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大西良雄ニュースの背後を読む

2009年2月

2009年2月25日 09:26

性懲りもなく、日本型経営ですか

(2009年2月25日筆)

わがニッポン人、自分が属する国家が、国民一人当たり600万円以上、800兆円を越す長期債務を抱える世界最悪の多重債務国家であることなどすっかり忘れています。与党も野党も、20兆円だ、30兆円だと政府支出拡大の大合唱、伝統的ケインズ政策の復権が声高に叫ばれています。

小さな政府論も財政再建論も、そして規制改革論も、汚い表現で申し訳ないのですが、味噌も糞も一緒、いまやすべて悪役です。その空気に乗って、かねてから「風見鶏学者」の風評があった構造改革論者がものの見事に転向、「問題の元凶は市場原理だった」、「日本人の美意識が大切だ」、「日本型経営が見直される」などとのたまい、いけシャーシャーとテレビ画面(テレビ朝日「サンデー・プロジェクト」2月22日)に登場する始末です。

清潔精密、勤勉実直などという「日本人の美意識」は、田圃(たんぼ)社会から戦後企業村へめんめんと受け継がれ、消そうにも消せない日本人の暗黙知になっています。いまさら強調することでもありません。ナショナリストに転向した学者に指摘されるまでもなく、「美意識」は従業員にも経営者にも生き続けています。例を挙げれば、「親切丁寧」という美意識です。それが高じて、世界に輸出できない複雑な携帯電話を作り上げてしまい、輸出ができないというではありませんか。

もうひとつ、田圃社会から受け継いだ「日本人の美意識」の弱点、村八分の発想も企業社会に厳然と生きています。経営者と正社員組合が結託し、非正規社員を「村八分」にしてきたではありませんか。依然として会社や国家の不正を告発した日本人は「村八分」になり、組織から追われます。子供の間に蔓延する「いじめ」は、「集団の好み」から外れた子供をはじき出す「村八分」そのものです。

企業にも従業員にも否定された「日本型経営」
「日本型経営」とは、バブル経済のとき企業本位主義を批判して活躍した評論家たちの言葉を借りて表現すれば、会社に忠誠心を売り渡した「社畜(会社の家畜犬)」の集合体ではなかったのですか。日本型経営を支えた「終身雇用と年功序列」という長期雇用システムは技能の伝承や忠誠心の培養には確かに有効でしたが、それは恩恵を受ける正社員だけのものでした。非正規社員は今も昔もその枠外でしたし、それを許容したのは「企業内組合」でした。

英語でケイレツと呼ばれた「長期契約システム」は、安定的な取引関係の中で技術開発などに有用だったと賞賛されましたが、その背後では、すさまじい受注単価の切り下げと乾いた雑巾(系列下請け)を絞りに絞る合理化が進行していたのです。「ケイレツ」は、活かさず殺さず、親会社が系列下請け会社に忠誠を誓わせる仕組みだったと批判されたのではないですか。

日本型経営は、企業側からも従業員側からも否定されたのです。経済のグローバリズムとバブル崩壊不況によって、「終身雇用と年功序列」が過剰雇用と高い人件費コストの原因視され、「ケイレツ」は閉鎖市場を形成し高い材料・部品コストの原因となったと思います。バブル崩壊で大赤字を抱え、国際競争力を失った日本企業は、こうした高コストの「日本型経営」に大きな修正を加える必要に迫られたはずです。

従業員の側からも、自立した自由な個人としての人間性を奪う「会社本位主義」を解体し、「社畜」から解放されるために「日本型経営」を離脱しようとする動きが出ました。集団主義(いいかえれば没個性の悪平等主義)くびきから解き放ち、「個人」の能力を引き出す仕組みを従業員も会社に求めたのです。

官僚組織の現存する悪しき日本型集団主義
しかし、残念ながら、日本の会社に「個」を確立し集団主義のくびきから解放された従業員など誕生しませんでした。むしろ「日本型経営」は、隠微な形で悪い部分だけ生き延びたように思います。

