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大西良雄ニュースの背後を読む

2015年3月

2015年3月30日 12:24

故郷別府の街をおよそ50年ぶりに探訪しました

(2015年3月30日筆)

 3月の終わり、2年のうちに相次いで亡くなった兄夫婦の墓参りを兼ねて故郷の大分県別府を訪れました。退職後、別府に帰る機会は増えましたが、講演の道すがらであったり、結婚式や葬式への出席ついでだったりして、せいぜい一泊の気ぜわしい帰郷に終わっていました。

 今回は、2泊3日とこれまでで最も長い故郷滞在になり、幼稚園から高校2年まで12年間住んだ別府の街をじっくり懐かしむことができました。同伴した家内は福井生まれで別府には縁はありませんが、小生の別府時代の昔話に快く付き合っていただきました。


4番外湯「不老泉」の「ぬる湯」に浸かりました
毎日浸かれば癌も痔も水虫も治りそうな気がして...

 別府といえば温泉です。住んでいた当時、別府には内湯のある家はほとんどなく、小生も住まいの近くの外湯(共同浴場)に一回5円程度の湯代を払って毎日通っていました。別府の観光名所になっている「竹瓦温泉」(家内は竹瓦温泉の外観は「千と千尋の神隠し」に出てくる八百万の神の棲家「油屋」に似ていると言っていました)も誰でも入れる外湯です。

 源泉数2300カ所(日本の総源泉数の10分の1を占める)、湧出量日本一の温泉郷・別府には外湯がたくさんあり内湯を必要としません。いまでは外湯を訪ね歩く「八十八湯巡り」が観光客の評判になっていますが、その1番外湯が「竹瓦温泉」、2番が「駅前高等温泉」、3番「紙屋温泉」、4番外湯が「不老泉」と続いています。今回は、八十八湯巡りは無理ですので、小生の記憶にかすかに残っている4番外湯「不老泉」に家内を案内することにしました。

 「不老泉」は読んで字の如し、この温泉に入っていれば「老いず」という結構な温泉です。地元の慣れた人しか入れないほど湯が熱いというのが売りです。しかし湯の熱さに不慣れな観光客が訪れるようになったことから、リニューアルを機に男湯にも女湯にも「熱い湯」と「ぬるい湯」の2つを設けたそうです。

 しかし不老泉の「熱い湯」は片足を1、2秒浸けるのが精一杯でした。小生らには「ぬるい湯」でも十分熱く、からだの芯まであったまることができました。入湯料も1回100円と格安、こんな温泉に毎日浸かっていれば癌も痔も水虫も退散、「老いず」長生きできそうです。癌と水虫は小生の病ですが、痔は亡くなった父親の持病、父親は別府を離れるのがつらいとよく言っていました。

 子供の頃、小生が毎日通っていた共同温泉は「秋葉温泉」という小さな外湯でしたが、道路拡張工事の影響で今はもうなくなっていました。小生が通った小学校へ通学路の近くにあった大きな外湯「楠温泉」も消えていました。「楠温泉」は長州藩士井上馨が別府潜在中に湯治に通ったという由緒ある名湯でしたが、湯量の減少から閉湯となり今回尋ねてみると跡地は石畳の健康広場になっていました。

 「楠温泉」は小生が子供の頃、別府最大の繁華街だった「楠(くすのき)銀天街」の西方にありました。皆さんにはあまり興味はないとは思いますが、「楠銀天街」は別大国道から3筋ほど山沿いに位置し西から東へおよそ1キロのアーケード街でした。小生には、褞袍(どてら)を着た観光客と色町の客引き、それに地元の買い物客で溢れた、繁盛した商店街だったという記憶があります。


消えてしまった長州藩士井上馨が通った「楠温泉」
「楠(くすのき)銀天街」に見る旧市街地の盛衰

 その「楠銀天街」を端から端まで歩くのは高校2年生以来、53年ぶりです。「楠銀天街」の東半分では、店舗の中に改装されたものもあり観光客が足を運ぶ姿が見られました。しかし、西半分はシャッター街となり、シャッターの奥のほとんどの建物が朽ち果てているように見えました。その一角に井上馨が通ったという「楠温泉」という外湯があったわけですが、「楠温泉」の消滅と「楠銀天街・西半分」の衰退がこの半世紀の間に同時進行していたことに深い感懐を覚えました。

