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大西良雄ニュースの背後を読む

2015年11月

2015年11月30日 14:29

軒先まで走る移動スーパー「とくし丸」に拍手

(2015年11月30日筆)

 政権にすり寄り、大企業出身の財界首脳は「税金を負けてくれれば、設備を作る、賃上げもする」と言ってはばからない。これに対して移動スーパー「とくし丸」の住友達也社長は「補助金はいりません」と言い切り独立の気概を示した。


過疎地、都会の住宅団地の「買い物難民」が顧客
小型トラックの移動スーパーが軒先まで出向く

 朝日新聞11月28日の土曜日別紙「be」が、「買い物難民支援 軒先まで走れ」と題して移動スーパー「とくし丸」社長の住友達也さん(58歳)を紹介している。久しぶりに胸がすく起業家の紹介記事だった。

 記事によると、住友さんは23歳で徳島のタウン誌「あわわ」を創刊、地方の雑誌文化を盛り上げる一方、吉野川河口堰の建設中止に追い込んだ地方運動家だった。従業員50名までに育て上げた「あわわ」を広告会社に譲渡した後、8年間の半隠居生活を終えて「とくし丸」を起業したという。

 人口減少と高齢化が進み近くの商店が次々に消え、歩ける距離で買い物ができない「買い物難民」が急増している。買い物難民は地方の過疎地だけでなく高齢化した都市部の住宅団地などでもみられる。「買い物に行くのがしんどくなった」という母親の言葉が住友さんの背中を押した。

 買い物難民が移動スーパー「とくし丸」の顧客になった。生鮮食品など生活必需品1500点をトラックに積み込み顧客の軒先まで週2回出向く。社長の地元徳島の山間部から始まり現在は東京・四谷まで27都道府県を走るという。


負担はトラック購入代だけ、ロイヤリティーは月3万円の定額で低額
東京の本部に利益を吸い上げるコンビニとは大いに異なる

 事業システムも特徴的だ。販売パートナーと呼ばれる個人事業主が300万円余でトラックを買い、トラックで顧客の軒先まで訪ねて商品を販売する。商品は地域の契約スーパーから仕入れる。

 住友社長が率いる本部(4名)は、販路の調査、販売、仕入のノウハウを個人事業主に提供することになるが、個人事業主が本部に支払うロイヤリティーは月3万円の定額で低額だ。加盟店から売り上げの30%~43%のロイヤリティーを吸い上げ巨大な利益を挙げている大手コンビニの本部とは大きく異なる。

 なお「とくし丸」では、売れ残り商品は仕入れ先の地域スーパーが引き取り、値引き販売して処分してくれる。商品の廃棄ロスを加盟店に負担させる大手コンビニとは、この点でも異なる。

 住友社長は、「コンビニは利益の多くを東京の本部が吸い上げる。私たちは提携(地域)スーパーの売り上げを増やし、事業者(個人事業主)、地域社会に利益を還元する仕組みをめざします」(カッコは筆者)と述べている。

 また、「①命を守る(買い物弱者の支援、見守り)、②食を守る(地域スーパーの役割を果たす)、③職を創る(社会貢献型の仕事創出)の三つ」を事業目的に掲げている(以上、「朝日新聞」11月28日を引用)。


個人事業主は月収30万円~40万円、非正規の月収凌ぐ
パートナー志望、地域スーパーの提携申し込みが相次ぐ

 現在、移動スーパー「とくし丸」は約100台が稼働しているが、一台当たりの顧客数は50名~60名、売り上げは1日8万円強だ。商品1点につき10円を原価に上乗せ、その半分の5円を個人事業主が取り、残りを仕入れ先の地域スーパーか、本部がとる仕組みだ。個人事業主の月収30万円~40万円になるという。

 30万円~40万円という個人事業主の月収は、正規社員の平均月収39万円(13年国税庁調べ)にはやや及ばないが、非正規社員の平均月収19万円を大きく凌ぐ。コンビニのアルバイトをしているよりましな月収になる。