相変わらず、何の役にも立たない集団主義の生き残り、会長、相談役たちが会社にパラサイト(寄生)しています。その一方、非正規社員を村八分にしたまま「正社員を飼い殺し」にする経営が勢いを得て続いています。欝病や自殺の多発は、集団主義に応えようとする正社員の真面目さや忠誠心が原因のように私には思えます。集団主義は、日本型経営の基礎をなすものです。

いや、「日本型経営」の典型的な形が、官僚組織のなかで生き延び、厳然と存在しています(日本型経営は官僚体制を民間に移植したものという説もあります)。役人たちは、首切りはご法度、退職後の天下り、渡りまでお世話をする「終身雇用」の中に浸っています。厳密な「号棒制」のもと年棒段階が厳密に定められた、能力や貢献を無視して決められる「年功序列賃金」が続いています。

そして、官僚の世界では、まるで旧陸軍のような、誰がリーダーなのか分からない不気味な「匿名」「無名」の集団主義が支配しているのです。この集団主義のもと、省益あって国益(国民益)なし、「省益」はすなわち自らの待遇・処遇を守るための「官僚益」という考え方が支配しています。この「官僚益」を批判する官僚は、「省益」への忠誠心を失ったとして村八分されるのです。

歴史観もビジョンも哲学もない政治家が、大不況を前に右往左往して、市場機能の否定、業界益を守る経済規制の復活、財政規律を失った大きな政府への復帰をもくろんでいます。それと並行して一部の学者、評論家が「日本型経営」や集団主義を賛美し、民間までも「没個性と匿名が支配する一部の人だけの平等主義」、つまり悪しき官僚組織になることを無自覚に主張しているのです。

政治家も風見鶏学者も、温故知新(古きを尋ねて新しきを知る)は結構ですが、くれぐれもアンシャンレジューム(旧体制の復活)に陥らないように、お願い申し上げます。

2009年2月18日 09:00

「かんぽの宿」疑惑は疑獄事件か?

(09年2月18日筆)
 
オリックス不動産への「かんぽの宿」の売却契約が白紙還元されたことは結構なことだと思います。しかし、この売却疑惑について、この際、はっきりさせておかねばならないことがたくさんあるように思えます。

下手をすれば、この疑惑、「かんぽの宿」という政府資産の払い下げをめぐる大疑獄事件に発展しかねません。鳩山邦夫総務大臣は、「不正入札によってオリックス不動産が落札しようとした」といっているのですから、政府資産(官有物)払い下げをめぐる疑獄未遂事件になります。

黒田清隆の「開拓史官有物払い下げ」疑獄に類似
似たような事件が明治14年に起きています。明治15年に予定された北海道開拓史の廃止に伴い、開拓史が保有していた船舶や工場、農園、鉱山などの「官有物」を民間に払い下げるに当たって発生した疑獄未遂事件です。

当時の黒田清隆北海道開拓史長官が、同じ薩摩の五代友厚の会社に、投下資金総額1400万円のこれら官有物を38万円(無利息30年賦支払い)という格安条件で払い下げようとして大騒ぎになった事件です。結局、これを新聞を使って記者に告発させたとされて大隈重信(大隈は政商・三菱の岩崎弥太郎に払い下げさせようとした)、告発された黒田清隆の両方が失脚し、これをさばいて伊藤博文が権力を掌握した「明治14年の政変」になりました。

払い下げようとした西川善文日本郵政社長は黒田清隆、払い下げを受けたかもしれない宮内義彦オリックス会長は五代友厚、これを告発した鳩山邦夫総務大臣は大隈重信という構図になります。現代の大隈の背後には、いったい誰がいるのでしょうか。旧郵政官僚? それとも民営化反対の郵政族ですか。

