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2016年12月

2016年12月19日 11:16

エビで大きな鯛を釣れるか? ――3000億円の対ロ経済協力

(2016年12月19日筆)

 日ロ首脳会談が終わった。会談後の共同記者会見で、プーチン大統領は日本の対ロ経済協力という会談成果を長々と説明、領土問題を含む平和条約締結の問題には申し訳程度にしか触れなかったのが印象的だった。首脳会談では安倍総理と日本国民が期待する北方領土返還の問題に具体的な進展はなく、プーチン大統領が望む対ロ経済協力だけが際立った会談に終わったようだ。


極めて貧弱な日ロ貿易関係、対ロ経済協力で底上げ
北方領土返還という鯛を釣るには小さすぎる投融資

 プーチン大統領との間で合意されたエネルギーと極東ロシア開発を中心とする経済協力案件は80件(うち民間68件)で日本側の投融資総額は3000億円だ。民間68件の多くは対ロ・ビジネス案件としてかねてより独自に進められていたもので、それを政府側でまとめて協力案件にまとめ上げたものだという。

 ロシア経済は原油などエネルギー価格の下落とクリミア併合をめぐるG7の経済制裁の影響で2015年、16年と2年連続のマイナス成長に陥っている。プーチン大統領は共同記者会見で「残念ながら今年の日ロ両国の貿易高は減少した」と強調した。日ロ間だけではなく最大の貿易相手国で戦略的パートナーとする中国との貿易高も大きく減少しロシア経済は極めて苦しい状態だ。

 これまでの日ロ貿易関係は極めて貧弱なものだ。日本の対ロ輸出総額(2015年)は自動車、同部品、タイヤなどを中心に約6000億円、対ロ輸入総額は原油、液化天然ガス、非鉄金属を中心に約1.9兆円、合わせ輸出入総額は2.5兆円だ。日本の輸出入総額154.0兆円のわずか1.6%を占めるすぎない。

 ロシアにとって苦境の打開のために日本の経済協力による投資・貿易関係の底上げが欠かせないところだろう。そこに付け込む形になったのが安倍総理の「8項目の経済協力プラン」だった。安倍総理は対ロ経済協力というエビで北方領土返還という大きな鯛を釣る作戦だったのだろうか。

 しかし3000億円(約25.6億ドル)という協力プランの投融資規模は大きな鯛を釣るには小さすぎるように思える。この規模は2015年のロシアへの日本の直接投資額約515億円(約4.4億ドル)に比べれば大きく見えるが、米国への日本の年間直接投資額約5.3兆円(約449億ドル)の18分の1に過ぎず、微々たるものといってよい。


プーチン訪日前、期待された大口案件が消えた
1000億円の共同基金も埋まるかどうか不安

 ロシア経済が日本からの投融資に適さない規模というわけではない。ロシアの総人口は1億4346万人(日本を上回る世界9位)、名目GDPは1.3兆ドル(韓国に次いで12位)といずれも世界の10位前後にある。原油生産ではサウジ、米国と肩を並べ世界3位、天然ガス生産量ではシェールガスに湧くアメリカに次いで2位だ。天然ガスは世界最大の埋蔵量を誇る。

 今回の協力案件でもっとも日本側にメリットがあると思われるのが天然ガス、原油に関する案件だ。案件には、日本の総合商社などとロシア最大の天然ガス生産会社・ガスプロム、第2位の独立系天然ガス会社・ノバテック、原油生産最大手・ロスネフチとの戦略的協業、共同探査・開発、融資に関する合意が含まれた。また世界最大の天然ガス埋蔵を誇る北極海に面するヤマル半島でのLNG(液化天然ガス)プラントへの日本企業向け融資も可能になった。

 だがプーチン訪日前に大口案件と期待されたサハリンから日本列島を結ぶ天然ガスパイプライン構想(約7000億円)、サハリンと北海道を海底ケーブルで結び日本に電力を送る送電線網計画(約6200億円)は見送られた。原油生産最大手・ロスネフチへの約1.3兆円の出資話もスイスの資源商社とカタールの投資ファンドへ持っていかれた。

 結局、協力案件の投融資規模は3000億円にとどまった。しかも投融資の合意はいずれも協力・協業の覚書にとどまり、実際に実行されるかはよくわからない。対ロ投資が思うように出てこず、国際協力銀行とロシア側のロシア直接投資基金が500億円ずつ出資して新たに設立する1000億円の共同基金が、枠いっぱい使われるかどうか不安視する識者もいる。


