QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




大西良雄ニュースの背後を読む

2015年1月

2015年1月26日 13:48

イスラム国人質事件―「自己責任論」と「邦人保護論」の帰結

(2015年1月26日筆)

 痛ましいことだが「イスラム国」の人質となった2人の日本人のうちの1人、湯川遥菜氏が殺害されたようだ。せめてもう一人人質、後藤健二氏が無事に解放されることを祈ってやまない。


湯川氏と後藤氏とではマスコミの扱い方に大きな差
両氏に共通する紛争地域に入った人質の「自己責任論」

 ただ、同じ人質でもマスコミの扱い方は「民間軍事会社代表」の湯川遥菜氏と人道主義ジャーナリストの後藤健二氏は月とスッポンだ。

 後藤氏にはユニセフからジャーナリスト仲間までたくさんの応援団が付いた。後藤氏の母親は外国特派員協会に呼ばれて記者会見、切々と後藤氏の解放を訴えていた。この会見は世界に発信され、「イスラム国」も後藤氏の母の訴えを聞いたに違いない。

 しかし湯川氏の父親は殺害を外務省から知らされた後、顔を隠して申し訳なさそうにテレビ取材に応じ、「大変ご迷惑をお掛けしました」と言葉を結んだ。40歳過ぎた息子の不始末を問われ、抗す言葉もなく痛々しいほどだった。

 湯川氏は右翼思想の持ち主で、実態がよくわからない「民間軍事会社」の代表、イスラム国に対抗する「自由シリア軍」と行動を共にしていたという。「戦士」を自称し好んでシリアに出掛けて人質になったのだから同情の余地はないとマスコミは判断していたのだろう。

 「イスラム国」はマスコミの両氏に対する扱い方の差をよく見ていたに違いない。彼らは日本人から同情を集めることのない湯川氏のほうから「処刑」した。日本人から同情を集めている後藤氏の方が生かしておけば利用価値がある。だから後藤氏はヨルダンに囚われている自爆テロ犯との人質交換取引の対象になったのだろう。

 この人質事件をめぐって、マスコミだけでなくネット空間でも、制止も聞かず危険な紛争地域に入ったことの「自己責任論」が再び盛り上がっているという。湯川氏への上述のマスコミの扱い方は明らかに「自己責任論」に基づいている。

 後藤氏の場合はどうか。後藤氏は「イスラム国」の拠点ラッカに入る前、「何か起こっても、責任は私自身にあります」というビデオメッセージを残している。ネット空間では、「責任は私自身にある」とする後藤氏自身の言葉もあって、後藤氏に対しても「自己責任論」が広がっているという。


「テロに屈しない」安倍政権に好都合の「自己責任論」
政府には「海外における邦人保護」の義務がある

 人質たちの「自己責任論」は、人命第一といいながら「テロには屈しない」と言い続ける安倍政権には、一面で実に好都合だ。身代金を支払う、人質交換に応ずることは、テロに屈し「イスラム国」の生き残りに手を貸すことになる。

 安倍政権は、イスラム過激派との「対テロ戦争」を戦い「イスラム国」の消滅を狙う米英仏など「有志連合」にこそ属してはいない。だが、同盟国の米国を筆頭にテロと戦う「有志連合」との連携を断ち切って2億ドル(約240億円)もの「身代金」を支払うことなど安倍政権にはできない相談だろう。

 しかし安倍政権は「テロには屈しない」とつっぱった結果、人質がイスラム国に処刑されたとしても「自己責任だから仕方がない」という「自己責任論」からの支持を集めることができる。そうした計算が安倍政権にはあるのではないか。

 そうだとしても、イスラム国に人質処刑をほしいままにさせることは、政府に課せられた「海外における邦人保護の義務」を放棄することにもなる。

 政府は、内閣法第15条、外務省設置法第4条、外務省組織令第29条など各種法令によって、「海外における邦人の生命及び身体の保護その他安全に関する措置を講ずる」とし、それは「本人の責任の有無に関わらない」と答弁している。措置を講ずるのは大使館の仕事だ。