このままでは、小泉純一郎元総理の改革路線に共鳴し、規制緩和や郵政民営化を実現するのに力を尽した宮内、西川という勇気ある財界人に対して、「かんぽの宿」という官有物の払い下げを食い物にした「政商」という不名誉なレッテルが貼られ、疑獄史の1ページを飾ることになります。

それだけではありません。かりに西川善文氏が日本郵政社長を解任されるようなことがあると、財界人は一斉に政府部門から撤退し、あらゆる政府系機関、政府の委員会、審議会が再び官僚OBと官学出身の学者に乗っ取られます。官僚が審議会や委員会を操り政策決定を我がままにした小泉政権以前に逆戻りしかねません。利権民主主義の復活です。

とくに西川善文さんには、宮内さんに投げつけられた「政商」という汚名をそぐ責任がありますし、自らの説明責任を完璧に果たさないと利権の奪回をねらう旧勢力の思う壺です。残念なことに、その機は失われ、鳩山総務相の強制検査を招く結果になってしまいそうです。今となっては、鳩山総務相の予断を持たない、公正な検査結果を待つしかありません(本当は第三者の検査が望ましいのですが)。

疑獄だった場合、疑獄でなかった場合
これまでの日本郵政の説明には、いくつか分からない点がありますが、ひとつだけなんとしても明らかにして欲しいことがあります。

それは、最終入札に当たってオリックス不動産が落札できるような何らかの工作(情報漏えいを含む)が行われたのかどうか。工作が行われたのなら、その工作はオリックス不動産の働きかけによるものなのかどうか。働きかけがあったとすれば、誰から誰に対してだったか、を明らかにして欲しい。

その結果、宮内さんのオリックスが日本郵政に働きかけ、不正入札によって「かんぽの宿」を不当な値段で落札しようとしたことが判明した場合、宮内さんも西川さんも、会長、社長職、公職を全て辞任し、刑事、民事上の責任をとってもらいたいと思います。

政治家(与野党の族議員)、官僚、業界の利権共同体のための民主主義、小生がいう「利権民主主義」を壊滅させ、利権共同体が積み上げた財政赤字と政府長期債務残高の縮小を目指す政策をリードした規制改革論者が、官有物払い下げという甘い汁(新たな利権)を吸おうとしたのです。たとえ、それが未遂であれ、国民を欺き、官僚政治と利権民主主義の復活を招いた宮内氏と西川氏は万死に値すると小生は思っています。

しかし、その結果、オリックス不動産になんらの瑕疵もないと判明したら、宮内さん、あたかも「政商であるか」の印象を世間に広めた鳩山邦夫総務大臣を名誉毀損で告訴してください。西川さんも不備ではあったが「不正な競争入札」ではなく、国民の財産を不当な安値で叩き売ろうとしたのではないことを、天下に公表してください。「事を荒立てて損してはつまらない」などとは思わないでください。

告発した鳩山大臣にも、官僚の監督、行革担当の総務大臣としての責任が発生します。「かんぽの宿」の価値が、オリックス不動産の査定どおり建設資金2400億円に遠く及ばない場合、そのような不採算の宿泊施設をつくることを許した当時の郵政官僚とそのチェックを怠った郵政大臣の名前を公表し、責任を取らせてください。旧厚生省の「グリーンピア」のように官僚の責任をうやむやにしないでください。

そして、鳩山大臣は、「かんぽの宿」の売却を凍結するともいっています。その結果、今後発生する「かんぽの宿」の赤字を誰が負担するのかを明らかにしてください。税金で負担するのは真っ平です。いまの役人経営によって天下り職員の首も切れず、黒字化して価値を高めて売ることができる(私はできないと思いますが)というのならその方策を示してください。

2009年2月12日 09:26

「派遣」を禁止しても問題は解決しない

(09年2月11日筆)
 
小生、現在は会社務めを終えて在宅勤務のフリーターですが、在宅の楽しみの一つが、NHKの国会中継を見ることです。野党議員が「ああ言えば」、総理、大臣諸公は「こう言う」、不謹慎ながら、その掛け合いは、「やすし・きよし」の漫才ほどではありませんが、結構オモシロイですよ。

