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大西良雄ニュースの背後を読む

2015年4月

2015年4月27日 16:18

子供たちの元気なざわめきを聞き続けたい

(2015年4月27日筆)

 毎朝、8時すぎ、小宅の玄関前を小学生の通学班が通ります。小宅の玄関と隣のクリニックの玄関の間にゴミ置き場があります。たまには小生もゴミ出しをするのですが、家内が「子供たちの通学の邪魔にならないように」ときつく言いますので、小生、通学班が通過した後にゴミを出すようにしています。


玄関先で通学班の子ども、公園で遊ぶ子どものざわめきを聞く
古稀を迎えた年寄りに「こんにちは」と元気にあいさつ

 通学班の先頭と最後尾には、旗を持った大人と見まがうような大柄の子供がいます。その間にはランドセルが歩いているように見える小さな1年坊主からおしゃべり好きな上級生まで、ずらっと並んで歩いて行きます。ほんの一時ですが玄関前がざわざわと賑わう朝がとても気に入っています。

 10時過ぎになると近くの公園から幼児のはしゃぐ声が聞こえてきます。若いお母さんに連れられた保育園や幼稚園に入る前の子供たちが公園の砂場やブランコ、滑り台で遊んでいるのです。午後には保育園や幼稚園から帰ってきた子供が合流、3時過ぎには近くの小学校を終えた子供たちが公園の広場に集まりサッカーなどしたりして、公園のざわめきが膨らんでいきます。

 ここ数年、新しいマンションが次々にできたせいでしょうか、町内に子供の数が増え、通学班の列が長くなり、公園で遊ぶ子どもの数が多くなりました。パソコン仕事に飽きて庭の雑草などを摘んでいると、小生の耳に子供たちのざわめきが伝わってきます。学校で教えているのでしょうか、年寄りの小生に出合って「おはようございます」「こんにちは」と元気にあいさつしてくれる子供もいます。子供にあいさつされて悪い気はしません。思わず笑みがこぼれます。

 小生、4月19日が誕生日で満70歳、古希を迎えました。この町内、この公園のそばに住んで40年になりますが、子供たちのざわめきを心地よく感じるようになったのはつい最近のことです。誠に申し訳なかったのですが、仕事や忙しさを言い訳に子供の保護者会のことも町内会のお祭りのことも、そしてゴミ出しもすべて家内任せでした。通学班や公園の出来事を書いている今でさえ、家内に事情を聞かなければ何も正確なことは書けないという始末です。

 還暦を過ぎ古希を迎え、次に迎えるのは喜寿の77歳です。父親は喜寿を祝った後の78歳で亡くなりました。ここから先、何年生きられるのか、もうそんなに人生は長くないと考えるようになってから、子供たちのざわめきが気になりはじめたようです。できるだけ長く、幸せそうな子供のざわめきが続いてくれますようにと願うようになってきました。


ここ10年来、きれいな草花に無感動な子供たちが増えた
スマホやLINEに支配され他人への接し方がわからない

 この公園で遊ぶ幼児たち、玄関先を歩く通学班の子どもたちは、このさきいったいどのような人生を歩むのでしょうか。小生が人生を終える頃、彼らは高校、大学を終え社会人になっているはずです。

 ちょっと心配なのは、彼らの情緒です。いま小宅の玄関、庭先には紅のクレマチス、黄色もモッコウバラ、紫色の藤、オダマキ、あやめなどが咲いています。しかしその前を通る通学班の小学生から「きれいな花ね」という声を聞いたことがありません。ここ10年来、家内の英語塾にくる子供たちも花の美しさには無反応だそうです。

 心配なのは、友達など他人への接し方です。子供たちがLINEなどに加わるのは友達が欲しいからだと思います。しかし先日、電車で学校帰りの友人と思われる2人の高校生に乗り合わせましたが、ともにスマホをいじっているだけで降りるまで一言も口をききませんでした。

 スマホやLINEに支配され、互いに向き合って会話することが少なくなれば友達関係は表面的になり、友達への接し方が時にいびつになりがちです。喧嘩の仕方がわからない子もいます。携帯やパソコンもなく、対面して友人と付き合った青春時代を送った年寄りには心配でなりません。

