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大西良雄ニュースの背後を読む

2018年8月

2018年8月20日 14:43

高齢所帯には日銀の2%物価目標など要らない


(2018年8月20日筆)

 日銀は「物価はすべて金融的現象だ」「マネーを増やせば物価は上がる」とするリフレ派の主張を元に異次元の量的・質的緩和を継続してきた。しかし、消費者物価上昇率は、5年以上にもなる異次元の金融緩和にもかかわらず、目標の2%に達しない。

 物価が上がらない理由を、時には消費税率引き上げの反動、時には原油価格の下落のためだと日銀はいってきた。直近では、省力化投資の拡大やインターネット通販の拡大、デジタル技術の進歩など新手の理由を挙げつらい、物価の下押し圧力になっているという。

 しかし、「物価はすべて金融的現象だ」というなら、他に物価が上がらない理由を挙げつらうのはおかしい。マネーを増やしても物価は上がらなかった、異次元の金融緩和という手段に狂いがあったと反省するのが日銀のとるべき態度だと思うが、口が裂けても「狂いがあった」などと黒田日銀総裁と安倍総理はいうまい。


国民の「デフレ慣れ」より家計の「値上げ許容度」の低下が原因

 それはさておき、気になるのは日銀が物価の上がらない理由の一つに、デフレの15年間(そのうち12年間は自民党政権)に国民に染み付いた「デフレマインド」を強調していることだ。

 日銀の「経済・物価情勢の展望(2018年7月)」にも「物価上昇率の高まりに時間を要している背景には、長期にわたる低成長やデフレの経験から、賃金・物価が上がりにくい考え方や慣行が根強く残っていることがある」と書かれている。国民が緩やかな継続的な物価下落(デフレ)に慣れて脱出できない、デフレ慣れ、デフレ好みの状態を続けているから賃金が上がらず、連れて物価も上がらないという意味だろう。

 しかし物価が上がらないのは国民の「デフレ慣れ」が原因ではなく、家計の「値上げ許容度」が低下しているためだ。

 勤労者所帯では、アベノミクス以降も賃上げが消費税上昇分を含む物価上昇に追い付かないうえ、社会保険料負担の増加などで可処分所得が増えてない。賃上げが見込めない高齢者所帯では、社会保障給付が大きく削減され実収入そのものが減少している。

 そのうえ原油価格や農畜産物価格などが上昇、生鮮食品や電力料金、ガソリン代など生活必需品の物価が上昇している。携帯、パソコンなど通信料金、医療費も下がらない。この状態では消費者は企業の値上げを受け入れることができない。家計の値上げ許容度は低下せざるを得ない状態にある。


消費の主役・高齢所帯の「値上げ許容度」は大きく低下している

 家計の値上げ許容度については、特に、その多くが年金生活となっている高齢所帯の現状に触れておかねばならない。下表は家計調査年報に基づく主として年金が収入源となっている、所帯主が65歳以上の無職所帯(二人所帯)の1か月平均の収入と支出だ。

所帯主が65歳以上の無職所帯―社会保障給付の減少が痛手(1か月当たり年平均、単位円)
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 アベノミクス以降、高齢所帯は年金など社会保障給付が年約14万円以上減ったことを主因として実収入が年17万円以上も減り消費縮小を余儀なくされている。高齢所帯は消費性向(可処分所得に占める消費支出の割合)もエンゲル係数(消費支出に占める食費の割合)も上昇した。

 唐鎌直義・立命館大教授が「国民生活基礎調査」をもとに分析した結果によれば、65歳以上の高齢者がいる653万所帯の貧困率(生活保護水準以下)は2016年には27%に上昇、女性独居の高齢者250万所帯の貧困率は56%超にもなるという。こうした貧困高齢所帯の家計に「値上げの許容度」などあるはずがない。

 実は日銀の2%物価目標にとって見逃せない障壁のひとつはこの高齢所帯の増加にある。高齢所帯の増加に伴い2000年以降、総消費支出に占める60歳以上の高齢所帯の比率は30%台から50%台に上昇している(家計調査)。いまや消費支出の主力部隊となった高齢所帯の値上げ許容度が低下しているという現実を政府・日銀は直視すべきだろう。


