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2012年2月17日 11:16

知って大変、いずれ資産も丸見えの「マイナンバー法案」

(2012年2月17日筆)

 2月14日、野田政権は「マイナンバー制度」を導入するための「個人識別番号法案」を閣議決定しました。国民の8割以上は「マイナンバー制度」が何かよく分からない、中身は知らないという世論調査もありました。

 知らなくて幸せですね。昭和生まれの小生など、「個人識別番号」と聞いて、今から30年前、1980年から85年に掛けて勃発した「グリーンカード騒動」をすぐ思い出してしまいます。この騒動を知れば、「マイナンバー制度」が大変な制度であることが分かります。知って大変です。


田中派と郵政族が潰したグリーンカード法案
背後には「所得の捕捉」を嫌がる納税忌避者


 グリーンカードとは国民すべてに番号を付した「少額貯蓄等利用者カード」のことです。当時、「マル優」と称される300万円以下の非課税貯蓄制度があり、この制度を悪用して利子・配当課税を逃れるための「仮名口座」が横行しました。この課税逃れを防ぐため、当時の大蔵省、国税庁は「少額貯蓄等利用者カード(グリーンカード)」制度の導入をもくろんだのです。

 グリーンカード制度を盛り込んだ「所得税法改正案」は1980年3月にいったん成立しました。しかし法が施行される段になって制度の怖さを知り実施反対論が噴出、1985年には議員立法では廃案になってしまいました。

 この制度は、発行されたグリーンカードのもとに金融機関に分散している預貯金口座のすべてを名寄せすることを義務づけ、口座の本人確認を徹底させようとするものでした。名寄せ、本人確認ができれば、本人名義でない「仮名口座」は宙に浮き、預貯金を引き出すことはできません。これを避けるため「仮名口座」から預貯金を「本人名義口座」へ移し変えれば、利子・配当所得が容易に捕捉され「マル優」を悪用した課税逃れができなくなります。

 こうした事態を恐れ制度発足の前から「仮名口座」などに預けられた課税逃れの預貯金(脱税預金)が金融機関から無記名の債券や金に大量に流出しました。さらに「このままだと国内預金が海外に流出し日本経済が大混乱する」という反対論も飛び出し大騒ぎになったのです。反対論者が言う「海外流出する国内預金」は課税逃れの脱税預金です。脱税預金を守るために反対運動が起こり、その結果、いったん成立した法律が廃案になったというのですから今考えると極めて不公正な騒動だったといえます。

 反対運動の中核は自民党の田中(角栄)派と郵便局を支持基盤とする郵政族議員でした。当時の郵便貯金は課税逃れの貯金で膨れ上がっていたようです。グリーンカードの導入で郵便貯金が大量に流出することを恐れ反対運動に走ったのではないでしょうか。預貯金の流出への恐怖は他の民間金融機関も同じで金融業界も反対に回りました。

 しかし、預貯金が名寄されその総額が明らかになるとその預貯金をもたらした「所得の源泉」を税務署から追及される恐れがあります。その恐れが騒動の本質だったのではないでしょうか。

 当時、「クロヨン」とか「トーゴサン」とか言われた「所得捕捉率」の議論が盛んに行われていました。「クロヨン」は、所得税が源泉徴収される給与所得の所得補足率が9割に達するのに対し、自己申告で課税される営業所得の捕捉率は6割、同じく自己申告の農業所得の捕捉率は4割にとどまるという見方です。捕捉率が低いほど所得税負担は軽くなりますから、所得が丸裸になるサラリーマンなどの給与所得者の税負担は重くなり、売上を隠し経費を水増しできる自己申告の中小企業主や農業者の税負担はずいぶん軽くなります。

 「クロヨン」は1981年に石弘光(当時、一橋大教授)氏らの実証研究でその存在が明らかになりました。低い所得捕捉率のもとで郵貯などに溜め込まれた中小企業主や農業者の預貯金がグリーンカードで正確に把握されるのですから、彼らが政治家を巻き込んで反対運動に走っても不思議ではありません。


「給付つき税額控除」に必要なマイナンバー制
いずれ「所得の捕捉」から「資産の補足」へ進化


 そこで今回の「マイナンバー制度」です。これは、すべての国民と法人にマイナンバー(社会保障と税の共通番号)を付与し、納税記録や社会保険料の納付、給付情報を一元的に管理するという制度です。「社会保障と税の一体改革」素案の工程表には2012年に法案提出、14年にマイナンバー(番号)交付、15年1月から「番号」の利用開始と書かれ、その通り政府は動いています。

 この制度の狙いは、個人(自営業者、農業者を含む)の所得や納税額を正確に捕捉し、その情報に基づいて社会保険料や税の公正な徴収を行う一方、生活保護給付などきめ細かな社会保障給付を行うことにあります。

 その際、とくに「正確な所得の捕捉」が重要になります。「一体改革」素案では、低所得者の負担が重くなるという消費増税の逆進性を補うために、一定所得以下の所帯に税を還付したり現金を給付したりする「給付付き税額控除」制度を2015年度から導入しようとしています。制度の対象となる「一定所得以下の低所得者」を特定するには、マイナンバーで所得を名寄せし正確に所得総額を捕捉する必要があるからです。

