QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




大西良雄ニュースの背後を読む

2018年8月

2018年8月 6日 13:42

「引き締め」なのに「緩和継続の強化」という羊頭狗肉

(2018年8月6日筆)

 日銀は7月31日の金融政策決定会合で2016年9月の「長短金利操作(イールドカーブコントロール)の導入」以来の政策修正に踏み切った。

 その声明文のタイトルは「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」となっている。タイトルを素直に読めば「金融緩和を強化する」という解釈になる。だが声明文の先を読んでいくと緩和どころか引き締め方向に転ずると言っているように見える。こういうのを羊頭狗肉(羊の頭を掲げて犬の肉を売るという中国の故事)というのだろう。

2%物価目標にこだわるなら2021年度以降まで緩和継続?

 「強力な金融緩和継続」という表現に適合するのは、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」と述べた、政策金利のフォワードガイダンス(先行きへの案内、指針)の部分だ。しかしこれも「当分の間」とはいつまでか判然としない。

 日銀はこれまで消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合、消費税引き上げの影響を除く)が2%を安定的に持続するまで緩和を継続するといってきた。しかし、同時に発表された「経済・物価情勢の展望」では政策目標である消費者物価の見通しを下方修正している。

 消費者物価上昇率の見通しは18年度1.1%、19年度1.5%、20年度1.6%に変更された。見通しどおりだと2%物価目標の実現は2021年度以降になる。黒田総裁を再任した安倍総理の3期目の任期満了は2021年度だが、2%物価目標にこだわる限り、安倍総理の任期中は「強力な金融緩和を継続する」ことになる。

 ただ声明文には「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえて」とあるから、「当分の間」とは2019年10月の消費税率引き上げ後とも読め、消費税引き上げ後には金融緩和の解除を検討するということになる。しかし、消費税引き上げ後は消費減少から物価の反動下落が予想され、2%物価目標の達成が危うい。そんな中、緩和を解除するとすれば「2%物価目標」とはなんだったのか、疑われても仕方がない。

ステルステーパリングの後、長期金利の変動幅を拡大、「ひそかに利上げ」か

 黒田・日銀執行部の本意は「ひそかな緩和政策の修正」にあると思われる。声明文では「10年物国債金利(長期金利)は上下にある程度変動しうるものとし、買い入れ額については弾力的な買い入れを実施する」と書かれている。

 長期国債の買い入れ額については16年9月の長短金利操作の導入以降、購入量をひそかに減少させて来た。年間80兆円の長期国債の購入目標だったが現在では40兆円へ半減した。これを、購入削減を明示しないステルス(ひそかな)テーパリングと呼ぶが、半減しても物価には影響はなかった。国債購入にこだわるリフレ派には皮肉な結果だった。

 さらに今回は金利の修正にも踏み込んだ。「金利は上下にある程度変動しうるもの」と書き加え、記者会見で黒田総裁は「変動幅はおおむねマイナス0.1%~プラス0.1%の幅から、その2倍程度に変動しうる」と述べた。市場では、日銀が長期金利の上限をプラス0.1%から0.2%へ引き上げると解釈、長期金利は0.04%程度から一時0.145%へ急騰した。この急騰は世界の金利上昇にも波及した。

 なお短期の政策金利に絡んで黒田総裁は、銀行の日銀当座預金残高のうちマイナス金利が適用される政策金利残高を現在の10兆円程度から5兆円程度に半減させると語った。


超低金利、マイナス金利長期化による副作用にもようやく配慮

 金融政策決定会合では、長引く超低金利あるいはマイナス金利による副作用に配慮せざるを得なくなっているようだ。副作用の第一は、金利が低いため新規国債の売買が不成立となるなど国債市場が機能不全に陥っていることだ。この副作用には日銀は金利の変動幅(つまり国債価格の上下変動幅)を広げることで対応することになった。

 副作用の第二は、地銀を筆頭に貸出金利が低下して預貸利ザヤが縮む一方、国債への運用利回りが極度に低下、経営が悪化している。金融機関経営の悪化で金融仲介機能が低下するという副作用だ。これに対し、国債利回りの上限引き上げ、マイナス金利適用の日銀当座預金残高の半減(金融機関の負担軽減になる)によって応えるということになった。

 以上、副作用に配慮したと思われる政策変更に対して、量的緩和が物価を引き上げると信じるリフレ派の原田、片岡の2人の審議委員が反対票を投じた。両氏は、今回の政策修正が「2%物価の安定的持続」という目標をあいまいにする、ひいては日銀による国債の大量購入を継続、時には拡大する量的緩和を否定するのではないかと感じたのだろう。