強権プーチン体制下、直接投資阻む政治・行政リスク
情念過多のシンゾー、権謀術数のマッチョに敗れたり

 ロシアへの民間ベースの日本側直接投資や投融資が僅少にとどまる理由は、ひとえにロシアの強権プーチン体制下の政治・行政リスクにある。

 対ロシアビジネスのリスクをめぐるロシア進出企業へのアンケート調査(ユーラシア研究所)によると、リスクの第1位は不安定な為替(ルーブル安)、第2位が不安定な政治・社会情勢(言論・人権抑圧、格差などか)だ。経済が減速し国民生活が苦しくなる中、対外的な膨張主義でナショナリズムをあおり支持率を高めようとするプーチンの手法が不安定さをもたらしリスク視されている。

 続いて第3位「行政(許認可など)手続きの煩雑さ」、4位「税制・税務手続きの煩雑さ」、さらに5位「法制度の未整備・不透明な運用」、6位「現地政府の不透明な政策運営」となっている。いずれも、国営企業をめぐる中央要人の腐敗、現地政府官僚による汚職、暴力組織などのビジネス介入などの温床になっている大きなリスクだ。

 こんな中でリスクを取りに行かされる日本企業はたまったものではない。それでも安倍総理は「8項目の協力プラン」を領土交渉前進の誘い水(撒き餌)にしようと考え付いたのかもしれない。しかし、プーチン大統領は、首脳会談に先立ち「8項目の協力プランは平和条約を締結するための条件ではない(領土返還とは関係ない)」と述べあらかじめ安倍総理の撒き餌(エビ)論を一蹴している。

 そんなことはもちろん、安倍総理は承知のうえだろう。だから日本政府の関与(税金投入)が小さい、日ロ双方の企業がリスクを負う形の小規模の経済協力にとどめたのだろう。安倍総理は北方4島の主権は返還せず対ロ経済協力だけ「食い逃げ」されても痛くもかゆくもないに違いない。

 一方、プーチン大統領は、「北方4島での特別な制度のもとでの共同経済活動に関する協議の開始」というもう一つの合意に当たっても、返還が期待される歯舞諸島、色丹島の日本への主権返還についてすら安倍総理に言質を与えることはなかった。まして国後島、択捉島の主権返還などプーチン大統領の頭には毛頭ないようだ。

 これでは「対ロ経済協力」だけでなく「共同経済活動」のルートからも北方4島返還への道筋がほとんど浮かんでこない。首脳会議の成果について二階自民党幹事長が「国民の大半がガッカリしている」と嘆いた。情念過多のシンゾー、権謀術数、マッチョなウラジミールに敗れたり、さもありなんというところだ。

2016年12月 5日 11:44

矛盾をはらむトランプノミクスへの期待

(2016年12月5日筆)

 マーケットの変わり身は早い。保護主義と人種差別のトランプ候補が米大統領選に勝利すれば円は急騰、株価は暴落するというトランプリスクが叫ばれた。だがトランプリスクが発現したのは1日だけでその後3週間、円は急落、株価は急騰、トランプラリーが実現した。

 トランプラリーは多少の調整局面はあってもトランプ氏が大統領に就任する1月中旬まで続き、円は1ドル120円台、日経平均株価は2万円に上昇するとする超強気派も登場した。マーケットは冷静さを欠いているというほかない。


トランプリスクは棚上げ、大幅減税とインフラ投資に期待
減税規模、減税財源が不確か、財政赤字拡大の懸念膨らむ

 トランプラリーは、大幅減税と公共インフラ投資を軸とするトランプノミクス(トランプ新大統領の経済政策)への期待から発生した。保護主義と人種差別のトランプリスクは一時棚上げされた。そのトランプノミクスも不確かで、矛盾に満ちたものだ。

 まず、大幅減税の規模だ。みずほ総研の安井明彦欧米調査部長(「トランプ税制の『正常化』」によるとトランプ原案では10年間で10兆ドル(邦貨換算1130兆円)近い規模だった。それが財政赤字の拡大への配慮から共和党主流派との調整を経ておよそ半分以下の4.4兆ドルに圧縮されたという。

 トランプ氏は現行39.6%から25%への所得税最高税率の大幅引き下げ、相続税の廃止など富裕層優遇の減税を主張していた。だが共和党主流派は最高税率の引き下げを33%までとしトランプ氏の富裕層優遇を和らげることになったようだ。法人税の最高税率もトランプ氏は現行35%から15%への大幅引き下げを主張していたが、共和党案では20%までの引き下げにとどまっていると安井氏は書いている。

