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大西良雄ニュースの背後を読む

2008年4月

2008年4月30日 16:23

聖火リレーと中華ナショナリズム

(08年4月30日筆)

北京五輪・聖火リレーの沿道に中国の国旗である「五星紅旗」が林立し始めたのは、たしかマレーシアのクアラルンプールからだったと思います。同じ頃、中国国内では、パリでの聖火リレー妨害事件とサルコジ大統領の反中発言に抗議して、フランスの流通業者「カルフール」の店舗を「五星紅旗」が取り囲みました。

ことの始まりは、北京五輪の聖火リレーが妨害されたことにあります。中国によるチベット人への人権抑圧を世界に訴えるための抗議活動でした。彼らは、「フリー・チベット(チベットに自由を)」をスローガンにしています。これに対して「五星紅旗」を振って聖火リレーに伴走していた中国人留学生や「カルフール」を取り囲んだ中国国内の学生たちは、「ワン・チャイナ(中国はひとつ)」「チベットの独立反対」、そして「がんばれ中国、がんばれ北京五輪」と叫んでいたようです。

私は、中国の学生や若者が、人権抑圧反対や民主主義実現を叫んで立ち上がった天安門事件当時と「五星紅旗」を振った今回とで大きく異なっていることに愕然としました。時代が違うとはいえ同じ学生です。その学生たちが、少数民族の人権保護を謳う「フリー・チベット」より、人権問題を棚に挙げひたすら北京五輪の成功を祈る「ワン・チャイナ」のスローガンのほうを選択したのですから。

中国よりはるかに人権擁護や民主主義、報道の自由が確保されている先進国に留学している若者までもが、「ワン・チャイナ」「チベット独立反対」を叫んで、北京五輪を守ろうとしたのです。私は、北京五輪が、いかに強く中国人の自尊心や名誉心、アヘン戦争以来の欧米支配を見返す臥薪嘗胆の心に結びついているか、思い知らされました。「中華ナショナリズム」が、若者にも深く浸透しているのです。

北京五輪は、温家宝首相の言葉を借りれば「中国民族のすべての子孫が待ち望むイベント」のようです。その歴史的イベントが開かれる直前になって、チベット分離独立主義者、それを応援する欧米人が、意図的に人権問題を取り上げて聖火リレーを妨害し、北京五輪を貶める。それが我慢ならないというのが「五星紅旗」を振った若者たちの感情でしょう。

中国では、大きな民族でいえばチベット族、モンゴル族、ウイグル族、満州族、朝鮮族、その他40を数える少数民族が、多少なりとも人権抑圧問題を抱えながら中国共産党の一党支配下で暮らしています。温家宝首相は、「中国民族のすべての子孫」という表現を使い「少数民族も中国民族の子孫だ」といいたいのでしょう。その結果、東は高砂族(台湾)から西はチベット族(中国チベット自治区)まで「ワン・チャイナ」である、中国共産党の支配下にとどめおくといっているのです。

しかし、中国はいまや、共産党の一党独裁によって多民族を束縛している最後の社会主義大国になりました。社会主義の崩壊を機に、ソビエト連邦、チェコスロバキア、ユーゴスラビア、ルーマニアなどの旧東欧諸国は、「多民族束縛国家」を放棄せざるを得なくなっています。社会主義という束縛の大義名分が失われ、民族が独立したからです。

中国においても、地方間、民族間、階層間の「貧富の格差」が大きくなり、社会主義の大義がどんどん色あせてきています。それにつれ社会主義というイデオロギーによる「多民族束縛」の力が衰えてきました。それに代わって中国共産党が「多民族束縛」をつづける手段として持ち出したのが、中国民族という「大括り」の中華ナショナリズムです。その結節点が、北京五輪であり上海万博である、といってよいでしょう。

しかし、中国共産党は、北京五輪が終わり、上海万博が終われば、中国民族という形の「大括り」の中華ナショナリズムの旗を振ることができなくなります。「中国民族とは、漢民族とその周辺民族に過ぎない」、「チベット族、ウイグル族・・・・は、中国民族には属さない独立の民族単位である」という「小括り」のナショナリズムの考え方が、中国に定着するかもしれません。

そして、経済の分権化(市場経済)のさらなる浸透が、一党独裁の崩壊、多党化など政治の分権化をもたらすことは疑いないところです。その先には、少数民族や地域の独立、中国連邦化という流れがあり、中国共産党はいずれ「多民族束縛」を継続できなくなるといってよいでしょう。

聖火リレーで台頭した留学生たちの「中華ナショナリズム」は最後のあだ花になるかもしれません。

2008年4月23日 11:26

「半分は田舎暮らし」考

(08年4月23日筆)
 
