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地域の元気講座~NPOフュージョン研究所所長日記~

2010年3月24日 13:32

共有資源管理の思想

■専有資源管理から共有資源管理へ
 今回のブログが最終回。1年半にわたりおつきあいいただき、ありがとうございました。


 このブログでは、難しいことは書かずに、ありふれた地域の暮らしエピソードを書き連ねてきた。頭の 引き出しを散らかしたような97個のコラムに、「実は一貫した考え方を込めていました」などと書いて も、どれだけの方が信じてくれるだろう。
 それは、共有資源管理の思想。
 いま一番必要なものの見方だ。
 地域活性化、商店街振興、水資源管理、副業の必要性、観光マネジメント、景観、コミュニティビジネス、企業雇用のありかた、資源、発見、物語・・・いろいろなケース・考え方をこれまで紹介してきた。それらほぼすべてが、資源(自然資源、人工資源、人的資源)を何人もの人々で共同所有したり 共同利用したりするありさま、あるいは、そういうありさまが成り立つために必要なライフスタイルや制度、論理や倫理といった条件に関係している。
 なぜいま共有資源管理なのか?
 それは、日本の近代、中でも戦後高度成長期の開発を支えてきた秘密の一つが、個人・法人の排他的財産権を認めた上で、その自由な取引で自分も社会も豊かになろうという「専有資源管理」と呼べる考え方にあり、それらが機能しなくなってきているのが現在の問題と考えているからだ。


■湧き水に譬えると
 例えば一つの湧き水があったとする。ある企業家がこの水が湧く土地を買い取ってそば屋を開いたり、プールをつくったり、ボトリングして売り出したりするとしよう。湧き水の利益はすべて企業に帰属し、その後に分配を考える。枯渇するかもしれないが、そのために使用量制限があるわけではないので、どんどん使う。
 このような企業家を批判する理由はいくつも考えられるだろう。湧き水を過剰揚水したら、下流の地下水利用者が 迷惑するのではないか、とか、広域の水を使っているのだから売上げのいくらかを地下水涵養に協力してくれる人々に広く分配すべき、等々。
 しかし、もう少し本質的に考えると、湧き水資源を専有して利益を獲得するモデルが成立するのは、生み出された付加価値に対して一定の顧客数が見いだせる場合だ。ならば、人が少ない場所、人口が減少しつつある場所、嗜好が変わり一サービス・商品当たりの顧客数がコストを回収できるほど多くない場合はどうしたらよいだろう。その場合には、いろいろな企業家が湧き水の水源を共同利用して、利益は少ないが多様で小規模な水事業が多数起こった方が地域にとっては有益だろう。企業家にとっても負担すべきコストやリスクが分散されるため有利なはずだ。
 専有から共有へ。これが時代の求めだと私は考えている。


■サラリーマンも・・・
 専有から共有資源管理へ。この流れは水だけではなく、あらゆる資源に応用できる。人間だってそうだ。企業の正規雇用という形で企業が社員の労働力を専有したサラリーマンという形態は、高度成 長期には合っていた。しかし、いくつもの専門能力を持っている人間を、多数の企業や人々が活用しようとすると、サラリーマンの正規雇用という制度はかなり障害になる。
 むしろ国民全体が正規雇用だが、いくつもの副業が可能であるような雇用制度の方が望ましい。
というように、共有資源の観点はいくつものケースに応用できる話なのだ。
 共有資源管理とは、新たな人々がどんどん参入し、資源を多様なニーズに合わせて利用しつつも、 資源そのものは枯渇しないように使いながら管理するマネジメント手法といっていい。


■最後に
 このような考え方をもった人々の動きは、本人たちが意識しているかどうかは別として、連携とかNPOといった様々なまちづくりの動きに現れつつある。でも、現状を見ると、私には二つの点が心配だ。
一つは、共有資源管理を担う市民側の人々の専門能力が求められる課題に追いついていない点だ。必要なのは多数のアマチュアではなく、多数のプロフェッショナルだ。連携の質とは、つまるところ共有資源管理の考え方に共鳴し、かつ、一人ひとり専門能力をもっているということにつきる。百姓という言葉は、百の(多くの)仕事をできる人と紹介してくれた網野善彦氏の言葉が頭をよぎるが、実は多くの専門的な仕事をできるがゆえに成果を出せる能力のことをプロフェッショナリティと呼ぶ。暮らしの現場にもたくさんいるプロフェッショナルを私は支えたい。
 二つ目は、「資源をみんなで守る」という目的と、「互いに切磋琢磨(競争)する」という行為は対極に あると思っている人が多いことだ。実際にはそんなことはない。先の湧き水の例に戻ると、湧き水を新たな参入企業家たちによって共有しても、10 年たってもメンバーが同じで新規参入者を拒むというならば、湧き水利用権が既得権益になっただけということだ。常に、新規に参入者が生まれ、適正な合 意形成を重ね、資源を活用していく。これこそが利用者が減少する中で資源を効率的に利用し、持続 させる鍵なのだ。競争と協力を両立させる制度の条件とは何か?これも解かねばならない私の課題だ。
 こんなことを考えながら世の中を見ると、いまは大きな変動期であることが実感できる。
 この半世紀の間にできた「専有資源管理」の常識を作り替えていくことが私の仕事ということです。
 それではみなさん、またどこかでお会いしましょう。感謝。