賃金と物価好循環の外側にいる高齢所帯、年金目減りも進行

 第一生命経済研究所の星野卓也氏は「伸びない物価を年金制度から考える」とする18年7月のレポートで「現行の年金制度と消費市場における高齢者の増加が物価上昇の妨げになっていると疑っている」と書いている。

 年金生活者は、日銀が想定する「需給の引き締まり→それに伴う賃金の上昇=雇用者所得の増加→販売価格の引き上げ」という好循環メカニズムの輪の外側にいる。高齢者の消費に占めるシェアが上昇、現行の年金制度の枠組みは高齢者の物価上昇への耐性低下、ひいては企業の価格転嫁への躊躇につながっているのではないか、と星野氏はいうのだ。

 星野氏は高齢者の物価上昇への耐性低下の背後に「年金の実質目減り」があると指摘している。星野氏は、続く18年8月のレポート「なぜマクロスライド未発動でも年金は実質目減りしているのか」で、消費者物価(総合)上昇率でデフレ―トされた2018年度の実質年金給付額はアベノミクス前の2012年度に比べ6%程度低下したと分析している。

 賃金・物価が上昇しているのに年金給付額が増えないどころか減少する...。そうした結果をもたらす現行の複雑な年金計算ルールについては上掲の星野レポートを参照されたい。

 賃上げがない、年金が目減りする高齢所帯にとっての消費者物価とは、生鮮食品、エネルギーを含む総合指数であり、消費税率引き上げの影響を除外しない消費者物価指数である。賃金・物価の好循環の外側にある高齢所帯が消費の主役であり、高齢所帯には日銀が目標とする2%の消費者物価上昇率もまた許容の範囲を超えていることを知らねばなるまい。

2018年8月 6日 13:42

「引き締め」なのに「緩和継続の強化」という羊頭狗肉

(2018年8月6日筆)

 日銀は7月31日の金融政策決定会合で2016年9月の「長短金利操作(イールドカーブコントロール)の導入」以来の政策修正に踏み切った。

 その声明文のタイトルは「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」となっている。タイトルを素直に読めば「金融緩和を強化する」という解釈になる。だが声明文の先を読んでいくと緩和どころか引き締め方向に転ずると言っているように見える。こういうのを羊頭狗肉(羊の頭を掲げて犬の肉を売るという中国の故事)というのだろう。

2%物価目標にこだわるなら2021年度以降まで緩和継続?

 「強力な金融緩和継続」という表現に適合するのは、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」と述べた、政策金利のフォワードガイダンス(先行きへの案内、指針)の部分だ。しかしこれも「当分の間」とはいつまでか判然としない。

 日銀はこれまで消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合、消費税引き上げの影響を除く)が2%を安定的に持続するまで緩和を継続するといってきた。しかし、同時に発表された「経済・物価情勢の展望」では政策目標である消費者物価の見通しを下方修正している。

 消費者物価上昇率の見通しは18年度1.1%、19年度1.5%、20年度1.6%に変更された。見通しどおりだと2%物価目標の実現は2021年度以降になる。黒田総裁を再任した安倍総理の3期目の任期満了は2021年度だが、2%物価目標にこだわる限り、安倍総理の任期中は「強力な金融緩和を継続する」ことになる。

 ただ声明文には「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえて」とあるから、「当分の間」とは2019年10月の消費税率引き上げ後とも読め、消費税引き上げ後には金融緩和の解除を検討するということになる。しかし、消費税引き上げ後は消費減少から物価の反動下落が予想され、2%物価目標の達成が危うい。そんな中、緩和を解除するとすれば「2%物価目標」とはなんだったのか、疑われても仕方がない。

ステルステーパリングの後、長期金利の変動幅を拡大、「ひそかに利上げ」か

 黒田・日銀執行部の本意は「ひそかな緩和政策の修正」にあると思われる。声明文では「10年物国債金利(長期金利)は上下にある程度変動しうるものとし、買い入れ額については弾力的な買い入れを実施する」と書かれている。

 長期国債の買い入れ額については16年9月の長短金利操作の導入以降、購入量をひそかに減少させて来た。年間80兆円の長期国債の購入目標だったが現在では40兆円へ半減した。これを、購入削減を明示しないステルス(ひそかな)テーパリングと呼ぶが、半減しても物価には影響はなかった。国債購入にこだわるリフレ派には皮肉な結果だった。

