2010年6月30日筆
このブログでは辞任した亀井静香前郵政改革担当・金融相の批判を散々してきましたが、彼がやったことで一つだけ評価できることがありました。1億円以上の役員報酬を得ている上場企業の役員を有価証券報告書で個別開示する義務を負わせたことです。
株主総会で明らかにされた1億円以上の年間報酬を得ている上場企業の役員は、6月29日現在で240名だそうです。今後さらに増えると思いますが、この
1億円以上の役員報酬を得ている役員数の多さとその役員報酬額の大きさは小生の事前予想を超えるものでした。
外国人社長である
日産自動車のカルロス・ゴーン社長とソニーのハワード・ストリンガー社長の役員報酬が8億円台と高いのは想像がつきます。明治の初期、欧米からきた外国人の「お雇い教師」や「お雇い技師」の給与がべらぼうに高かったのと同じです。そんな高額の報酬を支払って外国人に経営を委ねなければ再生できなかった日産とソニーの不甲斐なさを嘆くほかありません。しかし、
それにしても上下の報酬格差が小さく組織ゲームが得意だった、かつての日本人の常識からはかけ離れた役員報酬であることに間違いありません。
日本人のトップは大日本印刷の北島義俊社長の7億8700万円ですが、この役員報酬も小生の想像をはるかに超えていました。出版社の役員として北島社長に何度かお会いしましたが、見るからに温厚な紳士で親しみを覚える方でした。その北島氏が、こうした巨額の役員報酬を平然といただいておられることにただ呆然とするばかりです。大日本印刷は北島一族の同族会社で、北島社長は2代目で在任期間が31年になります。在任期間が長い社長の報酬が高くなりがちとはいいますが、それにしてもこの役員報酬は高過ぎます。
大日本印刷の従業員平均年収(37.2歳)は647万円ですから、北島社長の役員報酬はその121倍にもなります。私の存じ上げている大日本印刷の従業員はよく働きます。業界でもハードワークで知られています。彼らの121倍という役員報酬はそのよく働く従業員の納得を得られるものとはとうてい思えません。同族とはいえ北島一族は株式の過半数を支配しているわけでもなく、筆頭株主でもありません。
社長の地位は銀行や生保など持ち合い株主に守られていることになります。一般株主や従業員が、社長の報酬や在任期間について注文を付けることなどできない持ち合い構造こそ問題なのかもしれません。
北島社長につづく双璧は、調剤薬局チェーンを育て上げた日本調剤の三津原博社長の4億7726億円(退職金込み)と、パチンコ・パチスロ機器メーカーを創業したセガサミーHDの里見治社長の4億3500万円でした。いずれも
自らの才覚を信じて創業のリスクをとった経営者ですから、同族社長らサラリーマン社長とは報酬に違いがあって不思議ではありません。
ただ自らの「まずい経営」の結果、株価が上げられず、保有持ち株の資産価値が高まらない。その代わりに多額の役員報酬を取るような創業経営者であったら、そんな創業者は願い下げですがね。
その点で
感心したのはベンチャー経営者の代表とも言えるソフトバンクの孫正義社長です。孫さん(小説家の石川好さんに『孫正義が、吹く』と題する本を書いていただきました。その際お会いしたことがありますので親しみを込めて)の役員報酬は1億800万円です。創業経営者としての高評価のわりに役員報酬がかなり低いといえるでしょう。
しかし孫さんは、自らが筆頭株主であるソフトバンクをうまく経営すれば、持ち株から巨額の配当収入や値上がり益を手に入れることができます。孫さんはどうやら経営巧拙の結果として配当収入という自らの報酬が増減するのは仕方がないと思っているふうです。あるいは
「市場」という第3者の評価、つまり株価の上昇による持ち株の値上がり益という客観的な報酬があれば、密室で決められるお手盛りの役員報酬などいらないというお考えのようなのです。そうであるとすれば、孫さんのそのお考えは大いに尊敬に値します。
最後に、外国人経営者でも同族経営者、創業経営者でもない「従業員上がり」の役員報酬に触れておきます。下表は、「従業員上がり」、いわゆる
サラリーマン経営者で1億円以上の役員報酬をもらっている社長の一覧表です。表の右側は、日本生産性本部が推計した大卒男子従業員の業界別生涯賃金(2008年)です(数字はアサヒドットコム「この仕事が儲かる!業界・生涯賃金ランキング70独自調査」より引用。)
野村ホールディングスの渡部賢一社長の年間役員報酬は約3億円です。証券等の業界平均の大卒男子の生涯賃金は平均で3億7258万円ですから、
渡部社長は同じ会社のかつての同僚である大卒男子が生涯を掛けて稼ぐ生涯賃金をわずか15ヶ月で稼ぐ計算になります。
神戸大学を出て主として管理企画、経理畑を歩いてきた渡部氏が経営最高責任者(CEO)に就任したのは08年4月です。
就任当時、野村HDの株価は1900円前後でしたが、その後下げっぱなしで、直近では500円を割り込んでいます。株価を見る限り、かつての部下や同僚の大卒男子の生涯賃金を15ヶ月で稼ぐほどの経営能力があるとは思えません。
表の業界別従業員生涯賃金は、証券等、放送(テレビ)、銀行はトップクラスの生涯賃金です。平均像は大卒男子(正社員)で2億7203万円、大卒男子でも正社員以外は1億2737万円に過ぎません。
同じ大卒男子なのに、表の「従業員上がり社長」たちは、自分たちの生涯賃金をほんの1年か2年で稼いでしまうのです。同じ大学を出たかつての同僚や部下は、どこでこんなに大きな差が出てしまったのか、頭を抱え込んでしまうに違いありません。
大卒男子を毎年1000人も2000人も採用してきた大企業ですから、そんな大人数の中から1億円以上の報酬を得るような役員に抜擢されるには、よほど能力や実績が求められると思われるかもしれません。しかし
役員になるには能力や実績より「引き」と「運」のほうがはるかに大切です。
まず役員になる前に社内で実力者とされる役員に覚えていただき、愛(う)いやつだと課長、部長へと引き上げてもらう必要があります。しかし実力者の「引き」があって部長になれても役員の席に「空き」がなければ役員になれません。「空き」は「運」です。首尾よく「空き」があって役員になれても、人事権を持っている会長や社長に「無能力だ」などといって弓を引いてはいけません。ひたすら従順な姿勢を保ち社長の座の禅譲を待つことが肝要です。こうして初めて1億円以上の役員報酬を得られる社長になれるのです。
役員報酬は、業績の良し悪し、役員としての業績への貢献度、株主配当とのバランスによって決められますが、日本では従業員とのバランスも重要です。とくに「引き」と「運」でのしあがってきた、「従業員上がり社長」は従業員とのバランスを自覚すべきです。能力や実績があったのに「引き」や「運」が得られず役員になれなかったかつての同僚や部下がたくさん、山のようにいるのです。
「従業員上がり社長」は、彼らの生涯賃金にも相当するような高額の年間報酬をいただくに値するか経営者であるかどうか、深く自問自答する必要があると思うのですが、どうでしょうか。