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2017年1月23日 16:13

安倍総理の「価値観外交」から外れるトランプのアメリカ

(2017年1月23日筆)

 安倍総理は「自由、民主主義や基本的人権の尊重、法の支配という基本的な価値観を共有する国々」との関係を強めるという「価値観外交」を信条とするが、トランプ新大統領が統治するアメリカは「価値観外交」の対象としてふさわしい国なのだろうか。

 トランプ氏の大統領就任演説で、「(米国内産業の)保護こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる」と主張、「アメリカ・ファースト」という自国利益第一主義に基づき就任当日からTPP(環太平洋連携協定)からの離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を実施する大統領令を発令した。

 安倍総理がいう「自由」には自由貿易主義も含まれるだろう。だがトランプ氏は自国利益最優先の保護主義を宣言、それを実行に移す構えだ。「自由」貿易主義はトランプ氏にいとも簡単に葬り去られた。アメリカは安倍総理の「価値観外交」にそぐわない国になろうとしている。


トランプ支持の錆びついた工業地帯の「国民」は少数派
製造業はすたれても先端ハイテク、金融、製薬などは世界最強

 また、トランプ氏は安倍総理のいう「民主主義」の具現者たり得るだろうか。大統領選でのトランプ氏の全米得票数はクリントン候補より300万票下回った。選挙人の獲得数ではクリントン候補を凌駕、トランプ氏は州別の勝者総取りという特殊な選挙人制度に乗っかって勝利した少数派の大統領だ。にもかかわらず、クリントン氏に投票した多数派の国民への配慮がうかがえない。

 就任演説でトランプ氏は「国民が再びこの国の支配者になった」と民主主義の守護者を気取ったが、トランプ氏がいう「国民」とは、彼に投票した、ラストベルト(錆びついた工業地帯)の、職を失った一部の「忘れられていた男女」(白人労働者が多い)にとどまる。「忘れられていた男女」は、鉄鋼や自動車、電機など製造業に従事していたが、これらは今やアメリカ産業の少数派だ。

 アメリカはこれら製造業を中国、メキシコ、日本、韓国などに確かに譲り渡した。その一方でアメリカは、IT・デジタル産業、ソフト開発、ネットビジネス、バイオ、AI(人工知能)、ロボット、フィンテック(金融とITの融合)など世界最強のハイテク分野を手中にした。金融、航空・宇宙・軍需、製薬などの高付加価値産業も依然として世界を支配している。

 アメリカの産業と雇用は見事に高度化しており、ラストベルトの白人労働者は高度化に対応できなかったに過ぎない。

 これらの先端ハイテク産業が集積するカリフォルニア州など西海岸では圧倒的にクリントン氏が勝利した。金融産業の拠点であるニューヨーク州など東海岸でもトランプ氏は負けたのだ。西海岸でも東海岸でも、米国人だけでなく欧州系、インド系、中国系、日本系など多様な人種のハイブリッド(異種の組み合わせ)がイノベーションを生み出し世界をリードしている。

 民主主義の基礎である「国民」はラストベルトの白人労働者だけではない。世界をリードする産業に従事する多様な人種で構成される西海岸、東海岸の人々も「国民」なのだ。むしろこれらトランプ氏を忌避する国民のほうが多数だ。これを軽視すればトランプ新大統領の民主主義は基礎が揺らぐことになる。


米GDPの79%はサービス産業に従事、彼らの消費を脅かす
自由、民主主義、基本的人権の尊重を踏み外すトランプ大統領

 付け加えればトランプ氏の「ラストベルトの白人労働者」のための「保護主義」は、民主主義の基礎となる「消費者」という大多数の米国民の利益にも反する結果になる。衰退製造業の保護によって高い国内製品を買わされる「消費者」がトランプ氏のアメリカ・ファーストの最大の被害者になるのだ。

 ちなみに米国のGDPに占める小売・流通、金融・不動産、教育、医療、観光・娯楽、情報通信などサービス産業の割合は79%(2010年、国連調べ)と世界でも最高水準だ。製造業の割合は12%に過ぎない。アメリカは世界でも最もサービス経済化が進んでいる国なのだ。アメリカの消費者の大多数はサービス産業に従事しており、ほんの一握りの製造業の従業者(彼らも消費者)のための輸入関税引き上げが彼らに甚大な被害をもたらし、消費不況の原因になる。

 トランプ氏は選挙中、女性や移民、人種をめぐって差別ないし蔑視発言を繰り返した。女性蔑視の言葉は「太った豚」「犬」「愚図」「不快な生き物」など枚挙にいとまがない。身体障害のある記者の姿態をなぞり彼を蔑んだ。メキシコ移民に対し「彼らはレイプ犯」と吠えた。日本、中国のビジネスマンに対して「ブロークンイングリッシュ」や「日本人のビジネススタイル」をからかった。

 ワシントンでは前日の就任出席者の2倍にのぼる反トランプデモが行われた。米国民の多くがトランプ氏は「基本的人権」を無視、軽視する大統領であると見ていることは疑いない。

 以上、トランプ氏が、安倍総理の言う「自由、民主主義、基本的人権」という価値観を大きく踏み外しかねない大統領だといって間違いない。価値観外交の通じないトランプ氏と日本の国益を賭けて安倍総理は付き合わねばならない。


習近平主席と安倍総理は「自由貿易主義」で合致
日中が組みトランプの保護主義に対抗すれば強力

 安倍総理の「価値観外交」は 東シナ海、南シナ海での海洋覇権を奪おうとする中国を念頭に置いたものだ。中国こそ「自由、民主主義、人権の尊重」に欠け、「国際法の支配」を無視する国だと考えているはずだ。

 その中国の習近平国家主席は、1月17日の世界経済フォーラム年次総会(「ダボス会議」)で、「中国はグローバル経済の受益国であり貢献国だ。明確に保護主義に反対する」(日経新聞1月18日朝刊)、「我々はゆるぎない開放型の世界経済を発展させないといけない」「中国は世界に開かれた自由貿易圏のネットワークをつくる」(以上、朝日新聞1月18日朝刊)とトランプ氏の保護主義に反対する姿勢を明らかにした。

 皮肉なことだが、習発言は「自由貿易主義」に関する限りだが、安倍総理の「価値観外交」に見事に合致する。かつて日本は最大の対米貿易黒字国としてやり玉に上がり繊維、鉄鋼や自動車などをめぐってアメリカから無理難題の輸出自主規制を求められた経験がある。その経験を習主席に伝え「自由貿易主義」で中国と手を組み、トランプに保護主義に対抗することもできる。

 中国と日本からの製品輸入がなければ米国国民の消費生活は成り立たないといって過言ではない。日本と中国が米国国債を買わなければ米国の財政赤字はファイナンスが不可能になる。トランプ氏の偏頗な保護主義に対する最大の対抗力は対米貿易黒字国である中国と日本の協調にこそあるといってよいだろう。

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QuonNetコミュニティ | 2017年1月23日 16:15

この記事へのコメント

1. Posted by まる 2017年1月24日 09:20

習主席は言っている事と実際にやっている事は
真逆だと思いますが。

2. Posted by 言ってる人々の信頼 2017年3月20日 13:45

人権(笑)
それを言わねばならぬ相手なら他に居るのでは?
グローバルなサービス部門の方々は儲けはすれど
税はマトモに払いはしませんし。
赤字、膨らむばかりですよね。
そもそも消費依存が過ぎるんですよ米国。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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