 さらに今回は金利の修正にも踏み込んだ。「金利は上下にある程度変動しうるもの」と書き加え、記者会見で黒田総裁は「変動幅はおおむねマイナス0.1%~プラス0.1%の幅から、その2倍程度に変動しうる」と述べた。市場では、日銀が長期金利の上限をプラス0.1%から0.2%へ引き上げると解釈、長期金利は0.04%程度から一時0.145%へ急騰した。この急騰は世界の金利上昇にも波及した。

 なお短期の政策金利に絡んで黒田総裁は、銀行の日銀当座預金残高のうちマイナス金利が適用される政策金利残高を現在の10兆円程度から5兆円程度に半減させると語った。


超低金利、マイナス金利長期化による副作用にもようやく配慮

 金融政策決定会合では、長引く超低金利あるいはマイナス金利による副作用に配慮せざるを得なくなっているようだ。副作用の第一は、金利が低いため新規国債の売買が不成立となるなど国債市場が機能不全に陥っていることだ。この副作用には日銀は金利の変動幅(つまり国債価格の上下変動幅)を広げることで対応することになった。

 副作用の第二は、地銀を筆頭に貸出金利が低下して預貸利ザヤが縮む一方、国債への運用利回りが極度に低下、経営が悪化している。金融機関経営の悪化で金融仲介機能が低下するという副作用だ。これに対し、国債利回りの上限引き上げ、マイナス金利適用の日銀当座預金残高の半減(金融機関の負担軽減になる)によって応えるということになった。

 以上、副作用に配慮したと思われる政策変更に対して、量的緩和が物価を引き上げると信じるリフレ派の原田、片岡の2人の審議委員が反対票を投じた。両氏は、今回の政策修正が「2%物価の安定的持続」という目標をあいまいにする、ひいては日銀による国債の大量購入を継続、時には拡大する量的緩和を否定するのではないかと感じたのだろう。


総理が送り込んだリフレ派が獅子身中の虫になる時

 リフレ派に配慮してか、黒田総裁は、2%という物価目標そのもの、これを実現するための質的・量的緩和という政策手段が間違っていたのではないかという疑問に対して「これまでの金融政策が間違っていたとは全く思っていない」と強気の姿勢を崩さなかった。

 さらに今回の政策修正が緩和の出口に向かう一歩になるとする見方に対して、「早期に金融緩和の出口に向かい金利を引き上げるという一部の観測はこれ(今回の修正)で完全に否定できた」(日経8月1日付)と語ったが、総裁の悩みは深いのではないか。

 黒田日銀は大胆な量的・質的緩和を開始してて5年経過しても2%物価目標の達成が見通せない。2022年4月という自らの総裁任期中に目標を実現できるかもわからない。

 さらに日銀は、国債購入の縮減、停止、政策金利の引き上げ(引き締め)に向かう米英、EUの中央銀行から大きく取り残された。

 そして40兆円に減額した国債購入額だが、購入額は新規国債発行額(財政赤字額に相当)をなお上回る。日銀の国債保有残高の累増は止まらず、緩和の出口での日銀損失の拡大が懸念される。さらに安倍政権の人気取りの財政拡大、放漫財政を低金利で支えているという日銀への批判も絶えない。

 日銀の政策決定は、総裁、副総裁2名、審議委員6名、合わせて9名の合議によって行われる。安倍総理は副総裁や審議委員の交代にあたって原田、片岡審議委員、若田部副総裁と次々にリフレ派を送り込んだ。リフレ派は物価目標達成のために財政拡大を主張、財政赤字拡大も辞さずという姿勢のようだ。

 5年前、日銀は2%物価目標を金融緩和によって早期に実現する、政府は持続可能な財政構造を確立するという日銀と政府の共同声明(アコード)が結ばれた。リフレ派の主張は「持続可能な財政構造の確立」を反故にするものだ。黒田日銀執行部は、政府に財政規律の回復を促す一方、緩和政策を徐々に修正、緩和の出口で発生するショックを和らげる方向にひそかに動きたいと考えているのではないか。

 しかし、安倍総理が送り込んだリフレ派の面々が日銀のこうしたステルス作戦に立ちはだかり、黒田日銀の「獅子身中の虫」になるのかどうか、注意を怠れない。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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