 別府の市街は、港が西の旧別府港から東の国際観光港へ移ったのにつれて西から東へ広がっていき、その結果、旧市街地が寂れていきました。しかし、中心市街地は移動しましたが別府市全体の人口が大きく減ったわけではありません。別府市は「日本創成会議」(増田寛也座長)が示した30年後の「消滅可能性都市」には含まれていません。豊かな温泉、海、山の美しい景観など観光資源も豊富で、これからも韓国、中国、台湾などからの訪日外国人客の増加も期待できる街です。

 その意味では、少子高齢化が進み駅前がシャッター街化して再生が容易ではない他の地方都市より故郷別府は恵まれていると思えます。ただ楠銀天街の西半分の周辺にはおびただしい数のバー、クラブ、風俗店、飲食店が無秩序に集積していました。これには外国人訪日客や女性客、家族連れは眉をひそめるかもしれません。猥雑さも観光資源と割り切れればいいのですが、お隣の、若い女性に人気の「湯布院温泉」にはこうした猥雑さありません。

 旧市街地の再開発によって別府温泉郷にも「湯布院温泉」並みの清潔さが生まれれば、さらに多くの観光客を呼び込めるかもしれない、などと思いながら、2泊3日の故郷懐旧旅行を終えました。
 

2015年3月23日 14:50

中国主導のアジアインフラ投資銀行に参加すべきか

(2015年3月23日筆)

 2013年10月、中国の習近平国家主席が設立を表明した「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」は、この3月末に創設当初の参加国確定の時期を迎える。


中国主導のAIIBに英独仏伊が参加表明、日本は躊躇
アジアのインフラ整備需要は10年間で約8兆ドルと膨大

 アメリカは中国の勢力拡大を憂慮する議会の意向を受けて中国主導のAIIBへの参加には消極的だ。しかし、参加国確定の時期が迫った3月12日、アメリカの同盟国であるイギリスが参加を表明、参加に消極的だと思われていた仏、独、伊も参加の意思を表明した。

 先進7か国(G7)のうち4カ国が雪崩を打って参加意思を表明したことになるが、これを受けヨーロッパではスイス、太平洋地域では豪州、韓国などアメリカのアジア同盟国も参加の検討を始めた。日本はアメリカに追随し参加を躊躇しており、中韓、欧米との「インフラ輸出競争」に乗り遅れる可能性が出てきた。

 「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」は文字通り、アジア・太平洋地域途上国の鉄道、道路、上下水道、電力・発電、港湾、空港などインフラ(社会資本)建設に融資支援を行う国際金融機関を目指している。

 日本が歴代総裁を独占してきた「アジア開発銀行(ADB)」も AIIBと同じインフラ支援を行う国際金融機関だ。そのADBの試算によると、2010年~2020年までのアジアのインフラ整備需要は約8兆ドル(960兆円)に達するという。AIIBは2015年末に業務を開始、ADBと肩を並べこの膨大なアジア・太平洋地域のインフラ整備資金需要を賄うことになる。


アジア開発銀行での発言権拡大を阻害された中国
中国のAIIBへの出資比率30%超、主導権を確立

 ADBは1966年に創立され間もなく50周年を迎える。アジア太平洋地域48カ国、同域外19か国、合計67カ国・地域によって構成され、その資本金規模は1628億ドル(約19.5兆円)にのぼる。ADBへの出資比率は日米が15.7%で肩を並べてトップ、3位中国6.46%、4位インド6.38%、5位豪州5.80%の順になっている。出資比率首位の日本はアメリカの支持を受けて歴代総裁を独占、運営の主導権を握ってきた。

 これに対し中国は、ADBでの発言権の拡大を狙い出資比率拡大を求めてきたが、日米に阻まれ出資増は実現していない。ちなみに中国の2013年名目GDPは9兆4691億ドル、首位アメリカの16兆7680億ドルの6割近くに達し世界第2位だ。日本は第3位だが4兆8985億ドルに止まり中国の半分の規模になってしまった。中国が自らのGDP拡大にふさわしい出資比率と発言権をADBに求めても不思議ではない。

