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大西良雄ニュースの背後を読む

2014年4月

2014年4月22日 14:27

「昭和」を引きずった69歳の「平成」への感慨

(2014年4月22日筆)

 4月19日、69歳の誕生日を迎えました。終戦の年、昭和20年に生まれましたから小生69歳、戦後69年です。来年は小生70歳、戦後70年ということになります。

 年号が「平成」に変わって26年、「昭和」は遠くなったといいます。テレビでは「昭和の名曲(懐メロ)」だとか「昭和の大事件」など「昭和」を遠い過去として振り返る番組が増えています。よくこれらの番組を見るのですが、見ているうちにいまも「昭和」が続いているような錯覚に襲われます。

 正直、小生には「平成」の実感は乏しく、まだ「昭和」が続いている気がしてなりません。しかし「昭和」から「平成」へ世相は確実に移り、「昭和男」には信じがたいような事象が次々に立ちあらわれるようになりました。


新聞や書籍を読まなくなった通勤通学客
大学生の4割強が1日の読書時間誌がゼロ

 まず驚くのは、電車に乗って新聞や週刊誌、書籍を読んでいる通勤通学客がいなくなったことです。目に入るのは、ほとんどの人が携帯電話やスマートフォンに見入っている姿です。

 この小さな画面から日々の生活周辺の断片的情報やニュースを抽出する、家族や友人などと会話・連絡する、ゲームにふける、そういうことに明け暮れているように見えます。ニュースや生活周辺の情報の背景や本質を知りたくて通勤通学時間に新書や文庫、週刊誌(新聞は自宅で通勤前に読む)を読み漁った小生の「昭和」は「平成」の車内からが消えうせてしまったようです。

 1日の読書時間がゼロ分という大学生の割合が40.5%という大学生協の調査が「朝日新聞」4月21日夕刊で報じられ愕然とさせられました。スマホの通信料に月1万円も2万円も掛けていては書籍など買う余裕はないのかもしれません。だが、「学生が本も読まずに社会に出ていくなんて。どんな世の中になっちゃうんだろうね」と嘆く古本店の店主に同感です。


運転停止、遅延をもたらす「人身事故」多発に慄然
痛ましい「介護疲れ殺人」、許せない「パラサイト殺人」

 もう一つ気になるのは、首都圏ではJR、民鉄、地下鉄問わず「人身事故」によって電車が運転中止、あるいは電車が遅延しているという事態が毎日どこかで発生していることです。

 「昭和」の時代に運転中止、電車遅延といえば春闘の時期の風物詩でした。賃上げを獲得するためのストライキは当たり前、特に戦闘力が高かった旧国鉄(現JR)労組はストを繰り返し、そのたびに電車が止まったことを思い出します。しかし「平成」の今は運転中止、遅延の理由の多くが「人身事故」です。

 「人身事故」とは何か。「酔っ払い」や「歩きスマホ」のよる接触・転落事故、ホーム傾斜による「車いす」の転落事故などが想定されます。しかし、電鉄各社は「人身事故」の中身を公表しようとしないのでよくわかりませんが、一番多いのは電車への「飛び込み自殺」ではないでしょうか。非正規労働の拡大、残業料支払いなき労働時間の増加、パワハラ、セクハラ、それらを原因とするうつ病患者の急増が「飛び込み自殺」を増加させているのではないか、慄然とします。

 身につまされるのは、「昭和」にはあまり見受けられなかった種類の家族内殺人事件の増加です。なかでも年老いた夫婦が介護に疲れ人生の同伴者を殺害するケース、あるいは年老いた親の介護に疲労困憊し親を殺害するケースは痛ましい限りです。介護保険制度だけでは救えない老後問題があると政府は認識すべきです。誰にもみとられない孤立死も同じ老後問題に属するでしょう。

 一方、無職のままパラサイト(寄生)している息子が親を殺害するというケース、あるいは自分が生んだ息子や娘を虐待、死に至らせる若い夫婦のケースも「平成」に入って目立ちます。いずれも親子の歪んだ依存関係あるいは若者の就労・所得環境の悪化などを反映したものなのでしょうが、だからと言って許される殺人ではないことは明らかです。自分勝手の所業の果ての家族内殺人には同情の余地はありません。


