QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




大西良雄ニュースの背後を読む

2013年10月

2013年10月28日 13:34

低給与産業、非正規社員の賃上げをどうするのか

(2013年10月28日筆)

 円安に伴う輸入インフレと消費増税の転嫁インフレで生活必需品の値上がりが進む。この状態がつづき、基本給の引き上げ(ベースアップ)がなければ実質賃金がますます切り下がる――。

 デフレ脱却を標榜するアベノミクスの末に、富者(資産家)はますます強くなり貧者(一般国民)がますます弱るということになれば、社会不安が高まる。これを回避しアベノミクスの正当性を維持するために、安倍総理、黒田日銀総裁以下、アベノミクスの推進メンバーは来年の春闘でのベースアップ要請に躍起になっているように見える。


「アベノミクスインフレ」4%を賃上げで吸収できるか
中小零細企業、非製造業はベースアップできるのか

 日銀は2015年春のインフレ目標2%の実現を目指す一方、2014年度の消費増税分の転嫁インフレ率を2%と予想している。日銀の予想どおりだと2015年春までに合わせて4%の消費者物価上昇が見込まれる。これを「アベノミクスインフレ」と呼ぶとすれば、アベノミクスインフレを吸収し実質賃金の切り下げを食い止めるには4%以上の賃上げが必要になる計算だ。

 トヨタ自動車、日立製作所、日本電産は来春闘でのベースアップを表明したが4%ものベースアップを実施するとは到底思えない。ローソンは2~3%の賃上げを表明したが、一時金の支給引き上げでベースアップではない。

 トヨタ、日立、日本電産、ローソンはいずれも日本を代表する大企業だ。それら大企業でさえ4%のアベノミクスインフレに伴う実質賃金の低下を食い止めるベースアップなど実現することはできないだろう。

 ましてや収益力の回復が遅々として進まぬ中小・零細企業や非正規社員などの低賃金労働でかろうじて存続している非製造業が4%ものベースアップを実施することなどありえない。定期昇給すらままならない会社が数多いというのが実態だろう。こうした企業の従業員数が日本の7割以上を占めるのだ。


深刻な正規社員の非正規社員の給与格差
誰が非正規社員の賃金上げを実施するのか

 国税庁が調べた平成24年の民間給与者の平均給与を見ると愕然とする数字が並んでいる。すべての民間給与者の平均給与(月額)は40万8000円だが、このうち正規社員の平均給与は46万7900円、非正規社員のそれは16万8000円にすぎない。非正規社員は正規社員の3分の1なのだ。

 7月に総務省から発表された「平成24年就業構造基本調査」によれば、平成24年の雇用者総数5353万人のうち非正規社員は2043万人(非正規社員比率38.2%)と初めて2000万人を突破した。5年前の平成19年調査では非正規社員数は1894万人(非正規比率35.6%)だった。この5年間で非正規社員は149万人増加したことになる。

 増加を続ける非正規社員のベースアップ(時給アップ)は最低賃金の引き上げに依存する。しかし、付加価値生産性が低く儲からない中小、零細企業には最低賃金引き上げに耐える体力はなく、最低賃金引き上げは遅々として進まない。特に地方の最低賃金は低い水準に放置され引き上げもままならない。

 非正規社員は労働組合の組織外だ。賃金交渉力に乏しい。その非正規社員が雇用者総数の38.2%を占めるのだ。彼らの中には非正規労働の給与のみで生活している労働者も少なくない。大幅な時給アップが見込まれない彼らには生活必需品を中心とする4%ものアベノミクスインフレは大きな負担になることは間違いない。非正規社員の賃上げを誰が実施するのだろうか。

 さらに言えば、非正規社員比率が高い非製造業では平均給与も低い。これら非製造業の中には社員に長時間の低賃金労働を強いて恥じない「ブラック企業」も少なくない。労働集約型の非製造業では従業員の賃金を削ることが利益の源泉の一つになっている。


付加価値生産性が高い非製造業、低い非製造業が混在
低付加価値・低賃金の医療福祉、観光など成長産業

 ちなみに近年、就業者数を拡大させている産業は、医療福祉、情報通信、専門・技術サービス、卸小売り、宿泊・飲食サービスなどだが、これらのサービス産業の平均給与はどんな状態なのだろうか。