 だから政府はポーズであっても人命救助に全力投球していると言わざるを得ない。テロ事件だけでなく、海外で列車、航空機、船舶などの事故が発生すると「日本人は乗っていたか」という報道が真っ先に出てくる。「事故に遭遇した邦人」は「自己責任の有無に関わらず」、法令に基づいて保護されるからだ。各地の大使館員は何も親切心で邦人保護のために働いているのではない。


ハードパワー化する「海外における邦人保護」の手段
「邦人保護論」推進力に進む安倍内閣の新安保法制

 一方、厳しい「自己責任論」の立場には立てず、「政府による邦人保護」に期待を寄せる心優しい国民も少なくない。その多くは安倍政権が外交関係力を駆使して後藤氏ら人質の救出に成功することを願っているに違いない。

 しかし、外交関係力を駆使した人質救出が失敗に終わった場合、心優しき「政府による邦人保護」論はどこへ向かうだろうか。外交関係力(ソフトパワー)による事態解決が不可能なら、日本国のハードパワー(自衛隊や警察)の行使、あるいは集団的自衛権の行使による「海外における邦人保護」が必要ではないかという議論に転じる危うさを秘めている。

 1月23日のロイター報道によれば、政府は、今回のような人質事件が起きた場合、「領域国の同意に基づく邦人救出などの警察的な行動ができるよう法整備を進める」としているという。ただ、今回のようなテロ行為は昨年7月に閣議決定した「武力行使の新3要件」を満たしておらず、自衛隊の派遣には否定的な立場をとっている。邦人救出は「警察的な行動」に止まるようだ。

 政府は米軍など「有志連合」が実施している「空爆に参加する考えは全くない」とも言っている。それは幸いだが、その一方で、「国際社会の平和と安定への貢献のために活動する他国軍に対して、必要な支援活動を実施できるようにするための法整備」を検討しているという。日本から「イスラム国」殲滅をめざし空爆を行う米軍などへの自衛隊による「後方支援」実施の可能性を示唆したことになる。

 今回の人質事件は日本がすでにイスラム過激派のテロ対象になっていることを明らかにした。空爆に参加しなくても日本の自衛隊が米軍の「後方支援」に走ることは、将来にわたって日本がイスラム過激派の標的になり続けることを意味する。しかし「これ幸い」と安倍政権は、イスラム過激派のテロ脅威に対抗するためという名分を推進力に安保法制をどんどん前へ進めていくに違いない。

 安倍政権にとって、人質処刑を容認してすべてが終わる「自己責任論」よりも新しい安保法制を前進させる「邦人保護論」のほうが望ましいのではないだろうか。心優しい「政府による邦人保護」論者たちは、その外交的解決主義の意図に反して、米軍の後方支援を名目にマラッカ海峡、ホルムズ海峡、あるいはイラク、シリア、遠いソマリア、リビア、アルジェリアまで自衛隊を派遣しかねない安倍政権の目論見を後押しする役割を担うことになるのだ。

2015年1月19日 15:26

岡田克也新代表の民主党は「論争力」を磨け

(2015年1月19日筆)

 民主党新代表に岡田克也氏(前代表代行)が決まった。党員サポーター、地方議員を含む代表選挙では細野豪志(元幹事長)候補に敗れたが、決選投票では第3位の長妻昭候補(元厚労省)のリベラル議員票を取り込み勝った。


今や「壊し屋・小沢」に匹敵する人物はいない
小異を捨て大同につき、「党が一体となる」


 1回目、2回目いずれの投票でも細野候補との票差は僅差だった。岡田氏、細野氏のどちらが代表になっても、代表選のしこりを残さず政策をめぐる党内議論を尽くして「党が一体」となって安倍政権に対峙していかねばなるまい。

 自民党も民主党も、議員・党員の主張は右から左まで幅が広い「国民政党」色が強い政党だ。またそうでなければ国民の幅広い支持を得ることができず政権交代勢力として存在しえない。政権交代可能な「国民政党」では常に党内議論を尽くした後は多数決に従うことが重要だ。

