2012年2月 3日 10:45
砂上の楼閣「橋下人気」にたかる可哀想なシロアリたち
2012年2月3日筆
野田総理は自らを「ドジョウ」に喩えたり、橋下徹大阪市長の人気にあやかる政治家を「シロアリ」に喩えたり、政治家としての能力はさておき、その風刺センスには一級のものがあります。総理を引退後は、くだらない政治家稼業などからさっさと足を洗って政治戯評を描く漫画家にでもなればと思います。
そもそも橋下徹氏がシロアリに食われて困るほど立派な床柱であるのかどうか、はたしてシロアリが食いつこうとしている「橋下人気」がこれからも続くのかどうか、よく分かりません。
もしかすると橋下氏は地方公務員と地方議員、教育委員会を悪者に仕立て上げて悪者叩きで人気を博する手法にたけているだけの政治家かもしれないのです。確かに公務員も議員も教育委員会も、民の苦しみを知らずたいした仕事もしないのに高禄を食んでいるだけの存在かもしれません。しかし悪者を叩いて実現しようとしている橋下氏の教育改革や大阪都構想が大阪の再生にとって正しい成果を生むものなのかどうかまだ分からないのです。
「船中八策」は「地方主権」の橋下氏とは全く逆の「中央集権」を構想したものです
まして国政という内政、外交にわたる広範で細部に及ぶ仕事に橋下氏が耐えうるかどうかも分からない。彼は国政進出に当たって坂本龍馬の「船中八策」を持ち出しマニフェスト(公約)作りをしているようです。ブレーンとされる歴史小説家・堺屋太一氏の知恵を借りたのでしょうが、国民的人気の坂本龍馬を持ち出すあたり相変わらずのポピュリズム(人気取り)政治ですね。
だいいち、橋下氏は龍馬の船中八策の中身を理解しているかも疑わしい。伝えられる龍馬の船中八策の考え方は、橋下氏の主張である反中央集権(地方主権)とは正反対です。江戸末期、全国276もの藩が乱立して自藩の利益擁護に汲々としていました。龍馬はそんな藩の利益に絡めとられた「地方主権」を乗り越え、外国からの脅威に対抗するために「日本」というひとつの国民国家、中央への権力集中(中央集権)を構想したのではないでしょうか。
船中八策は「天下の政権を朝廷に奉還せしめ」から始まり「上下議政局を設け」、「有材の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備へ」、「外国の交際広く公議を採り」ながら「新に無窮の大典(憲法)を撰定すべきこと」、「海軍宜しく拡張すべきこと」、「御親兵を置き、帝都を守衛背せしむべきこと」に至ります。
途中に「宜しく従来有名無実の官を除くべきこと」という記述があり、この点だけは官僚制度の抜本改革を訴える橋下氏の主張と合致します。が、龍馬の船中八策の他のどこにも橋下氏がいう地方主権の主張などありません。龍馬は「皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並行する」ための中央集権を主張しているのです。
「競争と自己責任」で鍛え直す橋下政治を知っても、なお支持を続けるのか
もうひとつ、シロアリがたかる元になっている「橋下人気」のほうですが、これも危ういものがあります。政治家の「人気」など他愛ないスキャンダルひとつで軽く吹き飛んでしまう代物です。まして橋下政治が「競争と自己責任」に基礎を置くという本質を知った時、橋下氏に投票した大阪の選挙民の間で「橋本人気」が持続するかどうか大いに疑問です。
誤解のないようにいっておきますが、小生は、国家にたかる官僚と国家におねだりする国民、行き過ぎた「弱者」救済と再分配バラマキ主義には反対の立場です。その意味で地域住民や官僚、教育者に「競争と自己責任」を迫る橋下氏の考え方には賛成です。
「競争」の結果、落ちこぼれたのか、怠惰と努力不足のせいで落ちこぼれたのか、あるいは病気や事故にあい困窮しているのか、よく分かりませんが、大阪は日本で生活保護費の受給者比率がもっとも高い都市です。その背後に税金は払うものではなくフリーライド(ただ乗り)するものだという考え方がありはしませんか。最低賃金で働くよりは働かないで生活保護を受けるほうがはるかに得だという考えがはびこっていませんか。そんな大阪を橋下氏は「競争と自己責任」で鍛え直すと言っているようにも小生には聞こえます。