 ところがひとつだけ、掛け合いにならず、腫れ物に触るようなテーマがあることに気がつきました。それは例の「派遣切り、雇い止め」の問題です。「得たりかしこ」と日本共産党が派遣切りした「大企業」批判を繰り返しても、政府側も与党席も妙に黙りこくっているだけなのです。

日本社会に蔓延しはじめている貧困の問題は、前に紹介した湯浅誠著の『反貧困』(岩波新書)に明らかです。民主主義国家においては、貧困や不平等は社会悪であるという正義感には抗すことが誰も出来ません。この「正義」に抗すことはできないという「空気」が出来上がってしまったから、日ごろは目もくれぬ共産党の追及であれ、政府・自民党は口をつぐまざるを得ないのでしょう。

そんな「空気」が支配しているので言いにくいのですが、この問題、もう少し冷静に議論した方がいいのではないでしょうか。「貧困」への憤りが過ぎて、悪いのはすべて派遣切りをした大企業であり、「製造業派遣」あるいは「派遣」を禁じれば失業・貧困問題の全てが解決するかのような議論が横行しています。

同じ派遣切りであっても、大企業の派遣切りは「不正義」で社会の敵、中小企業の派遣切りは「不正義」にはならず黙過される。それどころか、中小企業は不景気で泣かされる「小さな弱い存在」だから保護する、大企業はかってに潰れろといわんばかりです。企業規模によって「不正義」が糾弾されたり、黙過されたりする、そんな不公平な「不正義」があるのでしょうか。

そして、「製造業派遣」ないし「派遣」を禁止すれば、果たして日本の失業・貧困問題は解決するのでしょうか。これも疑問です。

まず知っておきたいのは、非正規雇用者1732万人(平成19年平均。「労働力調査」)の内訳です。問題の派遣社員は133万人、非正規雇用者の7.6%です。このうち製造業派遣は46万人ですから、全体の2.6%に過ぎません。

誤解がないようにいっておきますが、2.6%だから派遣切りは些細な問題だ、というではありません。派遣社員のほかに1164万人のパート・アルバイト、298万人の契約社員・嘱託社員がいます。派遣業を禁止しても派遣社員が他の非正規労働に振り変わるだけで、1732万人の非正規雇用者は減らないし、失業・貧困問題は解決しないと申し上げたいのです。

なぜか、といえば、バブル崩壊不況の時、企業は過剰雇用に悩まされ、倒産の淵に立たされた苦い経験を持っているからです。当時、解雇が極めて難しい正社員を抱え込み、人件費が高止まりして労働分配率は一気に高まりました。この過剰雇用による人件費負担もあって多くの企業が倒産の危機に瀕しました。なかには、正社員の首を切れず倒産を招いた「温情経営者」もいました。その経営者を罵倒こそすれ、「社会の鏡だ」といって褒めた人は誰もいません。

これに懲りた経営者は、景気が回復し人手が不足しても、首が切れない正社員など二度と抱え込みたくないと思ったはずです。正社員には給料のほか社会保険料などの諸掛りが必要で、非正規社員の数倍の人件費コストがかかるからです。中国人に比べると30倍以上の人件費コスト差が当時はありました。

そう思いこんだ経営者に与えられた選択肢は2つでした。ひとつは、中国に合弁工場を作り、中国人の監督のもと、日本人よりはるかに安い賃金でよく働いてくれる中国人に日本製品を作ってもらうことです。もうひとつは、日本国内で工場を新増設するとすれば、できるだけ正社員は雇わず、不景気になれば雇用調整が易しい非正規社員を中心に工場を運営するという選択です。

