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大西良雄ニュースの背後を読む

2008年12月

2008年12月24日 12:41

円高デフレに耐えられない日本

(08年12月24日)

今回で、今年最後のニュースコラムになりました(新年は1月7日から書き換えます)。小生も経験したことのない経済の急崩落に見舞われた大変な1年でしたが、来年も、少なくとも前半は、失業者がさらに増える危険な年に変わりがないようです。

ドル紙幣の大量散布が始まった
 その中で気になるのは円高への動きです。12月16日、アメリカのFRBは、政策誘導金利を0~0.25%に引下げ、事実上のゼロ金利に踏み切ました。そのうえ、ファニーメイなどの政府機関債や住宅ローン担保証券などを買い上げてマネーを市場に供給する量的緩和政策を採用することになり、ドル安、ひいてはさらなる円高の進展を予想させました。

FRBが、政府機関債や住宅ローン担保証券や債務担保証券を買い上げれば、その代わりにドル紙幣が大量に市場に散布されることになります。さらにFRBは、大規模な財政出動によって膨張するアメリカの財政赤字をファイナンスするために米国国債を引き受ける覚悟も示しました。このFRBによる国債引き受けもまた、ドル紙幣が大量にばら撒かれることにつながります。

市場への大量のドル紙幣散布、つまりドルの供給増加は、ドルの下落の原因になります。FRBは、投資家が減価するドル紙幣を嫌って、これを株券や住宅などの資産に代えることを期待しています。株や住宅が買われれば、資産価格の下落に歯止めが掛かるという効果を狙っているのです。またドルの下落が、アメリカの輸出に拍車を掛け、輸出の増加が景気下支えることも期待しているように思えます。

しかし、アメリカには有利なドルの下落は、他通貨の上昇という犠牲を求めることになります。通貨高に見舞われた国は、輸出が減少します。その国がデフレ期にあれば、通貨高による輸入物価の下落はデフレ(物価下落)をさらに加速させます。通貨高国は、通貨安国から不況を輸入することになりかねません。いま日本がその立場にあります。デフレ脱却宣言のまだ終えていない日本ですから、ドル安の受け皿としての円急騰がデフレ不況を再現させかねません。

円高にきわめて弱い輸出偏重経済
円急騰などによる海外利益の激減によって一気に営業赤字に転落したトヨタ自動車がその象徴です。トヨタは、昨年度に2兆2703億円という史上最高の営業利益を上げましたが、今年度は一転、1500億円の営業赤字に転落すると発表しました。差し引き2兆4200億円余にもなる営業利益の悪化です。

この悪化のうち8900億円が円高によるマイナス、1兆1800億円が販売数量の減少によるマイナスです。販売数量減は、国内の販売不振もありますが主としてアメリカ、ヨーロッパ、アジア市場の急悪化によるものです。したがって、悪化額の85%が海外要因ということになります。この海外利益がアメリカの金融危機とそれに続く円高転換によって一気に剥落したといえます。

世界でもっとも強い自動車メーカーといわれたトヨタの業績急悪化は、世界にショックを与える一方、円高に極めて弱い日本経済の輸出偏重構造を白日の下に晒す結果になりました。実は、日本がバブル崩壊不況から脱出をリードしたのはトヨタなど自動車を筆頭として家電・電子機器、精密機器、機械・装置など輸出産業の利益拡大でした。それら輸出産業の利益は、割安状態に置かれた円とアメリカや中国の景気拡大に依存しての増加でした。その円安による上げ底利益が一気に剥げ、輸出産業は軒並み業績の急降下に見舞われたのです。

部品を含む自動車産業は、日本の製造業の出荷額の2割、雇用者数の1割を占めます。これに家電・電子・精密、機械・装置などを加えれば、輸出産業は製造業の出荷・雇用の過半を占めるようになっていると思われます。鉄鋼、非鉄、石油化学など素材産業も輸出産業向けの出荷で潤いました。戦後最長だった「いざなぎ超え景気」では、輸出産業とそれに付随した素材産業が大きく儲け、史上最高利益を更新し、日本経済を牽引しました。