衰微していった護憲、反戦平和、国際協調のリベラル雑誌
「反中嫌韓」煽りヘイトスピーチを生み出す右傾化雑誌

 最後に「昭和」が終わり「平成」に進むにつれ論壇の右傾化がどんどん進んでいったことも気掛かりです。

 残念なことですが、岩波書店の「世界」や筑摩書房の「展望」(休刊)、朝日新聞の「朝日ジャーナル」「論座」(いずれも休刊)など戦前の軍国主義を否定し植民地支配や侵略を批判する一方、戦争を放棄した日本国憲法にもとづく平和主義や国際協調外交を主張する論壇は衰微してしまいました。日本のリベラリズム(平和・協調を軸とする自由主義)の後退は目を覆う状態です。

 その一方、産経新聞の「正論」、文藝春秋「諸君!」(休刊)、PHP研究所「Voice」、「WiLL」(文春出身者が創刊)などが「平成」が進む間に論壇主流にのし上がりました。彼らは戦前の侵略戦争や南京大虐殺、従軍慰安婦の軍による強制連行を否定するなど右派論壇を形成していましたが、「昭和」の論壇では護憲、反戦平和を説く主流派に対抗する異端児、脇役に過ぎませんでした。しかしいつの間にか安倍晋三総理の「戦後レジュームからの脱却」(彼は「侵略の定義は定まっていない」と発言し戦前の侵略戦争を実質的に否定)の論拠を支える存在にまでなったのです。

 その果てにこれらの雑誌は「反中嫌韓」の特集を連続して組み、韓国人を差別、侮蔑する一部日本人の「ヘイトスピーチ(憎悪の表現)」を生み出す母体になっているように思われます。

 小生の属した「東洋経済」は早稲田大学出身の石橋湛山主幹のもと、戦前から満州、中国への軍部の侵略を批判し韓国、中国の独立運動に理解を示し続けました。植民地放棄をすすめる「小日本主義」を主張した雑誌です。戦前の軍国主義、朝鮮支配、満州・中国侵略を肯定するかのような「戦後レジュームからの脱却」には批判的な雑誌です(後輩がそのように考えていることを期待します)。

 69歳の誕生日を機にその湛山の考え方を改めて心に刻みながら、「昭和」から「平成」への世相の変遷について今回は書いてみました。

2014年4月15日 12:09

日本株の下落率は世界一、「バイバイ・アベノミクス」?

(2014年4月15日筆)

 昨年末からの日経平均株価の下落率は4月11日終値ベースで▲14.3%にのぼる。この下落率はウクライナ危機への関与で株価が急落したロシアの▲9.4%を上回り世界でも断トツだ。

 今年2月、米FRBの量的緩和縮小開始による緩和マネーの撤退が懸念され「脆弱な5通貨」と言われる新興国の通貨・株式が売られ急落した。しかし、日経電子版4月13日付けの「政策運営の胆力を試す最下位の日本株」(滝田洋一編集委員)の指摘には驚かされた。


いつの間にか「脆弱な新興国」の株価は回復
日本株はウクライナ危機のロシアを上回り下落率世界一

 調べてみると、「脆弱な5通貨」の一角、インド、トルコ、インドネシアでは政策金利引き上げの効果もあり株価が急反発、昨年末の株価を上回っている。新興国通貨急落の引き金を引いたアルゼンチンは昨年末比20%近い上昇となっている。フィリピンも昨年末比株価は12%上昇している(下表参照)のだ。

日本の下落が断トツ―昨年末からの株価騰落率(単位%、4月11日終値)
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 今年初めからの世界的な株価下落は米量的緩和縮小に伴う新興国からの投機マネーの引き揚げという見方が多かった。しかし、2月に急落した新興国は上昇に転じ昨年末の株価を大きく上回っている。これに対し日本株は世界断トツの下落率だ。「脆弱な新興国」は米FRBの量的緩和縮小の影響をすでに乗り越えているのに、日本株だけが大きく下落したままなのだ。

 なぜ日本株の下落率が大きいのか。新興国では一時離散した海外投資家が政策金利引き上げや通貨の安定とともに戻ってきたが、日本では海外投資家が市場から離散したままなかなか戻らない状態が続いているためだ。

