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2018年10月15日 14:22

「日米物品貿易協定」交渉の実際を真摯に説明してほしい

(2018年10月15日筆)

 ムニューシン米財務長官がインドネシア・バリ島でのG20の後、「これからの貿易交渉ではどの国とも為替問題を協議していく。日本を例外にすることはない」(日経新聞2018年10月13日夕刊)と述べたという。


日米貿易交渉で円安誘導を牽制する「為替条項」押しつけも

 確かにトランプ政権は、すでに署名された「改定米韓FTA」で「米財務省は競争的な通貨切り下げと不公正な競争優位をもたらす慣行を避けることで韓国と合意している」と説明している。合意したNAFTA(北米自由貿易協定)に代わる新しい「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」では「為替介入を含む通貨切り下げを自制する」と協定内に為替条項が明記された。

 これまでの経緯を見るとムニューシン長官の言葉に嘘はない。今後の日米物品貿易協定の交渉でも米側が日本に対して「為替切り下げを避ける」あるいは「為替切り下げを自制する」とする合意を迫ることになるのは間違いないだろう。

 日本は中国、ドイツ、韓国、スイス、インドと並び米財務省の為替監視対象国になっている。日本は為替介入による為替操作国には認定されていないが、対米貿易黒字が大きく経常収支黒字がGDP比3%以上に達するとして為替監視対象国とされている。

 トランプ政権は日本の対米貿易黒字額の拡大に照準を当てて2国間交渉を進めることになるが、米側は貿易黒字の拡大の原因を日銀の金融政策(異次元金融緩和の継続)による円安誘導に求めかねない。

 黒田日銀総裁は「為替は金融政策の対象ではない」と繰り返し述べてきたが、アベノミクスの成果は第一に円安への転換であり、円安転換による輸出金額の増加が景気及び企業収益を回復させたことを政府側も認めている。

 交渉術にたけたトランプ政権は、日銀の金融政策による円安誘導を「為替操作」とみなし、日本を単なる為替監視対象国から中国並みの為替操作国とすると脅してくると思われる。その結果、円安誘導を牽制する何らかの為替条項が日米貿易協定に組み込まれれば、金融政策に足枷がはめられる。そうなれば日銀の異次元緩和の継続によるデフレ脱却は困難となり、アベノミクスの根幹が揺らぐことになる...。


TGAかFTAか、他にもたくさんある日米の説明の食い違い

 この為替条項だけではなく、今回の「日米物品貿易協定」をめぐる安倍総理の説明と米側の説明には食い違いが多すぎる。食い違いは今後の交渉の根幹にかかわっており、交渉に携わった安倍総理、麻生財務相、茂木経財相には国会での十分な説明を願いたい。

 第一、安倍総理は今回の交渉は「日米物品貿易協定(Trade Agreement On Goods=TAG」であり「TAGは包括的なFTAではない」と言い切った。

 しかし、9月26日の日米首脳会談の共同声明には、第3項「両国は国内調整の後、日米物品貿易協定(TAG)とサービスを含む他の重要分野で早期に結果が出るものについて交渉を開始する」、第4項「TGAの議論が完了した後、他の貿易・投資の事項についても交渉する」とある。

 交渉の対象となる3項の「サービスを含む他の重要分野」、第4項の「他の貿易・投資の事項」は単なる「物品貿易」にとどまらない。総理が言う「包括的なFTA」に属するものだ。米国側は今回の首脳合意によってFTA(Free Trade Agreement=自由貿易協定)の日米交渉が始まると説明している。これに「為替条項」交渉が加われば、総理は否定するが「包括的なFTA」交渉そのものではないか。

 第二、農産物の関税引き上げ水準について総理は「過去の経済連携協定で約束した内容が最大限だ」と説明した。確かに共同声明文にもそのように記述されている(以上の声明文はいずれも日経新聞2018年9月27日朝刊)。

 ただ「過去の経済連携協定」が何を指すのかよくわからない。日本側はTPP(環太平洋経済連携協定)を念頭に置いているというが、トランプ政権はTPP交渉から離脱しており、TPPの合意水準が関税率引き下げの上限とは限らない。