 「とくし丸」の顧客の95%は女性、キャッチフレーズは「おばあちゃんのコンシェルジェ」だ。常連客の健康状態や趣味も把握、頼まれれば電球の取り換えも手伝い、「週に2度も顔を見せてくれて息子以上の存在」と慕われている。月収も大切だが、個人事業主にはおばあちゃんたちに喜ばれるのが何よりだろう。

 記事によると、大手商社から人もカネも出すといって規模の一挙拡大を持ちかけられたが、住友社長は断ったという。コンビニ経営に出資、投資収益を上げている大手商社も少なくない。その誘惑に負けず「利益より周囲の人間関係によって商売を広げることで地域の疲弊を何とかしたい」と住友さんは語っている。

 大手商社に頼らずとも、地域スーパーからの提携申し込みや個人事業主のパートナー志望が相次ぎ、規模は自然に拡大していく。介護商品など取扱商品の幅も広がる。1万円だけ払い出せる携帯ATMの導入も計画している。

 必要は発明の母、だ。「買い物難民」の必要から生まれ、おばあちゃんたちの孤独に向き合う「とくし丸」に拍手を送りたい。なお「とくし丸」は、創業地の徳島に「篤志」をかけたものだという。

2015年11月24日 14:41

個人も「日経レバ」使ってささやかに「安倍トレード」

(2015年11月24日筆)

 チャイナショックで急落した日経平均株価は急速に回復、2万円の大台に接近している。回復を牽引したのは海外ヘッジファンドだった。


手負いの海外ヘッジファンドが「安倍トレード」を再開
個人投資家の投資超短期化(デイトレード化)も広がる

 海外ヘッジファンドは日本株の先物を買う(ロング)一方、円の先物を売る(ショート)という「ペアトレード」(アベノミクス相場でのヘッジファンドの手口を表すという意味で「安倍トレード」ともいう)を再び仕掛けた。

 例年、11月は株価が下落するというアノマリー(経験則)がある。ヘッジファンドが11月末ないし12月末に決算期を迎え決算対策売りを出すためだといわれている。しかし今回はアノマリーに反して11月の株価は上昇した。

 海外ヘッジファンドは8月のチャイナショックによる世界同時株安での大きな損失を被った。その損失を決算前に取り戻すために日本株の先物と円先物の「ペアトレード」を仕掛けた。その結果、再び株高円安に転じた。

 株の先物買いは売り、円の先物売りは買い戻しという反対売買によって清算される。決算期末に向け海外ヘッジファンドが利益確定のための「株売り、円の買戻し」という反対売買に転じる結果、「株価が下落し円が上昇する」というリスクが高まると見る市場関係者も少なくない。

 日本の株式市場が、海外ヘッジファンドによる「安倍トレード」に翻弄される中、市場のもう一人の主役である個人投資家の投資期間が超短期化しているという。今日買って明日売る、朝買って夕方までに売る、いわゆる「デイトレード」だ。これがセミプロだけでなく一般の個人投資家にも広がってきた。


日経平均の2倍の値動き「日経レバ」「日経2倍」に飛びつく
トヨタやソフトバンクを大きく上回る日経レバの売買代金

 一般の投資家にも使いやすい「デイトレード」のための格好の投資商品も登場している。野村アセットマネージメントが2012年4月に設定した「日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信」(コード番号1570)だ。通称「日経レバ」と呼ばれ、アベノミクス相場に乗って人気化した。

 最近ではシンプレクス・アセット・マネジメントが2013年5月に設定した「日経平均ブル2倍上場投信」(コード番号1579)、通称「日経2倍」も「日経レバ」を追って人気化している。

 「日経レバ」は、トヨタ自動車やソフトバンク、東京三菱UFJFGの日本の代表銘柄を大きくしのいで売買代金トップを独走、「日経2倍」も売買代金ランク10位以内に顔を出すようになった。

 日経レバも日経2倍も日経平均株価に連動した上場投資信託(ETF)だが、日次の日経平均変動率の2倍の値動きをするように設計されている。単純化すれば、日経平均株価が100円上がれば日経レバ、日経2倍は200円上昇する。株価に2倍のレバレッジ(梃子)が掛かっている。これが人気化の主因だ。