 しかしADBへの出資増は実現されず、中国は自らが主導する独自のインフラ銀行(AIIB)の創設に踏み切ることになった。中国は創設メンバーをベースにAIIBへの出資比率を決め、6月末に設立協定を結ぶ方針だという。

 日経新聞3月21日付によると、AIIBの資本金規模は最終的に1000億ドル(約12兆円)となり、このうち750億ドルをアジア域内、250億ドルを域外に割り振る案が有力だという。出資比率はGDPなど経済規模をベースに割り振られ、中国、豪州、欧州勢合わせ参加34か国ベースでみると中国の出資比率は40%超になる。日本が新たに参加するとしても中国の出資比率は30%超になると日経新聞は試算している。

 資本金のうち750億ドルをアジア域内にGDPに応じて割り振るという仕掛けが巧妙で、アジア最大のGDPを誇る中国の出資シェアトップは揺るがない。かりにGDP最大アメリカが参加してもアジア域外への割り当て250億ドル内でのシェア変化となり、中国の出資シェア優位は崩れない。

 かくして中国はAIIBへの支配を確立した。AIIBは本部を上海に置き、初代総裁には金立群(元中国財務次官)氏を予定しているという。中国は、AIIBはADBに取って代わるものではなくADBを補完するものだというが、日米主導のアジア太平洋地域でのインフラ融資にくさびを打ち込んだことは確かだ。


AIIB参加は成長戦略の一角「インフラ輸出」に貢献
日本主導ADBと中国主導AIIBの連携作戦にも期待

 8兆ドルもの巨大なインフラ需要は英、仏、独、伊など欧州勢、日韓中のアジア勢が受注先、受け手になる。途上国の新幹線建設ひとつとっても独仏、日中韓の受注競争は激しい。中国とさして緊張関係のない欧州勢には中国主導のアジアインフラ投資ビジネスに乗らない手はないという判断が働いたようだ。

 南シナ海で中国と領有権紛争を展開しているベトナム、フィリピン、インドネシアもAIIBに参加する。途上国の民政に直結するインフラ建設は国家間の対立抗争を超越する。途上国にとって日本主導のADBであれ中国主導のAIIBであれ、インフラ融資が拡大するのは大歓迎なのだ。

 インフラ輸出は安倍政権の成長戦略の目玉の一つだ。安倍総理が「地球儀を俯瞰する外交」に財界人を連れて歩くのもインフラ受注を狙っているからだ。その垂涎のインフラ輸出が新設のAIIB融資から発生することが予想される。安倍政権にとってもAIIBへの参加はインフラ輸出の突破口になる。日本でもインフラ輸出を管轄する経産省が参加に前向きだという。

 ただ中国主導のAIIBには中国企業への利益誘導や融資案件判断をめぐる不透明さが付きまとう。アジア開発銀行(ADB)にはインフラ融資の基準を決め融資判断を公正にくだす常設の理事会が設けられているが、中国はAIIBには常設の理事会は設けず事務局が迅速に融資判断をくだすという。これではインフラ融資の透明性を確保できないということから、日本はAIIBへの参加に2の足を踏んでいるのだという。

 しかし出資シェアは小さいとはいえ先進国の英、独、仏、伊、スイス、豪州が参加する。これに日本が加われば中国主導の運営ルールを監視し異議を申し立てることもできる。一方で中国は、インフラ融資の先輩であるアジア開発銀行(ADB)に対し入札ルールや資材物資の調達方法など経験、ノウハウの提供を求めているともいう。ADBとAIIBの連携が実れば、中国が独善的な組織運営、我田引水の融資判断に陥るのを一定程度制御できるかもしれない。

 日本はなんでもかんでも、アメリカに追随する必要はない。欧州勢が自らの経済利益のためにアメリカの意に反してAIIBへの参加を決めたように、日本もインフラ輸出という成長戦略のためにAIIBへの参加を決めたらどうか。参加すれば、日中首脳間にある不信感、緊張関係も幾分和らぐのではないか。