その橋下氏の考え方が具体化された時、行政による保障や保護、手厚いサービスを当然の権利のように考えていた選挙民が橋下政治を許容することができるとは到底思えません。選挙民は自らの既得権益が侵される行政が実施されると分かった途端、橋下氏を忌避し「橋本人気」は吹っ飛ぶ恐れがあります。
「みんなの党」はシロアリではない。社民党は決してシロアリにはならない
そこで「シロアリ」の話ですが、「みんなの党」は「橋下人気」にたかるシロアリではありません。規制改革による「競争と自己責任」の導入は既得権益(小生はこれを「利権民主主義」とずっと呼んできました)の打破につながるとするのが小泉政治の原点です。その真の後継者は「みんなの党」です。ですから橋下氏が同じ政治思想を持つ「みんなの党」と連携してもなんら不思議ではないからです。
橋下氏は、日本財政の深刻さを熟知し消費増税を忌避していない点では小泉政治や「みんなの党」より優れているといえます。小泉政権とその後3代の自民党政権、2代の民主党政権、合わせて10年間も消費税増税を忌避した結果、日本の財政は破綻の坂道を転げ落ちようとしています。消費税増税なしでは、いつ日本国債が売り浴びせられても不思議ではないことを橋下氏は良く知っているともいえます。
「みんなの党」は、税金と社会保険料の徴収を一本化する歳入庁を新設すれば、社会保険料未払いの法人から徴収逃れの保険料約12兆円を徴収できる、税と社会保障の共通番号制の導入で約5兆円の税収増が期待できると言っています。税や社会保険料の徴収逃れを正すことは賛成ですが、合わせて17兆円もの財源が本当に出てくるのでしょうか。しかも、これは形を変えた増税です。その点について消費増税に前向きな橋下氏と「みんなの党」の合意が成立するのでしょうか。
橋下氏が消費増税を忌避しない「競争と自己責任」主義者であることを本能的に知っているのが、山口二郎(北海道大学教授)、森永卓郎(獨協大学教授)、浜矩子(同志社大学教授)など旧サヨク(左翼)、社会主義色が強い評論家的学者たちです。社民党の福島瑞穂党首も、橋下氏や「みんなの党」は小泉政治の亜流だといって強く批判しています。小泉政治を徹底批判する社民党が「橋下人気」にたかるシロアリにならないのは当然ですし立派です(小泉批判と消費増税反対の主張は間違っていますが)。
選挙目当てで橋下氏にたかる、年取った「シロアリたち」こそ哀れなり
しかし福島瑞穂氏の社民党と同じ理由で小泉政治を批判してきた亀井静香代表の「国民新党」が橋下氏と組むのは理が通りせん。小生には亀井氏は、自由主義とは無縁の国家的社会主義者のように思えます。それがこともあろうに国粋的な自由主義を標榜する自民党「青嵐会」の旗手だった石原慎太郎氏を担ぎ上げて橋下氏の「シロアリ」になろうというのです。石原氏も橋下氏も基本的には自由主義者です。たぶん消費増税による財政再建、規制改革やTPP(環太平洋経済連携協定)にも前向きだと推察されます。そのいずれにも反対の亀井氏が彼らと手を組めるのでしょうか。亀井氏は支離滅裂です。
民主党の壊し屋・小沢一郎氏も橋下氏に秋波を送っているというではありませんか。小沢氏はその著書「日本改造計画」を読めばわかりますが、彼はまぎれもない「新自由主義者」でした。細川政権では国民福祉税という名の消費増税をゴリ押ししようとしました。しかし小沢氏は、それらをすべて隠して官公労など労働組合と手を組んだ。そして選挙に勝つことだけを考えて小泉氏の「新自由主義」批判を展開してきたのです。今度も選挙に勝つことだけを考えて橋下氏の「競争と自己責任」、つまり新自由主義に眼をつぶり、橋下氏の「シロアリ」になり下がるのでしょうか。嘆かわしい。
民主党の仙石由人政調会長代理は、某テレビ番組で橋下氏の人気ぶりについて「ある種の英雄待望論みたいなものでこの時代を乗り越えていけるか」と問うていました。さらに「欧州危機、米国危機など一国単位で物事を考えられないときは、もう少し外交安保や社会保障政策の本筋の議論をすべきだ」とも批判しています。
仙石氏の言うとおり、橋下氏や「みんなの党」の「反官僚、反中央集権」だけでこの難しいグローバリズムの時代を乗り越えられないこともまた事実でしょう。もっと冷静に橋下氏の立ち位置と政策を吟味したほうが良いのではありませんか。ましてやその吟味もせず、選挙に勝つためだけに「新党」(旧党の間違いでしょう)を作り、橋下氏にたかる「シロアリ」になろうとする古い古い政治家など早々にご退陣願いたいと思います。