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2011年9月22日 11:58

円高対策に忍び込んだ「新しい重商主義」への道

2011年9月22日筆
 
9月20日、政府は「円高対策の中間報告」の概要を発表しました。「円高による痛みの緩和」、「強靭な経済の構築」、「円高メリットの活用」が円高対策の3本柱となり、第3次補正予算で具体化されるようです。この3本柱のうち、「強靭な経済の構築」と「円高メリットの活用」の中には、従来とは異なった「新しい重商主義国家」への道を思わせる対策が組み込まれており、注目されます。

第一の「円高による痛みの緩和」はいつものその場しのぎの円高対策です。中小企業への金融支援や雇用対策基金の積み増しなどの対策ですが、衰退企業を救済するだけのモルヒネ注射のような政策では中小企業の生産性は高まりません。競争力も付きません。「痛み」の根源を断つ対策でなければ税金のムダ遣いに終わります。衰退中小企業の事業転換や従業員の転職能力引き上げを後押しするような「痛み緩和」政策になればよいのですが。

産業空洞化をふせぐ「国内立地補助金」制度で活性化する設備投資
第二の「強靭な経済の構築」には、円高による産業空洞化を食い止めるサプライサイド(供給側)政策が組み込まれました。21年度の補正予算で導入された国内立地補助金制度(21年度、22年度合わせた予算額1400億円)を2倍に拡充するというのがその目玉ですが、ここには「新しい重商主義」への道が内包されており、期待が持てます。

これまでは立地補助金の対象は、LED(発光ダイオード)、リチウムイオン電池、太陽電池、電気自動車関連など低炭素型の新工場が中心でした。今回はこの低炭素型に加えて太陽光発電や風力、地熱、バイオマスなど再生可能エネルギー関連の新工場、福島県が提唱する医療特区や研究開発基地に絡む国内立地も補助金対象になるかもしれません。

円高がデフレをもたらし、デフレが円高をもたらすという「円高デフレの悪循環」の基点になるデフレ(物価の持続的下落)の原因の一つは、期待成長率の低下、ひいては投資収益率の低下による国内設備投資の衰退にあるとされています。この立地補助金制度は、期待成長率の低下によって大きく減少している設備投資需要を喚起しデフレギャップを埋める効果を持つと思います。

それだけではありません。中国、韓国、タイ、シンガポール、インドネシアなどは法人税優遇や安価な電力料金や工場用地の提供、自由貿易協定など立地競争力を国策によって引き上げ日本など海外企業を積極的に誘致するという「重商主義」政策を展開しています。中国や韓国が行っているとされる「自国通貨安を誘導する金融・為替政策」も、立地競争力を高める「重商主義」政策の一種でしょう。

日本がこれらの国に対抗して、円高によって相対的に高くなった国内立地コストを立地補助金によって低くするという国策を遂行してもなんら不思議ではありません。立地補助金を創設するだけではなく、法人税や電力料金を引き下げ、自由貿易協定の締結をさらに推し進めることが日本の立地競争力の回復に繫がります。こうした日本企業の日本脱出を防ぎ先端産業や成長産業の国内立地を促進する「重商主義」政策は日本にとっても不可欠なのです。

日銀は金融機関向け「成長基盤強化融資」の活用をもっと高める工夫を
日銀も2010年10月に導入した「包括金融緩和」(現在総額50兆円)の一環として、民間金融機関向けに0.1%の低金利で貸し出す「成長基盤強化の支援融資制度」(現在の融資枠3.5兆円)を創設しています。この融資を「呼び水」として民間金融機関が環境エネルギーや研究開発分野や医療・介護、保育・育児、観光などサービス産業の成長分野、あるいは新規起業、事業再編など構造改善分野への融資を拡大することを狙ったものです。

日銀はこの制度の導入に当たって「日本経済が直面している最も重要な課題は潜在成長率や生産性を引き上げていくことである」と述べています。日銀は、政府の立地補助金増額の考え方と同様、日本が陥っているデフレの最大原因を期待成長率の低下による設備投資など投資不足にあると考えているようです。