 先の国税庁の調査によれば、最も就業者数の増加率が高い「医療福祉」就業者の平均月額給与は37万8000円と総平均額の40万800円を大きく下回る。卸小売り就業者は35万6200円、宿泊飲食サービスは23万4800円で医療福祉就業者の平均給与をさらに下回る。これらの産業は非正規社員比率が高い。低い給与の非正規比率が高くなれば平均給与が低くなるのは当然だ。

 同じ就業者が増加している非製造業でも情報通信の平均給与は57万2000円、専門・技術サービスは49万300円と総平均額を上回っている。建設業は43万800円と専門・技術サービスにつづく。これらの産業の付加価値生産性は高く、したがって正規、非正規を問わず賃金は高水準だ。

 賃上げ余力という点では就業者が増加している非製造業の中は2つに分かれる。一つは賃金への分配の原資になる付加価値生産性が低い医療福祉、卸小売り、飲食宿泊サービス、もう一つは付加価値生産性の高い情報通信、専門・技術サービス、建設業などの産業だ。後者は多少のベースアップが可能かもしれない。

 問題は、非正規社員比率が高く平均給与も低い前者の賃上げをどうするのかだ。アベノミクスでは医療福祉産業や観光産業が成長戦略の中軸に据えられている。しかし医療福祉、観光産業を担う宿泊飲食サービスの付加価値生産性は低く、賃金が劣悪だ。これらの成長産業で生産性を低い状態のままベースアップを実現するのは容易ではない。

 製造業は正社員比率が高く平均給与も47万2400円と平均を上回るが、就業者増加には多くを期待できない。日本はアジアなど成長国に比べ投資収益率が低い。海外への製造業の移転(雇用の海外流出)は多少の円安では止まらないだろう。その一方、非正規社員への依存度が高い小売りやサービス業など非製造業比率が高まるのも高度先進経済には必然の現象だ。

 非製造業の付加価値生産性の引上げという構造問題を無視してはベースアップによるアベノミクスインフレ吸収はむずかしい。生産性引上げがなければ、ベースアップなき年金生活者と並んでアベノミクスインフレの最大の被害者である非正規社員の時給アップ(あるいは正規社員化)も不可能だと思うがどうか。

2013年10月21日 13:35

東京だけ栄え地方が枯れる?「国家戦略特区」

(2013年10月21日筆)


 「国家戦略特区」はアベノミクスの第3の矢である成長戦略の中核を担う、その「特区」で実施される規制改革事項の「検討方針」が10月18日に固まった。


 規制改革事項は医療、雇用、教育、都市再生・まちづくり、農業、歴史的建築物の活用の6分野に及ぶ。このうち、規制改革内容に具体性と広がりがあって、ある程度評価されるのは医療、都市再生・まちづくり、歴史的建築物の活用の3分野、残りの雇用、教育、農業の3分野は規制改革に値しない改革にとどまった。



外国人患者を呼び込む医療ツーリズムも可能

旅館業法からの適用除外で外国人観光客に対応


 医療分野では、特区内に国際医療拠点を設け高度な医療技術を持つ外国人医師(国内免許を持たなくてもよい)、外国人看護師(現行の臨床修練制度を受ける)を受け入れ、世界最高水準の医療サービスを提供することになるという。


 国際医療拠点では病床の新設・増設の制限をある程度緩め病床数の増加を認める、あるいは海外で承認されている医薬品等で国内未承認の医薬品等の保険外併用を速やかに認めるなど改革も認められた。高い治療費を払っても高度な医療を受けたいとする国内外の患者が利用しやすい病院ができることになる。


 国内未承認の医薬品等の保険外併用の認可を早めるというが、これが保険診療と自由診療の併用を認める「混合診療の全面解禁」につながるのかどうかは不明だ。ただ自由診療が中心の外国人患者を日本の病院に受け入れる「医療ツーリズム」に道を開いたことは大いに評価できる。


 都市再生・まちづくり、歴史的建造物の活用の2分野では「旅館業法」による規制の一部適用除外が盛り込まれた。旅館業を営む者は、旅館業法に基づき換気、採光、照明、防湿、清潔などの衛生基準をはじめ様々な規制が課せられている。特区ではこれらの規制を免除するというのが今回の趣旨だ。


