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大西良雄ニュースの背後を読む

2013年2月

2013年2月25日 13:35

日本のTPP交渉参加で異質国家・中国は孤立?

(2013年2月25日筆)

 消費増税、そしてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉への参加はいずれも、日本経済が生き残るために避けて通ることのできない重要課題だった。

 その2つの問題解決の口火を民主党元総理の菅直人氏が切り民主党前総理の野田佳彦氏が前へ進めた。その結果、民主党は内部分裂し政権を失った。民主党が党の存亡を賭けて踏み込んだ2つの難問解決のその成果を、安倍自民党総理は巧妙に刈り取る形になったようだ。安倍氏には自民党内の交渉参加への合意手続きが残るが、菅、野田氏の努力を無にしてはならない。


ワールドスタンダードな貿易ルール作りに参加
求められる「高い水準の自由貿易化」の実現

 事実上のTPP交渉参加表明によって遅まきながら日本も米国を軸に展開されるワールドスタンダード(国際標準)の貿易ルール作りに参加できることになった。このワールドスタンダードの貿易ルール作りはTPP交渉が先行、米EU・FTA(自由貿易協定――2月13日に交渉入り合意)交渉にも受け継がれる。

 TPP交渉の参加国(日米を含め12カ国)と米EU・FTA交渉の参加国(EU加盟は現在27カ国)のGDP(国内総生産)を合算すると全世界のGDPの6割以上に達する。貿易総額も同程度のシェアだろう。TPP交渉で採用された貿易ルールはGDPと貿易総額両面で圧倒的シェアを誇るアジア太平洋、欧州両地域に共通のルールになると思われる。これらには中国は含まれない。

 ワールドスタンダードな貿易ルールの第一は「高い水準の自由化比率」となりそうだ。自由化率とは全輸出品目に占める関税撤廃品目の割合をいう。下表は二国間で結ばれたFTAやEPA(経済連携協定)の自由化率だが、米豪間では米国の豪州からの輸入品目のうち96%が関税ゼロ、韓EU間ではEUの韓国からの輸入品目のうち99%以上が関税ゼロとなっている。

各FTA/EPAの自由化比率(関税撤廃品目÷全輸出品目)
hyo1.PNG(出所)日経新聞2013年2月19日付

 今回のTPPをめぐる日米共同声明では、「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国とも2国間貿易上の「センシティビティーズ(敏感な品目)が存在することを認識しつつ」「TPP交渉参加に際し、一方的にすべての関税撤廃をあらかじめ約束するよう求められるものではない」という表現が盛り込まれた。この表現によって、一部の農産品が関税撤廃の例外品目になる道が開かれ、「聖域なき関税撤廃を前提とする限りTPP交渉参加に反対する」とする自民党公約をクリヤーすることになった。

 しかし共同声明では「すべての物品が交渉の対象になること、包括的で高い水準の協定を達成していくことを確認する」とも謳われている。関税撤廃の例外品目が一部あっても「包括的で高い水準の協定」を目指すことは変わらず自由化率は最低でも米豪FTAの96%以上になると予想される。韓EU・FTAの自由化率が100%近い水準であることを考え合わせると、ワールドスタンダードの自由化率がかなり高い水準に落ち着くことは容易に想像がつく。


工業製品など非農産品では日本は交渉上優位に立つ
農産品にも相手国関税引き下げで輸出産業化の道も

 日本の関税率は工業製品など非農産品ではすでに世界で最も低い水準にあり(下表)、高い水準の自由化率というワールドスタンダードの貿易ルールは日本の有力な武器になる。非農産品分野ではTPPや対EU(日EU・EPA交渉入りに3月合意か)交渉で日本は相手側に関税撤廃の圧力をかける立場に立つ。

主要国の最新関税率(2010年「ワールド・タリフ」調べ、単位%)
hyo2.PNG

 TPPへの参加国は現在、米国、カナダ、メキシコ、豪州、マレーシア、ベトナムなどだが、日本が参加すればタイやフィリピンそして韓国も参加する可能性がある。これらの環太平洋諸国にEU諸国を加えると日本が享受する非農産品の平均関税率引き下げの効果は大きい。関税率引き下げで日本からの輸出が容易になれば工場の海外進出、日本からの脱出が幾分和らぐかもしれない。

