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大西良雄ニュースの背後を読む

2017年8月21日 13:47

キム(金正恩)リスクよりトランプリスクが怖い

(2017年8月21日筆)

 株式市場にとって最も現実的な地政学的リスクは北朝鮮の金正恩か、それとも米国のトランプか。統治能力を欠くトランプ米大統領のほうが危うい。

 株価に聞いてみよう。NYダウは8月10日、米国・北朝鮮の軍事緊張に反応、204ドル下落(▲0.92%)したが4日後には下落前にほぼ戻した。8月17日はトランプ氏の白人至上主義者擁護発言に反応、274ドル下落、下落率は▲1.24%に達し米朝の軍事緊張時を上回った。その後の反発も鈍い。

 北朝鮮によるグアム島沖(米国の領海外)へのミサイル発射予告が再び米朝の軍事緊張を高めたが、米国による北朝鮮への先制攻撃、戦争突入は当面、あり得ないと市場は読み、株価は戻したことになる。


戦争に反対する韓国の文大統領、在韓中国人95万人も心配

 米国の先制攻撃による開戦はあり得ないとする理由はいくつかある。ひとつは文在寅韓国大統領の光復節記念式典(8月15日)での演説だ。文大統領は「朝鮮半島での軍事行動は大韓民国だけが決定できる。誰も大韓民国の同意なしに軍事行動を決定できない」と改めてトランプのアメリカを強くけん制した。

 文大統領のけん制は至極当然だ。「北朝鮮は軍事境界線周辺に地上軍100万人の3分の2を配置、1時間に50万発を撃てる野砲を韓国首都圏に向けている」(日経8月16日)とされる。米国が先制攻撃すれば北朝鮮軍の野砲が火を噴き、ソウルは火の海、100万人以上が死ぬと予想される。米国の安全保障を確保するために韓国の承認なしに朝鮮半島が戦場になることは許されない。

 もう一つは、韓国に在住する14万人弱の在韓米人の存在だ。旅行者を含めると20万人以上の米国人が韓国に滞在する。米国の先制攻撃に対する北朝鮮の反撃はこれら韓国滞在米国人の生命を危機にさらす。20万人以上の在韓米人の事前退避は容易ではなく、無分別なトランプ大統領といえどもさすがに自国民の生命を犠牲にする先制攻撃はできないだろう。

 付け加えておきたい。韓国法務部によると2015年現在、在韓外国人の第一位は中国人の95万5871人(全体の50.3%)だ。中国人の訪韓旅行客も年間615万人強で断トツだ。在韓米人の比ではない。米朝開戦で最も打撃を受けるのは在韓中国人であり、先制攻撃は中国の強烈な反発を呼び起こす。

 3か月以上在住の在韓日本人は3万8000人、日本の年間訪韓旅行者186万人弱は中国に次いで第2位だ。在韓日本人の生命も危機にさらされる。グアム島へのミサイル発射に過剰反応し集団的自衛権を行使、自衛隊が迎撃ミサイルを発射すれば日本列島も戦場になる。安倍総理は自国民の犠牲に構わず「交渉のための交渉はしない。北朝鮮への圧力を強める」といい続けるのだろうか。

 第3に、戦争の現実と悲惨をよく知る軍人、ケリー首席補佐官(退役海兵隊大将)、マクマスター安全保障担当補佐官(現役海軍中将)、マティス国防長官(退役海兵隊大将)が安全保障戦略の主導権を握ったことだ。彼らは米朝開戦に極めて慎重だという。バノン首席戦略官の事実上の解任で、極右依存から軍人依存へ舵を切り替えたばかりのトランプ大統領には開戦に慎重な彼らを無視できまい。


バノンはトカゲのしっぽ、本体のトランプこそ最大のリスク

 次はトランプ大統領をめぐるリスクだ。アメリカファースト(アメリカ第一の国家主義)、白人至上主義を否定しない極右のバノン首席戦略官を事実上解任したことでトランプ大統領のリスクが後退したと見るのは早計だろう。

 背景にバノン氏の存在があったとはいえ、イスラム諸国からの入国禁止、メキシコ国境の壁建設、TPP協定、パリ協定からの離脱などアメリカファースト、人種差別政策を主導したのはトランプ氏自身だ。バノン氏はトカゲのしっぽ、トランプ氏がトカゲの本体、異常なのは本体のトランプ大統領のほうだ。

 トランプ氏が、白人至上主義団体とこれに反対するグループのバージニア州での衝突事件で白人至上主義団体をかばう発言をしたことへの反発は大きかった。この発言に反発、トランプ政権の2つの助言機関のメンバーである財界トップが相次いで辞任、トランプ氏は助言機関の解散に追い込まれた。

 大統領はトランプノミクスの推進役を失った。それだけではなく、大統領与党の共和党のコントロールがままならず、トランプラリー(上げ相場)を牽引した10年間5.5兆ドルの大幅減税、1.0兆ドルのインフラ投資プランの実施可能性が大きく後退したことも政権運営に深刻な影響を与えるだろう。

 これらの大型景気対策の財源は、経済成長による税収増(10年間約1.8兆ドル)、オバマケア(医療保険制度改革法)の修正(同約1.8兆ドル)、国境調整税の創出(同約1.2兆ドル)などによって賄われる予定だった。だが、政権内部の混乱もあって与党共和党との関係が乱れ、議会調整がうまくいかずオバマケアの修正、国境調整税の創出は挫折、景気対策の財源は「とらぬ狸」の経済成長による税収増だけになった。


9月中に新年度予算、連邦債務上限引き上げをめぐる危機も

 米国の会計年度は10月~翌年9月までだ。9月中にトランプ氏初の2018会計年度予算の議会成立を図らねばならない。また同じ9月中に連邦債務上限(19.8兆ドル)の引き上げを決めねばならない。上限が引き上げられなければ国庫が底をつき、政府機関は閉鎖、デフォルトに追い込まれる。

 経済政策を担うコーン国家経済会議委員長の辞任も囁かれる中、軍人出身のケリー首席補佐官ら大統領側近が与党共和党との関係修復を果たし新年度予算を成立させることができるか、債務上限の引き上げを実現できるか。財政規律に厳しい共和党議員を多数抱えるトランプ氏の議会運営は厳しさを増している。

 歳出、歳入という国家運営の基本をめぐって、トランプ大統領の統治能力に大きな疑問符がついたままだ。加えて米FRBのイエレン議長はFRB保有債券の縮小(緩和規模の縮小)を年内に開始する姿勢を崩していない。

 ニューヨークの株価は、過去10年間平均の実質純利益で計測した「シラーPER(株価収益率)」、世界の時価総額と名目GDPを比較する「バフェット指標」いずれもすでにかなりの割高水準に達している。米国の景気拡張も戦後3番目の長さとなりいつ後退に転じても不思議はない。

 統治能力を失ったまま回復できないトランプのリスクと金融引き締めに走るイエレンが重なれば、NYダウは大きく下げることになる。

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プロフィール
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大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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