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大西良雄ニュースの背後を読む

2010年11月26日 11:06

日本素通り、日本脱出を防ぐ「法人税率引き下げ」

2010年11月26日筆

財政破綻に陥ったアイルランドが、財政赤字を2014年度までに150億ユーロ(1.65兆円)削減し、GDP比の財政赤字を現在の32%から3%に引き下げるというドラスティックな財政再建計画を打ち出しました。
 
低い法人税率は成長の武器―法人税引き上げを拒否したアイルランド
4年間の歳出削減幅は社会保障費の削減などで100億ユーロ(約1.1兆円)、増税幅は50億ユーロ(約0.55兆円)ということです。このうち小生が注目しているのは増税のほうです。アイルランドは50億ユーロの増税策として法人税率の引き上げではなく消費税率などの引き上げを選択したのです。

アイルランドの法人税実効税率は12.5%とEU平均の27.8%よりかなり低い水準です。ドイツなどはアイルランドの財政再建に当たって「法人税率を引き上げよ」と圧力を掛けました。しかしアイルランドは「低い法人税率で外資を誘致し経済を牽引するという成長モデルを捨てる気はない」としてドイツなどの圧力をかわし、消費税や所得税の引き上げを増税の主軸に置いたのです。

アイルランドは外資の導入による経済成長をもくろみ、32%だった法人税率を4年かけて引き下げ、2003年には法人税率は現在の12.5%まで下がりました。この法人税率の引き下げによってアイルランドにはIBM、インテルなど米国の先端企業、日本からは武田薬品、アステラス製薬など先進諸国の企業が相次いで進出しました。

それらの外資(多国籍企業)が経済成長の原動力になり、2000年には966億ドルに過ぎなかったアイルランドの名目GDPは2007年には2608億ドルへと実に2.7倍になっています。アイルランド政府は、EU平均より低い法人税率は成長の武器であり、成長は税収増をもたらし財政再建の礎になると考えたに違いありません。(財政破綻は不動産バブルの崩壊による金融機関の不良債権危機が原因で法人税率とは直接的な因果関係はありません)。

外資の国内導入によって経済成長の原動力にするという考え方は何もアイルランドだけの特許ではありません。近くでは中国がそうです。中国は2000年にWTO(世界貿易機構)への加盟によって自由貿易の枠組みに入りましたが、それを機に輸出が急増しそれが高度成長を牽引しました。その輸出の7割以上は日本、台湾、ドイツなど外国資本の現地企業からの輸出でした。今もそうです。

現在では、自由貿易協定に積極的なASEAN(東南アジア諸国連合)の中核国・タイが、「8年間法人税ゼロ」という優遇策を出して外資を誘致して輸出で稼ぎ、政情不安にもかかわらず高成長を続けています(詳しくは11月11日の本ブログ「タイへ、タイへ日本企業が流れ込む理由]参照)。

アジア最低の法人税率で成長―日本を追い抜いた高所得国シンガポール
同じくASEANの優等生・シンガポールは、下表で見るように17%というアジアで最も低い法人税実効税率によって外資の導入をはかりました。その結果、経済成長も著しく、2000年に2万3075ドルだった一人当たりGDP(ドル換算)は08年には3万9423ドルと1.7倍になりました。この間、日本の一人当たりGDPはほとんど増えず、リーマンショック前の07年にはシンガポールに追い抜かれアジア1位の座を譲り渡すことになりました。

11.25表.JPG

上表の数字について少し解説しておきましょう。日本の法人実効税率がアメリカと並んで世界で最も高いと書くと、必ず反論する人がいます。日本には租税特別措置などたくさんの政策減税があるから実際の法人税負担は少ないと。この尻馬に乗って財務省は法人税5%引き下げの財源に政策減税の縮減(増税)をもくろんでいます。

しかし政策減税措置はどこの国でもたくさん存在します。上表の「法人税負担実績」は、表面税率ともいえる「法人実効税率」から政策減税分を差し引いた実質的な法人税率というべきものです。実質税率でも日本は最高率です(なのに政策減税を縮減すると財務省は言っているのです)。シンガポールの実質法人税率は6.7%に過ぎません。シンガポールに日本企業も外国企業も大きな魅力を感じるはずです。