 農産品についても相手国の関税率が引き下げられれば、コメ、野菜、果実など日本農産品の輸出拡大をもたらす可能性がある。ワールドスタンダードな貿易ルールを受け入れるのを期に日本農業の抜本的な構造改革を実施する国民的合意が必要だ。その際、安倍政権が創設した「産業競争力会議」で複数の民間議員から出された提案が参考になる。

 提案は50ヘクタール規模への農地集約、コメの生産調整の段階的な縮小、株式会社への農地利用開放などの構造改革を通じて農業の生産性を高めるとしている。そのうえで農業の輸出産業化をはかり10年後、米仏に次ぐ農産物輸出額世界第3位、フルーツは後輸出額世界一になるなどの目標を達成するという。稼げず後継者がいない農業から稼げる後継者が続出する農業への転換だ。


中国はワールドスタンダードの圏外に置かれる
日本は国家資本主義の陣営に属してはいけない

 さて問題は中国だ。現状のままでは中国は環太平洋諸国の中でTPP交渉の埒外、つまりワールドスタンダードの圏外に置かれる可能性が強い。

 菅元総理以来の日本のTPP交渉参加への動きは中国を慌てさせたに違いない。中国は韓国を抱き込んで中韓FTA交渉を急ぐ一方、日中韓FTA交渉にも踏み込んだ。中国を含むより広域な東アジア地域包括的経済連携(RCEP=ASEAN10カ国+日中韓印等6ヶ国)も正式に立ち上がった。いずれにも米国は参加していない。

 しかし中国が主導する自由貿易協定は関税撤廃の例外品目が多く平均関税率が低い、「自由化率がかなり低い水準の協定」にならざるを得ない。上表に見るように中国の関税率は非農産品、農産品とも先進諸国に比べかなり高い。中国は世界第2位のGDP大国になったが、国内資本の輸出競争力は脆弱で大幅な関税率引き下げには耐えられないだろう。

 中国がワールドスタンダードな貿易ルールに耐えられないのは関税率だけではない。いやそれ以上に中国は、TPP交渉で押し進めようとしている非関税障壁という「貿易の壁」の撤廃に耐えられないだろう。

 TPP交渉は、税関手続きの簡素・迅速化、食品の安全基準の統一、衛生植物検疫の義務付け、映画や書籍の知的財産の保護、金融サービスや政府調達参入の内外公平の確保、投資家と国家間の紛争解決条項(ISD条項)など非関税障壁の撤廃(ないしルールの統一化)を進めようとしている。

 中国は共産党官僚が支配する国家資本主義の体制だ。巨大な国営企業が共産党幹部の支配下にあり地方政府官僚の汚職、公共工事発注の不正も日常茶飯事だ。政治的目的を達成するためならレアアースの禁輸、輸入手続きの意図的遅延などなんでもあれの国だ。いたるところで模倣品が売られ海外の知的財産が犯されている。中国政府は投資家利益を踏みにじりISD条項を適用されてもおかしくないような事件を引き起こすことも多々あった。

 そんな中国が、「非関税障壁の撤廃」というワールドスタンダードに耐えられるはずがない。非関税障壁の撤廃を中国が受け入れる時は、中国が共産党一党独裁という政治体制を放棄し自由と民主主義を受け入れて法に基づくルールを重んじる国家に転換する時だろう。

 日本はTPP参加を拒否して中国のような国家資本主義の陣営に属してはならない。高いレベルのワールドスタンダード形成に参加してそれに中国を誘い込む努力をすべきだろう。自由と民主主義から遠い異質国家・中国が国際的なルールを守るワールドスタンダードな国になる時が早く訪れることを切に願う。

2013年2月18日 17:07

ジョージ・ソロス氏らが味方した「安倍円安」の帰結

(2013年2月18日筆)