2015年3月17日 14:43

トヨタの非正規日給300円アップの波及を願う

(2015年3月17日筆)
 トヨタ自動車が先陣を切って春闘賃上げ交渉を事実上決着させた。定期昇給7300円、ベースアップ4000円、合計1万1300円の賃上げ額、賃上げ率は3.2%となる。大幅な賃上げだとモロ手を挙げて評価する向きもある。


トヨタは今期増益率17.8%なのに賃上げ率は3.2%
4000円のベアでも消費者物価上昇を補てんできない

 しかし、消費者や中小企業には負担となった円安によってトヨタはタナボタ利益を享受、2015年3月期は2兆7000億円もの空前の連結営業利益を稼ぎ出す予想だ。前期比の営業利益増加率は会社側の予想で17.8%にもなる。17.8%の増益率に対して3.2%の賃上げ率では労働分配率はさらに低下する。

 年齢が上がれば自動的に賃金が上がるというのが定期昇給だが、7300円の定期昇給分は会社側の人件費総額の増加にならない(新規採用数と退職者数が同じであれば)。大幅増益、史上最高益更新のトヨタが定期昇給を実施するのは当り前で取り立てて褒められるものではない。いまどきトヨタが不況期のように、総人件費圧縮のため定期昇給を止めるなどすれば末代の恥になる。

 では会社側の人件費総額を増やすことになる4000円のベースアップ額はどう評価されるか。ベア額は昨年の2700円から4000円に増額された。事前に3700円と予想されていたのが300円上積され4000円台に乗せたことからこれを高く評価する向きもある。4000円ベア実施の報道を受け株式市場でもサプライズが起こり、相場が一時押し上げられることもあった。

 ちなみにトヨタの連結ベースの従業員数は約34万人だ。かりにベア4000円(一人当たり年間6万円)がすべての連結子会社に行き渡ったとして人件費増加額は204億円に過ぎない。ベースアップが賞与や社会保険料などの会社側負担増に跳ね返るとしてもコスト増は倍の約400億円ぐらいだろう。トヨタの連結営業利益の今期増加額約4000億円の10分の1にすぎない。トヨタのベアが来期の利益に与える影響は小さいとして株価が上がったに違いない。

 もちろん4000円のベースアップは従業員の生活には大きな足しになる。従業員全員の賃金体系を底上げするベースアップは生活費の上昇をもたらす消費者物価上昇を補う賃上げ分だからだ。しかし4000円のベースアップは率にすると1.13%のアップに止まり、2015年1月の消費者物価上昇率(総合)の2.4%には1%以上足りない。世間でも最も高い水準になると予想されるトヨタのベアですら円安と消費増税によるアベノミクスインフレの補填は十分とは言えないのだ。

 一方、雇用者の7割を占める中小、零細企業は円安による材料高や労働力人口減少による人件費増に苦しみベアを躊躇せざるを得ない。中小、零細企業の従業員はトヨタ並みのベアを受けることなど不可能だろう。彼らには今春闘ベアによってアベノミクスインフレの損失を補填することはむずかしい。


トヨタの非正規ベア(日給アップ)は月額6000円の満額
2年連続満額、正規社員を上回る非正規ベアには高い評価

 もっとも今春闘でのトヨタ賃上げがまだ不十分だと腐してばかりしていては申し訳ない。トヨタ労使が大いに評価される点もある。それは期間工など非正規社員の日給アップへの満額回答だ。トヨタ経営は今春闘でも非正規社員日給300円アップ要求対し満額回答した。昨春闘でも日給200円アップの要求に満額回答しており、大いに評価される。

 非正規社員の日給アップはベースアップに等しい。日給300円アップは、20日勤務で月間6000円のベースアップになる。正規社員の今春闘ベア要求は6000円だったが回答は4000円、非正規社員は月間換算6000円アップ要求の満額が実現、正規社員のベアを上回った。

 大きく報じられなかったので知らなかったのだが、昨春闘でもトヨタ労使は月額換算4000円の非正規社員ベア(日給アップ)を実現、正規社員の2700円ベアを大きく上回った。正社員のベアを削ってでも非正規社員の待遇格差を改善すべし、と思っていたがトヨタ労使はその一歩を踏み出していたのだ。