2010年3月17日 09:49

機能と形態は別のもの:柳宗悦の目で見る商店街

■井戸と水道、機能と形
 前回は井戸のことを書いた。そこでこんな質問をしてみよう。
 井戸と水道の違いは何か?
 井戸は穴に溜まった地下水を、つるべやポンプでくみ出す。水道は川から取水され衛生的 となった水が蛇口の栓をひねれば出てくる。何から何まで違うように見える。
 でも、井戸も水道も、飲み水や洗い水を提供しているという点では共通だ。人間の暮らしに果たしている機能は共通なのだが、その機能を実現する形態が井戸から水道へと進化したとも言える。
 このように、機能と形態は次元が異なるものと見なければならない。この二つは、時が経つにつれて変化する。例えば、飲み水を提供するという機能は変わらないが、明治10 年代後半にコレラが流行すると、ただの飲み水ではなく、衛生的な飲み水を提供する機能が求められるようになった。あるいは、火事を消す水として使うために、圧力をかけた水が求められるようになった。機能そのものが変 わることもあれば、新たな機能が付け加えられることもある。


■機能が変わると形も変わる
 求められる機能が変わると、形態も変わる。水道で言えば、開渠で導水されていた井戸水が、衛生 的な水を圧をかけて配水するために鉛の管で送られるようになる。最初は共同栓が設けられ利用者 は栓から水を出す「鍵」が配られたが、すぐに各戸に蛇口がつけられるようになる。そうなると、井戸は使われなくなり、蛇口が主に使われるようになる。そして、井戸の副次的機能だった井戸端会議は、だんだん無くなるようになってくる。
 そして、現在はトイレや風呂、洗濯など全ての生活シーンで水道が使われるようになり、一世帯一日 250リットル使う生活が、タワーマンションの最上階でも当然になっている。
 水道の形態は大規模になってくるし、維持コストも下がらない。
 井戸と水道の違いといっても、機能と形態を分けて考えれば共通する部分もあれば、異なるところもある。そして、機能と形態がうまく調和している場合もあれば、ミスマッチの場合もある。このような見 方に立つと、目的と機能に形態がマッチしていること。これが過不足無く満たされている時、そのモノは美しい。


■商店街の用の美
 ということを踏まえて、では、これが水道ではなく商店街だったらどうなのだろうと思うことがある。
疲弊した商店街をシャッター通りと呼ぶ。シャッターが閉まった店は、もぬけの殻になっている所もあるが、多くはそこで店を営んでいた人が暮らしている。店舗機能が成り立たなくなったため住宅機能として使っているわけだ。
 それまで商店街が果たした販売機能を、今は郊外店が果たしている。機能の担い手が替わったわけで、現に、靴屋、時計屋、衣料品店、乾物屋、雑貨屋、駄菓子屋、等々は姿を消し、そこで扱った 商品を郊外店や100円ショップやユニクロが提供している。
 私は商店街に新たな機能を発見したり加えることには大きな意義があると思っている。
 でも、顧客が求めている「機能」を考えずに、ただ昔の商店街という「形態」を再興しようとする動きに は疑問を感じている。と同時に、個店と客の取引の場であったという商店街の最も大事な機能を省みず、結果である「賑わい」とか、商店街がもつコミュニティ醸成機能といった、大事だけど二番目とか 三番目ぐらいの重要度しかもたない目的を持ち出して、かつての商店街の形態を取り戻そうという動 きにも違和感がある。
 唐突かもしれないが、民芸運動の主唱者であった柳宗悦が工芸物(人工物といってもよい)の機能 と形の一致性に美が宿ることを「用の美」と表現した。商店街という人工的な環境をみんなでつくっていく際のデザインコードが「用の美」という言葉からくみ取れるのではないだろうか。

 


20100317.jpg

 自宅すぐ近くにあった2階建てのデパート(東急池上線雪が谷大塚駅)。1999 年の写真だが、60 年 代からあった。その後取り壊され、今はマンションになっている。いくつかの店は、マンション1F で営 業を続けている。

2010年3月10日 10:00

井戸管理の経験は水道に応用できるか?