 個人投資家は、信用取引口座を開けば、積んだ証拠金の約3倍の信用買い、信用売りができる。日経レバや日経2倍でも証拠金の約3倍の信用買い、信用売りができる。株価で2倍、取引額で3倍のレバレッジが掛けられることになる。

 例えば日経レバの時価(11月20日終値)は1万6530円だ。日経レバは1口単位で購入できる(日経2倍は10口単位)が、100口買えば購入代金は約165万円になる。信用取引を使えば54万円前後の証拠金(元手)で最大100口の日経レバが仕込める勘定だ。


シカゴ日経平均先物の終値を強く反映する日経平均株価
ヘッジファンドに翻弄される相場に抗するささやかな知恵

 日経レバや日経2倍の値動きは激しい。1日で500円以上、値上がりすることも珍しくない。かりに日経平均が250円上昇すれば日経レバは500円上昇、100口買えば100口×500円=5万円の値上がり益が確保できる。うまくすれば54万円の元手で5万円の値上がり益が短期間に得られる計算だ。

 値上がりを見越して日経レバを信用買いした後、値下がりを予想して日経レバを信用売りすれば、信用買いによる値上がり益と信用売りによる値下がり益の両方が1日、2日の間に得られることもある。日経レバ、日経2倍は短期の値上がり、値下がりの差益を好む個人投資家には格好の投資対象なのだ。

 日経平均株価の予測のほうが個別銘柄の株価予測より易しいと考える個人投資家も多い。個別銘柄は会社側、アナリストの業績見通し、ファイナンス、スキャンダルなど個人には予測が難しい要素が多く、銘柄選びに苦労する。個人投資家には日経レバや日経2倍という単純な「銘柄」を選ぶだけという手軽さがある。

 しかも当日の日経平均株価には、海外ヘッジファンドたちのディーリングの結末である「シカゴ日経平均先物」の終値という参考株価が提供される。時差の関係でシカゴ市場のほうが東京市場より半日遅れて始まる。東京時間の午前6時ごろに示される「シカゴ日経平均先物」の終値が、当日9時から始まるに東京市場の日経平均株価にそのまま反映されることも少なくない。

 もちろん日経平均がシカゴ先物とは逆に動くこともあるが、多くの場合、正比例する。テレビに登場する証券ストラテジストの当日の日経平均の予想もシカゴ日経平均先物の終値が基準になっている。日本の株式市場は海外ヘッジファンドのディーリングの「安倍トレード」に絡めとられているといって良い。

 日経レバ、日経2倍を用いて超短期投資に走る個人投資家を「カジノ化した」と断ずる向きもあろう。しかし、彼らの超短期投資は、日銀の異次元緩和と海外ヘッジファンドに翻弄されるアベノミクス相場に抗する個人投資家のささやかな知恵、あるいは自己防衛策と言えなくもない。

 蛇足ながら、以上は、値上がり、値下がりの予想が図に当たればそうなる、という話だ。レバレッジ倍率が高いと日経平均株価の予測に失敗すれば損失も大きく膨らむ。ということを個人投資家は肝に銘じておきたい。

2015年11月16日 14:10

950万人もの「ミスマッチ失業者」をどうする

(2015年11月16日筆)
 
 「求人なくて働けず失業 23年ぶり解消」(日経新聞11月15日付)という興味深い記事があった。今年7~9月平均の完全失業率が、「ミスマッチ失業率」(日銀の推計)を下回り、職種などの条件にこだわらなければすべての人が働ける状況だという。1992年7~9月以来、23年ぶりだという。


需要不足失業は解消だが、ミスマッチ失業率は高水準
求人が多いのは過酷労働、低賃金、解雇自由の労働者

 分かりにくいので、少し解説する。失業には、景気が悪く求人数が求職者数を下回るために発生する「需要不足失業」と、求人はあっても求職者との職種などの条件が合わないために生じる「ミスマッチ失業」の2つがある。