 国民が民主党政権に愛想をつかしたのは、政策の未熟さ、政権運営の稚拙さもあったが、最大の理由は小沢一郎氏(「生活の党と山本太郎となかまたち」所属)が主導した党内のごたごたにあった。小沢氏は自らの政治資金規正法違反に関する党内批判をかわす一方、党内から菅直人総理降ろしや消費増税反対運動を展開、民主党を壊してしまった。国民は「党内不一致」の民主党を見捨てたのだ。

 いまは「壊し屋・小沢」に匹敵するような人物は党内にはいないだろう。政策や党運営について党内議論を尽くし、最後は「小異を捨て大同につく」という党内体制を築き易くなっている。その意味で党役員人事が重要で、岡田代表は細野氏に代表される「世代交代派」の若手論客、あるいは長妻昭氏に代表される「リベラル派」の練達者を積極的に取り込むことが必要になる。


安倍総理に負ける「論争テクニックとしての論争力」
論争力の弱い海江田前代表で知った民主党の頼りなさ


 そのうえで岡田民主党は党としての「論争力」を磨くべきだ。これは2つの意味がある。一つは「論争テクニックとしての論争力」、もう一つは「対抗政策を背後に持つ論争力」だ。

 前代表の海江田万里氏は、まず「論争テクニックとしての論争力」の面で安倍総理の敵ではなかった。国会論戦で安倍総理は、野党から政策の失敗や矛盾を突かれるとそれには答えず話をそらし延々と自説を述べて野党の質問時間を削ろうとする。さらに自らの政策矛盾は棚に上げ「民主党政権時代の失敗」を反論材料に使うのが常套手段だ。

 こうした安倍総理の「テクニックとしての論争力」にはあまり賛成できないが、海江田前代表がこれに有効な対抗論争力を持たなかったことも事実だ。安倍総理は自らに従わない政敵には苛烈(解散総選挙に反対だった野田毅自民党税調会長、辺野古移転に反対の翁長雄志沖縄県新知事への姿勢に表れた)だ。その異常な強さは折れやすいとも思うが、「人柄がよすぎる」海江田氏にはそんな安倍総理の真似などできなかったのだろう。

 国民は海江田代表の論争力の弱さに民主党の頼りなさを読み取ったに違いない。その点、弁護士出身の枝野幸男氏(前幹事長)は安倍総理も恐れる論争力の持ち主だ。岡田氏も国会論争では安倍総理に負けないと自ら言っている。長妻氏の「論争力」には定評がある。岡田氏は、安倍総理の「論争テクニック」に負けない強力な論者を通常国会の国会中継時に投入してほしい。


「保守中道」あるいは「中道リベラル」に徹する
そして「対抗政策を背後に持つ論争力」を磨け


 もう一つの「対抗政策を背後に持つ論争力」は「テクニックとしての論争力」よりもっと大切な論争力だ。この論争力を磨くには民主党内で安倍政策に対抗できる新たな骨太の政策を再構築することが求められる。政権担当時の反省はもういい加減にして明日からでも党内論議を開始、早急に根太な対立軸を打ち立て、安倍政策に対して論争を挑まねばなるまい。

 岡田代表は、代表選挙中に「『保守中道』というか、『中道リベラル』というか。かつて『宏池会』が持っていた考え方を包含する形で民主党が存在する」(「朝日新聞」2015年1月19日朝刊)と述べたという。

 「宏池会」は池田勇人前総理を源流とし、前尾繁三郎、鈴木善幸、大平正義、宮沢喜一、加藤紘一、古賀誠へとつながった自民党の本流派閥(現在は分派し谷垣幹事長、岸田外相が継承)だが、その理念は「軽武装・経済重視」だ。外交では軽武装、国際協調主義、経済政策では成長政策にウエイトを置くが分配政策にも十分配慮する「リベラル派」だった。小生が敬愛する石橋湛山氏(元総理)も同様の考え方だった。

