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大西良雄ニュースの背後を読む

2012年3月23日 09:55

キャッシュ残高8兆円のアップルに何を学ぶ

(2012年3月23日筆)

 経済誌編集長だった頃の経験から言えば、失敗した会社の特集など売れたためしがありませんでした。成功した会社の特集のほうが確実に売れます。読者が知りたいのは成功した会社の経営ノウハウだからです。

 古くはソニー、ホンダ、松下電器(現パナソニック)、イトーヨーカ堂、近くはトヨタ、任天堂、ソフトバンク、直近ではファーストリテイリング(ユニクロ)、ファナックなどが売れ筋の会社特集ということになります。しかし、いま全盛のユニクロもファナックも四半期(3ヶ月間)ごとにおよそ1兆円ものキャッシュ(手許現金)を積み上げるアメリカのアップルには遠く及びません。

 キャッシュ残高は主として毎期の営業成績(純利益)や効率の良い設備投資が原因で積み上がります。アップル社では高機能携帯電話端末「アイフォン」、タブレット型高機能情報端末「アイパッド」の2本柱が稼ぎに稼いでいます。にもかかわらず亡くなった創業者スティーブ・ジョブズ氏は17年間も配当を実施せず、昨年12月末までに976億ドル(約8.1兆円)ものキャッシュ残高を積み上げたようです。

 このまま行くとどこまで積み上がるか分かりません。ジョブズ氏のあとを継いだティム・クック最高責任者(CEO)はこのうち450億ドル(約3.75兆円)を今後3年間で配当と自社株買いによって株主に還元すると表明しました。アップルの株価は2010年2月に200ドルを突破、直近の2012年3月19日には605ドルに上昇しました。2年と1ヶ月で株価は3倍、しかも多額の株主還元が得られるのですからアップルの株主は幸せですね。

アップルのキャッシュ残高はトヨタの4倍、ソニーの8倍
hyo.PNG それはさておき、かつて経済誌の売れ筋企画によく選ばれた日本の製造業の人気企業のキャッシュ残高(現金及び現金同等物、昨年12月末)と時価総額(3月21日現在)、従業員数(アップルは昨年9月末、他は12月末)をアップル社のそれと比べてみましょう(上表)。


アップルの時価総額はトヨタの4倍、ソニーの27倍
アップルに純利益率は28%、ソニーは最高益でも4%


 トヨタのキャッシュ残高はアップルの4分の1、パナソニックは8分の1しかありません。かつてトヨタ、パナソニックには「トヨタ銀行」、「松下銀行」といわれたキャッシュリッチ企業の面影はありません。

 時価総額は会社の市場価値を表しますが、アップルの時価総額は日本最大であるトヨタ自動車の約4倍です。しかもアップルはトヨタの約5分の1の従業員数(連結ベース)でトヨタの4倍の市場価値を生み出しているのです。同じエレクトロニクス企業であるソニーと比べると、アップルの時価総額はソニーの27倍にのぼりますが従業員数はソニーの約3分の1にすぎません。

 この彼我の差には驚きを禁じえませんが、彼我の差についてもうひとつの数字を挙げてみます。それは売上高純利益率です。アップルの2011年10~12月期の売上高純利益率は約28%でした。このアップルの売上高純利益率を日本企業が過去最高の純利益を計上した時点と比べてみます。

 トヨタとソニーが最高純利益を計上したのはリーマンショック前の2008年3月期です。その決算期のトヨタの売上高純利益率は約9%、ソニーのそれは約4%に止まります。2009年3月期に最高純利益をはじき出した任天堂の、当時の純利益率は約15%でした。今2012年3月期に最高純利益が予想されるファナックの純利益率は28%です。

 アップルの純利益率に肩を並べると評価できるのは09年3月期の任天堂、今期のファナックだけでしょう。トヨタ、ソニーは最高純利益を計上した決算期でもアップルの足元に遠く及びません。日本を代表するビッグビジネスの利益率の低さにはいまさらながら驚かされます。

 アップルと日本のトップ製造業の間にあるこの収益力の差、ひいては市場価値(時価総額)の差はどこから生じているのでしょうか。


「少品種大量生産」方式でスケールメリットを満喫
ファブレス(自社工場も持たない)方式にも利点


 アップルが「アイフォン」や「アイパッド」などユーザーに熱狂的に受け入れられる革新的な製品を生み出したのに対して、ソニーを筆頭に日本のエレクトロニクス企業からは革新的商品が生み出されていないという点が第一でしょう。革新的商品は創業者であるスティーブ・ジョブズ氏の独創性の賜物だというのが定説です。ただ、アップルには製造から販売に至るまで、高い利益率をはじき出すことができるビジネスモデルが存在するという点も見逃せません。