 2015年9月の有効求人倍率は1.24倍、つまり求人数が求職者数を上回る状態が継続、「需要不足失業」は解消している。9月の完全失業率は3.4%、失業者数は227万人だ。需要不足失業が解消しているとすれば、9月の失業者のすべてが求人者と求職者との就労条件が合わないミスマッチ失業者となる。

 かいつまんで言えば、職種や賃金、労働時間、その他就労条件に文句を言わなければ227万人失業者のすべてが「働ける」状態だというのだ。

 求人が多く、有効求人倍率が1倍を大きく超える職種は、過酷労働のわりに低賃金の土木建設作業者、バス・トラック運転手、介護士・保育士、低賃金の接客・給仕、飲食調理従事者だ。低賃金のうえ解雇自由の非正規社員の有効求人倍率は1.33倍と高い

 求人が少なく、有効求人倍率が1倍を大きく下回る職種は、製造技術者、組立作業員、一般、会計、販売など事務職だ。そして正規社員の有効求人倍率は0.78倍と1倍を下回る。

 いくら求人が多くても、過酷労働のうえ低賃金、解雇自由の職種に付きたいと思う求職者は少ない。需要不足失業がなくなったといって自慢するのでなく、「ミスマッチ失業」が高水準のまま放置されていることを憂うべきだ。解決すべき雇用問題の本質は過酷労働、低賃金、解雇自由という就労条件にある。


労働力不足なのに「950万人が就業を希望」という矛盾
一億総活躍は「ミスマッチ失業者」の活躍から始めよ
  
 これに関連する、学者、財界人ら民間4議員が11月11日の経済財政諮問会議に提出した「GDP600兆円の強い経済実現に向けた緊急対応策について」と題する文書の冒頭に意味深長な記述があるので紹介する。

 「企業収益は大きく改善しているが、それに比べ設備投資や賃金は十分に回復していない。また、雇用面で見ても、新たに働きたい、もっと働きたいと希望している人が950万人存在している。」

 アベノミクスが抱え込んだ日本経済の矛盾の本質を言い当てる文章だが、意外感があるのは「新たに働きたい、もっと働きたいと希望する人が950万人存在しているという記述だ。

 労働力不足が喧伝されているのに、9月雇用者総数5687万人の16.7%にもなる950万人が就業を希望しているといっているのだ。これは驚きだ。

 「新たに働きたい」「もっと働きたい」と希望する人の定義が明確でないため、950万人という数字の根拠がはっきりしない。当方で、類推するしかない。

 一つは、非労働力人口(15歳以上の休業者および完全失業者以外の人)のうちの就業希望者404万人の存在だろう(「労働力調査」によると2015年7~9月期平均で男性110万人、女性293万人が就業を希望。)。

 彼らは、就業を希望しているが、「適当な仕事がありそうにない」「出産・育児、介護・看護のため」などの理由から求職活動をしていない人たちだ。彼らも求人があってもその条件が悪く就職希望に合致しない、潜在的な「ミスマッチ失業者」と言ってよいだろう。

 この潜在的ミスマッチ失業者に、前述の顕在化しているミスマッチ失業者227万人を加えれば631万人になる。就業を希望している950万人のうち3分の2が「ミスマッチ失業者」になる。

 残り320万人余は、安定した雇用の下で「もっと働きたい非正規」、年収103万円の壁に阻まれ「もっと働きたいのに働けない主婦パート」など1986万人(非正規比率37.2%)の非正規社員の中に求められるのではないか。彼らも、就労条件が整わず働かせられている「ミスマッチ労働者」だろう。

 アベノミクスの結果、労働力不足が顕在化、労働需給がひっ迫し賃金が上昇すると政府・日銀はいう。しかし、彼らが低賃金の非正規市場に次々に参入する状態では、賃金は全体として上昇しない。円安と消費増税で物価水準が引き上げられたのに賃金が上昇しないから実質賃金、実質消費が停滞、景気が足踏みしているのだ。