先週の土曜日、4月19日は、小生の63回目の誕生日でした。私のような年寄りの誕生日は「死への一里塚」ですから、めでたくも嬉しくもありません。家内を除く世の中に、「こびることなく、へつらうことなく」、いつもの一日、いつもの一週間をたんたんと頑固に過ごしていくだけです。

ウィークデーの朝は6時に起きて、まず朝日新聞と日経新聞、株式新聞の三紙に眼を通します。ナベツネが支配している読売新聞はとりませんし、読みません。6時半には、テレビ東京の「モーサテ」か、NHKの「おはよう日本」を見て、NYの終値と円ドルレート、欧米の重要な経済ニュースを確認します。

ついでに申し上げますが、民放テレビの朝、昼のニュース・バラエティー番組については、予断と偏見、無知と傲慢に満ちたタレント司会者・素人コメンテーターを見るに絶えず、避けて通ります。視聴者の庶民感情にこび、誰でも言える「小さな正義」を振りかざし、これを押し付ける司会者、コメンテーターが、小生には我慢ならない、余計な存在だからです。

夕方、夜のニュース番組は民放でもよく見ますが、小生、今は、完全にNHK党です。NHKの、地上2波、衛星第一、第二放送、デジタル放送、合せて5波を見るだけで、日本と世界の最新情報が手に入ります。NHKが報じるニュースとドキュメンタリー、時事解説などの番組は、へんな予断を排除しているので大いに満足しています。若い頃は視聴料不払いを自慢していたのですが、NHKには過去の不払い分をお支払いしたいぐらいです。

午前9時からは東京証券取引所が開きますので、6時半に確認したNYの終値や円ドルレートと重ね合わせながら、東証の寄り付きの動きを見極めます。寄り付きで急騰した時など、その後、刻々変わる株価をパソコン画面で追い駆けたくなります。しかし、画面を睨みつづけていると眼が疲れます。デイトレーダーではありませんので、前引け、後場寄り、大引けという節目の時間に株価を確認するだけで十分です。

株価は、森羅万象の集約です。株価に聞けば、経済が聞こえてきます。株価を確認しながら、朝食、昼食をはさんで午後3時ごろまでは、原稿を書いたり、講義・講演レジュメをつくったりします。それにしても、会社勤めの記者だった頃に比べ、時間が案外あります。締切りに追われる感じもありません。無所属の義務なき記者だからなのでしょうか。

株式市場が閉まっている土曜、日曜日は、原稿書きやデータ調べがまとめてできます。読書も心置きなくできます。気持ちが緩んでいるのか、すぐ眠くなりますが、それも幸せなことです。居眠りに増して幸せなこともあります。パソコンや書物・データに飽きたら(飽きなくても)、庭に出て、家内と一緒に、土起こしに水遣り、タネ植えに苗植え、虫取りに草取り、花摘みに枝切りが待っています。

この時期、季節は絶好です。花咲き、花散り、新緑萌える。私の大好きな季節です。晴れた日は、ウィークデーも土、日もありません。調べものなどほっといて、気がついたら庭の草取りに夢中になっています。そのうち、あっちの植木をこっちに移す。飽きた草木、繁茂しすぎた草花を思い切って間引きする。などなどして、狭い庭の模様替えを始めだし、鍬やスコップを振り回しているうちに、日が暮れていきます。

誕生日のことなどころりと忘れ、今日は「庭いじりの土曜日」なのですが、実は小生、今回の63歳の誕生日には「密かな感懐」があったのです。そのひとつは、この誕生日を境に老齢基礎年金が出ることです。企業年金は一時金で受け取り10坪ほど庭の買い足しに使ってしまいましたので、基礎年金が待ち遠しかったのです。これで厚生年金のほうは、報酬比例部分とあわせて満額いただくことになります。ほっと、一(ひと)安心です。

もうひとつの感懐は、4月15日に、例の「ポスドク」の次男坊が30歳にして初めての給料をいただいたことです。大学に在学10年、親の責任は必要以上に果たしました。もう、仕送りの必要がありません。これから次男坊に何が起ころうと知ったことではありません。ほっと、二(ふた)安心です

この後、昔なら「晴耕雨読」の老後とでも言うのでしょうか。あくまで自己満足の世界ですが「半分は評論家、半分は田舎暮らし」の生活が後顧の憂いなくできるのです。子孫に美田を残さず、「我ら夫婦」、すくない貯金ですがすべて死ぬまでに使い尽くす気概で、残りの人生を過ごすのです。