 岡田氏は、「軽武装・経済重視」の宏池会を包含しながら民主党の立ち位置を「保守中道」ないし「中道リベラル」に置くという。その基本姿勢は、一部偏狭なナショナリズムに依拠し、大企業・資産家優遇に傾斜、格差是正など分配政策を軽視する安倍総理への対抗軸に十分なり得るのではないか。


「サプライサイド」に対抗する「デマンドサイド」を柱に
所得、資産、世代間の格差是正の方法を提案せよ


 岡田氏は、当面、①経済政策、②戦後70年総理談話、③集団的自衛権行使に絡む安全保障法制について安倍総理に対抗していくことになるが、とりわけ安倍総理の経済政策「アベノミクス」に十分対抗し得る経済政策を打ち立てねばなるまい。

 宏池会の祖・池田総理はその成長政策を「所得倍増計画」と命名して国民生活の底上げを図った。経済成長と国民の所得倍増が結びつき実需要の拡大が付いてきていた。アベノミクスのような「異次元緩和」によってデフレマインドを払拭するという「ブードゥー(おまじない)」経済学とは異なる。異次元緩和では本来の、融資拡大による実需への波及経路は依然十分機能していない。

 アベノミクスは円安株高、法人税減税から生じる大企業利益のトリクルダウン(滴り)を勤労者、中小企業、地方企業にも及ぼすとする「サプライサイド(供給側)」の経済学に依拠している。岡田氏はこれに対抗する論理を打ち立てねばならない。

 それには、戦後成長を支えてきた「分厚い中間層」を再生し彼らの需要成長によって経済成長を実現する「デマンドサイド(需要側)」の経済学が必要だ。子ども手当を筆頭に民主党の「2009年マニフェスト」にはその考え方が強く出ており、このマニフェストの基本姿勢を捨てる必要はない。そのうえで新たに所得、資産、世代間の格差是正の方法を明示し提案しなければならない。

 そうして初めて民主党に「対抗政策を背後に持つ論争力」が付くのではないか。

2015年1月13日 15:50

「内部留保を賃上げに回せ」という大合唱の誤解

(2015年1月13日筆)

 1月6日の日経新聞の有名コラム「大気小機」に「三剣(筆名)」氏が「政府、日銀、共産党」と題して警句に富んだ文章を寄せている。


「政府、日銀、共産党」が賃上げ要請でそろい踏み
麻生副総理は勢い余って「守銭奴」と企業批判

 三剣氏は「安部晋三首相、黒田東彦日銀総裁は『物価も給料も上がる好循環』に期待する。共産党もお金をため込む大企業を批判しているから、イデオロギーの違いを超え『政府、日銀、共産党』そろい踏みの感がある」と書いた。

 そのうえで、「賃上げは私企業の判断にかかわる重大事項である。『余計なお世話だ』と反発する経営者が一人ぐらいいてもいいようなものだが、経団連も『がんばります』と従順だ。右から左まで同じ事を求める時代に、正論を振りかざしても大人げないということか」と皮肉っている。

 この前日の1月5日、麻生太郎財務大臣(副総理)が信託協会賀詞交歓会でのあいさつで、企業の内部留保蓄積が328兆円にまで膨らんでいることを指摘し、「まだ金をためたいなんて、ただの守銭奴にすぎない」「ある程度カネを持ったら、その金を使って何をするかを考えるのが当たり前。いまの企業は間違いなくおかしい」と言い放ったという(時事通信1月6日配信)。

 漢字が読めない?元首相の放言癖はなおご健在のようだが、麻生財務相が持ち出した「内部留保蓄積328兆円」は、財務省しか知り得ない未発表の平成25年度「法人企業統計年報」の利益剰余金総額だと推察される。ちなみに発表済みの平成24年度の利益剰余金総額は304兆円だったから、企業はアベノミクスの初年度で24兆円(7.3%増)内部留保を積み上げたことになる。

 共産党も麻生副総理も「内部留保を賃上げに回せ」と言っているようにも聞こえるが、「内部留保」について少し誤解があるようなので説明しておきたい。


「内部留保(利益剰余金)を賃上げに回せ」という変な議論
「現預金を取り崩して賃金支払いに回す」のならわかるが...