 受験も心配です。早い子であれば幼稚園・小学受験から始まり、中・高校受験、大学受験、そして就職試験と続くのです。多い子で嫌な受験が6つも待ち受けています。受験は人生の序盤にどの子も味合わなければならない試練ですが、彼らは多すぎる試練に立ち向かわなければなりません。ところが最後の就職試験に失敗し、非正規雇用の泥沼に足を突っ込む若者もいるのです。非正規雇用が蔓延するような社会が早く終わってくれればよいのですが...。


消費税率20%を越す高負担時代のこの子たちは生きる
民族、文化、宗教の多様性を理解できる大人になれるか

 彼らが社会人になる頃、日本国政府の長期債務残高は1500兆円にのぼっているかもしれません。われわれが長生きすればするほど医療や介護の費用がかさみ政府債務は増えます。その返済を少ない数の今の子どもたちが将来担うのです。社会保険料はさらに上昇、消費税率も20%を越しているかもしれません。その高額の負担に耐えるだけの給料を彼らは得られているでしょうか。

 ほかに税金や社会保険料を負担してくれる労働者がいれば彼らも救われます。それは外国人労働者です。しかし、いまのような民族自尊、ナショナリズムの高ぶり、その結果としての他民族蔑視の風潮が続く限り、外国人労働者の受け入れ拡大などありえないでしょう。将来、いまの子どもたちが文化や民族の多様性を受け入れる柔軟な人間になっていることを願うほかありません。

 しかし今、この願いとは逆の方向に日本も世界も動いているように思えます。民族の多様性を認め合うのではなく、民族や文化、宗教の差をいたずらに際立たせる結果、世界は対立紛争を繰り返すようになっています。

 日本でも日本人の優秀さを自画自賛するテレビ番組が横行しています。これらが子供たちに民族自尊とナショナリズム(国家主義)、ひいては他民族蔑視の潜在意識を植え付けてしまわないか、心配です。民族自尊・ナショナリズム、他民族蔑視は国民を戦争へ駆り立てる大きな誘因になるというのは歴史が教えるところです。

 先行き短く暗くなりがちな小生ら年寄りにとって、通学班で通う子どもたち、公園で遊ぶ子どもたちの元気なざわめきは救いです。その子供たちが成長し大人になった時も、小宅の玄関先で聞いた子供の声のように、元気なざわめきであることを願っています。

2015年4月20日 17:10

テレビ報道の「政治的中立」「不偏不党」とは何か

(2015年4月20日筆)

 安倍政権になって以降、地方自治体や報道機関の間で「政治的中立性に配慮する」という形の自粛、自主規制が横行、結果的に政府批判、安倍政策批判が封じ込められるという気掛かりな動きが多々見られるようになった。

 地方自治体では憲法集会などへの後援を打ち切る、公民館が機関誌に憲法9条を謳った俳句の掲載を拒否する、市教育委員会が慰安婦展の場所貸しを拒否するなど、改憲を進める安倍政権を忖度して動くのが広がりつつある。

 憲法が改正されていないうちは、地方公務員といえども現憲法を順守し普及させる義務があるはずだ。現憲法の順守義務がある地方公務員が「政治的中立」を御旗に、護憲(日本国憲法を守れ)や女性の人権問題(慰安婦問題は日本国憲法が謳う基本的人権にかかわる)への言論を排除するのはお門違いだ。

 さらに、昨年暮れの衆議院選挙直前から「テレビ報道の政治的中立」を盾に安部官邸と政権与党によるテレビ局への番組干渉も活発化している。


「景気回復を実感していない」が現在でも78%
番組が偏向しているのではなく総理が偏向している

 昨年11月、TBS「NEWS23」に出演した安倍総理は、「景気回復の実感があるか」と問うた街頭インタビューの多くが「景気が良くなったとは思わない」「アベノミクス(の恩恵)は感じていない」などと答えたのに対し、「(テレビ局が)街の声を選んでいる」と気色ばんで番組の偏向を非難したという。

 放映時間の関係上、テレビ局が収録した街頭インタビューをすべて放映するわけにはいかない。「選ぶ」のは当然だ。問題はどういう基準で選ぶかだが、国民の多数が「景気回復を実感していない」というのならその声を選ぶことになる。

