミングアップに、最初は軽い映画評論です。
昨年末、ついついテレビで「容疑者Xの献身」を見てしまいました。
東野圭吾原作「探偵ガリレオシリーズ」の一つで、原作も読んでいたので、単なる映画化かな?と思ったら大違い。「最初の10分がつまらなかったら見るのをやめよう」と思っていたら、結局最後まで引き込まれてしまったわけです。
見ていると、最初に犯罪が行われるという刑事コロンボと同じ倒叙法。松雪泰子扮する弁当屋の女主人が住むアパートの部屋に、別れた亭主が金をせびりに転がり込んでくる。追い出そうともみあっている内に、無我夢中で女は元亭主を絞殺。その様子を、隣の部屋に住んでいる天才的な数学教師が物音で知ってしまう。この数学教師、数学の天才だが今は高校教師をしており、この女性に好意をよせている。そのため、警察から見つからないように、あの手この手でアリバイ工作を行う。それを福山雅治扮する物理学准教授の探偵「ガリレオ先生」が崩していくという内容です。
■自分に尽くしてくれる人が隣にいる恐怖
みなさん、成り行きで自分の部屋で人を殺してしまったことを想像してください。
(そんな想像できるわけないか・・・)
そこに、薄皮の壁から聞こえる物音に驚いたアパート隣室の男がドアを開けて「殺しちゃったんでしょ?」と言って入ってくる。このシーンだけでも怖いですね。
そして、男は「みつからないようにしましょう」。どうしたらよいかわからない女性は、最初はとまどいながらも、死体の処理を男任せにしてしまう。そして男の指示通りに行動すると、不思議なことに警察は女への疑いをあきらめ、帰っていくのを見て安堵する。
その指示も、男は直接会って話したりしない。全部、アパートの近くの公衆電話から携帯にかかってくる。
こんな具合だ。
隣室のドアが開き廊下を歩く人影が台所ごしに見える。しばらくすると、携帯が鳴り「公衆電話」表示。とると「おくさん。今日、警察がきたでしょう。大丈夫です」
コワ~イ。
ところが、女は、今度はすべてを飲み込んで自分に献身してくれる隣室の男の好意に息苦しさを感じていくようになる。
そう。この映画、トリックを解いたり、男の無償の愛を描く等いくつかのストーリーが積み重なっているのだが、「ホラー映画」でもあるのだ。この主題は、原作には無い。
隣の男が尽くせば尽くすほど、女はその近隣関係に恐怖を抱いていく。
東野の原作には無いこの主題を映画に見いだした時点で、脚本家の勝利は決まったようなもの。この男を演じているのが堤真一で、天才ながらさえない高校教師が愛を知り、相手をがんじがらめにする怖さをよく出していた。
■日常が反転するホラー映画
「容疑者Xの献身」を「すぐれたホラー映画」とする評価はウェブを見渡した限り、見られない。でも、私は子供の頃、6畳一間のアパートに住んでいたので、この気持ちがよくわかる。
一方的な献身と息苦しさは紙一重。地域にはよく見られるこの「日常を恐怖に変えるスイッチ」をホラー映画に仕立てた脚本家の次の作品が楽しみです。
・・・てなことを書いたら、脚本家の福田靖氏は、「龍馬伝」の脚本も書いていたのですね。ドキュメンタリータッチの暗い画面を結構楽しんでいます(1/30)。