 トヨタ労使が正社員を上回る非正規社員はベースアップを2年連続して実現したことは、雇用者の約38%、1989万人(15年1月労働力調査)にも達する非正規雇用者に夢を与えるものになった。非正規雇用の拡大による中間階層の相対的貧困化に歯止めがかかり、日本の「格差問題」の解消にも貢献する。消費性向の高い相対的貧困層の実質所得が増大すれば景気回復にもつながる。


小売、外食、サービスなどへの非正規賃上げ波及を期待
日本経済のあちこちに能力引き出せず遊休同然の労働者

 このトヨタの非正規底上げの動きが非正規雇用比率の高い小売、流通、外食、サービス産業に及べば効果はさらに拡大する。食品スーパー大手のライフコーポレーションはパート社員に定期昇給の制度を導入したという。三越伊勢丹では4月から時給正社員についてより収入の多い月給制社員への移行を増やすほか、契約社員の時給の上げ幅を引き上げる(「朝日新聞」3月13日付け)。

 日本経済は、労働力人口の減少で少し景気が良くなれば労働力供給の限界に突き当たるという段階に入っている。正規であれ、非正規であれ、労働力は貴重な経営資源に変じており無駄遣いは許されない。しかし労働生産性が低い小売や外食、サービス産業が賃金を引き上げれば経営には大きな負担になる。人手不足への対応としての非正規賃上げを機に、経営側には非正規の能力を引き出し経営全体の生産性引き上げにつなげていく努力が求められる。

 完全失業率が3.6%まで低下、完全雇用状態にあるとはいえ、日本経済のあちこちに能力が発揮できず遊休同然になっている労働者が存在する。非正規雇用者がその典型例だが、ほかにも満足な職場を与えられていない博士号取得者(ポストドクター)、保育、介護、看護など有用な資格を所有しながら働けない主婦などなど、遊休化し労働者は少なくない。会社内にも人事政策の不手際から社内失業同然の不完全燃焼社員がいるのではないか。

 トヨタの非正規社員に対する2年連続のベースアップが社会全体に波及し先進国でも最低レベルの法定最低賃金の引き上げにつながれば、相対的貧困率の引き下げに力を与えよう。それを好機として日本社会は労働力の無駄遣いをなくし、非製造業を中心に低い生産性を引き上げる努力を始める必要があるのではないか。

2015年3月 9日 16:07

クリント・イーストウッド監督「アメリカン・スナイパー」を観て

(2015年3月9日)

 映画「アメリカン・スナイパー」を観終わって駅前の小型シネコンから出てしばらく、家内も小生も話す言葉が見つからず沈黙が続きました。家内から最初に出た言葉は「怖かった」でした。小生から出たのはイラク戦争で展開されたこの過酷、熾烈な戦闘行為に「日本の自衛隊員は耐えられるか」という言葉でした。


「イラクのアルカイダ」(後の「イスラム国」)と戦った狙撃手
 対テロ報復戦争の不条理を描いたクリント・イーストウッド


 「アメリカン・スナイパー」の原作は、「伝説の狙撃手」と言われたクリス・カイルの自伝「ネイビー・シールズ最強の狙撃手』(訳本は原書房、2012年刊)です。クリス・カイルは米海軍特殊部隊「ネイビー・シールズ」に属し、イラク戦争に4回派遣され160人以上を射殺した凄腕の狙撃手(スナイパー)でした。

 映画の最初の舞台は、フセイン旧政権を支えたスンニ派が支配するイラクの都市ファルージャでした。主人公クリス・カイルはファルージャに勢力を張るイスラム過激派「イラクのアルカイダ」(後のイスラム過激派IS「イスラム国」)を掃討する米軍の作戦に狙撃手として参戦します。

 「伝説」「凄腕」と評されるほどの主人公です。好敵手となる元射撃オリンピック選手のイスラム過激派スナイパー「ムスタファ」との死闘は迫力がありました。クリス・カイルは、「神、国家、家族」を順に護るとする米保守層の典型であり、アラブ人を「野蛮人」と呼びアメリカのために「野蛮人」を狙撃し殺害する人物でもあります。