 実際、アベノミクス寄りの日経新聞の、つい最近の世論調査(4月14~17日実施)でさえ回答者の78%が「景気回復を実感していない」と答えている。TBSが「実感していない」という声を多く放映してもなんら違和感はない。むしろ「回復を実感していない」とする景気現場の多数の声を無視してアベノミクスの成果を喧伝する安倍総理のほうが偏向しているといってよい。

 困ったことに、このTBSでの安倍発言を受け、自民党が在京テレビキー局に対し「選挙時期における報道の公正中立並びに公正の確保についてのお願い」と題した文書を送り、安倍政権に対する批判的なテレビ報道を牽制したのだ。安倍総理は「私にも言論の自由がある。テレビ局に反論があればその場で反論すればよい」という。だが、その尻から自民党が文書を送り付けたのでは、総理とその取り巻きがテレビ報道に政治的圧力を掛けたといわれても仕方あるまい。


「事実に基づかない虚報」には報道の自由はない
権力者が「事実をまげたかどうか」を判断する愚

 最近では、政権与党である自民党が、テレビ朝日の「報道ステーション」、NHKの「クローズアップ現代」で放映された個別の番組内容をめぐってテレビ幹部を党本部に呼び付け事情聴取を行うという異例の事態が発生している。

 「報道ステーション」は「アイ・アム・ノット・アベ」を標榜するコメンテーターの古賀茂明氏(元経産官僚)の「菅官房長官にバッシングを受けてきた」とする発言が事実に反するとしてテレビ朝日を事情聴取することになった。「クローズアップ現代」は「やらせ問題」が事情聴取の対象になったが、事情聴取の本命は日頃から安倍政策に批判的な「報道ステーション」のほうだろう。

 自民党が事情聴取の根拠としたのは、「放送法」の第四条第2項の「(放送事業者は)政治的に公平であること」、同第3項の「報道は事実を曲げないですること」の二つだ。

 第3項の「事実を曲げない」と言うのは、テレビだけでなく雑誌も新聞もネット情報にも当てはまる当然の報道モラルである。事実に基づかない虚報には報道の自由はない。もし「菅長官の古賀バッシング」が事実なら古賀氏はその事実を積極的に開示すべきだ。事実でなく状況証拠だけであるなら、古賀氏は言論の自由、報道の自由を振りかざす資格を疑われる。

 かといって権力者が「事実を曲げて報道したかどうか」の判断を下し、テレビ局を罰することは許されない。報道対象となる政府や政権与党、つまり権力者が報道側に対して「事実を曲げたかどうか」について自らに有利な判断を下し罰していては、報道は萎縮、言論の自由は崩壊する。これでは独裁政権と同じになる。

 「事実を曲げたか」はまずテレビ局内の自主的調査、さらにNHKと民放連が設立した第3者機関・BPO(放送倫理・番組向上機構)の調査に委ねるべきだ。BPOの勧告がテレビ局仲間の「お手盛り」のため緩く報道不正を抑止できないというのならNHKと民放連は自主的にBPOの権限強化を図るべきだろう。

 一方、「お手盛り」批判に乗じて自民党幹部の中には「BPOに政府側の人間や官僚OBを入れる」(毎日新聞4月17日配信)という声もあるようだ。だが政府及び官僚という報道側のもっとも重要な監視対象者がBPOに入って裁判官の役割を果たすことは許されない。安倍総理に近い一部のテレビ局がこのような案に賛成するなら、それは報道の自由を自ら放棄するに等しい。


何を基準に「政治的な公平」「放送の不偏不党」というのか
膨大な情報量、強大な発信力を持つ権力者に対抗するには...

 第四条2項の「政治的に公平であること」については、何を基準に公平というのか、その判断が極めて難しい。放送法の第一条2項にある、これと似た「放送の不偏不党」という言葉についても、その解釈は難しい。

 同じ事実を報じても右から左まで立場が違えば、事実の評価は異なる。その場合、右の意見が多数であればその多数意見に従うのが公平なのか。左の意見が少数でもそれが専門的な立場から見て正しいと思えば、それに従うのが公正なのか。「不偏不党」とは、対立する意見であれば、極右であれ極左であれ、同じ放送時間を割いて紹介するということなのか。テレビ局員は「政治的公平」や「不偏不党」の判断にいつも悩まされているはずだ。