 たとえば外国人は延泊すると高い宿泊料になる旅館ではなく安い賃貸料の滞在施設を希望するケースが多い、この外国人の希望に応え、特区内では「賃貸型滞在施設」について旅館業法の適用を除外するとした。


 また、特区内では、重要文化財までには至らない各地の古民家等(町屋、武家屋敷、庄屋など)の歴史的建築物の宿泊施設についてフロント設置を義務づけた旅館業法上の施設基準の適用を一部除外するとした。


 「特区」内だけに限定しなければ、こうした規制緩和は地方経済の振興に大いに役立つはずだ。



今も現役「構造改革特区」の成果はどうだったのか

なぜ中国にならい規制緩和を「特区」に限定するのか


 ただ今回の「国家戦略特区」についてはいくつかの疑問が残る。疑問の第一は、今回の「国家戦略特区」が小泉内閣で2003年に導入された「構造改革特区」とどこが異なるのかという点だ。「構造改革特区」はいまも現役で、地方自治体からの申請が続いており8月現在の認可件数は1207件にもなる。


 構造改革特区は地方自治体が自ら発想して規制緩和を求めて「特区」を申請する、いわば地方主権型の「特区」で税制などの優遇措置はない。国家戦略特区の場合、規制緩和の具体的内容は国家が決める中央主権型で、特区の提案は地方自治体だけでは経済団体や企業もでき、規制緩和のほか税制優遇なども予定されているという。


 そうした違いがあるにしても、まず検証すべきは「構造改革特区」の成果だ。安倍総理が言う「15年ものデフレ経済」には小泉内閣時も含まれる。つまり「構造改革特区」が経済成長に貢献しデフレ経済克服に役立ったという証拠は全くない。「構造改革特区」の成果検証なしに「国家戦略特区」を上乗せする意味はどこにあるのか。


 第二は、なぜ規制改革を「特区」に限定するのか、なぜ規制改革を全国レベルで実施しないのかという「特区制度」に対する根本的な疑問だ。


 小泉内閣の「構造改革特区」は深センなどに導入された中国の「経済特区」の成功に学んだとされている。「特区」は中国に代表される官僚統制国家の例外事項として成功したものだ。その中国の「特区」に経済発展が進んだ高度に自由な資本主義国家の日本がならうのはいかがなものか。程度の差はあれ中国同様、日本経済のすみずみに官僚統制が色濃く残っている。強力な安倍政権でさえ、全国ベースで官僚と既得権益層の抵抗を跳ね返す力はなく、「特区」という形でしか改革できない中国にならわざるを得ないというほかない。



東京五輪と国家戦略特区が重なり東京集中が加速する

特区による競争条件格差が都市と地方の格差を広げる


 それはさておき、11月には規制改革の内容を盛り込んだ関連法案が国会に提出され、成立すれば年明けにも緩和の細目と「特区」の地域が決まることになるという。当面、「特区」となる地域は「国際都市として世界一のビジネス環境を整える」という国家戦略特区の趣旨からいって東京、名古屋、大阪に限定されそうだ。

 

 しかし、3大都市圏にだけが「特区」に認定され、そこだけが成長するとすれば、「特区」には当分適用されそうもない地方経済との格差が開くことになる。


 日本経済再生本部で承認された「検討方針」には、言葉少ない方針記述にも関わらず「東京オリンピックの開催も追い風に」という言葉が5か所も挿入されている。東京五輪を開催する東京圏での成功が強く意識されて国家戦略特区が導入されたことをうかがわせる言葉だ。もちろん名古屋も大阪も外国人を呼び込む国際都市として強く意識されてはいるが東京圏への肩入れには及ばない。


 「国家戦略特区」の導入は、都市圏に対して規制面(あるいは税制面)で有利な条件を与えることを意味する、その結果、特区導入が遅れる地方圏は競争上で不利な立場に立たされることになる。これに東京五輪開催に伴う首都圏への投資が重なるのだ。その結果、首都圏はますます栄え、人材もビジネスも奪われた地方圏はますます枯れる。


 地方圏はただでさえ人口減少、高齢化が進み衰退が進行しているのに東京五輪と「国家戦略特区」がこれをさらに加速することになると思うと憂鬱になる。


 今回の「方針指針」の中で、ただ一つ、全国一律の規制緩和を予定している項目があった。歴史的建築物の活用については、特区に限定せず全国規模で規制改革を進めるとした点だ。


