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大西良雄ニュースの背後を読む

2016年8月 1日 14:59

「株価維持」が日銀の政策目標になってよいのか

(2016年8月1日筆)

 日銀は7月29日、「ETF2倍」「ドル資金供給2倍」という本筋から外れた追加緩和策を発表した。緩和政策の本筋である国債購入の拡大、マイナス金利の深掘りなどは今回見送られた。黒田総裁は市場が期待したヘリコプターマネー(日銀による国債直接引き受けなど)導入も否定して見せた。


マイナス金利の深掘り回避でメガバンクなど銀行株が急上昇
海外投機筋の先物買戻しで円高が急進展、1時101円台

 この追加緩和策に市場はどう反応したか。7月29日当日の日経平均は一時300円安となったが終値では92円高となった。この株価の反騰はメガバンクをはじめ銀行株が大きく買い戻されたためだ。銀行の収益を圧迫するマイナス金利の深掘りが回避されたこと、金融機関のドル資金調達コストを引き下げる「ドル資金供給2倍策」が発表されたことが好感された。

 現地29日のシカゴ日経平均先物は1万6320円と29日の東京市場終値1万6569円より250円前後安い水準で終わっており、本日(8月1日)は大幅下落して始まった。その後、銀行株が再び買われ持ち直しているが、株式市場が不安定な状態にあることに変わりはない。

 一方、為替市場では東京から海外へ取引が進むにつれ円高が進展、一時101円台を付けた。追加緩和後、3円以上の円高となった。円高の急進展は大胆な緩和策に賭けて円の先物を売っていた海外投機筋が円を一気に買い戻したためだ。

 結局、株価は不安定、為替も円高方向となったが、海外の投機筋を中心に「市場」が、「小出し」に終わった日銀の追加緩和策に失望した結果だろう。海外の投機筋や兜町など「市場」は、勝手に国債購入の拡大、マイナス金利の深掘り、ヘリコプターマネーの導入を催促し、それに日銀が答えなかった(答えらえれなかった)からといって勝手に失望したことになる。市場の一人芝居だった。


売り越しに転じた海外投資家をETF購入で穴埋め
「企業の株価操作」自社株買いと日銀の株価操作が両輪

 それより「市場」は、「ETF2倍」という、日銀による「株価操作」を意味する、問題が少なくない追加緩和策に注意を払うべきだ。

 ETFは日経平均株価やTOPIXなど株価指数に連動する上場投資信託だが、日銀はこれらETFを現在年間3.3兆円購入しているがこれをほぼ2倍の6兆円に拡大するというのが「ETF2倍」だ。7月20日現在、日銀のETF保有残高は8.7兆円に達している)が、保有残高は今後年間6兆円ずつ上積みされることになる(株価が下落すれば日銀の多額の含み損が発生する)。

 日銀がETFを購入すればその分、日経平均に組み込まれた225銘柄、TOPIXに採用された東証1部全銘柄(1960銘柄程度)が市場から一律に買い上げられることになり、株価が維持されることになる。

 ちなみに海外投資家の日本株買い越し額は2013年の15兆円をピークに14年に0.8兆円へ急減、15年には-.3兆円の売り越しに転じ、2016年は6月の半年間で-5.5兆円もの大幅な売り越しになっている。その意味で海外投資家の買い越しに依存したアベノミクス相場(円安株高)はすでに終わっていることになる。

 15年から売り越しに転じた海外投資家を穴埋めしたのが、自社株買い(事業会社の買い越し額が15年2.9兆円。これも企業の株式買い上げによる一種の「株価操作」だ)と日銀のETF買いだった。企業の自社株買いに加え、今回、日銀はETF買いを倍増することで、株価維持操作(プライスキーピング・オペレーション)をさらに強めることになる。


3営業日に一回、700億円もの株式購入で株価を下支え
日銀の目標は物価安定、株価維持が目標になったことはない

 3.3兆円のETF買いでは、日銀はETFを1日あたり350億円、3営業日に1回の頻度で購入してきた。だが6兆円購入になると3日営業日に2回の頻度で買い入れることになる。「下げたら買い」というこれまでの手法を継続するとすれば、1日当たり700億円に購入額を引き上げ、3日に1回買い入れることになると予想される。