しかし残念ながら、それらの輸出産業や素材産業の利益が従業員や家計の所得増加や中小企業の収益拡大に波及する前にサブプライム恐慌が起こり、ドル安・円高に転じたのです。従業員や家計、中小企業の所得増加があれば個人消費を喚起し内需産業を潤すはずでしたが、そこに至る前に輸出産業が総崩れになりました。その結果、内需産業の下支えがないまま、輸出産業の減産拡大と設備投資の圧縮が雇用や賃金の圧縮、下請け発注の減少につながり、従業員や家計、中小企業の所得減少、ひいては内需産業の悪化をもたらす悪循環に日本経済は陥ることになります。

円急騰を防ぐため為替介入、米国国債購入もやむなし
一部の論者が主張しているような「1ドル60円~70円であっても日本の輸出競争力はある」「円高は強い日本の象徴」などという議論は、円急騰によって日本経済がデフレ不況の悪循環に陥ろうとしている現実を無視するものです。

思い出すのは、昭和恐慌に陥る原因になった戦前の旧平価解禁です。世界恐慌の最中に日本は金本位制に復帰(金解禁)するのですが、それも新平価(円安)ではなく旧平価(円高)での復帰でした。旧平価解禁(円高解禁)は、金融収縮を加速する一方、世界のデフレを輸入することになり、日本経済は産業恐慌に突入したのです。円高で日本は強くなるという論者は、円高デフレに陥った昭和恐慌をいまに再現するのを望んでいるのでしょうか。

FRBによる事実上のゼロ金利導入はドル安・円急騰を市場に予想させるものでした。追い詰められた日銀は、4日後の12月20日、政策金利を0.3%から0.1%に引下げて日米金利差を解消する手を打たざるを得ませんでした。日本の金利がアメリカより高くなれば、低い金利のドルを売って金利の高い円を仕込むという資金移動が起こり、ドル安円高になります。そうしないために日銀は金利を引き下げざるを得なかったのです。その結果、一時1ドル87円まで高騰した円ドルレートは90円まで戻し、小康状態に入っています。

しかしこの円高一服は目先の小康状態に過ぎないことはいうまでもありません。サブプライム恐慌脱出のためのドル紙幣の大量散布は今後もつづき、ドルの供給圧力は増すと思われるからです。その結果、繰り返しドル安(あるいはドル暴落)の不安が襲い、日本や中国のような経常収支の黒字国は通貨急騰のリスクを負うことになります。

小生はドルの急落、1ドル80円割れというような円急騰に際しては、断固たる為替介入(ドル買い)が必要だと考えています。ドル暴落・円急騰に輸出偏重経済の日本経済は耐え切れないからです。できれば、日本と中国の協調介入であれば効果は大きいと思います。場合によっては、ドル暴落を防ぐための米国国債の日中による共同買い上げもありうるのではないでしょうか。

2008年12月17日 17:01

アメリカがゼロ金利政策を導入、円はどうなる

(08年12月17日筆)

書き掛けの原稿を完成させようと早起きしたのがウンのつき。NHKのニュース番組「おはよう世界」のスイッチを入れた途端、アメリカの中央銀行・FRBが政策金利の誘導目標1%から0%~0.25%に引き下げるというビッグニュースが飛び込んできました。書き掛けの原稿は、日本の卑劣でずる賢い官僚への批判でしたが、書くことがつまらなくなって、原稿を急遽差し替えることにしました。

 日本の10倍のスピードでゼロ金利、量的緩和を導入
FRBが政策金利(短期の銀行間取引金利)を0%~0.25%に誘導するということは、ゼロ金利政策を許容したということです。FRBはさらに銀行から商業手形、ローン担保証券だけでなく長期国債を買い入れるということですから、量的金融緩和に踏み切る用意があることを示唆したことになります。

日本では、1989年のバブル崩壊からゼロ金利に至る(99年)まで10年、量的金融緩和政策の導入(2001年)まで12年を要しました。これに対してアメリカは、昨年8月に表面化したサブプライム危機からたった1年5ヶ月後に、ゼロ金利、そして量的緩和政策を導入することになります。アメリカの金融政策は、日本のバブル崩壊不況時の実に10倍近いスピードで展開されているのです。