■目につかない井戸
 最近NHK番組の「ブラタモリ」をよく見ている。「タモリクラブ」を見ている人ならご存知の通り、タモリは鉄道ファンだけではなく、水についてかなりの知識をもっている。
 その証拠に、番組内でまち歩きをすると「ブラタモリ」でも「タモリクラブ」でも必ず川、用水、井戸などを気にしていることがわかる。
 町歩きで水を気にするという点では、司馬遼太郎もそうだった、と推察している。『街道をゆく』シリーズには、随所に川、用水、土に関する記述が出てくる。それゆえに、そこがどんな風土なのか想像がつく。
 さて、「まちの水」で明治時代にはたくさんあったが、いまは目につかなくなったものがある。
井戸だ。


■井戸組
 今でも井戸水を使っている家はけっこうあるし、保健所が衛生管理の立場から管理している。防災井戸にもなる。
 ただ、水道が普及したために、表に出なくなっただけで、昔からある家には残っている所も多い。
 井戸掘りにはたいへんな手間がかかる。一人二人、あるいは家族だけで掘り抜くのは大変だ。いきおい、近所の数軒で井戸を掘り、その後の維持管理も一緒にやろうということになる。これが井戸組で、多数の場所で井戸組があったそうだ。


■近江八幡の井戸管理
 井戸といっても、地下水がわき出る井戸と、江戸時代の上水の給水栓の役割を果たした井戸の二つがある。後者は、竹などでつくられた樋で地下水や川からの水が運ばれてくる。
滋賀県近江八幡は安土桃山時代から上水道がつくられた城下町で、現在の市内には当時の給水栓である井戸が残っている。
では、ここで問題だ。下の写真にうつっている、柄の長いツルハシのような道具は何に使うのかわかるだろうか?

20100310a.jpg
 これは、近江八幡市の資料館に展示してあったものだ。
 言葉で書くのが難しいので、正解は、下の写真を見てもらいたい。

 


20100310b.jpg

「馬」という道具で、井戸掃除の時に樋をふさぐための道具なのだ。今でも、老朽化した水道配管を取り替えるために、一時断水することがあるが、似たようなものだろう。こうした維持には当然のように費用がかかる。井戸組で使った費用を記した帳面も残っている。
 現在の水道も、近江八幡の井戸も、利用者や都市住民に果たしている機能はそれほど変わってい ない。しかし、その機能を実現する形態は、井戸から、衛生的で圧力を有する水道に変わり、コストも 膨大となった。中でも大きなコストとなるのが、老朽配管を取り替える作業だ。横浜市水道局では80 年かけて配管を取り替えると言うが、それができる横浜市は幸福な例で、地方の水道局は大変だ。
 税収が少なくなる中、新しい配管を埋め続けるという発想はどこか無理がある気がしてならない。
 かつての井戸の共同管理を水道に応用して「水道の分散管理」ということが可能なのか?
 あまりにもリスクが大きい気がするが、考えてみるに値する課題ではないだろうか。

2010年3月 3日 15:40

ワンセグ視聴率は7割以上?浅田真央vs.キムヨナ

■キムヨナはすばらしかった
 私はスポーツにはほとんど興味が無い。唯一熱心に見ているのが箱根駅伝ということで、まぁ、スポーツを興業として楽しんでいる節がある。
 そんな私でも、バンクーバーオリンピックの女子フィギュアは楽しめた。点の取れる選手、取れない選手、素人目に見ても違いがわかるからだ。ジャンプだけではなく、表情、手の使い方、スピード、すべての点でキムヨナはすばらしかったなぁ。何度も見てみたい。


■ワンセグ視聴率
 さて、今日のお話しはその女子フィギュアの決勝戦時の話。日本では2 月26 日(金)。13時頃からNHKの放送は始まっていた。私は仕事があるので、テレビスイッチを切り、13時10 分頃に家を出て駅に向かった。
 するとどうだろう。駅に近づくと、実に多くの方々が携帯を見ながら歩いている。話しているのでもなく、メールをしているわけでもない。みなさん、ワンセグ放送で決勝戦を見ていたのだ。
 この状況は電車に乗っても同じ。東急池上線のシートに座っていた12 名の内、8 名がワンセグ視聴者だった。そして、私自身もワンセグ視聴していたから9 名だ。
3 月1 日のニュースには、最高瞬間視聴率46.2 パーセントとあったが、これは家庭のテレビ視聴率。ワンセグ視聴率まで含めるともっと高かったのではないだろうか。