実際、大小問わず多くの日本企業が、安い人件費を求めて中国などアジアに製造拠点を置くようになりました。景気が回復してくると、電機・電子、自動車、素材のなかでも付加価値の高い製品については、国内に工場を新増設する動きも出てきました。小生など、「工場の国内回帰が始まった」と喜んだものです。

国内回帰という決断を後押ししたのは、非正規社員活用という経営者の知恵だったと思います。雇用調整が簡単で人件費負担が軽い非正規社員であれば、パート・アルバイトなど短期雇用者、期間工という契約社員、派遣や請負契約の雇用者、外国人労働者、なんでもよかったのです。そこにたまたま製造業派遣の解禁があったので、国内工場の増強に派遣工員を投入したに過ぎません。

将来、景気が良くなり、遊休工場の稼動を再開する、工場の新増設が行われる時、「派遣切り」で罵倒された大企業の経営者は誰を雇うでしょうか。答えは明らかです。中国やベトナムに豊富に存在する優秀で熱意のある低コストの労働者でしょうね。その動きはすでに始まっています。大幅赤字に陥った日産のゴーン社長は、内外2万人の人員整理を行い、今後の生産は日本以外のコストに安い地域に集約するといっています。

この不況です。生活の安定する常用雇用、終身雇用がいいと思う人が増えて当然です。しかし、経営者は、高い人件費コストが常態化する常用雇用、終身雇用などもってのほかだと思っているでしょう。常用雇用でなければ技能伝承が出来ず、いずれ企業は衰えるなどという脅しも無意味です。コンピュータ化した自動製造ラインにあって、技能伝承が必要なのは高度な電子技術者です。単純労働者ではありません。

日本人の単純労働者は、社会主義の崩壊によって、中国、ベトナム、旧ソ連圏、東欧から大量に吐き出された人件費の安い優秀な労働者と競い合っているのです。製造業派遣を禁止しても、単純労働者がグローバル経済の競争にさらされているという事実は変わらず、失業・貧困問題は解消しないのです。

2009年2月 4日 12:09

「バイアメリカン」条項は保護蔓延の一里塚

 (09年2月4日筆)

イギリスの「エコノミスト」誌の文章は、経済誌にしては教養的、しゃれた表現で知られています。昨年暮れの同誌08年12月20日/27日合併号に書かれた「さらば自由貿易」.と題する記事もその例に漏れません。下の文章はその一部分(出所は「JBpress」08年12月22日)です。

「こうした状況下で、苦悩する政府が、古い友人―しかし、あくまで偽りの友人―に頼るリスクが生まれる。保護主義である。」
「繁栄ではなく痛みが国境を越えて飛び火する時、世界的な経済統合の魅力は損なわれる。輸出補助金や関税、自国通貨安によって国外の需要を呼び込み、自国内の雇用と所得を下支えしたいという誘惑が生じる。」

経済の急収縮が誘い出す保護主義という「古い友人」
リーマン・ブラザーズ破綻以降、世界経済は急収縮しています。世界恐慌に発展するかもしれない、この経済の急収縮の「痛み」―失業者の増大に「苦悩する政府」が、保護貿易主義という「古い友人-しかし、あくまで偽りの友人」の誘惑に負けそうになっているといっているのです。

「負けそう」ではなくすでに誘惑に「負けてしまった」政府もあります。すでにロシアは乗用車とトラック、インドは鉄鋼製品の輸入関税を引き上げ、中国は輸出不振で苦しくなった中小企業に対する減税を実施しています。中国には元高を阻止し輸出の優位を確保する人民銀行のダーディな介入に対するアメリカの批判も強くなっています。こうした保護貿易政策によって、「自国内の雇用と所得を下支えしたい」という誘惑に負けてしまったのです。

まあ、ロシアやインド、中国のような自由貿易の確固たる歴史を持たない未成熟国家が経済収縮の痛みに耐えかね保護貿易の誘惑に負けてしまうのは、致し方がないとしても、自由貿易主義の本家筋のアメリカが「誘惑」に負けてしまっては、元も子もありません。本家が保護貿易に踏み切れば、1929年から1933年に掛けて起こった世界恐慌の悪夢が再来しかねません。