 内部留保とされるのは貸借対照表の「純資産」の項目に計上される「利益剰余金」をさす。利益剰余金は毎期発生する当期純利益から配当、税負担など差し引いたものを積み上げた過去利益の蓄積だ。当期純利益がマイナス(当期純損失=赤字)の場合、利益剰余金は減少することになる。

 利益剰余金(内部留保)は、資本金などと合わせ自己資本の一部を形成しており、企業はこの自己資本と他人資本(銀行借り入れ、社債など)を使って事業を行っている。したがって利益剰余金は在庫資産、工場や営業所の設備、子会社の持ち株など事業資産に化けており、これら以外では現預金などに化けている。利益剰余金(内部留保)はすべて貸借対照表上の「総資産」(事業資産)に変わっており、「賃上げに回す」という性質のものではない。

 ただ、事業資産のうち「現預金」を取り崩して賃金支払いに回すというのであれば説明に少しは合理性がある。

 「法人企業統計年報」によると平成24年度の「現預金残高」は168兆円ある。しかし、このうち資本金1億円未満の中小企業が持つ「現預金残高」が101兆円と全体の6割を占める。これら中小企業の「現預金残高」は銀行融資の担保や支払い準備になっており、取り崩すのは難しいと思われる。さすがに共産党も支持基盤の一つである中小企業に対し「現預金を取り崩して賃金支払いに回せ」とは言わないだろう。

 正確にいえば、企業は賃上げで人件費を膨らまして当期純利益を圧縮することはできる。賃上げで当期純利益が圧縮されれば利益剰余金(内部留保)の積み上げが圧縮されることになる。当期純利益分すべてを人件費(賃上げ)に回し当期純利益をゼロにすれば利益剰余金(内部留保)は積み上がらない。

 さらに進めば、「内部留保を取り崩して賃上げに回せ」と主張する共産党のような論者も出てくる。確かに大幅賃上げによって当期純利益が赤字に転落すれば利益剰余金(内部留保)は減少、内部留保を取り崩したことになる。しかし、赤字転落となれば株価は急落、「株価連動」の安倍内閣には痛手だ。赤字転落で大企業より蓄えが乏しい中小企業に労務倒産の危機が迫れば、自民党も共産党も放ってはおけないだろう。


政府、日銀の賃上げ要請はアベノミクス行き詰まりの帰結
物価上昇率の低下がもたらす実質賃金回復という道もある

 そもそも、政府、日銀による企業に対する「賃上げ要請」は、自らの政策の行き詰まりの帰結という側面もある。異次元緩和が始まった2013年7月から円安に伴う輸入物価上昇で消費者物価が上昇、賃上げが追い付かず実質賃金は17カ月もの長期間にわたってマイナスを続けている。

 2014年11月、景気鈍化によって名目賃金(現金給与総額)も前年比マイナス1.5%に転じ、実質賃金は最悪のマイナス4.3%になった。1月13日、政府は2014年度実質成長率見通しを昨年7月のプラス1.2%からマイナス0.5%に引き下げた。消費増税に伴う駆け込み需要の反動減だけでなく実質賃金低下による消費減退がマイナス成長の重要な原因になった。

 マイナス成長の原因になった実質賃金の低下を食い止めるには、賃上げによって名目賃金を消費者物価上昇以上に引き上げるか、消費者物価上昇率を名目賃金上昇以下に引き下げるしかない。しかし、「デフレからの脱却=2%物価目標の達成」に固執するアベノミクスには、消費者物価上昇率の引き下げは許されない。したがって物価上昇率を上回る賃金引き上げしか方法はなく、賃金引き上げに安倍政権とアベノミクスの命運がかかっているというほかないのだ。