 たとえば歴史的建築物を宿泊施設、レストラン、サテライトオフィスなどに活用する際、建築基準法や消防設備等の基準の適用除外とするという項目が入った。これが実施されれば歴史的建造物が規制で利用できず廃屋化していくのを食い止めることができる一方、地方の貴重な観光資源として蘇ることになる。


 外国人患者を呼び込む医療改革や旅館業法など規制改革は「全国一律」のほうが地方振興に役立つかもしれない。医療ツーリズムも観光産業も地方の活性化には欠かせない、今回の方針では改革度が低かった農業、教育、雇用分野でも「全国一律」としたほうが規制改革の効果が地方にも及ぶ項目があるかもしれない。


 安倍政権には、規制緩和を「特区」だけとせず「全国一律」の規制緩和とすることによって、地方圏が首都圏との競争上不利となるのを防ぐことになるという点についても真剣に考えてもらいたいと思うが、どうだろうか。

2013年10月15日 11:26

国益にかなうTPP「聖域5品目」の見直し

(2013年10月15日筆)

 インドネシア・バリでのTPP(環太平洋経済連携協定)交渉の最中、自民党の西川公也TPP対策委員長が農産物分野の重要5品目(米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物)について「関税撤廃できるか検討する」と発言、これに対して農業圧力団体や自民党農林族議員から「選挙公約違反だ」と猛反発する声が上がったという。

 確かに自民党の「2103年総合政策集」にはTPPに関して「農林水産物の重要5品目や国民皆保険などの聖域(死活的利益)を最優先し、それが確保できない場合は、脱退も辞さない」とある。安倍総理も参院選挙中、「聖域は断固として守る」といっていたからこれが選挙公約だったことは間違いない。

 ただ選挙公約だからと言って重要5品目すべて聖域だから一歩も譲れないとごねまくっては交渉にならない。TPPは日本以外の交渉相手国との外交交渉だ。交渉相手国と交渉カードを切り合って押したり引いたりするのが外交交渉で、自らの譲歩なしに相手国からの譲歩は引き出せない。


極めて低い自由化率の提示で恥をかいた日本
一方、自由化率引き上げは予定通りという声も

 前回のブルネイでのTPP交渉で日本はどうやら恥をかいたようだ。ブルネイでは日本は各国との関税交渉で70%~80%台の自由化率(一定期間に減税をゼロにすると約束する品目の全関税対象品目に対する割合)を提示した。

 これに対しシンガポール、チリ、ペルー、マレーシアはすべての品目で関税ゼロ(自由化率100%)を提示、ニュージーランドは100%に近い自由化率を提示した。そして彼らは日本の極めて低い自由化率提案を一笑に付したという。

 100%近い自由化率を提示した国はいずれもGDP(国内総生産)が日本よりはるかに小さい国だ。彼らが関税を全廃すれば競争優位にある日本の工業製品が国内に大量に流れ込むことは必至だ。そのデメリットを甘受してでも彼らはTPPによる自由貿易のメリットを獲得しようとしているのだ。

 一方、日本が保護しようとする農水産物のGDP構成比はたったの1.2%に過ぎない。聖域とする農水産物5品目に限定すればGDP構成比は無視できるぐらい小さくなるだろう。そのほんのわずかなGDP構成比の5品目を守るために日本は工業製品の競争優位を捨て去るような極めて低い自由化率を提示した。彼らもこの日本の自由化率の提示には苦笑せざるをえなかったのだろう。世界第3の大国・日本の名前が泣くといいたくもなる。

 もともとTPP交渉では、自由化率96%~98%の高いレベルでの決着が想定されていた。これまで日本が締結した2国間EPA(経済連携協定)の自由化率は84~88%だった。70%~80%という自由化率はこれすら下回る。いくら交渉ごととはいえ、なぜ交渉の箸にも棒にもかからない低い自由化率を日本が提示したのか、日本人の誰もが理解に苦しむところだ。