 しかし、クリント・イーストウッド監督はこの映画をマッチョなヒーローが活躍する米映画得意の戦争活劇にする気は全くなかったようです。監督は、「伝説の射撃手」クリス・カイルを通じてアメリカが戦ったイラクでの対テロ報復戦争の不条理を描いているように思えました。

 アメリカは2001年9月11日の同時多発テロ事件後、アフガニスタン、イラクと2つの対テロ報復戦争を戦いました。2つの戦争でアルカイダなどイスラム過激派の兵士が多く殺害されましたが、戦争に巻き込まれ命を奪われたアフガン、イラクの「無辜の民」もそれ以上に多かったと思われます。

 アメリカ国民の犠牲も甚大でした。アメリカは二つの報復戦争にのべ230万人の兵員を送り出し約6500人の戦死者を出しました。戦死者は同時多発テロで亡くなった米国市民3000人余を上回っています。それだけではありません。2つの戦争は、アメリカ国内に手足、腕、眼を失った多数の傷病兵、精神を病んで自殺した帰還兵、PTSD(心的外傷性ストレス障害)に陥った数万の帰還兵をもたらしました。

 イーストウッド監督は映画の中に、こうした対テロ報復戦争の不条理を描くいくつかの印象的場面を差し挟んでいます。


手投げ弾を投げ、対戦車ロケット弾を撃つイラクの子供たち
手足をもがれた退役傷病兵、精神を病んだイラク帰還兵も描く


 クリス・カイルの任務は、破壊されたビルの屋上にスコープ(光学照準器)を付けた狙撃銃を据え、米軍による掃討作戦に抵抗、反撃するイスラム過激派を射殺することです。

 ある時、スコープにチャドルを着た女性から手投げ弾を渡された男の子が映し出されます。クリスは男の子が米掃討兵に手投げ弾を投げようとする瞬間、狙撃銃の引き金をひき子供を射殺してしまいます。

 またある時、ロシア製と思われる対戦車ロケット弾を担いだ過激派を狙撃しますが、近くにいた少年がそのロケット弾を拾い米兵を撃とうとします。少年を殺したくないクリスは少年に「ロケット弾を降ろせ」と念じます。クリスの願いが通じたのか、少年はロケット弾を降ろし走り去ります...。

 監督は、手投げ弾を投げる子供、ロケット弾を担ぐ子供を狙撃するのを躊躇するクリスの姿を映しだし、戦争の残酷さと不条理を訴えているようでした。

 160人以上の敵を射殺したクリスですが、敵の中には普通のイラク市民や子供たちも含まれていたのでしょう。クリスは4回の従軍の後に除隊、妻や子供のもとに戻りますが、タフな彼も戦闘のストレスから精神を病み精神科医にかかります。その精神科医からイラク戦争で傷ついた多くの退役傷病軍人を紹介されます。それら手足をもがれた退役傷病兵の描写はすさまじい。

 クリス・カイルは彼らを支えることで病んだ自らの精神を立て直そうとします。しかし、クリスは、彼が支えようとした退役軍人に射殺されてしまいます。この退役軍人もイラク戦線で精神を病んでいたのでしょうか。映画では結末の詳しい描写はありませんのでよくわからないのですが。


「アメリカン・スナイパー」の現場近くに派遣される自衛隊員、
安保法制協議の自公議員の皆さんもこの映画をご覧ください


 今、集団的自衛権に基づく武力行使、米軍など他国軍への後方支援、邦人救出など、自衛隊の海外派兵に対応するための安保法制をめぐる自公協議が進められています。自衛隊の後方支援や機雷除去、邦人救出が想定されている地域は、対テロ報復戦争の不条理を描いた「アメリカン・スナイパー」の舞台となった中東イスラム圏です。映画を見て、後方支援や機雷除去とはいえ、クリスのようなマッチョな米軍人でも精神を狂わす過酷な「対テロ報復戦争」の現場近くに自衛隊員を送り込むには大変な覚悟がいるように思えました。