 さらに権力側と非権力側との間には情報量とその発信力に大きな格差がある。官僚組織は行政権力を行使して膨大な情報を握っている。権力者は、その官僚機構を抱え込み自らは膨大な情報を自由に駆使する一方、非権力側には情報を隠すことで権力を維持しようとする。この権力側と非権力側の情報格差を埋めてくれるのが報道機関なのだ。その報道機関の手足を権力側が縛ってしまっては、放送法第一条3項でいう「健全な民主主義の発達に資する」ことはできない。

 さらに権力側は非権力側に比べると数段強い情報発信力を保証されている。例えば、安倍総理はアベノミクス、普天間基地の辺野古移転、原発再稼働、安全保障法制の改正、そのいずれも「この道しかない」と主張する。一方、安倍総理の「この道」には落とし穴も多く「ほかにも道がある」と考えている国民や論者も少なくない。

 しかし、現状では安倍総理や閣僚たちは国会中継、記者会見、テレビ出演などを通じて繰り返し「この道しかない」と発信してきた。野党が弱体化し、批判を自粛するテレビ局、あるいは安倍シンパのテレビ局が存在する状況では政権批判の発信力はどんどん小さくなっている。その一方、安倍政権の発信力は極めて強力となり、安倍政権への批判者が発する情報量の数十倍にもなるだろう。

 この権力側の圧倒的な情報発信力を前に「政治的な公平を保とう」とすれば、テレビ局は「ほかにも道がある」と思っている国民や論者の声をもっともっと発信する必要に迫られるに違いない。

 ただでさえ権力側は情報を独占することができ、世論を容易に誘導し得る立場にある。そのうえ、「停波」(放送免許の停止)などという行政権限をバックに持つ。安倍総理は、同僚、部下たちの報道介入を戒め、テレビ報道が発するささやかな批判の声に、謙虚に耳を傾ける必要があるのではないか。

2015年4月13日 14:20

「戦争ができる国」になるのに「戦争ができない」

(2015年4月13日筆)

 統一地方選挙の前半戦は戦後最低の投票率で終わったが、昨年12月の衆院選と同様、共産党を除き野党不在の中、安倍自民党は負けなかった。この後、5月中旬にはいよいよ安全保障法制の改正案が国会に提出されることになる。

 自公勝利という統一地方選挙の結果を味方にして安倍総理は「切れ目なき安保法制」を強引に推し進めるに違いない。しかし、グレイゾーン事態への対処、集団的自衛権の行使、自衛隊による他国軍の後方支援、海外派遣、在外邦人救出、船舶検査(不審船の臨検)などなど、これらがどの法律改正に結び付くのか、その内容を正確に理解している国民はほとんどいないだろう。

 小生も、複雑すぎてほとんどその内容は理解できていない。安倍総理は複雑多岐にわたる「切れ目なき安保法制」の改正案を提出することで国民に「目眩まし(幻術)」を掛け、国民が理解できないことを幸いに一括処理するのではないか。

 このままでは国民が十分事態を咀嚼できないうちに日本は「戦争ができない国」から「普通に戦争ができる国」、あるいは共産党が言うように「海外で戦争ができる国」になってしまうのだろうか、という不安が付きまとう。

 小生は、大雑把にいえば「切れ目なき安保法制」とは、仮想敵国・中国の脅威を抑止するためのアメリカの軍事協力を受ける代償として、「アメリカの対外戦争を日本の自衛隊が一部肩代わりする法改正」と理解している。アメリカの戦争を一部肩代わりする結果、「戦争に巻き込まれる国」になると見る小生のようなものには、何とも憂鬱な初夏を迎えることになる。


土居教授の論文――「日本は『戦争をできる国』にはなれない」
巨額の政府債務を抱え、戦費を賄う財政余力は日本にはない

 そんな憂鬱な気分になっていた時、目の前がぱっと開けるような気分にさせられる論文に出会った。小生が属していた経済メディア「東洋経済新報社」のネットサイト「東洋経済オンライン」2015年3月9日に掲載された土居丈朗慶応大学経済学部教授の「日本は『戦争をできる国』にはなれない」という論文だ。

 土居教授は、「巨額の政府債務と歯止めのない少子高齢化がある限り、わが国は戦争や軍事衝突などまともにできない国と肝に銘じる必要がある」といい、目下この二つが、「わが国における戦争抑止の最大の要因である」というのだ。