 いや、理解に苦しむ人のほうがおかしいという声もある。冒頭の西川TPP対策委員長の発言も政府のTPP「聖域」見直し方針もシナリオ通りだった。交渉相手国の冷たい雰囲気を察し、さすがの日本の交渉団も自由化率を引き上げる必要に迫られた――。というフリをして、あるいは外圧を利用して、西川氏らは予定通り自由化率の引き上げに踏み切ったというほうが正しいのかもしれない。


「5品目の聖域は守る」というが586品目すべてではない
副次的な産品含め「聖域」の洗い直しは国益にかなう

 安倍総理と自民党は「重要5品目の聖域は守る」といっているが「重要5品目すべて(586品目)の聖域を守る」とまではいっていない。農業圧力団体や自民党農水族議員が公約違反だと騒ぎ立てても「586品目すべてを守ると約束した覚えはない」といえばそれで通ってしまう程度の公約だろう。

 重要5品目といっても主産品から「副次的な産品」まで多様(関税率も異なる)で関税対象となる品目数は586品目にのぼる。このうち主産品の品目数は363品目、「副次的な産品」の品目数は223品目ある。586品目がすべて関税撤廃の対象外になった場合の自由化率は93.5%にとどまるが、主産品の関税を残し「副次的な産品」の関税を撤廃した場合の自由化率は96%近くになる。TPP交渉が想定していた最低限の妥結目標にほぼ達することになる。

 たとえばコメの場合だ。コメの関税対象品目数は58だが、このうち精米(関税率778%)や玄米(同568%)など主食にかかわるのは8品目程度に過ぎず残りは加工用米などだ。加工用米の品目には米粉(関税率550%)、米菓材料になる米粉調整品(同283%)、朝食用フレーク(同99%)、あられ・せんべい(同34%)などが含まれる。

 主食米8品目の関税を残し、「副次的な産物」である加工用米50品目の関税を撤廃すると自由化率は上昇するが、それで何か問題が発生するのだろうか。加工用米の消費量は主食用の8%に過ぎない。しかも加工用米は主食用に回せない規格外のコメ、関税を守るためのミニマムアクセス制度に基づく輸入米が中心だ。加工用米の関税が下がれば菓子・食品など加工業者が救われ、ひいては消費者の利益になる。加工用米の輸入が主食用米を脅かすこともないだろう。

 ほかによく挙げられるのが、重要5品目の「牛肉・豚肉」に含まれる牛タン(関税率12.8%)だ。一頭から舌一枚しかとれないため牛タンの9割以上が輸入品だという。この関税をゼロにすれば自由化率は上がるし、関税率撤廃によって焼き肉店の牛タン価格が下がり消費者は大いに喜ぶにちがいない。

 こんな例は重要5品目の中の「副次的な産品」には多数含まれる。こうした事情を熟知したうえで、西川自民党TPP対策委員長らは「重要5品目の中身を精査して関税撤廃する副次的な産物を決める」一方、関税を残す「聖域」を絞り込むといっているのだろう。それはそれで大変結構のことだ。

 そのうえで政府・自民党には、主産品、副次的な産品にかかわらず「聖域」とされる重要5品目すべて、つまり関税対象586品目すべてを国内の消費量、輸入量、消費者への利益などを勘案し改めて精査してもらいたい。

 そうすることで「聖域」の名にかくれた不必要な高関税農産品があぶりだされる。それらを関税ゼロとすることを武器にすればTPPでの日本の交渉力は高まる。その結果、農業へのマイナスが少なく、しかも高いレベルの自由化率を実現できれば、工業製品の輸出利益拡大や輸入品の価格低下(消費者利益の拡大)というもう一つの大きな国益が実現されることになる。

2013年10月 7日 10:36

デフォルト不安掻き立てたオバマのダッチロール

(2013年10月7日筆)

 日航ジャンボ機がコントロールを失って御巣鷹山に撃墜した時、ダッチロールという言葉がはやったが、オバマ米大統領は何も決められず浮遊するダッチロール状態に入ってしまったようだ。

 オバマ大統領はシリアの化学兵器問題では軍事介入を示唆しながら実行できなかった(これはこれでよかったが)。次期FRB議長の人事では意中の人・サマーズ元財務長官に辞退され、いまだ後任が決まらない。そして今回、2014年度の暫定予算が議会で成立せず一部政府機関の閉鎖に追い込まれてしまった。


