(2012年5月11日筆)
「朝日新聞」の「オピニオン」欄は時に優れたインタビューを掲載しますので眼が離せません。4月13日の本プログでも「オピニオン」欄に掲載された「派遣村」の村長だった湯浅誠氏のインタビュー記事を紹介しました。今回は5月10日の「オピニオン」欄に掲載された慶応大学経済学部の竹森俊平教授の「失われた20年 政治の責任」と題するインタビュー記事を紹介します。
竹森教授は、2002年に東洋経済新報社から刊行された『経済論戦は蘇る』で吉野作造賞を獲得した俊才です。この著書は小生が東洋経済の出版局長当時に発刊されたものですが、担当した編集者の慧眼にいまさらながら感心しています。教授は著書の中で、オーストリア出身の経済学者ヨゼフ・シュムペーターが唱えた「創造的破壊」の考え方とアメリカの経済学者アービング・フィッシャーが主張した「デット・デフレーション」(債務デフレ)の考え方を対比させて戦前の大恐慌をめぐる経済論戦を分析しています。
そのうえで、小泉純一郎内閣による構造改革路線は、「不況の破壊力」のなすがままにさせ非効率なものを経済から一掃する(これを「清算主義」と名づけた)一方、民間の自力による「創造的破壊」によって経済の回復を図るというシュムペーター流の経済思想だと指摘しました。一方のフィッシャーの「デット・デフレーション」の考え方はデフレ対策として量的金融緩和からインフレ目標政策にいたる金融政策を重視する立場につながっているとも指摘しました。日本で展開されている親・日銀派(シュンペーター派)と反・日銀派(フィッシャー派)との現在の激しい論争の源流が紹介されていたことになります。
選挙が近づくと「政治のアウトサイダー」が勢いづく
彼らは成長が可能だから増税は不要だと「夢を売り込む」 それはさておき、竹森教授は「オピニオン」欄において、国会で本格論戦が始まった消費増税をめぐる政治の迷走について興味深い指摘をしています。
教授は、「増税が難しいのは、成長重視と財政再建重視という両論の対立が必ず起きて、選挙が近づくと、痛みが伴わない成長重視派が有利になるからです」とまず指摘しています。そして「地震や原発事故が起こり、この国の前途を心配して、増税もやむなしという国民の合意ができかけたのに、解散・総選挙がいわれ始めると、すっと成長重視派に人気が移る」という状態になったというのです。
竹森教授は、「政権を担っていない『政治のアウトサイダー』」が日本はまだ「高い成長が可能だから増税は不必要だ」とか言って国民に「夢を売り込む」、そして選挙を有利に戦おうとすると指摘しています。この指摘が実に面白いし、的確です。
例えば2001年の自民党総裁選挙で党内のアウトサイダーだった小泉氏が消費税を上げないといって勝った。小泉氏は市場重視の構造改革(「構造改革なくして成長なし」)によって成長を実現すれば税収増によって財政は均衡すると考えたのでしょうか。しかし、竹森教授は「衆参で安定勢力を持ち景気も良かった小泉政権の末期こそ消費増税の絶好の機会だった」のに「増税の道筋もつけられなかった」のは小泉氏の失政だと断じています。同感です。
この後民主党も、当時、野党というアウトサイダーの代表だった小沢一郎氏の、「消費税を上げない」という選挙戦略によって政権交代が実現しました。そして「こんどは橋下徹大阪市長が率いる大阪維新の会のようなアウトサイダーが出てきて成長重視を唱え、増税の実現が怪しくなる」と教授は嘆いておられます。
欧州の異常に高い若年層失業率のもとで
若者に「成長重視」を売り込んで勝ったオランド氏 海の向こうでは、フランスの大統領選挙でミッテラン以来、長い間野党の冷や飯を食わされていた「アウトサイダー」のフランス社会党の党首オランド氏が現職のサルコジ氏を破って新大統領の座を獲得しました。オランド氏も「緊縮財政だけが選択肢ではない。雇用や成長が重要だ」と「成長重視」を選挙公約に掲げて選挙に勝ったのです。