 パーデュー米農務長官は10月4日、農産物交渉に当たって「日本がEUに与えたものと同等かより良い取引を期待する」と述べた(日経新聞10月5日夕刊)という。EUに与えたものとは7月に署名した「日・EU経済連携協定」を指す。この協定ではワイン、チーズ、牛肉などはTPPの合意水準を上回った。それと「同等かより良い取引」の市場開放を農務長官は求めると言っており、日本の農業には脅威になる。この食い違いについても説明が欲しい。

 第三は、自動車について共同声明文の第5項には「米国は自動車について、市場のアクセスの交渉結果が自国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること」を「尊重する」と書かれている。その意味するところは何か、説明が求められる。

 「自国(米国)の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すもの」とは、米国内の自動車産業の生産拡大を目指すという意味だろう。そうだとすれば、日本は、日本車及び自動車部品の現地生産の拡大あるいは対米輸出の数量規制を米国から迫られることになる。

 対米輸出の数量規制については、改定米韓FTAでは鉄鋼の対米輸出数量の上限規制(過去平均輸出量の7割)が組み込まれた。米・メキシコ・カナダ協定でも自動車の対米輸出台数の上限規制(カナダ、メキシコはそれぞれ年260万台が上限)が組み込まれており、日本交渉でも自動車の輸出数量規制が持ち込まれる恐れが十分ある。

 現地生産の拡大であれ、輸出数量規制であれ、日本の対米輸出数量の抑制ないし削減につながる。それは日本の自動車産業の雇用が米国に奪われることを意味し国益を損なう。


国民にはよくわからない、トランプ・安倍会談の本当の中身

 他にもトランプ大統領との首脳会談で安倍総理は、イージス・アショアの新規購入、早期警戒機「E2D」の追加購入など米企業製防衛装備品(兵器)の輸入拡大を約束したとか、自らの大口献金者が経営する米カジノ大手の日本参入についてトランプ大統領から「口利き」を受けたとか、国民にはよくわからないことがたくさんある。高い兵器を買わされる納税者としては首脳会談の中身を知りたいところだ。

 国益を考えれば対外交渉の中身を途中で明らかにできないことがあるとは思う。しかし、国民は交渉の実態・内情を知らされないまま、納税者の利益を奪い、国益を大きく損なう交渉結果を飲めと言われても困る。

 総理は「包括的なFTAではない」「農産物関税引き下げはTPPが上限」「交渉中は自動車の追加関税は発動されない」などと言っているが、国民を結果として欺くようなことにならないように、総理の言葉を借りれば「事実を真摯に受け止め、謙虚に丁寧に」、交渉の実態を今回の臨時国会で説明してもらいたいものだ。


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筆者からの謝辞

本ブログ連載は今回をもって終了することになりました。読者の皆様には2006年4月の連載スタート以来、12年余の長きにわたってご愛読いただき、誠にありがとうございました。また、毎回原稿を丁寧にチェックしていただいたQuonNet(クオンネット)の歴代編集者にも厚く御礼申し上げます。

経済ジャーナリスト(早稲田大学オープンカレッジ講師)大西良雄

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QuonNetコミュニティ | 2018年10月15日 14:25

この記事へのコメント

1. Posted by Anonymous 2018年10月19日 14:55

今回で終わりですか?
びっくりしました。
毎回大変参考にさせて頂いておりました。
ありがとうございました。
早稲田の講義は引続き続けて下さいませ。
よろしくお願いいたします。

2. Posted by 一聴講生 2018年10月19日 21:53

突然の「終了」に驚くばかりです。長い間膨大な量の論考を短期間且つ正確に執筆されるその真摯な姿勢には、只々感謝申し上げる次第です。厳しい視点からの論点
整理が必ずしも多くない現状からすると極めて残念です
が、機会を改めて又オープンカレッジで拝聴させて頂きます。有難うございました。

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プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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