 ちなみに外国人投資家は昨年1年間で15兆円買い越し、日経平均株価を56%上昇させた。しかし今年1月から3月まで3か月連続で外国人は売り越した。3か月間の売り越し額は約1.8兆円にのぼる。4月第1週は買い越したが第2週は大幅に売り越し、4月も外国人は売り越しとなる可能性が濃厚だ。


外国人投資家は1月以来、日本株を連続売り越し
いくつもある外国人が売りたくなる景気後退の証拠

 外国人投資家の連続売り越しは、彼らの日本経済とアベノミクスを見る目が厳しくなっていることの反映だといえよう。その証拠はいくつもある。

(1)日本の実質GDP(国内総生産)は昨年1~3月期4.5%、4~6月期4.1%と4%台を続け好調だったが7~9月期0.9%、10~12月期0.7%と1%以下に急減速している。IMF(国際通貨基金)は続く2014年の日本の実質GDP予想を1.7%から1.4%へ下方修正した。

(2)2013年の日本の貿易赤字額(輸出額-輸入額)は11兆4745億円と比較可能な1979年以来最大となった。2014年1月の貿易赤字額は2兆3454億円に達し単月で過去最大となった。民間予測の代表格「ESPフォーキャスト調査」によれば2014年度の貿易赤字額は10兆6300億円と高水準が予想される。これが引き続きGDPの足を引っ張りそうだ。

(3)街角の景況感を示す3月「景気ウォッチャー調査」では、2~3か月後の景況感を示す「先行き判断指数」が34.7ポイント(50ポイントが好不況感の分かれ目)と2009年11月のリーマンショック時に匹敵する低水準になった。3月日銀短観でも先行き(3ヶ月後)需給判断は急悪化、大幅の供給超過状態が懸念されている。

(4)同じ3月日銀短観では、全産業の2014年度経常利益は▲2.3%(2013年度27.9%の増益)の減益予想となった。全産業の当期純利益も▲2.5%(13年度85.5%の増益)の減益予想だ。株価は基本的には企業業績予想に連動する。外国人投資家は日銀短観の2014年度減益予想に無反応ではいられないだろう。

 このほかにも設備投資の先行指標となる2月機械受注が前月比▲8.8%の減少となるなど、消費増税後の先行き経済への不安を示す証拠は少なくない。


黒田日銀総裁は外国人の「追加緩和」期待を一蹴
「株価こそ1丁目1番地」の安倍総理はどうする

 黒田日銀総裁はこうした景気後退を示す指標には全く無頓着で4月8日の記者会見でも「生産・所得・支出という前向きの循環メカニズムが引き続き働いている」と慣用句を繰り返した。勢い余って「需給ギャップはほとんどゼロ」「景気の先行きについてはあまり心配する必要はない」と強気見通しに踏み込んだ。

 外国人投資家たちは日本経済の景気指標悪化に神経をとがらせ始めている。しかし黒田総裁は「景気の先行きに心配はない」と繰り返し、消費増税後の景気悪化に備える「追加金融緩和」への期待を一蹴した。期待を一蹴され失望した外国人投資家が4月第2週、再び日本株の大幅な売り越しに転じたのは言うまでもない。

 黒田総裁が「追加金融緩和」を迫る外国人投資家を跳ねつけるのが正しいのか、彼らに妥協するが正しいのかについて今回は触れない。しかし、安倍政権は外国人投資家に日本株を買ってもらって株価を吊り上げることで支持率を高めた。「株高こそアベノミクスの一丁目一番地」という事情は変わらない。

 だから昨年9月末、安倍総理はNY証券取引所まで出かけ海外投資家に「バイ・マイアベノミクス(私のアベノミクスを買え)」と訴えた。しかし、ヘッジファンドなど海外投資家が、円安株高効果の一巡や消費増税後の景気減速不安から減益予想に転じるような日本株に投資するのを躊躇するは当然だ。景気回復が進むアメリカ、通貨に不安があるが成長率(収益力)が日本より高い新興国に投資するほうがましだと考えても不思議ではない。

 外国人投資家(市場)の間では「バイ・マイアベノミクス」が変じて「バイバイ・アベノミクス(さよならアベノミクス)」という言葉すらささやかれ始めている。安倍総理は株価ボードを毎日見ているというが、年初来の株価下落は気が気ではないだろう。総理は「追加緩和」による外国人投資家の再出動に期待していると推察される。