■視聴行動で広告を判断できない
 これまでのマス媒体の大雑把な視聴率調査があまり役に立たなくなってきていることは以前から指摘されてきたが、それが現実になっていることがよくわかる。
 視聴行動といえば、私は最近、テレビ番組をDVDでとりためて見る。こういう人は多いと思うのだが、この利点は、ドラマを見て、CMになったらスキップすることができることだ。このような見方をされては視聴率はそのままでも、CMは見てもらえない。ふんだりけったりだ。
 また、ある友人は、奥さんと寝室を共にしているのだが、寝室のテレビは友人が見て、その間、奥さんはワンセグで別の番組を見ているという。老眼だからワンセグの画面を顔に近づけて見た方が見やすいのだという。
 テレビも「一家に一台」から「一部屋に一台」となり、いまは「一人一台」となりつつある。
だからかどうかわからないが、最近はスポンサーがCMではなく、番組の中に埋め込まれて登場する。例えば、三井不動産が提供している『空から日本を見てみよう』(テレビ東京系、木曜日20時)は、まち好きには結構おもしろい番組で、空撮風景が映され、象徴的な建物を紹介していく。その空 撮風景に、「青山学院」とか「表参道」とかインデックスがつくのだけれど、それと一緒に三井不動産が手がけていると思しきマンションの名前が全部出てくる。
 ここまでくると「広告代理店の営業さんは大変だろうな」と妙に同情したくなるが、番組スポンサーが個人視聴者にターゲットを絞り始めると、テレビの風景はだいぶ変わるし、何より広告産業の業態が大きく変化するはずだ。インターネット広告の扱い高が2 年前に雑誌広告を抜き、先月は新聞広告高を超えたというニュースは、それを示すものだろう。

2010年2月24日 15:49

江戸時代の水争いの教訓が、市民ミュージカルで伝えられる

■柳川からの便り
 「柳川水の会」のメンバーの堤さんから、ある便りが届いた。堤さんは柳川の水を守るためにがんばっている若手なのだが、昨年夏にお会いした後、ごぶさたしていた。
送られてきた封筒を開けると、中から「筑後市民ミュージカル東京公演彼方へ流れの彼方へ」の案内 パンフレットが出てきた。
それが、これだ。


20100224.jpg

■水争いがあった頃の藩の対立をミュージカルに
 簡単に言うと、筑後市の市民がミュージカルをつくった。それが好評で、今年は6 月20 日に東京公演を行うことになったので是非見てください、ということなのだ。
 物語は江戸時代の矢部川が舞台。この川は久留米藩と柳川藩の境を流れているのだが、流量が少ないこともあって、両岸の農民がより多くの水を引き入れようと水争いが絶えない川だった。しかも一旦大雨が降ると水が暴れ、農民は大きな被害を被った。柳川藩の方では田尻総馬という普請役が千間土居(せんげんどい)、つまり千間もあるような堤防をつくってそれが決壊することがなくなったのだが、対岸の久留米藩ではいくら堤防をつくっても決壊する。千間土居が決壊しない秘密は、水の勢いを和らげるために川岸から流れに突き出た石の構造物(これを「はね」と言います)「隠しバネ」(おそらく見えにくい「はね」のことでしょう)にあり、この築き方は秘密になっていた。総馬の子どもの藤蔵は、対岸の久留米農民が苦しむのを見て、「隠しバネ」の秘密を教えてくれと父親に頼むが、断られる。この葛藤と、両藩の対立、武家社会の確執がミュージカルで描かれているわけだ。
 堤さんの手紙には「我らが矢部川が東京に参りますので、よろしく御願いします。矢部川の物語というよりも、川をめぐる人々、行政区内の対立や住民と河川管理者の物語として見ることができます」とある。


■愛着を生む手段
 このミュージカルの初演は2004 年。好評を博し、翌年には再演を望む署名活動が起き、2006年、2007 年にも再演された。
 こうしたミュージカル・演劇は、言葉としてあまり残っていないような知恵や葛藤の歴史を残す上で大いに効果がある。しかも、ミュージカルそのものが、ローカルアート作品となる。
 私が知っている類似エピソードとしては、滋賀県湖東町ではため池普請を伝えるために、子ども達に脚本を書いてもらい上演したという例もある。2002 年のことだ。
地域の歴史に愛着をもってもらうことの大事さは何度も書いてきたが、そのためにはストーリーが必要だ。教科書には出てこない地域の歴史にストーリーを与えるために、こうしたミュージカル・演劇に 仕立てるのはおもしろいし、大いに効果がある。
ちなみに、「彼方へ流れの彼方へ」は6月20日に、北千住の「シアター1010」で上演されるので、見に行こうと思っている。

プロフィール
中庭光彦
中庭光彦 NPOフュージョン研究所所長・多摩大学総合研究所准教授
1962年生まれ。大田区居住ながら、1998年から多摩ニュータウンに通い続けている。経営の視点から、全国の地域づくりケースを収集。「コミュニティはツールだ」「水文化を知るとコミュニティがわかる」が持論。
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