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2016年2月 8日 13:57

マイナス金利導入で高齢家計も委縮、消費が危ない

(2016年2月8日筆)

 今回のマイナス金利導入は、われわれ老人所帯(小生70歳、家内67歳)の金融行動にいったいどういう影響を与えるのか、それを無視しては政策の成否を語ることはできないと思う。


60歳以上の貯蓄額は70%近く、貯蓄性資産が8割
マイナス預金金利を否定しなかった黒田日銀総裁

 昨年9月段階で、65歳以上の高齢人口は3384万人、総人口に占める割合は26.7%に達した。4人に1人以上が高齢者だ。

 総務省の家計調査報告によれば60歳代以上の貯蓄額は二人以上所帯の総貯蓄額の68.7%を占める。日銀の「家計の金融行動に関する世論調査」によれば60歳代の平均貯蓄額は1765万円だ。そのうち預貯金は54.1%、保険、個人年金が25.7%で貯蓄性の資産が80%近くを占める。株式、投信などエクイティに絡む金融資産は13.9%過ぎない(いずれも2014年)。

 こうした膨大な高齢所帯の貯蓄性資金がマイナス金利の導入でどう動くか、注意が必要だ。彼らが資産防衛に動けば預金流出が起こり銀行の金融仲介機能は低下、老人消費は減退し景気が悪化、インフレ期待はさらに低下するだろう。

 老人所帯には、黒田日銀のマイナス金利導入によって老後生活の命綱である預金がどうなるか、預金金利がマイナスになるのか、それが最大の関心事だ。この点について黒田日銀総裁は、2月4日の衆院予算委員会で民主党の前原誠司議員の質問に次のように答えた。

 「(個人の預金金利が)マイナスになる可能性は当然、否定しない。ただ(マイナス金利を導入している欧州同様)、わが国でも個人の預金金利がマイナスになる可能性はないだろうと思う」(朝日新聞2月4日朝刊、カッコ内は筆者)

 総裁は、理論的には個人の預金金利がマイナスになる可能性を否定しなかった。その一方で「マイナスになる可能性はないだろうと思う」と「ないだろうと思う」を強調した。自由金利のもと、個人の預金金利を決めるのは民間銀行であって日銀ではない。総裁は民間銀行がマイナスにしないと期待したに過ぎない。


このまま長期金利が低下するとすべての預金金利が0%に
個人預金にも実質的マイナス金利? 資産防衛に走る預金者

 その一方、総裁は、銀行の日銀当座預金のマイナス金利幅拡大の可能性を口にしている。マイナス金利導入によって普通預金の金利は0.001%に下がった。100万円預けて年間1円(税込み)の金利収入だ。マイナス金利幅の拡大が予想されれば10年物国債の利回り(長期金利)がさらに低下、定期預金の金利も普通預金並みになるに違いない。1億円定期で年間利息1000円(税込み)だ。

 このまま長短金利が低下すればすべての預金金利が0%になる時が来よう。個人の預金金利がマイナス(預金すれば金利を徴収される)になれば預金の取り付け騒ぎが起きかねない。銀行は個人預金金利のマイナス化には慎重になるだろう。

 しかし、個人預金口座から口座管理料を取る方法もある。三菱東京UFJ銀行は大企業などの普通預金に口座手数料を導入することを検討と報じられている(日経2月3日朝刊)。金利をマイナスにしなくても個人預金に口座手数料を課せば、実質的マイナス金利となり、銀行は預貸利ザヤの低下による収益減少を補うことができる。それを日銀も金融庁も止めることはできないだろう。

 黒田日銀お得意の「期待の経済学(経済主体は予想に従って行動すると見る)」を使えば、「手数料徴収であれ、マイナス金利であれ、銀行に預金すれば損すると予想すれば、高齢預金者はどういう行動をとるだろうか」。