 しかし景気と物価の先行きに自信を深める黒田総裁は追加緩和に否定的だとされる。4月中にも総理は黒田総裁と会談するという。総理が黒田総裁をどう説得し「追加緩和」を約束させるのか、総理と総裁のバトルが見ものだ。

2014年4月 8日 14:38

観光立国は東アジアの緊張緩和にも役立つ

(2014年4月8日筆)

 訪日外国人客数が今年も順調に拡大している。日本政府観光局の推計によると今年1月、2月、2か月間の訪日外国人客数は182万3900万人、伸び率は30.5%となった。この調子が続けば今年の訪日客数は1300万人(昨年伸び率24.0%で1036万人)に達するだろう。

 26.7%を占め訪日客数で最多の韓国の伸びは3.9%と低い。歴史認識をめぐる日韓関係の冷え込みや日本国内の韓国人に対するヘイトスピーチ(憎悪表現)横行の影響があるのだろうか。ただ訪日客第2位(21.2%)を占める親日感が強い台湾は48.3%増と大幅な伸びを継続した。昨年6月にビザ免除となったタイ(70.9%増)、マレーシア(51.1%増)も大幅な伸びが続いている。

 一方、訪日客数16.1%を占める第3位の中国も92%増の大幅回復(昨年は7.8%減)となった。ラオックスの羅社長は「良好でない日中関係は常態化した。その現実を受け止め、政治と自分の行動を分けて考えるようになったのではないか。日本は行ってみたい国の上位に常にランキングされている。抑えていた気持ちがここへきて解放されたのだろう」(「日経新聞」4月7日朝刊)と回復の原因を分析している。

 訪日外国人客数の増加は、円安(訪日客国の通貨高)と東南アジア5カ国(タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン、インドネシア)に対する観光ビザ緩和が効果を表したという。インターネットによる日本の観光情報の取得も大きく貢献しているのではないか。


訪日客数2000万人なら約6.6兆円の波及効果
貿易サービス収支の赤字縮小にも貢献

 訪日外国人客数の増加政策は その経済波及効果が大きいだけでなくアジア近隣諸国との外交関係にも好影響を与えるという意味からも優れた成長戦略だ。

 まず経済波及効果だが、観光庁の試算による訪日客数1000万人の経済波及効果は約3兆3000億円、約30万人の雇用を生み出しているという。東京五輪開催の2020年には訪日客数2000万人を達成する政府目標だが、それが実現できれば経済波及効果は倍の約6兆6000億円になる計算だ。現在の名目GDP481兆円だが、これを1.4%押し上げる波及効果だ。

 貿易サービス収支の赤字縮小にも貢献する。2013年の訪日外国人客数1036万人に対して出国日本人数は17472万人だ。一時、3兆円以上あった旅行収支の赤字額は訪日客数の増加によって大きく減り2013年は6545億円の赤字にとどまった。今後も訪日外国人客が増えれば旅行収支がプラスに転じ、貿易サービス収支の悪化を下支えすることになる。

 第2に観光というサービス産業の拡大は製造業からサービス産業へ日本の産業構造の転換を促すことになる。製造業が海外の旺盛な需要を取り込むために海外立地を拡大させ多国籍化するのは仕方がないことだ。このため円安にもかかわらず国内投資が盛り上がらない。製造業に代わって金融、情報、医療、観光などサービス産業への投資が盛んになれば国内投資も再び活発化しよう。サービス産業の拡大は先進国共通のサービス経済化に資することになる。


観光資源の掘り起こしが地方の衰退を食い止める
「嫌中」「嫌韓」の感情は観光産業には一銭の値打もない

 第3は観光産業が地方経済の活性化に役立つという効果だ。地方は人口減少と高齢化が進み衰退の度を強めている。円安株価によるアベノミクスの恩恵がほとんど及んでいない。地方の衰退を食い止めるのは至難の業だが、美しい自然(雪や温泉、山登りなど)や歴史風土(寺社仏閣、城、古民家、棚田など)、食文化(和食)などを掘り起せば外国人に提供できる観光資源は地方にはたくさんあると思う。外国人は日本人が知らない日本の良さを知っている。特定の地域だけ建築基準法やホテル業法を緩和する「観光特区」ではなく、地方が観光資源を掘り起こすことができる規制緩和を実施する必要がある。