なおこの資料は08年9月経済産業省で開かれた「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会」に提出された公の資料です。この資料の中に各社の財務諸表からはじき出した04年度~06年度平均(連結ベース)の「税金等調整前当期利益(経常利益)に対する法人課税負担率実績」も記載されています。これによると日本のシャープの負担率実績は36.8%、韓国のサムソン電子16.7%、米国のインテル29.5%、中国のペトロチャイナ27.1%、そしてシンガポールのシンガポール・テレコム9.4%となっています。リーマンショック前の正常な経済状態での「負担率実績」で見ても日本のシャープがもっとも高いのです。

専門職外国人も外資系企業も日本素通り、なぜか
日経新聞に「専門職外国人日本を素通り」(2010年11月22日付)という記事が出ました。その中にスイスのIMD(経営開発国際研究所)が発表した「高度人材から見た労働市場の魅力度ランキング」が掲載されていました。日本には実に嘆かわしい数字でした。魅力度第1位はスイスですが、第2位シンガポール、第3位米国、第4位香港の順でした。日本は19位の中国、33位の韓国の後塵を拝しなんと42位にランクされていたのです。先進国では最下位でしょう。

記事によると第2位のシンガポールは、単純労働者には流入制限はありますが、一定の学歴・資格を持ち、一定所得以上の人材は人数に受け入れ制限はありません。知識や資格を持った外国人の高度人材を採用した企業に対する税制上の優遇措置もあるそうです。その結果、日本からも科学者や技術者が流出、世界から高度人材が集まっています。シンガポールの外国人は03年の74万人が120万人に増え全人口の25%に達しています。日本はシンガポールの頭脳立国政策に大いに学ぶ必要があります。

実は、高度人材だけではなく外資系企業も日本からシンガポールや香港、上海へアジア本社機能を続々移転しています。外国の報道機関、外国の金融機関、多国籍企業の中には、日本を地方支所扱いに格下げして、少数の特派員、社員を残すだけになっているところも少なくありません。

なぜ外資系企業が日本進出をためらい、日本から脱出するのでしょうか。成長力が衰えた日本では儲からないというのが最大の理由だと思いますが、そのほかにも理由があります。経産省による外資系企業に対するの「対日直接投資に関する意識調査」(08年、636社対象)によると以下のようなビジネスの阻害要因が日本にはあると指摘しています。

外資系企業が指摘する阻害要因は、第1位「人件費が高い」、第2位「品質の要求水準が高い」、第3位「語学堪能者の確保が難しい」、第4位「不動産(家賃)が高い」の順になっています。ビジネスコストの高さについては人件費や家賃など他に、「行政手続が煩雑」、「税金が高い」、「税制上の特典がない」という点も多くの外資系企業が指摘しています。日本でのビジネスコストの高さには法人税率を含む高い行政コストが含まれることは明らかです。

法人税5%引き下げで121万人の雇用維持効果という試算もある
法人税率の引き下げには、国内企業の海外脱出(産業・雇用の空洞化)を食い止める効果と海外企業の国内誘致に役立つという二つの側面があります。

11月4日の税制調査会に提出された経産省の資料によると、法人税率を5%引き下げた場合、海外への工場移転を抑制する効果として9.1兆円、工場が国内に回帰する効果として5.3兆円、合わせて14.4兆円のGDP押し上げ効果があると試算されています。その結果、最大で121万人(製造業で65万人)の雇用維持効果があるといっています。

5%程度の引き下げでそんなに大きな効果があるとは到底思えません。すべてのコストが日本より低い中国やASEAN諸国に対抗して海外流出を止めるには10%以上の法人税率引き下げが必要でしょう。

さらに経産省は、法人税引き下げによって海外からの直接投資が増えGDPが8500億円押し上げられるとも試算しています。ささやかな数字ですが、法人税の引き下げによって日本からの高度人材の流出や外資系企業の日本脱出を食い止めることもできるのです。

日本企業が日本市場に投資しない時代です。アイルランドやシンガポールのように外資の導入策をとって外国人に日本市場を活性化してもらうことも必要です。そして、高度人材の日本素通りを回避する策は、シンガポールに学べ、ですね。

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QuonNetコミュニティ | 2010年11月26日 11:30
プロフィール
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大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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