政府と日銀が補助金と融資の両面から民間企業を支援して先端・成長産業へ国内投資を誘導し、産業の空洞化を食い止め、設備投資需要を盛り上げるサプライサイド政策はもっと強化されて良いと思います。

第3次補正予算では立地補助金の枠が倍増して3000億円規模になるようですが、他の需要サイドのバラマキ予算を削って立地補助金をもっと拡大してもいいのではないでしょうか。日銀の「成長基盤強化の支援融資」は、その理念はいいのですが残念ながら融資枠の多くが使い残されています。使いにくいのであれば制度を改善する必要があります。

「円高メリット活用」には産業空洞化を加速するリスクもあるが...
政府が打ち出した円高対策の第三は「円高メリットの活用」です。先に政府は一年間の時限措置で外国為替資金特別会計が保有するドル資金を活用して最大1000億ドル(約7兆6000億円)の「円高対応緊急基金」を創設すると発表しました。政府は国際協力銀行(JBIC)を通じてこのドル資金を低金利で民間企業に貸し出すことになります。

円高で海外の企業も資源も買いやすくなっています。その円高メリットを生かし、民間企業は国際協力銀行からのドル資金に自己調達分を加えて海外企業のM&A(国際協力銀行の融資枠約400億ドル)や海外での資源・エネルギーの確保・開発(融資枠約500億ドル)などに投じることになります。

副次的な効果になりますが、この海外投資への誘導は円安効果もあります。例えば海外企業の買収はドル建てで行われるため買収資金はドル需要の増加となりドル高円安の要因になるからです。外為会計のドル資金活用による海外投資の誘発によって、国内に大量に眠っている円資金をドルなど外貨へ転換(円を売ってドルを買う)する契機が生まれることになるというわけです。

ただし円高メリットを活用した海外投資の拡大は、国内の産業空洞化をさらに進める結果をもたらすリスクもあります。例えば競争力に優れたアジア企業の買収に成功した会社は取引コストの高い国内企業との取引を撤収することが出来ます。取引撤収のリスクを負った国内企業は、立地競争力のあるアジアに進出して従来からの取引継続を狙うことになります。実際、家電や自動車などの部品産業で海外投資の動きが活発化しており産業空洞化は加速しています。

自由な企業活動の領域を広げながら「新しい重商主義」の道を歩く
以上、政府の「円高対策の中間報告」のポイントを紹介しました。補助金や融資などを駆使して投資を誘導する産業政策(成長政策)は、民間産業への政策介入で「日本株式会社」を牽引したかつての「ノートリアス ミティ(MITI)=悪名高き通産省」をほうふつとさせるものがあります。

中国を筆頭に、韓国、台湾、タイ、シンガポール、インドネシアなどアジアの新興国が産業政策を駆使する重商主義国家として成長し、日本のライバル国になっています。それに対抗するために日本が再び「重商主義国家」の道を歩いても非難される筋合いではありません。アメリカのオバマ大統領ですら輸出を倍増するという「重商主義政策」を打ち出しています。

しかしかつての「日本株式会社」と違うのは、中曽根、小泉改革以降、規制、許認可権限による政治家・官僚の恣意的な行政指導や利益誘導が否定されている点です。民営化や規制緩和、行政改革をさらに推進し自由な企業活動の領域を拡大しながら、その一方で経済成長と新産業の育成に資するという明確な政策目的に基づき公的な補助金や融資を行うのです。自由な企業活動を保証した上で国家が産業政策によって競争力を高め経済成長を助けるという意味で「新しい重商主義」といえるかもしれません。

今回は触れませんが、デフレと競争力劣化のもう一つの原因である「円高からの脱却」も重要な「重商主義」政策です。スイス国立銀行はスイスフラン高を止めるために対ユーロ上限レートを設定したうえで無制限の為替介入と大規模な金融緩和に踏み切りました。円高から円安への転換にはスイス国立銀行の例が参考になるかも知れません。

「円高対策の中間報告」には抽象的にしか触られていませんが、財務省による為替介入政策と日銀による大胆な量的緩和政策が次の「新しい重商主義」政策の重要な課題になるのではないでしょうか。十分検討されることを願います。

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QuonNetコミュニティ | 2011年9月22日 12:10
プロフィール
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大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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