 最後になったが、訪日外国人客の増加が「国民同士の草の根外交」になっている点を指摘しておきたい。とくに安倍総理の靖国参拝や歴史認識などをめぐって政治的緊張が高まった結果、最大の顧客である中国、韓国からの訪日客が減少ないし伸び悩むことが少なくなかった。

 安倍総理とその周辺の一部ナショナリストの発言に煽られた日本人の「嫌中」「嫌韓」の感情は観光産業の立場からいえば一銭の値打もない。日本人の「嫌中」「嫌韓」は中国人や韓国人の「嫌日」「反日」を呼び起こし訪日外国人客の増加にブレーキをかけるからだ。

 しかし羅ラオックス社長の観察の通り、中国人は「政治と自分の行動を分けて考えるようになった」ようだ。その結果、中国から訪日客が押し寄せ、中国人が日本をつぶさに観察することになる。そうすれば、日本人が共産党から教え込まれた軍国主義者とは程遠い、親切で礼儀正しい、清潔で平和な、おもてなしの心にあふれた国民であることを理解することができる。

 中国人や韓国人に日本人が平和を心から愛好する国民であることを知ってもらうことが悪化した対中韓関係を草の根の側から改善する契機になる。中国、韓国から訪日客を取り込むことは成長アジアの所得を日本に取り込むことになるだけではないのだ。

2014年4月 1日 11:59

「STAP細胞」騒動についての3つの素朴な疑問

(2014年4月1日筆)

 英科学誌「ネイチャー」に掲載された30歳と若い女性研究者、小保方晴子氏らの「STAP細胞」に関する論文に「捏造・改ざん」「盗用」などの不正疑惑が発覚した。小保方さんの「STAP細胞」の発見はノーベル賞を受賞した山中伸弥教授の「iPS細胞」をしのぐ発見だと新聞、テレビが揃って持ち上げたのをそのまま信じて心を躍らせたが、それもつかの間の喜びだったようだ。

 この「STAP細胞」論文の不正疑惑の報道に接して、科学研究に疎い門外漢にも研究者や科学論文の評価をめぐって素朴ないくつか疑問が湧いてくる。


なぜ小保方氏は「垂涎の的」理研の研究者になれたのか
博士急増のなか、論文の審査体制に問題はないか

 一つは小保方氏がどのような評価を得て、若い研究者の垂涎の的である理化学研究所の研究員になれたのかという点だ。

 博士課程に進む学生は科学技術振興の掛け声に煽られこの20年間で2.5倍に増えた。博士号取得者の数も大幅に増えたが大学や研究機関で研究職を得るのは至難の業だ。博士課程修了者のうち正規の就職者は5割強(このうち大学、研究機関への就職はほんの一握りだろう)、残り2割強が非正規ないし一時職、さらに残り2割の「博士号取得者」が「無職」を余儀なくされているという。

 そんな悲惨な人生を送る「博士」がゴロゴロいる中で、小保方氏は1年ごとの更新、最長5年間の契約だそうだが、とにかく理研の研究職を得た。では、どのような評価を経て小保方氏は理研に入れたのだろうか。

 小保方氏は早稲田大学の博士課程に在籍中にハーバード大学医学部のチャールズ・バカンティ教授の研究室へ留学した。そのバカンティ教授のもとで行った万能細胞の研究成果が早稲田大学の博士論文となり、それが評価されて理研に採用されたという。

 しかしその博士論文にも盗作、盗用などが発見され、小保方氏が理研に採用された根拠が疑われ始めている。小保方さんの博士論文の審査には早稲田大学の2教授のほか留学先のバカンティ教授らが加わっているというが、バカンティ教授は「小保方氏の博士論文を読んでいない」という趣旨の発言をしている。

 審査に当たる先生方は指導、研究の合間を縫って増えた多数の博士号申請者に対応しなければならず、論文審査は大変な作業になる。しかしその結果、論文審査がずさんになっては意味がない。ずさんな博士論文審査が、小保方氏の理研採用に幸いしたとすれば皮肉な結果だ。理研のほうも採用にあたって小保方氏の博士論文をじっくり読んだのだろうか、疑問が残るところだ。