 第一の戦争抑止要因である「巨額の政府債務」だが、日本の政府債務は対GDP比で約230%に達しており、これほどの債務残高に達した国はナポレオン戦争直後のイギリスと第2次世界大戦直後の日本とイギリスしかない。いずれも戦費調達のために負った政府債務で、現在の日本のように「平時にこれほどの債務を負った国はない。別の言い方をすれば、戦争を始める前からこれほどの債務を負っていた国はない。戦費を賄うためにこれ以上債務を負おうにもわが国にはその余力は残されていない」と財政学者でもある土居教授は論じている。

 少し調べてみた。他国軍の後方支援に使用されることになる日本の主力輸送ヘリコプター「CH47」(自衛隊は総計63機保有)の値段は一機約50億円だ。2015年度予算で購入が決まった最新輸送ヘリ「オスプレイ」は一機103億円(予算では5機を516億円で購入)もする。

 ホルムズ海峡の機雷除去に使われる海上自衛隊の「ひらしま型掃海艇」は一艇175億円、集団的自衛権の行使に使われると思われる対空ミサイル戦用の「こんごう型イージス艦」は一艦1223億円だ。いずれも極めて高価だ。

 後方支援や機雷除去など「切れ目ない安保法制」の実現によって利用される自衛隊の最新兵器がテロリストやゲリラ、敵国軍によって破壊されれば、巨額の予算積み増しが必要になる。その過程で自衛隊員が戦死すればその補償金は一人一億円を下らないだろう。そんな戦費負担に日本の財政は耐えられないだろう。


最下位の士(兵卒)が減少、指揮官ばかりでは「戦争はできない」
「准・曹」(下士官)の平均年齢は38.3歳、老眼では戦えない

 第2の戦争抑止要因である「歯止めのない少子高齢化」は、自衛隊の階級構成と年齢構成にも及び、日本は『「戦争ができる国」にはなれない』と土居教授はいう。日頃、自衛隊の実情に疎い小生には教授の指摘は目からウロコだった。

 下表をご覧いただきたい。自衛隊の階級ごとの人員の増減だが、旧軍隊でいう2等兵、1等兵、上等兵に属する最下位の「士」は1991年度比で3万1902人減って4万人強に減ってしまった。一方、作戦指揮にあたる「幹部」(旧軍隊でいえば少尉以上の士官)は3812人増加した。最前線で「士」を従えて戦闘を実戦する「准・曹」(旧軍隊でいえば伍長、兵長、曹長、准尉などの下士官)は1万3536人増え14.2万人にも膨れ上がった。

自衛隊員の構成――平均年齢36歳、指揮官ばかりで兵隊がいない(単位人)
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(注)幹部=少尉以上、准・曹=伍長・兵長・曹長・准尉、士=2等兵、1等兵、上等兵に相当

 自衛隊には指揮官ばかりで兵卒がいない。土居教授は「幹部は増えても最前線に赴く士が減っては、どうやって『戦争』をするのだろうか」と問う。

 自衛隊員の平均年齢も、1991年度に比べ3.8歳上昇、36歳になった。実戦を担う「准・曹」の平均年齢は38.3歳にもなる。土居教授は「人間の宿命として、40歳を過ぎれば老眼の症状が出て来ることも合わせて考えれば、いくら安全保障法制を整えたからと言って、こうした年齢構成で、直ちに『戦争ができる国』になるとは思えない」と書いている。


少子高齢化、労働力不足のもと、民間と自衛隊が若年層を取り合う
「自国のために戦う」日本人は11%、誰が「他国のために戦う」のか

 このことは防衛省も承知しており、「精強性の確保」という専門用語を使って自衛隊員の若返りに取り組んでいる。しかし、国連のデータによると、日本の中位年齢(人口を年齢順に並べて、その真ん中で全人口を2等分したときの境界点にある年齢)は46.5歳と世界で最も高く、防衛省が採用したい士(兵卒)となる若年層がそもそも少ない。

 そのうえ、労働力不足時代の到来だ。民間と自衛隊が若年労働力を取り合って自衛隊が勝つ見込みはほとんどないだろう。確かに自衛隊に就職すれば雇用は安定しているが、安倍総理の「切れ目のない安保法制」が実現すれば他国軍の後方支援のため海外に派遣され、いつ命を落とすかも知れない。若年層の売り手市場となっている中、あえて命と引き替えになるかもしれない自衛隊を職場に選ぶ若者は少ないのではないか。