 「週刊東洋経済」(2012年3月24日号)の第2特集「アップルの"賞味期限"」では「アップル躍進の構造は極めてシンプルだ」と書いています。そのアップルのシンプルな経営方式を小生なりの解釈でかいつまんで紹介します。

 まず、少品種大量生産という方式です。アップルでは全売上高の7割を「アイフォン」と「アイパッド」という2つの製品が占めます。さらにこの2製品に使われる主要部品は、基本ソフト(OS)が「iOS」、中核の半導体が「A5」シリーズ(製造はサムスン電子)という具合に全く同じものです。主要部品に同じものを使って少品種の製品を大量生産するのですから、スケールメリット(規模の利益)が生まれて当然です。

 第2は、ファブレス(自社工場を持たない)生産の方式です。台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の中国工場がアップル製品を一手に受託生産していることはよく知られています。中国の受託生産工場で使用される電子部品のほとんどは、韓国のサムスン電子、LG電子グループ、日本の東芝、村田製作所、ソニー、TDKなどから調達されています。アップルはこれらを含め世界153社(1月13日に初公表)から部品を調達して受託生産に回すことになります。このサプライチェーン(部品供給網)の管理を担当してきたのがティム・クック新CEOでした。

 クック氏が築いたサプライチェーンの管理・運営方式の詳細は分かりませんが、かつてのトヨタ生産方式に匹敵する極めて厳密なものだといわれています。管理・運営がうまければファブレス方式から多くのメリットを得られます。アップルは、工場建設に掛かる設備費用、工場運営に関わる人件費など固定化する危険がある費用を省くことができますし、膨大な資金負担も発生しません。一方、自らは新製品・新サービスの開発と販売に人的パワーを集中できます。

 たぶん少品種多量とファブレスという2つのアップル方式が「純利益率28%」という製造業に例を見ない高い利益率をもたらしているのでしょう。


日本勢は多品種ワンセットの一貫生産方式に拘泥
少品種で自社一貫生産のファナックに学びたいが......


 それに引き換え日本勢は、系列、関連会社を含め素材、部品、製品、販売、サービスすべてを手掛ける「一貫生産方式」からいまだ脱却できない状態になります。手掛ける製品も数え切れません。電機・電子製品であれば電子レンジ、洗濯機、冷蔵庫から薄型テレビ、太陽電池パネルまで多種多様です。車であれば軽自動車、トラックから乗用車、スポーツカー、ハイブリッド車までグループですべて揃うワンセット方式を続けています。

 アップルには「アイフォン」「アイパッド」が売れなくなって利益が急減するというリスクはつきまといます。生産の外部委託や部品の外部調達にもリスクはあります。任天堂は少品種多量生産、ファブレスで先駆しましたが、稼ぎの元だった携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」と据置型ゲーム機「Wii」の伸びが鈍ると一気に赤字に転落しました。

 だからといってリスクが分散される多品種ワンセットの一貫生産がいいということにはなりません。多品種ワンセットでは人手と経費ばかりが嵩み利益率は低い状態をつづけざるを得ません。アップルは究極の成功例ですが、日本勢もようやく広げ過ぎ伸び切った戦線を縮小し始めましたがまだ足りません。選択と集中をもっともっと強め、体中に付いたぜい肉を落とすべきでしょう。

 最後に、日本の製造業ではファナックに学ぶべきかも知れません。ファナックの製品は工作機械に据え付けるNC(数値制御)と自動車の生産や電子部品の加工に用いられる産業用ロボットが主力です。製品数が少ないのはアップルに似ていますが、開発からは生産まで一貫して日本国内で行っている点ではアップルとはまったく異なります。

 日本勢もファナックにもっと学ぶべきですが、ファナックは秘密主義、ディスクローズ(情報開示)が悪く、ジャーナリズム泣かせの会社として知られています。ファナックがケーススタディーのむずかしい企業であることは、日本の製造業にとって誠に残念なことだというほかありません。

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QuonNetコミュニティ | 2012年3月23日 10:40
プロフィール
大西良雄(経済ジャーナリスト)
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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