経済危機が世界に伝播するスピードの驚くべき速さを考えれば、この10倍近い政策スピードもありうべしだといえます。しかし、それを決断し実行できるかどうか、公的資金の注入や金融緩和政策に遅れ、財政のバラマキに終始して失敗した日本の経験に照らせば、彼我の金融政策当局者(あるいは官僚)の能力差に呆然とするばかりです。

バーナンキ議長は、国際的に評価された世界恐慌(1929年~)の研究者でした。バーナンキが、バブル崩壊不況から脱出するに当たって、日本には量的金融緩和とインフレ目標政策の導入が必要だという提案を支持していたのはその研究成果にもとづくものです。今回、バーナンキは日本の政策失敗に多くを学び、この失敗を繰り返さないように量的緩和にまで踏み込んだのです。彼は、米国発金融恐慌とその後につづく深刻なデフレーション(物価下落を伴う不況)の危機に立ち向かうために、世界恐慌と日本のバブル崩壊不況の分析から導き出した自らの学問的結論を次々に実験しているように見えます。

量的緩和政策は景気浮揚にどれくらい効果があるか
では今回のゼロ金利政策及び量的金融緩和政策は、どのような効果を表すのでしょうか。日本のゼロ金利及び量的緩和政策が、景気浮揚にどれぐらいの効果があったのか、実証研究がまだ行われていませんので定説はありませんが、結果から言って以下のようなことが言えるのではないでしょうか。

当初、ゼロ金利及び量的金融緩和政策の政策効果は、いくつかのルートを通じて実現すると想定されていました。そのひとつは、ゼロ金利と量的緩和政策が長期間つづけられるという予想が市場で形成され、その結果、短期金利だけではなく長期金利も下がり、貸出が増加し経済活動を活発化させるという効果です。これを時間軸効果といいます。長期金利は確かに下がりましたが、膨張した信用が収縮する過程では借金返済が優先されましたから、貸出は目立って増加することはなかったと言えます。

量的緩和とは、少し解説しますと、中央銀行が銀行の保有する国債や商業手形を買い上げ、その資金が中央銀行にある当該銀行の当座預金口座に振り込まれて、準備預金が積み上がる状態をいいます。中央銀行は、ゼロ金利化によって金利引き下げという金融緩和の手段を失った後、この量的緩和という手段で金融緩和を続けます。実際、日本では、2001年に量的緩和を開始してから銀行の当座預金残高は5兆円から最大35兆円に積み上がりました。

その効果は、まず金融システムの安定化に現れることになります。当座預金残高は、支払い準備の残高でもあります。支払い準備が法定の7倍にも積み上がったのですから、銀行間の支払いや預金者への払い戻し資金に事欠きません。ですから、資金不足による銀行倒産は避けられ、金融システム不安は確かに小さくなりました。ただ、金融不安解消の決定打は03年の「りそな」への最後の公的資金の注入で、これによるマインドの転換で株価も底入れしたのです。

もうひとつは、資産選択が活性化してする効果です。中央銀行に預けている当座預金は無利子ですから、銀行は稼ぎにならない預金を積み上げていてもしかたがありません。銀行は積み上がった当座預金をおろして、貸出に回したり株式を買ったりして利息や配当を稼ぐ行動にでるはずです。量的緩和をつづけた01年から06年までの5年間、その前半は効果がありませんでしたが、後半には株価も上昇しましたし、信用収縮も04年には終了しました。地価も底入れし上昇し始め、資産デフレは終了しつつありました。

為替にいちばんの効き目、ドル安円高が加速するのか
もうひとつ、日銀が明示的に政策目標にしたわけではありませんが、円安という隠れた効果があったように思われます。ゼロ金利とそれに続く量的緩和政策によって為替レートが円安に振れ、それが日本の輸出競争力を高めて輸出回復による景気浮揚につながったのです。実は、ゼロ金利や量的緩和による円安が景気回復にもっとも効果があったのではないかと思っています。