 さらに、日本国民は安倍総理や一部の右派論者が期待するほど愛国者ではないようだ。ギャラップ・インターナショナルの国際世論調査によると、「あなたの国が戦争に巻き込まれたら進んで戦うか」という問いに「はい」と答えた日本人の割合は11%で調査を実施した64カ国・地域で最下位だった。

 「自国のために戦う」国民の割合が11%に止まるのだから、集団的自衛権の行使を通じて「他国のために戦う」日本人の割合は5%以下になるのではないか。これでは集団的自衛権の行使を実践する自衛隊に入隊する若者の数はさらに少なくなるに違いない。

 ちなみに、右派論者が仮想敵国とする中国は70%の国民が「進んで戦う」と答えた。一部の日本人に「嫌韓感情」が高まっている韓国でも42%の国民が「自国のために戦う」といっている。

 土居教授が指摘するように国の財政が「戦争に耐えられず」、切れ目のない安保法制の実践を担う自衛隊が「戦争ができない」状態にあるとすれば、安倍総理の勇ましい構想も空回り、砂上の楼閣に過ぎなくなる。土居教授の指摘を聞いてほっと一息つくことができた人も少なくないのではないか。

2015年4月 6日 15:39

翁長知事が菅官房長官に突き付けた沖縄の民意

(2015年4月6日筆)

 4月5日、翁長沖縄県知事と菅官房長官の普天間基地の辺野古移転をめぐる初会談がようやく実現した。


反対意見や少数意見を無視、攻撃する安倍政権の悪い性癖
翁長新知事は激しい口調で「日本の国の政治の堕落だ」と

 安倍政権は反対意見や少数意見に対して無視を決め込んだり極端に攻撃的(恫喝的)であったりする。その典型例が翁長沖縄新県知事の扱いだった。安倍政権は、政権の意に染まぬ県知事の誕生を嫌って、安倍総理、菅官房長官は翁長新知事との会談を約4か月間も拒否してきた。政権に尻尾を振ってきた仲井真前知事と翁長新知事との扱いの差は歴然としていた。その仕打ちに憤懣やるかたない沖縄県民も少なくなかったに違いない。

 初会談では、菅官房長官が「日米同盟の抑止力の維持、そして普天間の危険除去を考えた時に辺野古移転は唯一の解決策」と決まり文句を繰り返した。これに対して翁長知事は日本全国の0.6%の面積に過ぎない沖縄県に日本における米軍の専用施設が74%も集中している」という過重負担の現状を訴えた。

 そのうえで知事は「沖縄が自ら基地を提供したことはない、普天間を含めすべて強制収容されたものだ」と述べ、「普天間は危険だから危険除去のために沖縄が(辺野古への移設で)負担しろ」「『お前たち、(辺野古移設の)代替案を持っているのか』、『日本の安全保障をどう考えているんだ』といった話がされること自体が日本の国の政治の堕落だ」と激しい口調で菅発言に反論したという。

 この翁長発言について、地元紙の「琉球新報」が4月6日付け社説「翁長・菅会談 自治の抑圧即時止めよ 辺野古移設断念を」の中でこう解説している。

 「知事は普天間飛行場が沖縄戦の最中に住民から土地を奪って建設された史実を語った。戦争中に民間地の奪取を禁じるハーグ陸戦条約に違反する行為であり、日本が降伏した時に返されるべき施設である。それを70年もの長きにわたって占拠し続ける米国の異常さを認識すべきである。

 代替の新基地を求めること自体もっての外だ。日本政府が米国の不当行為に加担して、普天間の危険性除去のために沖縄が負担しろというのは、知事が主張するように『日本の政治の堕落』でしかない」と。


「普天間の辺野古移設が唯一の解決策」という菅発言は本当か
中谷防衛相はかつて「九州でも分散できるが抵抗が大きい」と発言

 「琉球新報」は、「辺野古移設が唯一の解決策」という菅発言に対しても「辺野古移設を『唯一の解決策』と言い張ることは、県外に移設先を求めない日本政府の怠慢でしかない」と痛烈な批判を投げかけている。