不正発覚の責任は共著者にも及ぶのに
論文不正を見抜けなかった? 残り7名の共著者

 第2に、不正が疑われている「ネイチャー」掲載の主論文には8名もの共著者が名を連ねているが、なぜ、小保方氏を除く残り7名の共著者は「STAP細胞」論文の不正をチェックできなかったのか、という疑問だ。

 科学論文の場合、著者として最初に名が出てくる「ファースト・オーサー」が論文の所有権を持つという。そのほかに論文作成に貢献があった研究者がセカンド・オーサー、サード・オーサーと続き、最後に名を連ねる「ラスト・オーサー」が研究の総合プロデューサーの役割を果たしているという。

 「朝日新聞」(3月14日朝刊)によると、「STAP細胞」論文のファースト・オーサーは小保方氏、ラスト・オーサーは留学先のチャールズ・バカンティ教授だった。セカンド以下のオーサーに記載された残りの共著者6人のうち3名は小保方氏の研究を指導した教授、準教授、医師だ。残り3名は論文執筆を手伝った笹井芳樹氏、細胞の遺伝子を調べた丹羽仁史氏、マウスで万能性確認を行った若山照彦氏(現在は山梨大学教授)だった。3名いずれも理研では小保方氏の上司に当たり、万能細胞研究では山中伸弥教授にも劣らない実績を持つ優秀な研究者たちだという。

 30歳のファースト・オーサー、小保方氏以外の共著者は、いずれも研究実績も経験も豊富な先輩研究者である。責任の度合いに差はあれ共著者には論文に対する共同責任が発生するはずだ。かりに「STAP細胞」が実在しファースト・オーサーの小保方氏がノーベル賞を受賞すればその栄誉は共著者にも及ぶ。しかし、論文不正が発覚すればその不正の責任は共著者に及ぶ。そのことが理解されていれば「STAP細胞」論文は共著者によってもっと時間をかけて精査されてよかった。

 なぜ論文が共著者によって精査されなかったのか、その理由を理研は徹底的に調べ公表すべきだ。小保方氏という「未熟な研究者」に代わって実質的に論文を書き上げたのは笹井氏だという。理研のホープとされる笹井氏を守るために共著者の責任をうやむやにすることがないようにしてもらいたい。


「ネイチャー」、「サイエンス」が研究者人生を左右
科学論文に正しい評価を与える仕組みを築け

 第3に、なぜ「ネイチャー」誌は「STAP細胞」論文の不正を見抜けなかったのか。「ネイチャー」誌の論文評価も絶対ではないのだ。

 英科学誌「ネイチャー」は米科学誌「サイエンス」と並ぶ科学雑誌の双璧で両誌に論文が掲載されるかどうかが研究者人生を左右する。小保方氏も「STAP細胞」2論文が「ネイチャー」へ掲載されたことで不安定な「1年契約の研究者」から解放され雇用期限のない理研の「常勤研究者」になれたかもしれない。

 「ネイチャー」も「サイエンス」も社内外に優秀な専門研究者を査読者(レフリー)として配置、厳密な査読体制を敷いているという。それでも「ネイチャー」誌は「STAP細胞」論文の不正を見過ごしてしまった。バカンティ教授や理研の笹井氏、丹羽氏など著名な共著者の名前に負けてしまったのだろうか。

 権威はあるといっても「ネイチャー」誌も「サイエンス」誌も商業雑誌だ。雑誌受けのする、目立つ論文を採用する傾向が強いのではないか。「iPS細胞」をしのぐ「STAP細胞」の話題性に目が眩んだとすれば困ったものだ。

 一説によると「ネイチャー」掲載論文の8割は仮説で掲載後もその仮説の実証には至っていないという。「ネイチャー」誌によると、昨年科学雑誌から取り下げられた論文は約500本にのぼり、生命科学分野では取り下げられた論文の3分の2は不正行為が原因だという(日経新聞3月31日朝刊)。

 それでも研究者は「ネイチャー」誌や「サイエンス」誌への論文掲載という評価を得たいとして血眼になる。政府の研究資金配布も「ネイチャー」「サイエンス」誌掲載が基準になってはいまいか。これを機に、研究者とそれを取り巻く指導者、共同研究者に正しい評価を与えるための科学論文の評価システムを構築する必要があると思う。それが大学、研究機関、研究資金配分者に求められる。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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