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大西良雄ニュースの背後を読む

2010年11月11日 11:42

タイへ、タイへと日本企業が流れ込む理由

2010年11月11日筆

タイといえば、黄シャツを着たデモ隊が首都バンコクの中心部を占拠したかと思えば、今度は赤シャツを着たデモ隊が占拠するという騒然としたテレビ画面がフラッシュバックされます。

黄シャツ隊は、2006年に元首相タクシン氏を失脚に追い込んだ「民主市民連合」という政治組織にリードされたグループです。赤シャツ隊は、失脚したタクシン元首相を支持する「反独裁民主統一戦線」に主導されたグループで、今年4月、首都中心部を占拠して、軍事クーデターで就任した現アピシット首相に反対して議会解散を迫りました。

そんな政治混乱、政情不安が繰り返される、言ってみれば「カントリーリスク」が一杯のタイに、日本のビッグビジネスが進出、相次いで最新鋭の工場を建設しているというではありませんか。

タイ製日本車の逆輸入―「日産マーチ・ショック」はまだ序の口?
日産自動車は、この7月、グローバル戦略を担うコンパクトカー「マーチ」の新型車をタイ、中国、インド、メキシコで生産すると発表しました。日本仕様の新型マーチは横浜・追浜工場製ではなくタイ日産製となり、日本市場ではタイから輸入された「マーチ」が販売されることになりました。日本のユーザーにも親しまれた戦略車が日本製ではなくタイ製になったことに衝撃を受けたマスコミは、これを「日産マーチ・ショック」と名付けました。

ホンダも11月からタイで新型ロードスポーツバイク「CBK250R」の生産を開始し、来年初めから日本、インドネシア、マレーシアなどASEAN諸国に輸出販売すると発表しました。部品の95%はタイ、インド、中国などの域内から調達するといいます。これもタイから日本への逆輸入になります。

トヨタも、いまもっとも売れているハイブリッド車「プリウス」をタイのチャンチェンサオ県にあるゲートウェイ工場で生産すると発表しました。さすがに日本への逆輸入はないようですが、すでにタイで生産している「カムリ」同様、中国、オーストラリア、米国への輸出生産も行われるようです。

タイには、タイヤのブリチストン、住友ゴムなど自動車関連メーカーの現地生産も進んでいます。未確認ですが、タイに日系の自動車部品メーカー100社が工場移転する準備を始めたと報道されてもいます。

2010年からASEAN6ヶ国の関税がゼロになった
この政情不安のタイへ、なぜ堰を切ったように日本の自動車産業が工場を移転しようとしているのでしょうか。何か理由があるはずです。

その第一の理由は、タイがアジアで自由貿易協定に先駆しているASEAN(東南アジア諸国連合)の中核メンバーであることです。

少し解説しますと、ASEANは1961年にタイ、フィリピン、マレーシア(旧マラヤ連邦)の3カ国からスタートし、67年にインドネシア、シンガポールを加えASEAN憲章を採択して正式に発足しました。84年にブルネイが参加し、ASEAN原加盟国は6ヶ国になりました。その後、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアが加わり新加盟4カ国と呼ばれています。

ASEANは経済、政治、安全保障などでの地域協力機構ですが、2015年までにASEAN経済共同体(AEC)を発足させる計画です。これに先行して1993年にはASEAN自由貿易協定(AFTA)が結ばれ、段階的に関税率の引き下げや非関税障壁の撤廃が行われてきました。

その結果、今2010年からタイ、インドネシアなど原加盟6ヶ国の域内取引については関税が完全撤廃されました。つまり6ヶ国間の関税はゼロ、6ヶ国間の貿易取引は1ヶ国での国内取引と同様になったのです。残る新加盟4カ国も「経済共同体」ができる2015年までに関税をゼロにすることになっています。2015年にはEU(ヨーロッパ共同体)に似た経済共同体が東南アジアに出来上がるのです。
        
中国、インド、インドネシアの成長トライアングルの中点に位置する
先進国クラブといわれるOECD(経済協力開発機構)もASEANの台頭を無視できず、今年からタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナムの主要6ヶ国の経済予測を発表し始めました。6ヶ国の2010年の平均実質経済成長率は7.3%、11年~15年の5ヵ年平均の成長率は6.0%になると予測しています。

タイは、人口4億人のASEAN10ヶ国の中核メンバーですが、その背後には人口13億3700万人の中国、11億800万人のインドが控えています。ですからタイは地政学的に言えば、中国、インド、それに人口2億2700万人のインドネシアという高度成長3カ国のトライアングル(3角形)の中点という好立地を占めていることになります。

地政学面での好立地だけではありません。ASEAN原加盟6ヶ国の関税がゼロになったのに歩調を合わせるかのように、ASEAN6ヶ国と中国との間で締結された自由貿易協定(AC-FTA)が発効し、2010年1月20日から中国との貿易取引が90%の品目で関税がゼロになったのです。

ですから日本企業はタイに工場を続々と作っているのです。タイで生産された日本企業の製品はインドネシアやマレーシア、フィリピンなどASEAN域内に関税ゼロで輸出できるだけでなく、中国へも関税ゼロで輸出できるのです。日本は中国とは自由貿易協定を結んでいませんから、タイへの進出で対中関税ゼロのメリットを享受しようというわけです。タイに立地すれば、日本企業はタイ企業と同様、成長トライアングルの中点に位置できることになります。

関税ゼロのメリットだけでなく、進出後、最高8年間は法人税ゼロ
タイ進出のメリットはそれだけではありません。日本企業の最大の進出先である中国では昨年来、従業員の賃上げストが頻発し人件費が上昇する傾向にあります、尖閣問題で明らかになりましたが中国には「政治リスク」もあります。

これらの「中国リスク」を分散する意味でも、タイ進出にメリットがあります。ちなみにタイ・バンコクのドル換算最低賃金は月額125.4ドルで中国・上海の140.6ドルより低いのです(ジェトロ調べ。日本・横浜での最低賃金は1385.6ドルでバンコク、上海の10倍以上です)。タイの対日感情は中国よりはるかに良好です。

まだあります。タイの投資委員会(BOI)や工業団地公社(IETA)の奨励を受けて進出すれば税制の恩典も得られます。たとえばBOIの奨励を受ければ、法人所得税(通常30%)が最高8年間免税になります。機械設備や原材料の輸入税も減免されます。加えて外国人の土地所有が認められますし、外国資本の100%出資もが認められておりし、中国進出より自由度がはるかに高いのです。

タイはASEANに居を構え、ASEANを軸とした自由貿易協定の翼を広げ、日本を筆頭に外資の積極的導入を図っているのです。その結果、タイでは、黄シャツ、赤シャツのデモ隊による中心部占拠で騒然としている時も着実に経済は成長していました。今年の経済成長率はOECDの予測では7.0%となりASEANではシンガポールに次ぐ高さです。最近は株価もうなぎ上りです。

日本の法人税制や自由貿易協定(FTA)戦略は、韓国に学ぶだけでなくタイにも学ぶ必要があるのではないでしょうか。そうしなければ日本企業は韓国企業との競争に負けるだけでなく、多くの工場がタイに移転し日本は空っぽ(空洞化)になってしまう恐れがあります。

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QuonNetコミュニティ | 2010年11月11日 11:55
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QuonNetコミュニティ | 2014年4月 8日 10:25
プロフィール
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大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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