 前述の日銀調査によると、金融資産(貯蓄)保有動機の67.5%は「老後の生活資金」、64.0%が「病気や不時に災害への備え」(複数回答)だ。元本目減りを嫌う「安全性」、すぐに引き出せるという「流動性」を重んじる保有動機が70.8%に達している「収益性」を重んじる人は16.7%に過ぎない。

 こうした極めて保守的な貯蓄動機は老齢所帯でも変わるまい。これを前提にすれば高齢預金者が「老後資金の目減り」への防衛手段をとることが予想される。

 まず、預金を取り崩して配当利回りの高い株式を買う、あるいは邦銀より金利や利回りが高い外貨建て資産に振り向けるという行動が予想される。こうなれば株高円安となり黒田日銀の思うつぼだが、株式には値下がりリスク、外貨建て資産には為替手数料に加え円高リスクが付きまとう。普通の高齢預金者なら、失敗すれば老後生活が破綻、「下流老人」になるリスクを抱え込むのを嫌うはずだ。


現金を下ろし「タンス預金」すれば信用創造が収縮
損覚悟で預け続けるなら高齢者中心に消費切り詰め

 預金者として思い付く防衛手段の第一は、預金を下ろして現金のまま保有する、いわゆるタンス預金の実行だ(高齢預金者がオレオレ詐欺に騙されタンス預金を減らさなければよいのだが...)。マイナス金利導入で先駆した欧州でのアンケート調査でも「タンス預金」を希望する預金者が一番多かったという。

 タンス預金が今後増えるかどうか、よくわからない。仮に、預金者がマイナス金利幅拡大に反応してタンス預金に走れば銀行預金が流出、預金が原資の「信用創造」が収縮することになる。口座管理料の徴収で企業の預金が銀行外に流出しても同じだ。信用創造が収縮すれば、経済も収縮する。

 高齢預金者で最も多いのは、私もそうだが、投資にもタンス預金にも踏み切れず損を覚悟で預貯金を続ける、身を縮めて嵐(マイナス金利の危機)が過ぎるのを待つという行動パターンだろう。

 この場合、高齢預金者の消費は減退することになる。マイナス金利を導入したスイスや北欧両国(デンマーク、スウェーデン)では「マイナス金利に向け政策金利が急低下する過程で家計の貯蓄率が急上昇した」(日経2月8日「エコノフォーカス」)という。

 40歳の中高年層は65歳以上の老後生活に備える。65歳の高齢者は80歳の老後を考え、75歳の高齢者は90歳の老後に備える。高齢者も「老後の老後」に備えるのだ。景気悪化、低成長を暗示するマイナス金利導入を見て老後不安はさらに増す。それに備えるための貯蓄がマイナス金利の導入で目減りすると予想されれば、預金者が消費支出を切り詰める行動に出ても不思議はない。

 消費増税後、物価上昇あるいは期待インフレ率の上昇が見られたが、物価上昇を上回る賃上げは実現されず、物価上昇による前倒し消費は起こらなかった。しかし預貯金は拡大した。消費者、預金者は日銀の想定に反する行動に出る可能性がある。マイナス金利導入で貯蓄が増え消費が縮み、景気が良くならず物価も上がらないという事態もあり得るのだ。

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QuonNetコミュニティ | 2016年2月 8日 14:00

この記事へのコメント

1. Posted by サカグチ ブンケン 2016年2月 9日 09:13

大西良雄先生、
時事ネタをベースに、大西先生ならではの経済、経営の切り口から毎度わかり易いお話をいただき、ありがとうございます、楽しみにしております。大変ご無沙汰しております、お元気そうで何よりでございます。

中国の一企業が米国シカゴ証券取引所を約1億ドル買収する旨の記事がございました。そもそも証券取引所が買収されることがあるのかというのが率直な感想でしたが、いつかこのこともネタに、現在の世の中をばっさりと料理いただけますと大変幸いです。

それでは、今後とも本ブログのますますのご発展をお祈り申し上げます。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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