 経済財政諮問会議の民間議員は「新たに働きたい」「もっと働きたい」と希望している広い意味での「ミスマッチ失業者」が大量に存在すると認めたに等しい。

 ならばその認識のもと、950万人もの「ミスマッチ失業者」がなぜ発生しているのか、詳しく分析してほしい。そのうえで950万人の活躍の場をどう作るか、その政策を提案してほしい。「一億総活躍」政策の最優先テーマはミスマッチ失業者に活躍の場を、官民挙げて提供することにある。

2015年11月 9日 14:15

「官民対話」で国内の設備投資は増えるのか

(2015年11月9日筆)

 10月16日から断続的に安倍総理を座長とする「未来投資へ向けた官民対話」が開かれている。安倍内閣は一昨年来、「政労使会議」で労使に賃上げを要請してきたが、今回の「官民対話」の狙いは、経済界に対し国内での設備投資の拡充を促すことにある。


円安株高と法人減税でたんまり儲けさせたのに、なぜ?
笛吹けど踊らぬ経済界への安倍政権の不満と苛立ち


 下表は麻生太郎財務相が10月16日の第一回「官民対話」に提出したものだが、笛吹けど踊らぬ経済界に対する安倍政権の不満、苛立ちを表す資料となった。

企業収益は大幅増だが、増えない賃金、不十分な設備投資(単位兆円、%)
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(注)「官民対話」(10月16日)での麻生議員提出資料から作成

 表は法人企業統計による安倍内閣発足時の2012年度末から2014年度末までアベノミクス2年間の数字だが、この間、法人企業は経常利益を33.2%増やし、内部留保を16.4%、現金預金等を10.6%も積み上げた。

 なのに、設備投資は内部留保の増加率を下回る14.8%増にとどまった。従業員給与・賞与に至っては0.2%しか増えていない。

 円安株高でたんまり儲けさせたのに、従業員給与・賞与を増やさないから消費が盛り上がらない、設備投資に慎重すぎるから成長のエンジンが作動しない。その結果、アベノミクスが疑われ始めたと言いたげな数字だ。

 麻生財務相の提出資料には「これまでの法人税制の対応」という文書も添えられている。平成25年度以降、「設備投資や賃金引き上げを促進するための政策税制」、「復興特別法人税の1年前倒し廃止」、「成長志向の法人税改革」を行ってきた、と。

 いずれも法人減税だが、減税という飴までしゃぶらせたのに経済界はなぜ設備投資に動かないのか。安倍政権は経済界への苛立ちを隠さない。


内部留保のほとんどが投資有価証券に回った
海外投資には積極的だが国内投資には慎重


 これまでの法人減税はほとんどが内部留保(利益剰余金など)に吸い込まれたという見方もある。しかし、企業は投資に不熱心だというわけでは必ずしもない。

 榊原定征日本経団連会長が「官民対話」に提出した資料はそのことを如実に示した。法人企業統計)によると、過去10年間(04年度末~14年度末)で「利益剰余金(内部留保)」は204兆円から354兆円へ150兆円増えた。その一方、「投資有価証券」」が137兆円から269兆円へ132兆円増えている。

 つまり、内部留保の増加分はほとんど投資有価証券に回されたことになる。

 「投資有価証券」は子会社や関連会社などへの投資総額を表す。日本の企業は過去十年、海外での現地子会社設立やM&Aによる海外企業の買収・提携によって「投資有価証券」を大きく膨らませてきた。

 清田瞭日本取引所グループCEOが提出した資料では、2014年度、資本金10億円以上の企業のM&A投資は13.9兆円と過去最高を記録したという。日本の企業は海外投資には過去も現在も極めて積極的だといってよいだろう。

 企業が慎重なのは国内での設備投資なのだ。日本の製造業の設備年齢(2013年)は16.3年、非製造業は15.5年と老朽化が著しく、更新投資の潜在需要は旺盛である。にもかかわらず、国内の設備投資は計画倒れでいっこうに盛り上がらない。