 「琉球新報」は、中谷元衆院議員(現防衛大臣)が2014年3月、「分散しようと思えば九州でも分散できるが抵抗が大きくできない」「理解してくれる自治体があれば移転できるが『米軍反対』という所が多くて(分散が)進まない」と答えていたことを紹介している(6日付け社説)。県外移設は反対や抵抗が大きくできない、だから辺野古移設が「唯一の解決策」というのでは、強権で基地移設を押し付けられる沖縄県民にとって到底納得できるものではないだろう。

 在沖米軍の抑止力についても翁長知事は、(安倍政権が仮想敵国視する)中国を念頭に「ミサイルが発達している。米軍はもうちょっと遠いところに行きたがっているのでは。日本がかえってそれを止めている」と批判したという(「朝日新聞」4月6日朝刊)。軍事上も新型輸送ヘリ「オスプレイ」の移駐先を辺野古に限定する必要はないという見方もあるようだ。


菅氏の「粛々と」発言は問答無用の「上から目線」と批判
「住民自治は存在しない」と言い放った琉球高等弁務官とそっくり

 翁長知事は菅官房長官が辺野古でのボーリング工事などを地元の反対意見を無視して「粛々と進める」と繰り返したことにも強い調子で批判を加えたという。翁長知事は菅発言には「問答無用という姿勢が感じられる。上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の怒りは増幅していくと思う」と述べている。

 翁長知事は菅官房長官の「上から目線」を評して「キャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される」とまで言っている。米軍支配下の沖縄に君臨したキャラウェイ中将(琉球列島高等弁務官)は「(沖縄住民の)自治は神話でしかなく、存在しないものだ」と言ってのけ強権を振るった。「琉球新報」は「翁長知事はキャラウェイに重ねて安倍政権を批判した。沖縄の戦後史の中でこれほど強い言葉はないだろう」と書いている(4月6日社説)。

 翁長知事が菅官房長官に強い姿勢を示すことができたのは、辺野古移設に反対する沖縄の幅広い民意の存在がある。沖縄のもう一つの地元紙「沖縄タイムズ」は、「(翁長知事は)辺野古移設で菅氏がよく使う『粛々と』という決まり文句についても『上から目線の言葉』と指摘し県民の考えていることを代弁した。(中略)...名護市長選、知事選、衆院選の3つの選挙で移設反対の候補が全勝し、各メディアの世論調査で7割前後の県民が移設に反対しているにもかかわらず、菅氏がこれを否定するような民意無視の発言を繰り返した」(4月6日社説「翁長・菅初会談 菅流上から目線にノー」)と書いている。

 安倍総理も菅官房長官も、辺野古移設反対が7割前後に達するという世論調査については「世論は不確か」だからと言って一蹴するかもしれない。しかし、3つの選挙で移設反対の候補が全勝した事実は否定できまい。否定すれば民主主義が成り立たないからだ。

 安倍総理は、戦後最悪の投票率と野党分裂の虚をついて昨年12月の総選挙に議席上では大勝した(比例区では自民党は有権者総数の20%以下の得票に過ぎないのだが...)。そのことを錦の御旗に「民意は我にあり」として「切れ目ない安保法制」の構築を強引に進めている。

 しかし、安倍総理も菅氏も12月総選挙の結果を錦の御旗にする限り、翁長沖縄県知事の背後にある沖縄の強い民意を無視、否定することはできないはずだ。翁長知事は3つの選挙で全勝するという強力な辺野古移設反対の民意をバックに菅官房長官に対し強い姿勢を示しているのだ。民主主義の当然の帰結である。安倍総理がこの沖縄の選挙結果を無視することは、自らの政権の推進力になっている12月総選挙の結果の正当性に疑問が生じる結果をもたらす。

 選挙で示された沖縄の民意は12月総選挙より確かだ。安倍総理が強権によってこの民意を踏みつぶせば、その跳ね返りは大きく政権基盤が揺るぐ結果を招きかねない。国民も、輸送ヘリ「オスプレイ」などによって担われる駐留米軍に抑止力に期待するなら、日本国民すべてが普天間基地の県外移設について真剣に考える時期に来ているのではないか。

 なお、本土のマスコミでは安倍政権や右翼勢力の風圧に負けて言論を自粛する危険な動きがみられる。琉球新報、沖縄タイムズの沖縄2紙が政権の風圧をものともせず果敢に安倍政権批判を展開しているのに大きな敬意を表したい。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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