参考までにEU主要国と日本の失業率を下表に示しておきます。欧州の失業問題は深刻です。特に若年層(15歳~24歳)の失業率は政府債務危機に陥ったスペイン、ギリシャが50%超と驚異的な高さです。欧州の中軸国、イタリアは35.9%、フランスでも21.8%と日本の10.3%よりはるかに高い若年層失業率です。職を得られない若者たちが「雇用や成長が重要だ」という成長重視の主張に共鳴してオランド氏に投票したのもうなずけます。
深刻な欧州の失業問題、「双子の赤字」を抱え成長は可能か(単位%)
注1)失業率は12年3月(ギリシャは2月)、ユーロスタット調べ。日本は総務省調べ。
注2)財政赤字、経常収支、政府債務(残高)比率は2011年、GDP比、OECD調べ。 だからといってオランド氏が経済成長率の引き上げに成功し雇用を増加させる政策手段を持ち合わせているか、それは全く不確かです。
表に見るように、ドイツが輸出競争力を磨いて経常収支黒字を積み上げているのに対し、同じユーロ安の好条件下にありながらフランスは輸出力が弱く経常収支は赤字を続けています。GDP比で財政赤字の大きなスペイン、ギリシャ、イタリアはフランス同様、輸出で稼ぐ力はなく大きな経常収支の赤字を抱えています。
これらの国々の国民は、財政支出に依存した、つまり財政赤字を頼りに消費過多の成長を続けてきました。そのうえ経常収支が赤字のため、つまり海外からの稼ぎがないため貯蓄が増えず、経済成長を促す投資が不足する状態を恒常的に続けているのです。こうした状態を改めず財政赤字と経常収支赤字という「双子の赤字」を抱えたまま経済成長を実現することができるのでしょうか。
かりにオランド氏の公約どおり教員雇用を6万人増やしてもそれだけでは失業率は下がりません。累進税の最高税率を75%に引き上げれば富裕層の資金は海外に逃避、投資の原資が失われてしまうのではないでしょうか。
成長重視派の「成長の夢」は幻想、幻影
増税を避けてきた結果、GDPの2倍以上の政府債務残高 日本とて同じです。財政赤字の垂れ流し、つまりバラマキで何とか国内消費を支えていますが累積赤字(国債残高)は増えるばかりです。少子高齢化の進行で貯蓄率は低下しています。内需に成長力はなく投資は成長力のある海外に流出しています。原発停止で火力発電用化石燃料の輸入急増から経常収支の黒字幅は今後どんどん縮小していくでしょう。数年後にはスペイン、イタリア、フランスのように日本も「双子の赤字」を抱え込み、成長が覚束なくなるに違いありません。
国民は、「夢」を売り込む成長重視派の「夢」が幻想、幻影であることに早く気が付くべきでしょう。竹森教授は「日本には増税で財政を持続可能にするか、いずれデフォルトするかの選択しかない」としたうえで、消費増税法案に名目3%程度、実質2%程度の成長率目標を書くことを主張した民主党の政治家に向けて、「財政計画は希望的観測による高い成長率ではなく、過去20年で1%弱という実績値に基づき現実的に立てるべきです」と言い切っていました。
そして最後に竹森教授は、「日本人は失敗の記憶を蓄積したがらない。増税を避けてきた結果、GDPの2倍の政府債務残高だという認識を国民ははっきり持つべきだ。同じ間違いの繰り返しでは財政は追い込まれ、政治は袋小路に入ってしまいます」という言葉でインタビューを締めくくっています。
たまたまですが3月末の「国債及び借入金」、つまり「国の借金」残高が昨日の5月10日に発表されました。昨年3月末から約35.6兆円増加し残高は約956.9兆円になったそうです。オギャーと日本に生まれたのが運の尽き、国民一人当たり約752万円の借金を背負うことになります。この「国の借金」残高、財務省の資産によれば来年の3月末には1085兆円以上に膨らむそうです。名目GDPの2.3倍にもなります。借金は膨らみ続けているのです。