 その最大の理由は、日本市場が海外市場に比べ成長に乏しく投資収益率が低いことにある。

 日本では人口が減少、少子高齢化が進み需要の増加が見込めない。円安で輸入原材料が高騰、産業用電力料金も海外に比べ高い。需要が伸びないのにコストが大幅上昇している以上、投資収益率は上向かない。法人税減税で外国企業の誘致に成功したとしても、日本企業のライバルになるだけだ。

 それだけではない。設備投資をしようにも人手不足が深刻化、要員確保がむずかしい。安倍政権は要員不足を補う外国人労働者の導入には極めて消極的だ。


海外工場・設備の国内回帰は容易ではない
安倍総理は投資失敗の責任を取ってくれない


 政府は工場や設備の国内回帰を期待しているようだが、海外に出た設備・工場を取り壊し国内に設備を移設・新設することは簡単ではない。

 進出国での投貸本の回収度合い、内外投資収益率、イノベーションの見極め、円安の定着度合い、TPP(環太平洋経済連携協定)の行方など検討すべきことは多々あり、国内回帰の経営判断には多くの時間と労力を必要とするだろう。

 賃上げにせよ設備投資にせよ、最高の経営判断に属することである。「政労使会議」を通じた賃上げ要請がそうであったように、法人税減税や様々な法人優遇策を餌に経営判断に変更を迫っても、経営がこれに簡単に答えることはない。

 また答える必要もない。なぜかと言えば、それは経営の自主判断と自己責任に属するテーマだからだ。かりに安倍総理の懇願を受け入れ地消地産の海外設備を国内に回帰したとしよう。その後、再び円高に転じた回帰設備の輸出採算が悪化、赤字に転じた。投資は失敗したのかもしれない。

 しかし、その投資失敗は経営者の責任に属する。安倍総理が責任を取って投資失敗の損害を補償してくれるはずもない。経営者は投資に失敗すれば従業員や株主から追放されるが、政治家は選挙に勝てばすべてが免罪される。政治家はよほどのことがない限り責任は取らないと経営者は肝に銘じ、投資の自己判断に全力を尽くすべきであって、政治家の懇願に応える必要などさらさらないのだ。

2015年11月 2日 14:28

ジャーナリストの「個人史聞き取り調査」に参加して

(2015年11月2日筆)

 早稲田大学でジャーナリズム・メディアの歴史を教えておられる土屋礼子政治経済学術院教授が研究室の学生と一緒にユニークな調査を行っておられ、小生もそれに参加する機会がありました。

 その「ジャーナリスト・メディア関係者 個人史聞き取り調査」と題する調査は、戦後のメディア及びジャーナリズムで活動したメディア関係のOBに毎年30名ぐらいインタビューしてその個人史を記録して残すというものです。

 1年目は政治部出身記者、2年目はテレビ関係者、3年目は広告代理店関係者、4年目は科学ジャーナリスト、5年目はアジアを中心とした国際報道関係者に研究室の学生たちがインタビューをしたそうです。

 6年目の今年は、約30名の経済記者OBに個人的体験を聞くということです。小生、さしたるスクープも自慢すべき経済分析もない経済記者でした。大した参考にはならないとは思いますが、経済記者のほかに雑誌、書籍の編集者、経営者(出版、営業、編集)などいろんな仕事を経験した者の個人的な体験談であればということで、インタビューをお受けすることにしました。

 インタビューは完成したばかりの3号館(政経学部)の9階演習室で行われました。インタビュアーは研究室の男子、女子2名の学生でした。ともに就職活動を控えた3年生でしたが、こんなにすがすがしい、熱心な学生が小生の大学3年生の頃にいたか、思わず自らの過去を振り返ってしまいました。


受験にことごとく失敗、仕方なく入った大学
バリケード封鎖の後ロックアウト、卒業試験無し

 どこで調べたのか、小生の高校、大学から始まる詳細な小生の個人経歴を手元において、2人の質問は始まりました。

 最初の質問は、上智大学の経済学部になぜ入ったのか、学生運動が盛んだった時代入られた大学時代をどう過ごしたか、どういう経緯で東洋経済新報社に入社したのかというものでした。