 政府も日銀も、円安による物価上昇には目をつむり、昨年来の賃上げ(特にベースアップ)不足を憂い、共産党にならって、会計上、賃上げ原資としての実態がない「内部留保蓄積」(麻生副総理)に言及してまで企業に賃上げを迫っているのだ。しかし、我が国は企業行動を政府や日銀、政治家の賃上げ指令で縛る統制経済ではない。「大機小機」が言うように政府が賃上げに介入するなど本来なら「余計なお世話」なのだ。安倍総理や経団連の指示に従って企業収益を無視して大幅賃上げ、ベースアップを実施すれば、業績は悪化、株価が下落、果ては労務倒産だ。

 だがちょっと見方を変えれば、違う道も見えてくる。すべてを賃上げの結果に委ねるのではなく、いまは消費者物価上昇率の低下によって生じる実質賃金の回復を待つという道もある。幸い、ドル建て原油価格が1バレル40ドル台(昨年6月高値比で約60%下落)まで急落、国民はガソリン価格や電力・ガス料金の将来の値下がり大きな期待を寄せている。

 その国民の期待の障害になるのが「2%物価目標」への黒田日銀の強いこだわりだ。すでに円安は実質実効レート、購買力平価などから見た適正水準を上回り「行き過ぎた円安」となっている。これ以上の円安は食料品など輸入原料依存の生活必需品の値上がりをもたらし円換算の国内エネルギー下落を妨げるだけだ。

 市場は、「2%物価目標」達成のため日銀は春先にも再度の「追加緩和」に踏み切ると予想している。しかし、そもそも海外要因の原油下落による物価低迷を「日銀追加緩和」で押しとどめるというのがおかしい。それ以上に、原油価格下落という国民と消費経済にとっての朗報を「追加緩和」による行き過ぎた円安で帳消しにすることのおかしさに安倍総理、黒田総裁は気付くべきだろう。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
月別アーカイブ
2017年11月
2017年10月
2017年9月
2017年8月
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
2011年2月
2011年1月
2010年12月
2010年11月
2010年10月
2010年9月
2010年8月
2010年7月
2010年6月
2010年5月
2010年4月
2010年3月
2010年2月
2010年1月
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
2009年6月
2009年5月
2009年4月
2009年3月
2009年2月
2009年1月
2008年12月
2008年11月
2008年10月
2008年9月
2008年8月
2008年7月
2008年6月
2008年5月
2008年4月
2008年3月
2008年2月
2008年1月
2007年12月
2007年11月
2007年10月
2007年9月
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2007年2月
2007年1月
2006年12月
2006年11月
2006年10月
2006年9月
2006年8月
2006年7月
2006年6月
2006年5月
2006年4月

ページトップへ

カレンダー
<< 2017年01月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
「参院の合区解消」のための改憲など必要ない
求人倍率、就職率の改善はアベノミクスだけの成果か
圧勝自民の得票率は小選挙区48%、比例区33%に過ぎない
「排除」の物言い嫌われ小池人気は早や賞味期限切れ
今なぜ衆院解散、10月総選挙に大義はあるのか
最新コメント
ありがとうございます...
Posted by Anonymous
経済政策・少子化政策...
Posted by Anonymous
大西先生にお願い:弱...
Posted by Anonymous
北は朝鮮半島統一を目...
Posted by kodera etuko
日本のシェクスピァ今...
Posted by Anonymous
最新トラックバック
【記事】「参院の合区解消」のための改憲など必要ない
from QuonNetコミュニティ
【記事】求人倍率、就職率の改善はアベノミクスだけの成果か
from QuonNetコミュニティ
【記事】圧勝自民の得票率は小選挙区48%、比例区33%に過ぎない
from QuonNetコミュニティ
【記事】「排除」の物言い嫌われ小池人気は早や賞味期限切れ
from QuonNetコミュニティ
【記事】今なぜ衆院解散、10月総選挙に大義はあるのか
from QuonNetコミュニティ