それはさておき、FRBによるゼロ金利化と量的緩和による景気刺激を好感してNY株は上昇しました。しかし、その結果、日米金利差が逆転し、1ドル88円というドル安円高が引き起こされています。大不況を克服するためのアメリカの金融政策が為替に早速効果を表し、ドル安円高を通じて日本経済を窮地に陥れるのです。明日から行われる日銀の金融政策決定会合で日本がゼロ金利、量的緩和に踏み切らなければ、円高がさらに加速することになります。

新年の日本経済をめぐる最大の問題は、円高だと思います。今年最後になる来週のコラムでは円高について書きます。

2008年12月10日 14:24

いよいよ断末魔です、麻生さん

(08年12月10日筆)

いまごろ「大量破壊兵器の情報は間違いだった」と白状した「お馬鹿ちゃん大統領」ブッシュ・ジュニアの支持率が28%と史上最低レベルだったのは当然です。ちなみに支持率が史上最低だった大統領は、原爆を広島・長崎に落とし、朝鮮戦争で行き詰まったトルーマンで、支持率22%。第二位がウォーターゲート事件を起こして失脚したニクソン大統領の24%でした。ブッシュ・ジュニアはビリから3番目でした。

わが麻生内閣の12月第一週の支持率は、朝日新聞22%、読売新聞20.9%、毎日新聞21%とあのブッシュ・ジュニアを下回るどころか、史上最低だったトルーマン大統領と肩を並べる支持率になってしまいました。いずれの調査でも一ヶ月で支持率は半減していますから、ただごとではありません。

麻生さんに「お馬鹿ちゃん総理」のレッテル
なぜこんな支持率が急落したのか。マンガばっかり読んでいるから漢字が読めなくなって、踏襲を「ふしゅう」と読んだり、未曾有を「みぞうゆう」と読んだり。麻生さんの出身大学のOBたちは、漢字が読めない総理のことを「学習院の恥」といっているようです。若者の街・アキバの人気者が「同窓会の恥」になったのです。漢字が読めないことなど政治には無関係、つまらないことのように思えますが、案外こんなところに支持率急落の原因があるものです。国民は、麻生さんの無教養さから、間違った情報でイラク戦争を引き起こしたブッシュ・ジュニアと似通った「お馬鹿ちゃんブリ」を見抜いているのです。

実際、麻生さんの、政治家としての「お馬鹿ちゃんブリ」はブッシュ・ジュニアに勝るとも劣らないといえます。国民の6割以上が要らないといっている定額給付金を押し付け、その代償に消費税を引き上げると国民に思い込ませた愚策。旧態然の道路族議員に押しまくられて、道路特定財源の一般財源化をねじ曲げ、道路投資に特定財源を縛り付ける愚策。郵政の民営化を後退させるかのごとき政府保有株式の売却凍結という愚策。麻生さんは、天下の愚策を連発して、人気取りのためのバラマキ政治、道路族、郵政族が再び跋扈(ばっこ)する利権政治の復活を国民に予感させ、支持率を急落させたといえます。

小選挙区制の下での選挙は、自民党の総裁、民主党の代表など将来の総理を押し頂いて、その人気に依存して、党ごとの当選者数の多寡を競う選挙になりました。良くも悪くもそんな選挙ですから、将来の総理に「お馬鹿ちゃん」のレッテルが貼られれば致命傷になります。「お馬鹿ちゃん」総理が率いる自民党のどの候補も選挙に勝つことなどおぼつかないことになります。いまは落選議員の面倒を見てくれるゼネコンも農協も細り、自民党議員には、「落選すればただの人」どころか、「落選すれば借金だけ抱えたフリーター」の生活が待っているのです。

そんな境遇になるくらいなら、麻生太郎総理を引き摺り下ろして、選挙に勝てる新しいリーダーに取り替えたいと思っている議員がほとんどだと思います。しかし、引退しない「元総理」森喜朗さんなど利益誘導・調整専門の哲学なき政治家が総理選びをしているのですから、たとえば渡辺喜美や塩崎恭久、茂木敏充など魅力的な若手議員が自民党のリーダーに選ばれる可能性は皆無に近いといえます。