 「為替レートは市場が決める」とするのはG20(20カ国・地域の財務相・中央銀行総裁会議)でも確認された国際的なルールだ。この場合、「市場」の中には、時として中央銀行に敵対して、時として当該政府に味方して為替レートの値鞘を稼ぐヘッジファンドも含まれる。


ソロス氏は昨年来の円安で約940億円の大儲け
ヘッジファンドの助けで実現した「安倍円安」

 ウォールストリート・ジャーナル紙は、世界で最も著名なヘッジファンドのジョージ・ソロス氏のグループが昨年11月以降、円の下落に賭けた取引で約10億ドル(約940億円)の利益を得たと報じた。

 ソロス氏は1992年、ポンド売りを仕掛け一夜にして9億5800万ドルを稼ぎ、「イングランド銀行を打ち負かした男」として知られる。ソロス氏は1992年、英国の中央銀行・イングランド銀行に敵対して「ポンド売り」を浴びせ勝利した。今回は「大胆な金融緩和」による「円高是正」を目指した安倍晋三総理に味方して円売りを浴びせて巨額の利益を得たことになる。

 ソロス氏のファンドのほかに、マクロ経済予測によって通貨、国債など債券などの先物取引を行い値鞘を稼ぐグローバルマクロ系と呼ばれる複数のヘッジファンドが円安に賭けて過去3ヶ月で10%前後のリターンを得たとフィナンシャル・タイムズ紙が報じている。

 こうした報道に接するとなんとも落ち着かない気分に襲われる。安倍総理とリフレ派の学識者が「もう勝負あっただろう」と鼻高々に自慢する円安が、実はソロス氏など値鞘稼ぎを生業(なりわい)とする外国の名だたるヘッジファンドの助力によって実現したことになるからだ。

 安倍総理らは大胆な金融緩和によって「市場」のインフレ期待(予想)に働きかけて通貨価値を下落(円安)させると主張してきた。その安倍氏らリフレ派が働きかけた「市場」とは、第一にソロス氏ら為替の値鞘稼ぎを狙ったヘッジファンドだったと言い換えてもいい。

 為替という「市場」には、輸出入代金の決済者や対内外投資を行う直接投資家、対外運用を行う年金基金、生保、銀行など機関投資家、国家ファンド、各国の財務省・中央銀行、そしてヘッジファンドなど多数が参加している。

 安倍氏らリフレ派には、値鞘稼ぎだからといってヘッジファンドを「市場」から排除する気は毛頭ないだろう。為替の値鞘を狙う点では機関投資家や国家ファンドも同じだし、ヘッジファンドのような値鞘稼ぎの仮需要も価格形成(為替レート形成)の潤滑油になるとする考え方もあるからだ。

 しかし、円安に伴う輸入インフレ(生活物資の価格上昇)に脅える、名目所得の上昇が見込めない我々「小国民」からすれば心穏やかではない。「円安」はソロス氏らヘッジファンドへの多額の利益供与への見返りだったし、物価上昇による実質生活水準の切り下げという我ら「小市民」の犠牲のうえに成り立っているのだから。


2012年の基礎的需給は3.2兆円の円売り超過
ヘッジファンドは安倍氏の口先介入以前から円売り

 一方、ソロス氏らヘッジファンドだが、彼らは安倍氏らリフレ派の口車(為替への口先介入)に乗ってやみくもに円売りを浴びせたわけではない。昨秋以降、為替レートをめぐるファンダメンタルズ(基礎的条件)が円の先安を示していたのを見過ごさず彼らは円安に賭け、そして勝ったというのが真相だろう。

 為替をめぐるファンダメンタルズを示す指標として、みずほコーポレート銀行の唐鎌大輔マーケット・エコノミストが唱える「基礎的需給バランス」が注目されている。「基礎的需給バランス」とは、国際収支上の経常収支、資本収支(対内外証券投資、対内外直接投資)の増減によって発生する円の実際の需給関係(円に対する実需)を表すものだ。

 唐鎌氏は2012年の「基礎的需給バランス」は円買いより円売り需要のほうが多くなり3.2兆円の円売り超過となったという。為替の実需が円売り超過を示しているとすれば円の先安が予想される。これにヘッジファンドが反応したということになる(2011年は16.9兆円の円買い超過だった)。