債務上限引き上げられなければ10月末には債務不履行?
デフォルトに陥れば壊滅的事態に陥ると米財務省が警告

 政府機関の閉鎖はクリントン政権以来、17年ぶりだというが、今回は政府機関閉鎖の次は米国債のデフォルト(債務不履行)だと市場に連想させる事態に陥っている。米国は過去一度もデフォルトを経験したことはない。異常事態だ。

 連邦政府は10日後の10月17日に連邦債務上限の引き上げ期限を迎える。それまでにオバマ大統領が米議会を説得できず法律で定められた債務の上限額16兆7000億ドルを引き上げることができなければ、17日以降国債が発行できなくなる。その結果、政府の支払い資金が枯渇、10月末には米国債の利払いができず連邦政府が債務不履行に陥るというのだ。

 起きてはならないし起きる確率もきわめて低いが、もし米国債が債務不履行となったらどんな事態になるのか。米国政府は即座に国債発行に依存していた歳出を日々の税収の範囲に絞ることになる。歳出は大幅に削減され米国の景気は急降下、米国への輸出依存度が高いGDP世界2位の中国、3位の日本の景気も悪化、世界同時不況に陥る恐れがある。

 それだけではない。10月3日に発表された米財務省報告は「ドルと財務省証券(米国債)は国際金融システムの中心にある」と前置きして、「デフォルトに陥った場合、壊滅的な事態になる恐れがある。信用市場は凍結しドルの価値が暴落、(米国債が売り浴びせられ)米国の金利が急騰、その悪影響は世界に及ぶ。そして金融危機やリセッションを引き起こし2008年のリーマンショック当時と同様、あるいはそれより深刻な事態が繰り返される恐れがある」と警告している。


日本の米国債保有額は約110兆円、中国に次ぎ第2位
米国債の暴落が日本国債の暴落を呼び起こす恐れも

 ちなみに2013年7月末現在、海外諸国が保有する米国債は5兆5901億ドル(総発行残高の約50%)だが、このうち日本の保有残高1兆1135億ドル(約110兆円)は世界第2位、トップ中国の1兆2773億ドルと肩を並べる。日本で米国債を最も多く保有するのは財務省だ。財務省は円高防止のため買い上げたドルを米国債に変え外貨準備として多額の米国債を保有している。

 かりに米国債が暴落すると財務省は巨額の含み損を抱えることになり日本の財政はさらに窮地に追い込まれる。アメリカの政府債務残高はGDP比で113%にのぼり債務危機で騒がれたイタリアの119%と肩を並べる。しかし、日本の政府債務残高はGDP比224%で米伊の2倍以上、先進国で最悪だ。その状態で国債の発行元である財務省に巨額の含み損が発生すれば日本国債への信認が大きく揺らぐ。米国債の暴落が日本国債の暴落を引き起こしかねないのだ。

 ほかに生命保険会社や銀行、郵貯、年金基金など民間金融機関が運用資産として多額の米国債を保有している。米国債が暴落し暴落が日本国債に波及すれば金融機関に米国債、日本国債両面で巨額の含み損が発生、金融機関の経営危機、信用不安の連鎖が発生することになる。外国ヘッジファンドの日本国債先物売りだけではなく日本の金融機関による日本国債投げ売りが起こるかもしれない。日本国債は日本人が保有しているからいくら残高を増やしても暴落の心配はないなど言っていられないのだ。

 しかし繰り返すが、米国債のデフォルトなど起きてはならないし起きる確率はきわめて低い。ドルと米国債への信認はアメリカの経済力の基礎である。その基礎を瞬時にして失うような愚挙を米議会が行うはずがない。リーマンショックを上回る深刻な事態が繰り返され世界に悪影響が及ぶ事態が予見されるにもかかわらず、米議会が債務上限の引き上げを放置することはありえないだろう。


オバマは来年の中間選挙で下院過半数を回復できるか
負ければ大統領はダッチロールから「レームダック」へ

 そう信じて疑わないが、オバマ大統領がダッチロール状態に陥っていることへの不安は拭い切れない。

 ダッチロールの一つの原因は、与党・民主党200議席、野党・共和党233議席と野党が過半数を占める米議会下院にある。与党が過半数を持つ上院で賛成を得ても下院の議決を得ることができなければ大統領提出法案は成立しない。