総理が送り込んだリフレ派が獅子身中の虫になる時

 リフレ派に配慮してか、黒田総裁は、2%という物価目標そのもの、これを実現するための質的・量的緩和という政策手段が間違っていたのではないかという疑問に対して「これまでの金融政策が間違っていたとは全く思っていない」と強気の姿勢を崩さなかった。

 さらに今回の政策修正が緩和の出口に向かう一歩になるとする見方に対して、「早期に金融緩和の出口に向かい金利を引き上げるという一部の観測はこれ(今回の修正)で完全に否定できた」(日経8月1日付)と語ったが、総裁の悩みは深いのではないか。

 黒田日銀は大胆な量的・質的緩和を開始してて5年経過しても2%物価目標の達成が見通せない。2022年4月という自らの総裁任期中に目標を実現できるかもわからない。

 さらに日銀は、国債購入の縮減、停止、政策金利の引き上げ(引き締め)に向かう米英、EUの中央銀行から大きく取り残された。

 そして40兆円に減額した国債購入額だが、購入額は新規国債発行額(財政赤字額に相当)をなお上回る。日銀の国債保有残高の累増は止まらず、緩和の出口での日銀損失の拡大が懸念される。さらに安倍政権の人気取りの財政拡大、放漫財政を低金利で支えているという日銀への批判も絶えない。

 日銀の政策決定は、総裁、副総裁2名、審議委員6名、合わせて9名の合議によって行われる。安倍総理は副総裁や審議委員の交代にあたって原田、片岡審議委員、若田部副総裁と次々にリフレ派を送り込んだ。リフレ派は物価目標達成のために財政拡大を主張、財政赤字拡大も辞さずという姿勢のようだ。

 5年前、日銀は2%物価目標を金融緩和によって早期に実現する、政府は持続可能な財政構造を確立するという日銀と政府の共同声明(アコード)が結ばれた。リフレ派の主張は「持続可能な財政構造の確立」を反故にするものだ。黒田日銀執行部は、政府に財政規律の回復を促す一方、緩和政策を徐々に修正、緩和の出口で発生するショックを和らげる方向にひそかに動きたいと考えているのではないか。

 しかし、安倍総理が送り込んだリフレ派の面々が日銀のこうしたステルス作戦に立ちはだかり、黒田日銀の「獅子身中の虫」になるのかどうか、注意を怠れない。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
月別アーカイブ
2018年8月
2018年7月
2018年6月
2018年5月
2018年4月
2018年3月
2018年2月
2018年1月
2017年12月
2017年11月
2017年10月
2017年9月
2017年8月
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
2011年2月
2011年1月
2010年12月
2010年11月
2010年10月
2010年9月
2010年8月
2010年7月
2010年6月
2010年5月
2010年4月
2010年3月
2010年2月
2010年1月
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
2009年6月
2009年5月
2009年4月
2009年3月
2009年2月
2009年1月
2008年12月
2008年11月
2008年10月
2008年9月
2008年8月
2008年7月
2008年6月
2008年5月
2008年4月
2008年3月
2008年2月
2008年1月
2007年12月
2007年11月
2007年10月
2007年9月
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2007年2月
2007年1月
2006年12月
2006年11月
2006年10月
2006年9月
2006年8月
2006年7月
2006年6月
2006年5月
2006年4月

ページトップへ

カレンダー
<< 2018年08月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
最新記事
「引き締め」なのに「緩和継続の強化」という羊頭狗肉
酷暑の中、ブルーベリーの摘果を楽しんでいます
日本が米中貿易戦争で「漁夫の利」を得る?
老朽・水道管路の更新か、陸上イージスの配備か
スルガ銀行はマイナス金利が生んだ異形のあだ花
最新コメント
トランプと安倍首相を...
Posted by 坂田三吉
LS北見カーリングチ...
Posted by かずちゃん
大西先生世の中の表象...
Posted by Anonymous
ありがとうございます...
Posted by Anonymous
経済政策・少子化政策...
Posted by Anonymous
最新トラックバック
【記事】「引き締め」なのに「緩和継続の強化」という羊頭狗肉
from QuonNetコミュニティ
【記事】酷暑の中、ブルーベリーの摘果を楽しんでいます
from QuonNetコミュニティ
【記事】日本が米中貿易戦争で「漁夫の利」を得る?
from QuonNetコミュニティ
【記事】スルガ銀行はマイナス金利が生んだ異形のあだ花
from QuonNetコミュニティ
【記事】わが庭のアジサイがほぼ満開です
from QuonNetコミュニティ