 実際、シカゴでの円先物取引を示す「IMM通貨先物」の非商業部門(投機筋)の残高は、アベノミクスが表面化する以前の昨年10月23日からすでに円売り越し超過に転じている。昨年10月初めに行われたIMF東京総会では日本の経常収支が赤字に転ずるという話が海外の金融筋に伝わった。実際、日本の単月の経常収支は昨年9月に赤字に転じ11月、12月と赤字を拡大している。「基礎的需給バランス」の要因である経常収支の赤字転落が効いたのだ。


円売り要因の対外直接投資、対外証券投資は増加続く
怖いのは円安で儲けたヘッジファンドの日本国債売り

 今後、円をめぐる「基礎的需給バランス」はどう変化するか、それをヘッジファンドなど「市場」がどう読むかが円レートの先行きを決める。

 まず貿易収支だが、円安によって幾分輸出が回復しても原燃料輸入の急増や対中輸出の減少を補えるかどうかまだ不透明な面がある。

 それはさておき、注目されるのは対外直接投資と対外証券投資の行方だ。日本企業の対外進出が続き対外直接投資では投資が大幅な円売り超過が常態化している。今後も対外直接投資は衰えず円売り超過を続けることは疑いない。

 気掛かりは、唐鎌氏も指摘するように(みずほマーケット・トピック2013年2月12日)、もう一つの円売り超過要因である対外証券投資の動きだ。

 唐鎌氏は2005年~07年の円安相場では年平均12兆円の規模で対外証券投資が出ていたと指摘している。05年~07年は低金利の日本で円を調達しそれをドルなど高金利国の債券や通貨に運用する円キャリートレードが盛んになり対外証券投資が拡大して円売り超過となり円安をもたらした。今後も欧米景気の回復を受け日本から資金の海外流出が続くことになるかもしれない。

 対外直接投資の増加は、日本に工場を作るより海外工場を作るほうが儲かる、つまり、日本より海外のほうが投資収益率の高いことから起きている。対外証券投資の増加は低金利国の日本から高金利の海外に資金が流出することによって生じているが、これも日本国内の投資収益率の低さから起きているのだ。

 日本が儲かる国になる、つまり日本の投資収益率が上昇しない限り対外直接投資も対外証券投資も増えず円売り超過要因として温存されることになる。ヘッジファンドは、このように「弱体化した日本経済」に狙いをつけ円の先物売りを何度も繰り返して円安を加速させることもありうるのだ。

 その際、心配なのは円売りで味をしめたヘッジファンドが日本国債の先物売りに走ることだ。外国人の日本国保有比率は一時の5%前後から10%前後に上昇している。行過ぎた円安は外国人投資家から見れば日本国債など円資産の大幅な減価をもたらし日本国債売りの原因になりかねない。

 ヘッジファンドが外国人保有者の日本国債売りに乗じて東京市場やロンドン市場を通じて日本国債の先物売りに走る恐れもある。そうなると、安倍総理は日本国債売りというヘッジファンドなど「市場」からの敵対行為に直面することになる。「市場」は安倍総理にいつも味方してくれるとは限らないのだ。

2013年2月12日 00:02

インフレ目標2%に見合った賃上げをできるのか

(2013年2月12日)

 安倍総裁の大胆な金融緩和発言以降、外国人の投機売りが主導して円安が進行、その結果、円は対ドル78円前後から94円超まで約20%下落した。


輸入物価上昇で生活の基礎物資はジワジワ値上がり
対ドル130円の円安でインフレ目標2%を達成?