ロンドン・エコノミストがいう「古い友人、しかし、あくまで偽りの友人」である保護主義とは、NY大暴落の翌年の1930年6月、フーバー大統領の署名によって発効した「スムート・ホーレー関税法」を指します。

この法案を提出したのは、スムート、ホーレーの二人の共和党議員です。彼らは、大不況の到来にうろたえ、「低賃金によって製造された、ソーシャル・ダンピングによる外国製品からアメリカを守ろう」とヒステリックに叫びました。関税を引き上げて外国製品を排除し自国産業を守り、「自国内の雇用と所得を下支え」すべきだと露骨に国益を主張し、この歴史に残る保護主義法案を提出したのです。

これを受けて同じ共和党の大統領フーバーは、名だたる経済学者が「保護主義は世界貿易を縮小させ世界恐慌もたらす」と一斉に反対したにもかかわらず、二人が提出して成立した法案に署名し、結局、2万品目にものぼる輸入品の関税率を平均40%以上も引き上げてしまいました。

案の定、これが引き金となって、イギリスを筆頭に世界の国々が報復的な関税引き上げに踏み切り、輸入を防圧する高い関税障壁を築きました。そのうえ自国の輸出を有利にするための為替の切り下げ競争です。関税引き上げと為替切り下げによる貿易戦争の結果、世界の貿易量はどんどん縮小し、1933年には1929年の貿易量の3分の1になってしまいました。

「一国の痛み」を和らげる貿易政策が悪い反作用をもたらし、「世界の痛み」を加速したのです。バブルの崩壊につづく信用収縮が原因で始まった不況が、貿易の縮小によって世界恐慌に発展していったのです。この時、日、独、伊の新興工業国は、ポンド・スターリング圏など関税障壁に守られたブロック経済の外に放置され、生き残りを掛けて領土拡張に走り、ついに第二次世界大戦を引き起こすことになりました。

自由貿易主義壊す「バイアメリカン」条項
いま再びアメリカは、「保護主義」の誘惑に負けかかっています。オバマ大統領の与党・民主党議員たちは、邦貨換算80兆円にのぼる景気対策の中に「バイアメリカン(アメリカ製品の優先購入)」条項を導入しようとしています。政府が景気対策として行う公共事業に使う鋼材、金属素材、セメントなどの工業製品はアメリカ製品の購入を義務づけるというものです。業界や労働組合の圧力に民主党が応じたのです。

かつてアメリカは、日本政府の、国内製品を優先購入する公共調達政策に対して「内外無差別」というWTO(世界貿易機構)の自由貿易ルールを持ち出し、アメリカ製品の入札参加を強要しました。結局、日本政府はアメリカ製のスーパーコンピュータを買わされました。

このアメリカの「公共調達についての内外無差別」の主張は、小生、正しかったと思っています。その正しい主張をいまこそオバマ政権の景気対策に適用されるべきだと思います。80兆円の景気対策に使われる資金は、回りまわって中国や日本、その他外国人の米国国債の購入によって賄われるのです。極端なことを言えば、「バイアメリカン」条項は他国の金を使って「自国の雇用と所得だけを下支え」するものです。

不況が深刻化し、失業が増加、所得格差が広がってくると、必ずといっていいほど自由主義の否定、平等主義への傾斜が起こります。しかし、平等主義への傾斜が過ぎて、自由主義を捨ててはいけません。オバマ政権が、支持基盤とする鉄鋼や自動車の業界と労働組合の利権だけを守る「バイアメリカンによる保護」の誘惑に負けてはなりません。

誘惑に負ければ、戦前のように、他国から報復的な保護主義政策を引き出す危険があります。自由貿易の維持、金融経済政策での国際協調こそ、世界恐慌を防ぐ近道なのです。オバマさん。




プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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