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2012年1月13日 11:00

「繁栄の孤島」日本が単なる「孤島」になる日

2012年1月13日筆

1991年~2000年まで国連難民高等弁務官を勤められた緒方貞子氏(現・国際協力機構理事長)が、含蓄に富んだ発言をしておられます。

「日本だけが利益を得る"繁栄の孤島"という考え方は通用しない。アジアの新興国が台頭しているが、日本の製造業にとって欠かせない存在になった。(中略)、製品は国内だけで売れるわけではない。途上国の民生向上で"買える人"を増やすことが重要だ」(日経新聞」2012年1月8日朝刊、以下同じ)

「大学3年になってすぐに就職活動でそわそわしては留学どころでない。企業は海外の大学院に社員を留学させてきたが、人間性を高めるならもう少し若い時期に留学するほうが良い。企業は採用の仕組みを変えるべきだ。また海外からも多くの留学生を受け入れなければ世界と日本はつながれない」

「日本が"繁栄の孤島"と呼ばれているうちはまだ良い。そのうち"繁栄"がとられ、単なる孤島になってしまうことを恐れる」

緒方さんは、財政悪化を理由に日本の政府開発援助(ODA)が90年代後半から一貫して減少していること、それだけではなく日本には政治家を筆頭に(英語が話せる)グローバルな人材が極めて少ないことを憂えて以上のように発言されたようです。

20年以上も前ですが、スイスのザンクトガレン大学で行われたシンポジウムで高等弁務官当時の緒方さんにお会いしたことがあります。その時も緒方さんは「日本の若者、特に男性が弁務官のようなグローバルな仕事に付きたがらない」といって嘆いておられたことを思い出しました。20年たっても日本は変わっていないようですね。いやますます内向きになっているようです。

小生には、緒方さんの言う「繁栄の孤島」という表現がひどく気になります。難民支援など国際協力の場でご苦労された緒方さんの目には、日本は「繁栄している島」ではあるが、グローバリゼーション(及びグローバリズム)に後ろ向きで殻に閉じこもる国民が住む「孤島」に映るのでしょうね。

ベルリンの壁崩壊以来、自由市場圏が一気に拡大、途上国には恩恵
国境を越えてモノ、カネ、情報が自由に動き回るグローバリゼーション(世界化)は、自由市場圏の拡大にネット革命が加わってもはや止めることはできません。この流れに抗するのは難しいといわざるを得ません。20年ぐらい前から起きた新しいグローバリゼーションの歴史を少し振り返ってみましょう。


新しいグローバリゼーションの波は、ちょうど緒方さんが国連難民高等弁務官として活躍され始めた1990年代の初めから次々に押し寄せてきました。

1989年、ベルリンの壁が崩壊して北朝鮮とキューバを除く世界の社会主義国家が解放されました。これで世界経済は自由主義運営に一元化されました。
 
1991年、世界第2の人口大国・インドが外資を受け入れる経済開放に踏み切りました。合わせて国内電気通信事業を分割して競争原理を導入、IT立国への一歩を踏み出すことになりました。

 1998年、欧州中央銀行(ECB)が設立され、1999年には共通通貨ユーロが導入されて、世界最大の自由貿易圏であるユーロ圏が誕生しました。

2001年、中国が世界共通の貿易と投資の自由貿易協定であるWTO(世界貿易機構)に加盟しました。中国は外資による積極投資と自由貿易の恩恵を受け、ここから年率10%以上という驚異の高成長がスタート、昨年には日本を抜き世界第2のGDP大国になりました。

ベルリンの壁以降、一元化された自由主義市場に人口大国の中国、インド、それに旧ソ連圏諸国の労働者が大量に参入することになりました。先進国は工場を途上国に建設することによって途上国労働力が先進国に雇用され、労働力のグローバリゼーションが実現しました。このグローバリゼーションは、途上国の人々の生活を底上げしましたが、その一方で低賃金労働力の大量放出をもたらしました。それが先進諸国の豊かな労働者を直撃し、日本を筆頭とする先進国での賃金低下や高い失業率をもたらす伏線になっています。

グローバリゼーションを加速したインターネット革命、世界はフラットに
この自由市場圏が急速に世界を覆い始めた時代、同時並行的にグローバリゼーションをさらに加速するイノベーションが起こります。