 マイナンバー制度による名寄せは、当面は「所得の捕捉」にとどまるでしょうが、税負担や社会保障給付の公平性をさらに高めるには「資産の捕捉」が必要になるでしょう。一例を挙げれば、「給付付き税額控除」では「所得はないが預貯金、不動産など資産はたくさんある」という大資産家にも現金給付が行われるからです。こうした不公正も「資産の捕捉」によって是正されます。

 生活保護費の給付では申請者に対して、預貯金、不動産など「資産の捕捉」が徹底して行われています。預貯金を取り崩したり不動産を売却したりすれば生活できる人に生活保護費を給付するのは不公正だからです。マイナンバー制度がさらに進化し、「資産の捕捉」が容易になれば生活保護給付に掛かる費用も節約できることにもなります。

 さらに「資産の捕捉」によって税務署が預貯金や不動産取得の所得源を追及することができれば、自己申告でわかりにくい自営業者や農業者などに対する徴税効果が高まるかもしれません。もうお分かりでしょうが、「マイナンバー制度」が「資産の捕捉」まで踏み込めば、30年前に大騒ぎした「グリーンカード導入」と変わらなくなります。それを知ったら、また反対論が沸騰しかねませんね。


歳入庁創設で12兆円の保険料収入が増加?
マイナンバー制は「公平、公正」のためのインフラ


 ひとつ「一体改革」素案には、税を徴収する国税庁と年金保険料を徴収する日本年金機構(旧社会保険庁)を統合した「歳入庁」の創設による税と社会保険料を徴収する体制の構築作業に入ると明記されています。これには、税と社会保障の共通番号である「マイナンバー制」が大いに役立つに違いありません。

 「みんなの党」の浅尾慶一郎衆議院議員は「文芸春秋」(12年3月号)で「歳入庁を作れば、国税庁が持つ法人データが活用でき保険料の取りっぱぐれがなくなる」と書いています。すべての法人は従業員など保険加入者に代わって年金保険料を納める義務があるのですが、日本年金機構が保険料徴収のために把握している法人数は国税庁が把握している法人数より極めて少なく保険料を納めていない法人が多数になります。浅尾議員によると、国税庁の法人データに基づき納めていない法人から徴収すれば、年間12兆円(消費税5%分)も保険料収入が増えるというのです。「マイナンバー制」を使えば年金保険料を納めていない法人も個人も特定できますから、これを保険料徴収に活用することになります。

 小生は「マイナンバー制」は税や保険料の徴収を公平で公正に行う、あるいは年金、医療、介護、失業保険、生活保護費、「給付つき税額控除」の給付を公平で公正に行うためのインフラとして重要だと考えています。「税と社会保障の一体改革」と切り離してでも法案を成立させたほうが良いと思います。

 小生は、「マイナンバー制」の怖さを改めて知って、社会保障にただ乗りしている「低所得の資産家」、「脱税」「節税」に余念がない「隠れ高所得者」などが同類の政治家たちを使って導入反対運動に走ることを懸念しています。「グリーンカード騒動」の二の舞を避けるためにも「マイナンバー制」の内容をしっか把握しておくことが大切だと思います。

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QuonNetコミュニティ | 2012年2月17日 11:25

この記事へのコメント

1. Posted by LEXUSJAPAN 2012年2月18日 08:45

 私は「不正はけしからん。」「国会議員もその他の公務員の給料減らせ。」「税金などの負担も公平に」という主張をするなら、当然この「番号制」は導入するべきだと思います。
 ただ、これやると貧乏で日本にいなければいけない人間は負担を強いられる一方で、金持ちはあれやこれや手を使って
税金のがれすることも予想されます。かつての小泉政権のようなかなり強力な政権ができないと無理かなという気がしますが・・・
 

2. Posted by 飯田久寿 2012年3月 2日 07:30

 番号制度の課題は、すでに日本一国のものではなく、グローバル化しています。番号制度による捕捉を嫌って、資産や企業が海外に逃げてゆくのでは、という懸念があるからです。OECDでは、番号のグローバル化に着手しているそうです。地続きで隣国と国境を接する欧州では、一国だけの番号制度では、租税回避を防げないからでしょう。日本も、「やる、やらない」のレベルではなく、将来、海外の番号制度とどのように連携していくか、まで見据えて議論をする必要があるように思います。

3. Posted by マイク 2012年7月12日 14:51

一点質問なのですが、株式の売買は現在特定口座での取引は売買時に税金を納めておりますが、このあたりも納税分として把握されるのでしょうか? ひいては売買益も把握されるのでしょうか?  更にもう一点、主婦も主人もへそくりを持っていると思いますが、銀行預金等に入れている場合、このあたりも把握されるのでしょうか? 教えて頂ければ幸甚です。

プロフィール
大西良雄(経済ジャーナリスト)
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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