 しかし大幅な円安にもかかわらず足元の2013年3月期業績予想を下方修正する企業は6割にのぼる。円安効果はまだ一部の企業にとどまる。一方、円安によって生活の基礎物資はすでに値上がりを始めている。円安による輸入原油支払いの増加からガソリンや灯油がジリジリと上昇、天然ガスなど輸入燃料費の上昇から電力料金がさらに引き上げられる可能性も出てきた。

 輸入小麦の値上がりによるパンやケーキ、うどんの値上げ、輸入飼料穀物の値上がりに伴う牛乳、肉類の値上げも予想される。衣料や雑貨、靴を筆頭に日本の量販店の多くは途上国で製造して輸入、それを国内販売する「製造業小売り」の業態で成功してきたが、円安の進行で製造輸入品を値上げせざるを得ない。90%が輸入品といわれる「100円ショップ」も同様だ。

 国際競争が激しい自動車や家電・電子製品の値上がりは円安になっても進まないというのが常識だ。一方、円安による原油や天然ガス、穀物、生活雑貨・身の回り品など輸入品の値上がり(輸入物価の上昇)は確実に進み、アベノミックスの一翼を担うこととなった「消費者物価上昇率2%」というインフレ目標は、輸入物価の上昇によって実現することになる。

 輸入価格の上昇によって消費者物価を2%に引き上げるとすれば、対ドル130円前後の円安水準になる必要があるという計算も複数の論者から出されている。130円という極端な円安による輸入物価の上昇、すなわち生活の基礎物資の値上がりによってしかインフレ目標を達成できないというのは本末転倒というほかない。円安政策の犠牲になるのは生活の基礎物資の値上がりよって実質的な生活水準が切り下げられる年金生活者や低所得者ということになるからだ。2014年4月からは消費増税による物価上昇がこれに加わるわけで、円安を手放しで喜んでいるわけにはいかないのだ。


連合の給与総額1%増の要求には正当性あり
2%インフレ目標に対応した賃上げが必要だ


 犠牲になるのは年金生活者や低所得者だけではない。今回の春闘で賃金が上昇しなければ普通の賃金労働者にも影響が及ぶ。これまで確かに日本では名目賃金は下がってきた。しかし同じだけ物価も下落しており、実質賃金(実質生活水準)はほぼ横ばいに推移している。しかし円安による輸入物価上昇によって生活物資を軸とする消費者物価は着実に上昇する。しかし名目賃金が上昇しなければ実質賃金(実質生活水準)は切り下がることになり、普通の労働者も生活が苦しくなる。

 実質賃金の切り下げを防ぐことができるかどうか、今回の春闘では労使双方が試されることになる。連合の古賀伸明会長は今回の春闘では「給与総額の1%増を求めていく」としているが、消費者物価が1%上昇するとすれば給与総額が1%増加しなければ実質賃金を横ばいに保つことはできない。連合の要求は実質賃金を維持するために妥当な要求だといえる。問われるのは給与総額1%増を実現できる交渉力を労働組合が待つかどうかだ。

 一方、使用者側は早々とベースアップは5年連続ゼロを宣言している。経団連は、円安株高の効果が出るのは夏以降、足元の企業業績は凍ったままだ、基準内賃金を上げるとそれに伴う社会保険料の企業負担が増えるとしてベースアップには否定的な姿勢を続けている。消費者物価の上昇をベースアップで補い実質賃金を横ばいに保つという発想は使用者側にはない。

 アベノミクスに呼応してローソンの新浪剛史社長(産業競争力会議委員)が「正社員を対象に年収を平均3%引き上げる」と表明して喝采を浴びた。しかしローソンが引き上げるのは年2回の賞与であって賃金水準全体を底上げするベースアップではない。その支払い総額は4億円程度に過ぎず、ローソンが保有する現預金残高621億円(2012年11月末)のほんの一部でしかない。

 消費者物価上昇率2%というインフレ目標に対応するにはベースアップのような賃金の恒常的な引き上げが不可欠だ。しかし史上最高益更新を続けているローソンでも賃金の恒常的な引き上げを実施するための利益の恒常的な上昇に自信を持てないでいるというのが実情だといえる。


手元流動性は大企業より中小企業のほうに積み上がった
賃上げができる中小企業には大企業から人材が移転する


 賃金の支払い能力はその期に稼いだ利益が基準になる。その期間利益が賃上げの原資に不足したとしても、短期間で取り崩し可能な現預金や有価証券など手元流動性が豊かであれば賃金の支払い能力はあると見なされる。とくに放っておけば実質賃金が切り下がるような状態では手元流動性の取り崩してでも名目賃金を引き上げることには正当性がある。