 トランプ減税の規模は依然不確かというほかないが、かりに減税が4.4兆ドル規模に圧縮されたとしても減税の財源が不確かで財政赤字の拡大は避けられないとする見方が根強い。アメリカの財政赤字はトランプノミクスがなくても増加傾向にあり、トランプノミクスでさらに数兆ドルの財政赤字を上乗せすることを議会共和党が許容できるか、不透明だ。

 なお、米国には連邦債務上限法があり共和党は上限規制に熱心だった。現在の債務上限は18兆ドルだが既に連邦債務は上限に接近している。トランプ減税による財政赤字の上乗せ額は債務上限を大きく更新せざるを得ない額だ。トランプ新大統領は早々に連邦債務上限の引き上げ問題に振り回され可能性がある。


10年間1兆ドルの公共インフラ投資も実施不透明
民間資金で可能か、建設労働者不足が深刻化、隘路に

 10年間1兆ドル(約113兆円)とされる道路、橋、トンネルなど公共インフラ投資も予算の裏付けが不確かだ。トランプ氏は、公共インフラ投資には民間資金を誘引し財政負担が生じない「財政中立」の政策とするという。しかし民間資金が公共インフラから収益を上げる仕組みが不透明で、「財政中立」のもとでインフラ投資が実施されるのか、よくわからない。連邦予算が使われるのならインフラ投資額が財政赤字に上乗せされることになる。

 公共インフラ投資に従事する労働者を確保できるのかという疑問も残る。アメリカの11月の完全失業率は完全雇用水準とされる5%を下回る4.6%に低下、建設労働者の不足が強く意識される水準になっている。

 実施されるかよくわからないが、トランプ氏は移民の制限を打ち出しているだけでなく、メキシコからの不法移民1100万人を国外退去させるという。移民の制限、不法移民の国外退去が実施されれば建設労働者の不足が深刻化、インフラ投資の実施にボトルネック(隘路)が発生するという事態も予想される。


長期金利はGDPの7割占める個人消費を冷やす
ドル高はラストベルト(錆びついた工業地帯)には打撃

 米マーケットではトランプ勝利を機に財政赤字拡大を先取り、米国債売りに転じ長期金利(10年国債利回り)は大統領選前の1.86%から一時2.45%に跳ね上がった。連れて日本国債もマイナス0.075%からプラス0.03%に上昇したが、米国金利上昇に追い付かず日米の金利差が拡大した。その結果、高金利を求めて資本が米国へ流出、急激なドル買い円安が発生、日本株も急回復する結果になった。

 しかし米国の金利上昇、ドル高は行き過ぎると米国景気の足を引っ張ることになる。長期金利上昇に伴う住宅、自動車、消費者ローン金利の上昇は米国のGDPの7割を占める消費需要を冷やしかねない。ドル高は中国(人民元安)や日本(円安)などのライバル国の輸出競争力を高める一方、米国企業の競争力を低下させる。ラストベルト(錆びついた工業地帯)の雇用復活を訴え勝利したトランプ氏の足元をドル独歩高が崩しかねないのだ。


通貨急落でドル建て債務が膨張、不安な新興国からの資金流出、
トランプリスク(極端な保護主義)は健在、過剰な期待は剥落

 米金利高はまた、日本だけでなく新興国からの資金流出(ドル回帰)を招く。資金流出の結果、メキシコペソ、ブラジルレアル、中国人民元、インドネシアルピア、マレーシアリンギットなど新興国の為替が急落している。新興国は為替下落でドル建て債務の返済負担が急激に高まり金融不安に陥るリスクも囁かれ始めた。新興国は景気浮揚の利下げを求められているにもかかわらず為替防衛のため利上げを迫られるという矛盾に突き当たった。新興国不安はアメリカ景気の不安にも直結しかねない。

 トランプ新大統領は、就任早々、米長期金利の上昇とドル独歩高への対応を迫られることになる。トランプ氏は低金利論者で利上げを進めるイエレン米FRB議長に批判的だ。しかし、自らは財政赤字の拡大でインフレ懸念をあおりながら、イエレン議長に低金利を強要するという矛盾をトランプ氏は抱え込んだ。

 トランプノミクスへの過剰な期待がドル独歩高をもたらしたが、すでに実質実効レートでみたドルの水準は歴史的な高さに達している。このドル独歩高(円安)をトランプ新大統領はどの程度許容するのか、ドル独歩高が許容できないとすればどのような手段でドル引き下げを実現するのか。これも不透明だ。

 空調大手企業のメキシコ移転阻止への政治介入に始まりTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しへつながるトランプリスク(極端な保護主義)もどうやら本物のようだ。マーケットも行き過ぎた楽観論からそろそろ目を覚ます時期に来ている。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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