 イスラム過激派との激戦が展開される「アメリカン・スナイパー」の現場近くに派遣されるのは安倍総理ではなく自衛隊員です。自衛隊員の皆さんには、この映画から対テロ、対ゲリラ戦争の戦闘現場がいかなるものか、その有様を十分知っておいていただきたい。戦闘のすさまじさ、死への恐怖、無辜の現地市民を殺すかもしれないという不条理、それらをすべて見ていただきたいと思います。

 自衛隊員の海外派兵に道を開く安保法制協議を行っている自民・公明の議員諸氏も、お忙しいでしょうがこの映画をぜひご覧ください。協議の結果、自衛隊員の海外派兵が容易になり、彼らがアメリカの対テロ報復戦争に巻き込まれて戦死したり、米国のイラク帰還兵のようになって精神を病むようなことになった後では手遅れになりますから。

2015年3月 2日 15:20

川崎市の「中学生殺害事件」と「子供の貧困率」

(2015年3月2日筆)

 川崎市での「中学生殺害事件」が発覚した後、気になっていたのは殺された13歳少年の家庭環境だった。担任教師が少年の長期欠席を心配して母親に何度も連絡したが十分な連絡が取れず、最後は大人の視野の外で少年は殺害された。

 報道によると少年の家庭は母親と子供5人の母子家庭だったという。母親は医療・福祉関係の仕事をしていると報じられている。看護士、介護士など職種で差はあるが医療・福祉関連の女性職員の平均給与は正職員で月26.0万円、非正規職員で月18.5万円だ(平成26年「賃金構造基本調査」)。

 もちろん少年の母親が正職員か非正規職員かわからない。しかし、正規であれ非正規であれ、この給与の中から家賃、光熱費、公共料金を支払って、母親1人で食べ盛りの5人の子供を育てるのは容易でない。近くに母親の実家があるといっても5人の子供すべてに目が届くなど至難のワザというほかない。


貧困に育つ子は不登校になりやすく、いじめに遭いやすく...
「相対的貧困率」以上に上昇している「子供の貧困率」

 詳細が不明な段階で、「中1男子殺害事件」と「子供の貧困率」などで示される「所得格差問題」を結びつけ一般化するのは、やや危険だとは思う。

 しかし、かつて湯浅誠著『反貧困』(岩波新書)が提示した「貧困の連鎖」を考えると、日本で「相対的貧困率」、とりわけ「子供の貧困率」が拡大していることの問題点に触れざるを得ない。

 阿部彩氏(国立社会保障・人口問題研究所社会保障応用分析研究部長)は、日経新聞2月12日経済教室「格差を考える(下)」で以下の様に指摘している。

 「貧困に育つ子供は、そうでない子供に比べ、学力が低く、健康状態が悪く、栄養が炭水化物に偏り、不登校になりやすく、いじめに遭いやすく自己肯定感が低いなど、貧困から派生する不利は多種多様であり、枚挙にいとまがない」と。

 厚労省「国民生活基礎調査」によれば、相対的貧困率とは「貧困線に満たない所帯の割合」で示される。「貧困線」は所帯平均の年間可処分所得(中央値)の半分の水準に引かれる。昨年7月に発表された2012年の可処分所得の中央値は244万円、貧困線はその半分の122万円だった。

 2012年の「貧困線122万円に満たない所帯の割合」、つまり相対的貧困率は16.1%(6所帯に1所帯)になる。およそ20年前の1991年は13.5%(中央値270万円、貧困線135万円)だったから相対的貧困率は上昇、悪化していることになる。

 「子供の貧困率」は、「貧困線に満たない所帯に属する17歳以下の子供の割合」を示す。子供の貧困率は1991年12.8%から2012年16.3%へ上昇、相対的貧困率以上に悪化している。貧困家庭の子どもが貧困家庭以上に増えていることになる。

 数字はいずれも2012年までしかない。アベノミクス以降の貧困率の数字はまだない。安倍総理が「格差は拡大していない」と主張するが、非正規雇用者の拡大と実質賃金の低下を考えると、貧困率がさらに拡大している可能性もある。いずれにせよアベノミクス以降の「格差拡大」論議をするには、今年7月に発表される2013年の相対的貧困率と子供の貧困率の数字を待つほかない。