 一般に大企業は手元流動性が豊かなのだからそれを吐き出し率先して賃上げすべきだという声も根強い。ただ大企業はバブル崩壊によって多額の手元流動性を失い、下表に見るようにその手元流動性はいまなお1991年度(バブルピーク時)の水準を回復していない。意外なのは中小企業がバブル崩壊後も手元流動性を着々と積み増していることだ(下表)。

企業規模別の手元流動性の推移(単位兆円、財務省・法人企業統計年報)
hyo1.PNG(注)中小企業=資本金1億円未満、中堅企業=1億円~10億円未満、大企業10億円以上

 もちろん中小企業の手元流動性は銀行融資の見返りに積み増されたという側面もある。しかし中小企業融資は伸びておらず従って現預金を積み上げる必要もない。賃上げが十分可能な手元流動性を積み上げている中小企業も少なくないと思われる。中小企業は賃上げできないとする先見を捨てるべきだ。

 今回の春闘では、中小企業であれ大企業であれ、企業業績と手元流動性という賃金の支払い能力に優れている企業は進んでベースアップに応じる必要があるだろう。労働組合も交渉力を高めて物価上昇による実質賃金の下落を防ぐための賃上げを獲得する必要がある。

 人材は業績が良く利益や手元流動性を賃金引上げに反映させる企業に流れる。賃上げによって大企業との賃金格差を埋めることができた中小企業には、賃金の支払い能力を失ってしまったような大企業から優秀な人材を吸収できる絶好のチャンスが訪れることになる。この点も付け加えておきたい。

2013年2月 4日 14:43

製造業1000万人割れの受け皿をどうする

(2013年2月4日筆)

 総務省の労働力調査によると2012年12月の製造業就業者数は998万人となり、高度成長の入り口に差し掛かる1961年以来、およそ50年ぶりに1000万人を割り込んだという。製造業就業者のピークはバブル経済の崩壊が始まる1992年の1603万人だった。それから20年間で製造業は600万人以上の就業者を失ったことになる。

 日本製造業の就業者が減少に転じた1992年、中国では江沢民が国家主席に就任、「社会主義市場経済」を標榜して高度成長を加速させ始めた。この頃から中国を筆頭に途上国が世界市場に本格的に参入、日本の製造業が中国、韓国、台湾などとの国際的な競争にさらされ始める時期に差し掛かった。

 日本の製造業は、バブル崩壊後の日本の成長力の急低下を背景に、国際競争を乗り切るため最初は安い労働力を求めて、その後は急拡大する現地の需要(市場)を求めて、アジアの途上国に進出することになる。継続的な円高も日本の製造業の海外進出を加速させる結果になった。製造業就業者1000万割れは日本の製造業の海外進出とそれを加速した円高が原因だという見方もある。


製造業就業者減少の原因は海外進出の他にもある
アップルに学ぶ製造業の高度化、高付加価値化

 しかし製造業の就業者減少の原因は他にもある。その第一は日本の製造業が事業の高度化や高付加価値化に出遅れたという原因だ。

 途上国が安い労働力を武器に低付加価値の製造業から競争力をつけ先進国の製造業を脅かすのは国際分業の必然だ。先進国は、低付加価値の製造を途上国に譲り渡し、より高い製造業にシフトして製品を途上国に輸出して稼ぐことができる。そうすることで途上国、先進国双方が利益を増大させることになる。

 アメリカの製造業は日本やドイツとの競争に負け、近年では韓国や中国に追い上げられ、鉄鋼など素材産業、電機など加工産業は衰退していった。自動車産業も政府の支援なしには復活しえなかった。しかし宇宙航空、CPU半導体、高機能携帯端末、化学・薬品など高付加価値の製造業は国際優位を保っている。

 日本の製造業は、DRAM半導体やパソコン、薄型TVなど電子家電産業が韓国勢に敗退、大幅な人員削減に見舞われている。しかし製造業をつぶさに見れば新素材、高級鋼材、ロボット、NC(数値制御)装置、半導体製造装置、電子部品、自動車部品、スマートグリッド(次世代送電網)など競争優位をもつ高付加価値製造業は沢山ある。自動車産業もなお世界一の競争力を保っている。