 「1年浪人のうえ受験した3大学3学部のうち受かったのは上智の経済学部だけだった。ここしか行く大学がなかった」

 「小生はやや日和見的なノンセクト・ラジカルズだったが、10.21の新宿騒乱罪適用の時には反戦デモの流れで新宿にいた。中核、革マル、社青同解放派など全共闘が大学をバリケードで封鎖、上智大学は全国の大学に先駆けて機動隊を導入し封鎖を解除してロックアウト、幸か不幸か卒業試験、卒業論文無しで卒業できた」

 「就職試験はたくさん受けたが、多くの会社から『ご期待にそえず残念』という電報をいただき、10社目にようやく合格通知をいただいたのが東洋経済だった。ありがたかった」

 最初の質問には、大学も東洋経済も、偶然というか、他に選択肢がないというか、仕方なく入った末に、経済ジャーナリストの人生を歩くことになったと答えました。その後2名の学生が繰り出す質問に、3時間余り答えることになりました。その詳細は割愛しますが、一点だけ触れおきます。


自由で民主的な言論空間に入社してびっくり
給料をいただいて大学院並みの勉強ができた

 人生は分からないもので、偶然、仕方なく入った東洋経済新報社は、社長も先輩も全て「○○さん」と肩書なしで呼び合う民主的で極めて自由な、小さいながらジャーナリズムの歴史に記憶される経済出版社でした。

 不勉強極まりないのですが、そのことを入社するまでまったく知りませんでした。入社するとそこは戦前から自由主義、民主主義、平和主義、国際協調主義の論説を貫く言論空間でした。これらの言説はいまでも歴史学者の研究対象になっています。

 その自由闊達な言論空間から、大正期の急進自由主義をリードした三浦銕太郎氏、自民党2代目総裁の元首相・石橋湛山氏、史上初の経済評論家となった高橋亀吉氏などの素晴らしい先輩記者が輩出されています。彼らはオーナーでも何でもない、小生と同じ単なる社員出身の記者だったのです。

 そんな恵まれた環境の中で、多くの仕事を与えられ、その仕事を通じて経済学、マクロ経済分析、産業分析、会社分析を勉強する機会を得ることができました。まるで有給の大学院生になった気分でした。そのうえ、畑違いの書籍編集、未知の出版局長、営業局長の仕事まで与えられ社員冥利に尽きる思いでした。いずれも新しい発見のある楽しい仕事でした。


「経済雑誌は戦後どんな役割を果たしたか」と問われ
経済ジャーナリストにいかなる価値があったかと自省

 「大学受験にも就職試験にも失敗した人間に、幸運が舞い込んだような人生でした」と、いい気分でお答えした後、最後に落とし穴がありました。

 お二人の最後の質問は、「経済雑誌は、戦後日本にどのような役割を果たしたと思われますか」というものでした。言い換えれば、経済出版社である東洋経済新報社とそれに属した小生らは、戦後経済の役に立ったのかというご下問です。

 東洋経済の先輩たちは戦前、政治外交面では植民地放棄、侵略反対を訴える「小日本主義」、経済政策面では円安によるデフレ回避を主張する「新平価金解禁論」などで気を吐きました。残念ながら歴史はこの言論とは逆の方向に動き、敗戦を迎えました。それでも、これらの言説は歴史に記録されました。

 戦後、小生が入社した後でも東洋経済を舞台に変動相場制かクローリングペッグ方式かを問う「円切り上げ論争」、現在の量的緩和論争の走りとなった「マネーサプライ論争」、バブル崩壊後の「日本型経営や法人資本主義への批判」論争などが展開されました。小生もそのほんの一部に参画しましたが、果たしてどれぐらい政策に影響を与えることができたか、心もとないものがあります。

 改めて、「お前らは戦後経済に役に立ったのか」と聞かれ、大いに戸惑う始末でした。言論とか情報とか、不確かで形が見えないものを世の中の一部に提供している経済ジャーナリストにいかなる価値があるのか、死ぬまで分かりっこないと思わざるを得ないというのが、正直なところです。

 自制を促す鋭いご質問、ありがとうございました。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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