イノベーションの第1フェーズはアップルのパソコン―マイクロソフトのウインドウズ、第2フェーズはインターネット―電子メール―ネットスケープの市販プラザ(ウェブサイト)でした。そのように、ピュリツァー賞を3度受賞したトーマス・フリードマンのベストセラー著作『フラット化する世界』(原題「The World Is Flat」=世界は平らだ、2005年刊)は書いています。このイノベーションによって情報伝達のコストは劇的に下がり、情報の時間距離は短縮され、地球は縮んだともフリードマンは書いています。

貿易と資本の自由化によって、製品・商品そしてマネー(資本)は国境を越えて自由に行き来しするようになりましたが、労働力が国境を越えるには大きな制限がありました。しかしパソコンに端を発しネット革命に至ったイノベーションは、物理的に移動することのできない労働力が国境を軽々と越えることができる状態を作り出しました。

インターネットでデータを送ればインドや中国の優秀で安価な労働者を雇うことができます。多くの欧米企業がインドのバンガロールにコールセンター業務やソフトウエアの開発、規格化された単純な事務作業などをアウトソーシングしています。日本企業は中国の大連をアウトソーシングの拠点に活用しています。小生も、出版社の営業局長当時、前金購読者やダイレクトメールの宛名書きや財務データの入力作業を大連にアウトソースすることを検討したことがあります。インドのバンガロール、中国の大連は、途上国の低賃金労働者とネット革命を結合させて急成長し近代都市に変身することになりました。

先進国の貧困と格差問題は反グローバリズムでは解決できません
グローバリゼーションはインドと中国の労働者に職場をもたらしました。アメリカや日本の賃金の5分の1、10分の1でも現地では十分満足できる給与です。現地では所得が増加し賃金は増えます。しかしグローバリゼーションは、アメリカや日本など先進国の労働者、特にアウトソースしてもなんら支障がない仕事に従事しているスキルの低い従業員には酷でした。雇う側からすれば、同じスキルであれば安い給料でも喜んで働いてくれる元気なインド人や中国人を雇うほうがはるかに有利です。

先進国と途上国の間で賃金のフラット化(平準化)が進んだ結果、途上国の賃金は上がりましたが日本など先進国の賃金は下がり失業率は高まることになりました。その結果、先進国に発生している貧困や格差はグローバリゼーションの帰結だという主張が飛び出し、グローバリズムへの批判が沸騰し始めたのです。打ち壊すグローバリズムの象徴としてG8(先進8カ国首脳会議)やWTO(世界貿易機構)、APEC(アジア太平洋閣僚会議)などが挙げられ、その会合に反グローバリズム派がデモを仕掛けて気勢を上げるようなことが増えてきました。

しかし、グローバリズムの調整機関でもあるこれら国際機関を襲うのは門違いです。反グローバリズムの主張も利己的な主張に思えてなりません。緒方さんの議論に戻りますが、緒方さんは「途上国の民生向上で(日本の製品を)"買える人"を増やすことが重要だ」といっています。ベルリンの壁崩壊以降のグローバリズムは、新しく自由市場圏に参入することができた旧社会主義圏や途上国の人々の所得を増やし国民生活(民生)を引き上げることに貢献しました。グローバリズムを批判することは途上国の人々の生活の改善を否定することに等しいのです。我々は彼らの民生向上を拒否することはできません。

先進国における貧困や格差の問題は、グローバリズムを受け入れ、グローバリズムに寄り添いながら解決するのが筋です。そのためには、途上国で製造するほうが良いものは途上国で作るなど、譲り渡すものは譲り渡し、先進国は途上国ではできないものを作るという国際分業を進める必要があります。日本は、民生の向上を果たした新興国の人々が喜んで買ってくれるような製品やサービスを提供することが第一です。その際、新興国の労働者と同等かそれ以下のスキルしか持ち合わせていない日本の労働者のスキルをどのように引き上げるかが第2の課題になります。

日本の政治家の中には、グローバリズムを受け入れグローバリズムに寄り添う姿勢が薄く、日本列島に閉じこもり自らの繁栄だけを願っているような意見が増えているように思えてなりません。自己益だけを主張する人が多い「繁栄の孤島」に閉じこもったままだと世界から見放され、緒方さんが言うように、「繁栄」という枕言葉が取り去られ、単なる北東アジアの小さな「孤島」になってしまいかねませんね。

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QuonNetコミュニティ | 2012年1月13日 11:25
プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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