 日本には高度化するための要素技術は豊富にある。この面では韓国や中国は垂涎の眼で日本を眺めている。ただ、その要素技術を組み合わせ新しい高付加価値製品を生み出す発想力、経営力の点で日本は劣る。アップルのアイフォン、アイパッドは日本の製造装置、日韓の部品・材料、中国での低コスト委託生産によって生み出されている。アップルは製造しない。アップルは製品のアイデア、デザイン、設計、販売の仕組みによって高付加価値を獲得しているのだ。

 日本も、低付加価値分野で奪われた雇用を製造業の高付加価値化で取り戻すことができる。韓国、台湾、中国に負けない高付加価値製品へのシフトをさらに進め、そこに新たな雇用の場を築かねばならない。製造業の就業者減少は、高度化、高付加価値化によって食い止められることができるはずだ。


製造業就業者が減り医療福祉が増え平均年収は低下
金融保険、情報通信、学術・技術で就業者を増やせ

 それでも製造業の就業者回復は見込めないかもしれない。農林水産など第一産業が衰退し製造業など第二次産業のウェートが低下、サービス業など第三次産業のウェートか高まる―、それが先進国の辿った産業高度化の歴史だった。最先進国のアメリカでは実質GDPに占めるサービス産業の割合、雇用者数に占めるサービス産業の割合、そのいずれもすでに80%を上回っている。

 日本でも消費者のニーズ、需要が高度化した結果、サービス産業の割合は70%台まで高まってきた。製造業の就業者が減少しているのは、ニーズや需要の高度化によるサービス経済の進展ももう一つの原因だろう。

 製造業が衰退したアメリカだが、これに代わって情報通信業と金融産業という高度なサービス産業が主力産業の地位を占め雇用の受け皿になっている。大学や研究機関、シリコンバレーなど高度な学術・研究サービスの就業者も日本に比べ格段に多く、雇用を支えている。海外進出や円高を嘆く前に、製造業就業者減少は先進国の必然と捉え、その受け皿としてサービス産業を成長させていくという発想が求められる。

 日本の場合、過去10年間で、就業者は介護などの医療福祉で249万人、その他サービスで88万人、情報通信で33万人、学術研究、塾など教育学習で28万人増加し、製造業、建設業、卸小売業の減少を補った(下表)。


過去10年の就業者増減(上段・万人)と平均給与(下段・年額万円)
hyo1.PNG
(注)就業者は労働力調査(平成14年~平成24年)、平均給与は国税庁「民間給与実態調査」。

 残念なことに、アメリカのサービス経済化の主役である金融保険業は日本では就業者が減少、情報通信業の就業者増加は小幅だ。学術・学習産業も増加しているがその内訳は学習塾などの就業者増がほとんどで学術研究・技術の就業者数はほぼ横ばいだ。日本の製造業の就業者減少を補っているのは医療福祉やその他サービスの就業者増加なのだ。

 製造業の高度化、高付加価値化は学術・技術や情報通信などの高度人材の増加によって支援される。その高度人材の供給が伸びなければ製造業の高度化も実現しない。国内での人材教育や職業訓練が大切になるが、シンガポールのように高度人材を内外から受け入れ研究開発立国を目指すのもサービス経済化の一つの方向である。

 最後に触れておきたいのは、医療福祉、その他サービスなど製造業就業者の受け皿になっている産業の年収(上表下段)が極端に低いことである。出口の製造業より受け皿である産業の年収が低ければ就業者の平均年収は低下する。

 この問題を解決するには、高所得者からは高い医療・介護料金を支払ってもらえるというような医療福祉分野での規制緩和が必要だ。医療福祉サービスの高付加価値化を進め就業者がせめて製造業並みの年収を得られるようにする必要がある。もう一つ、すでに高い年収を実現している金融保険や情報通信などの高付加価値産業をもっと活発化して製造業の受け皿にすることも大切だ。
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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