オールドタイマーの追放と「がらがらポン」の政界再編
この間の事情は、民主党も同じだと思っています。世論調査は総理には太郎より一郎のほうが適任と小沢一郎代表に初めて軍配を挙げましたが、国民の本心は、「小沢に管鳩」のような手垢の付いた政治家ではない新鮮なリーダーを民主党にも求めているように思えます。岡田克也や前原誠司、枝野幸男そのほか民主党若手にも人材はたくさん隠れています。

世界恐慌が襲ってくるかもしれないこの時期ですから、選挙による政治空白を避けたいところです。しかし、今の麻生政権では何も決められないし、下手に決めてもらうと将来に禍根を残します。定額給付金しかり、道路特定財源の一般財源化、郵政の政府保有株の売却の問題しかりです。小手先の景気対策は長期債務を膨らませるだけです。

雇用対策だけは年末までに超党派で成立させて欲しいのですが、それもできないというのなら「政治空白」は覚悟の上で、通常国会の冒頭で解散を行うべきでしょう。まずは、新年度の予算を手垢にまみれたオールドタイマーたちに作らせないために。そしてこの選挙が、与党、野党に根を張っているオールドタイマーを国民が追放する「公職追放」選挙であることを願って。

オールドタイマーを追放した後、政界再編がどうしても必要です。主義主張に沿って旗印を鮮明にした「がらがらポン」の政界再編が起きることを国民は期待していると思います。自民党も民主党も、外交面では右から左まで、内政面では改革派から現状維持派まで玉石混淆する国民政党になっています。こんな玉石混淆の国民政党では、政策が右往左往するだけです。そのことを国民はよく知っています。

小生は、政界再編に当たって、官僚組織に対抗でき、既得権益にからめとらない、予算構造の変革、組み換えができる議員集団が中軸になってくれることを期待しています。その中軸は、渡辺喜美や塩崎恭久などの自民党の若手改革派と岡田、前原など民主党の若手改革派の合体によって築かれると思います。信念を持った、政策に強いこうした若いリーダーたちが、アメリカのオバマ新大統領や中国の胡錦濤主席(彼は隠れた親日派です)と議論を闘わせてくれることを願うばかりです。

いよいよ断末魔です、麻生さん。しかし気を落とされることはありません。麻生さんの支持率急落は、政治家の世代交代、新体制構築の促進剤につながるのです。そうなれば、麻生さんも日本の歴史に貢献することになるのですから。

2008年12月 3日 12:22

無意味な麻生さんの「所得(介入)政策」

(08年12月3日筆)
 
麻生太郎総理が首相官邸にビッグビジネスの代表である御手洗経団連会長、中小企業の代表である岡村日本商工会議所会頭を呼びつけ、「賃上げに協力してください」「首切りをしないでください」と申し入れたそうです。この要請は、総理が理解しているかどうか分かりませんが、経済学でいう「インフレを抑えるための所得政策」の逆、「デフレを防ぐための所得政策」と呼んでもよいものです。

1960年代の後半、欧米諸国では生産性の上昇を上回る賃金引上げによってコストが上昇、そのコストの増加を製品・サービスの値上げに転嫁したことからインフレーションが起きました。この賃金プッシュインフレを抑えるために政府が採った政策が「所得(介入)政策」でした。政府は、労働組合を道徳的に説得することによって、インフレの原因になっている賃上げを抑え込もうとしましたが、結局、失敗しました。

麻生さんは、経営者を道徳的に説得して、賃上げを実現させ、非正規社員の首切りを止めさせることによって、所得減、需要不足から生じるデフレーションを防ごうというわけですから、1960年代の「所得(介入)政策」をデフレ対策に用いようとしていることになります。

賃上げと雇用維持の両立などありえない
しかし、麻生さんの「所得(介入)政策」は、財政政策といい金融政策といい、政策手詰まり状態での思いつきであるにしても、多少乱暴ですし、効き目もなく、ほとんど無意味なものといわざるをえません。