格差問題の核心は「中間階級の没落、相対的貧困層の拡大」
低賃金の非正規雇用者2000万人が中間階級から没落

 しかし、数字がないことを幸いに安倍政権が「格差」批判を封じることは許されない。日本の格差問題の核心は、安倍総理が持ち出したジニ係数などで示される富裕層と貧困層の上下格差の拡大にはなく、中間階級の没落、相対的貧困層の拡大、つまり相対的貧困率の上昇(その結果としての「子供の貧困率」上昇)にある(本ブログ「止まらない中間階級の没落、貧困層の拡大」2014年7月22日筆参照)と言って過言ではない。中間階級の没落は日本の衰退にもつながる。

 中間階級の没落は非正規雇用の拡大は主たる原因だ。2015年1月「労働力調査」によると非正規雇用者数は1989万人、雇用者総数の37.8%に達する。2000年の非正規雇用者数は1273万人(非正規比率26.0%)に過ぎなかった。アベノミクス下でも非正規雇用者数、同比率は拡大を続けている。

 正規雇用者と非正規雇用者の給与格差も深刻だ。前述の「賃金構造基本調査」によると正社員・正職員(41.4歳、勤続13.0年)の平均賃金は月約31.8万円だ。これに対し正社員・正職員以外(46.1歳、勤続7.5年)、つまり非正規社員・職員の平均賃金は約20.0万円、正社員・正職員より約11.8万円も低く、正社員・正職員の63%に止まる。

 こうした非正規社員・職員が増加すれば低賃金の貧困層が増え、相対的貧困率が上昇することになる。参考までに女性の正社員・正職員以外(非正規)の月例平均賃金は約17.9万円にとどまる。アベノミクスが謳う女性の活躍(社会進出)、つまり女性労働力率の上昇が非正規社員・職員の増加で賄われるとすれば、低賃金の相対的貧困率の上昇を加速することになる。


女性の非正規雇用拡大が「子供の貧困率」上昇に関係する
トヨタ労組の正社員ベア並み期間従業者賃上げ要求に注目

 女性の非正規雇用の拡大は、「子供の貧困率」に大きく関わる。前出の「国民生活基礎調査」によると、母子家庭や父子家庭など「子供がいる大人が1人の所帯」の貧困線以下の割合(相対的貧困率)は54.6%に達する。片親家庭の2所帯に1所帯以上が貧困線以下の所得しか得られていないことになる。

 今年も春闘が始まった。正社員・正職員の賃上げも大切だが、いまや2000万人に達する非正規雇用者の賃上げのほうがもっと大切だと思う。連合によると昨春闘の非正規労働者の賃上げ額は2882円(一昨年春闘の2992円を下回った)、正規組合員賃上げ額5928円の48%に過ぎなかった。正規、非正規の賃金格差は縮まるどころか格差が広がった。

 今春闘では同一労働・同一賃金の原則に従って非正規労働者の大幅な賃上げが求められる。そのことが相対的貧困率や子供の貧困率の引き下げにもつながるはずだ。その意味で最も注目されるのがトヨタ自動車労働組合の動きだ。

 トヨタ労組は今春闘で非正規の期間従業員の日給を300円、月間20日勤務で6000円程度の賃上げを要求している。これは正社員の月6000円ベースアップ要求と同じ水準だ。経営側は昨春闘では日給200円アップ(月4000円程度)要求に満額回答しており、今春闘で300円アップ要求に満額で答えれば正規・非正規の賃金格差是正への画期的な一歩になる。

 最低賃金の引き上げと合わせ非正規雇用者の賃金が底上げされれば、相対的貧困率、ひいては子供の貧困率の上昇にも歯止めがかかる。

 少子化、人口減少に苦しむ日本にとって子供はかけがえのない資産であり「社会の宝」だ。事件で殺害された少年の母親は、一人で歯を食いしばり5人も「社会の宝」を育ててくれていた。彼女が非正規か、相対的貧困層に属するか不明だが、複数の子供を抱え必死に育てている貧しい母子、父子家庭は少なくない。

 成長も大切だが再分配も社会の安定に欠かせない。非正規雇用者の賃上げを筆頭に相対的貧困層に属する家庭を応援する方策を考えるのも政府の役割だと思うが、どうか。
プロフィール
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大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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