 下院共和党にはオバマ大統領の弱者寄りの社会保障政策や増税につながる「大きな政府」政策に徹底して反抗するティーパーティー系議員(共和党233議員中の49名)が巣食っている。彼らが暫定予算や債務上限引き上げを人質にしてオバマケア(国民の95%に医療保険加入を義務づける医療保険改革法、10年間で9400億ドルの財政負担が生じる)への反対を主導しているのだ。

 米議会の与野党ねじれ状態が続き野党が債務上限引き上げを人質に大統領と与党に政策変更を迫るという悪弊が変わらない限り、毎年のごとく米国債はデフォルト不安に陥り日本をはじめ世界は財政金融上の混乱に見舞われることになるのだ。米国が財政赤字を続け連邦政府債務残高は積み上がり、債務上限引き上げ協議を毎年のように繰り返さざるを得ないからだ。

 ただ希望はある。来年の秋には上院議員(任期6年)の3分の1、下院議員(任期4年)の全員が改選される中間選挙が実施される。民主党がこの中間選挙に勝ち、上院で過半数を維持する一方、下院で過半数を回復すればオバマ大統領のダッチロール状態は止まる。オバマケア廃止のためには政府機関閉鎖や米国債デフォルトも辞さないとするティーパーティーに国民の多くが批判的になっており、中間選挙では共和党が苦戦するという見方がある。

 しかし、もともと大統領再選後の中間選挙では施政への批判を浴び与党が負ける傾向がある。反増税、小さな政府を志向するティーパーティーの勢いは衰えず、その後押しを得て下院共和党議員の優位は揺るがないという見方も少なくない。中間選挙に負け下院で過半数を民主党が回復できなければオバマ大統領のダッチロール状態はさらに進行、大統領は何も決められない「レームダック(死に体)」となってしまいかねない。

 そんな時、尖閣諸島をめぐって中国が軍事力を行使したらどうなるのだろうか。オバマ大統領は今回のシリア軍事介入と同様、中ロなどの反対、米議会の反対を受け日米同盟の発動を躊躇することになりかねない。そうなると日本はオバマのレームダックによって安全保障上の危機に見舞われることになるのだ。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
月別アーカイブ
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
2011年2月
2011年1月
2010年12月
2010年11月
2010年10月
2010年9月
2010年8月
2010年7月
2010年6月
2010年5月
2010年4月
2010年3月
2010年2月
2010年1月
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
2009年6月
2009年5月
2009年4月
2009年3月
2009年2月
2009年1月
2008年12月
2008年11月
2008年10月
2008年9月
2008年8月
2008年7月
2008年6月
2008年5月
2008年4月
2008年3月
2008年2月
2008年1月
2007年12月
2007年11月
2007年10月
2007年9月
2007年8月
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2007年2月
2007年1月
2006年12月
2006年11月
2006年10月
2006年9月
2006年8月
2006年7月
2006年6月
2006年5月
2006年4月

ページトップへ

カレンダー
<< 2016年09月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最新記事
「支持なし(無党派)層」が65%強 ――安倍一強の受け皿を築く時
安倍一強への嫌悪感が噴出――都議選で自民が歴史的惨敗
安倍総理を信頼できない人が増え、内閣支持率が急落
なぜ官僚たちは「巨大な忖度の塊」になるのか
トランプの愚挙――科学技術予算の削減に米議会が反抗
最新コメント
はは、全く面白い時代...
Posted by キリ
1.安倍内閣は「何を...
Posted by Anonymous
安倍首相の昨日の記者...
Posted by 匿名
人権(笑) それを言わね...
Posted by 言ってる人々の信頼
習主席は言っている事...
Posted by まる
最新トラックバック
【記事】「支持なし(無党派)層」が65%強 ――安倍一強の受け皿を築く時
from QuonNetコミュニティ
【記事】安倍一強への嫌悪感が噴出――都議選で自民が歴史的惨敗
from QuonNetコミュニティ
【記事】安倍総理を信頼できない人が増え、内閣支持率が急落
from QuonNetコミュニティ
【記事】なぜ官僚たちは「巨大な忖度の塊」になるのか
from QuonNetコミュニティ
【記事】トランプの愚挙――科学技術予算の削減に米議会が反抗
from QuonNetコミュニティ