まず、「賃上げも雇用維持も」と経営者にお願いしたのでは、結論は決まっています。経営者は口を揃えて、あるいは怒りを込めてこうおっしゃるにちがいありません。「この未曾有("みぞうゆう"ではありません、麻生さん)の大不況下、非正規社員の雇用維持と賃上げを両立させるなど不可能です。総理はわれわれに人件費倒産するようにと説得しているに等しい」と。

もっともです。売上げがガタ減りしている中で、非正規社員の首を切らず賃上げをすれば、総人件費が急増して損益分岐点は急上昇、赤字転落は避けられません。そのうえ、中国やその他アジア諸国との人件費コストの差はさらに拡大し、グローバルな競争から脱落せざるを得なくなります。いまどき人件費の増加につながる経営などもってのほかだといえます。

こう書くと必ずといっていいほど出てくる批判は、今回の景気回復の過程では、経営者と株主の報酬が増え、労働者の取り分が減っている、つまり労働分配率が低下しているのだから、経営者と株主の取り分を減らし、賃上げによって労働者の取り分を増やせという批判です。

このうち、株主報酬への批判については、日本においては論外というほかありません。ただでさえ低い配当金です。配当という株主報酬を高めなければ、短期の値上がり益を狙う投資家だけしか残らず、気長に企業成長を待ってくれるありがたい投資家などいなくなります。日本への投資魅力は薄れ、外国人の対日投資はますます細ります。経営者に、もとの銀行融資依存に戻り、その支配を受けよ、とでもいうのですか。

経営者の報酬が拡大しているという批判が曲がりなりにも通用するのは、ほんの一握りの輸出型ビッグビジネスと創業者利潤の大きなベンチャー型企業の経営者だけです。それ以外の日本経済の大部分を占める上場企業、非上場の中小企業の経営者の報酬はささやかなものです。とりわけ日本の就業者の大部分を雇用している中小企業は、「いざなぎ超え景気」の余慶にあずかることもなく、利益は上がらないまま経営者報酬は減り、労働分配率が高い状態で四苦八苦しているのです。彼らに「雇用も賃上げも」と説得するのは酷と言うものです。

正規社員の「賃下げ」とワークシェアリング
こうした経営の現状を考えるなら、賃上げはとうてい無理です。雇用を維持することを優先すべきです。売上げの減少に応じて人件費総額を削りながら正規、非正規社員の雇用を維持するには、正規社員の「賃下げ」しか手はありません。正規社員は、「賃下げ」を受け入れてでも非正規社員の雇用を守り、彼らと仕事を分け合う、いわゆる「ワークシェアリング」を受け入れるべきです。麻生さんが道徳的説得を行うべきは、経営者ではなく、正規社員の労働組合(非正規社員は交渉相手にしてもらえませんから)だったのです。

連合の会長ではないですが、正規社員の労働組合は、口では「非正規社員の雇用を守り、賃上げすることこそ最大の景気対策」といっています。しかし彼らは、ストを打って操業を止めてまで非正規社員の雇用を守り、自らの賃上げを勝ち取ることができるのでしょうか。本気でやる気はあるのでしょうか。正規社員の労働組合にそんな気はさらさらないと思います。賃上げも非正規社員の雇用もと欲張れば、会社は危機に瀕し、賃金どころか自分たちの雇用すら危なくなるからです。

正規社員は、最後は会社側が提案する非正規社員の首切りに賛成して、自らの雇用と賃金を守るという挙に出るに違いありません。そんな労働者間のどろどろした争いに、誰からも尊敬されていない麻生さんが介入して道徳的説得をしても、聞く耳を持つ人はいません。麻生さんは何の役にも立たないのです。

そんなことより、いま政府がやらねばならないのは「所得(介入)政策」ではなく、高額所得者から低所得者への「所得再分配政策」です。たとえば、オバマ新大統領の選挙公約のように所得税の最高税率を引き上げるなど累進税率を高めて、その税収を低所得者に回すのです。消費性向は、高所得者より低所得者の方が高いのですから、消費の下支えにはなります。増税・減税の組み合わせですから財政への負担も軽くなります。どうでしょうか。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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