 700億円は2兆円前後の東証一部売買代金の3.5%に過ぎないが、後場ないし大引け間際に700億円もの購入があれば、株価下落時には株価維持に大きな力を発揮するに違いない。

 だがこうした日銀の「株価維持」は、日銀が唯一最大の政策目標とする「物価安定(今は2%物価目標)」とは無縁の政策目標である。株価や地価など資産価格の引き上げは日銀の政策目標から遠い存在だ。日銀自身、日銀の金融政策は株価や地価を対象にしたものではないと一貫して述べてきた。

 百歩譲って株価維持操作によって「2%物価目標」という本来の政策目標が副次的に達成されるというのなら、どのような経路でそれが実現されるのか説明が必要だ。その説明は今回の総裁会見では全く聞かれなかった。


株価が持つシグナル機能が失われ適正な資金配分が阻害される
成長力の源泉、生産性の引き上げに逆行する「株価維持操作」

 さらに日銀の「株価維持操作」が株価の持つ本来の役割、とくに株価というシグナルに従った適正な資金配分機能を著しく阻害する点に留意すべきだ。

 市場では投資家の判断に基づいて業績の悪い会社が売られ株価が下がり、業績が良く成長力のある会社が買われ株価が上昇する。その株価の上下に従って会社間の資金配分が定まり、希少な資源の適正な配分が行われるというのが経済学の教科書の教えるところだ。

 しかし1900余の東証一部銘柄が業績や成長力の優劣に関係なく一律に買い上げられるのである。業績の悪い企業まで買われ株価が下がらない。株価が下がれば経営改革を迫られるが、下がらなければ企業は改革を怠りかねない。

 こうして日銀の「株価維持」は日本の潜在成長力引き上げのために最も重要な企業改革から生まれる労働生産性の上昇を遅らせてしまうのだ。日本経済の潜在成長率は0%台と先進国では最低クラスだ。労働生産性の引き上げが不可欠なのに日銀が「株価維持操作」によってそれを阻害していることになる。


「ドル資金供給2倍」で国内の成長力は高まるのか
政策効果についての手前みそな「総括検証」は許されない

 もうひとつの追加策「ドル資金供給2倍」も矛盾に満ちたものだ。日銀のマイナス金利の導入で日本の金融機関が投融資先を海外に求めてドル資金をあさった結果、上乗せ金利(ジャパンプレミアム)が発生、ドル資金の調達コストが上昇した。この調達コストを引き下げるために日銀はドル資金供給枠を120億ドルから240億ドルへ倍増したのだ。

 これは日本の金融機関が海外に投融資する際の障害を取り除くもので日本国内の設備投資に資金を向かわせるものではない。日銀はマイナス金利の導入によって企業に対し設備投資を急がせているのだが、投資は国内には向かわず海外に向いており日銀がそれを助長している。日本国内での設備投資こそ成長力の源泉であることを忘れているかのようだ。

 日銀は次の金融政策決定会合(9月20日、21日)までにこれまでの異次元緩和、3次元緩和などの政策効果について「総括的な検証」を行うとしている。 

 国内では消費、設備の内需が停滞、日本の実質GDP、潜在成長率はいずれも先進国で最も低い。民間の景況感も悪化、消費者物価上昇率は4か月連続の前年比マイナスを記録している。そういう事態を冷静に総括することなく、これまでと同様の「政策効果は発揮されている」という手前みその日銀総括にならないことを祈るばかりだ。

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QuonNetコミュニティ | 2016年8月 1日 15:05

この記事へのコメント

1. Posted by 杉本 小太郎 2016年8月 7日 11:22

何故海外の投資家は日本株から手を引いてしまったか、日本株にもう一度魅力を持たせるためには、日本政府は何をするべきか、具体的な政策と実現度を知りたい。
先生、9月の大西塾の案内を送って下さい。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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