と思っていたら、「我ら夫婦」の片方、つまり小生の家内のことですが、その家内が「半分は評論家、半分は田舎暮らしなどと、ほざいてくれるわねぇ。そのあなたのわがままは、炊事、洗濯をする私あってのこと。たまには掃除、皿洗いぐらいはしたらどうなの」と言いたげな顔をしてパソコンのこの原稿を覗き込んでいます。くわばら、くわばら。

2008年4月16日 09:01

ドル安に効き目なかったG7

(08年4月16日筆)

4月11日、注目されたワシントンでのG7財務相・中央銀行総裁会議が閉幕しました。その声明文の中に、「前回の会合以降、主要通貨において時として急激な変動があり、これらが経済や金融の安定へ与える影響について懸念している」(日経新聞08年4月12日夕刊)という表現が盛り込まれました。

この文章の「主要通貨」とは、ドルやユーロ、円のことを指しますが、ドルもユーロも円も、このところ「時として急激な変動」を見せています。しかし、この急激なユーロ高、円高の原因が、急激なドルの全面安にあることは衆目の一致するところです。ですから、声明文は、「急激なドルの全面安が、経済や金融の安定へ与える影響について懸念している」と読み替えることができます。

G7が「ドル全面安の懸念」に言及したのはサブプライムローン問題が深刻化して初めてのことです。

G7の通貨政策トップたちは、この声明によって、ドルの全面安を牽制する、あるいは「強いドル」へトークアップ(口先介入)したことになります。しかし、市場はドル高へは向かわず、当日のNY株価は急落しました。今回のG7の声明文は、為替市場のプレーヤーたちを「これからはドル高だ」と十分納得させるだけの迫力に欠けていたからです。

市場は、ワシントンG7に対して、ドルが下げ止まるあるいは反転して高くなるための具体的な政策を求めていたのです。そのひとつは、公的資金の投入による金融不安の早期沈静化ですが、これへの言及はありませんでした。アメリカは大統領選挙を控え、民間金融機関の自己責任分野に税金を用いることを躊躇したのでしょうか。

もうひとつは、政策金利の協調利下げや為替への協調介入など政策協調でした。声明は、これについても触れていません。政策協調に対する失望も、市場にはありました。

アメリカFRBは、サブプライムローン焦げ付き問題が表面化した昨年8月以降、政策金利を計3%引き下げ2.25%としました。しかし、EU中央銀行は、協調利下げはせず政策金利を4%のまま据え置いてきました。その結果、アメリカの政策金利とEUの政策金利が一気に逆転、ユーロ圏の金利のほうが高くなり、資金がドルからユーロへ大きくシフトし、ドル安・ユーロ高騰をもたらしています。

 

米欧金利差を原因とする、さらなるドル安・ユーロ高を防ぐには、EUが政策金利を引き下げ、金利差を縮めなければなりません。トルシェEU中銀総裁は、インフレ抑制を優先して政策金利を引き下げられないのです。ユーロ圏の消費者物価上昇率が3.50%と高い水準をつづけているからです。

次の為替への協調介入ですが、これは本来、声明文に明示するような性質の政策ではありません。協調介入は、予測されない状態で突然実行されることによって市場を驚かせ、効果を上げるものだからです。しかし、1日3兆ドルも動かす為替プレーヤーがあわててドルを買い戻すような効果的な「ドル買い協調介入=ドル反転高」を引き起こす環境はまだ整っていないと、市場は読んでいるのではないでしょうか。

アメリカは、これまで官民挙げて過剰消費でした。その野放図な過剰消費が過剰輸入につながり、巨額の貿易赤字に生み出しました。その結果、大量のドルが世界に散布されました。それがドル安をもたらさなかったのは、散布されたドルが高金利のアメリカに還流してきたからです。海外のドルがアメリカへ還流していたのは、第一にドル(アメリカ)で運用すれば高利回りが期待される、第二にドル資産を保有していても減価しないからだったと思います。

しかし、サブプライムローン関連損失の拡大によって、NY株価は大幅に下落し、政策金利も大きく引き下げられました。アメリカでの運用利回りは大きく低下したわけで、第一の条件は失われました。さらにドル安への急転換がドル資産の減価を加速し、第二の条件も失われました。ドル資産の減価を回避するための「ドル売りの悪循環」に陥る危険も指摘されています。

市場はどうやら、「住宅バブルの崩壊によってドル還流のメカニズムが崩れ、それがドル全面安をもたらし、その修復がいまだ図られていない」と判断しているようです。ドルが還流するメカニズムが壊れてしまえば、市場の眼が、アメリカの貿易収支、経常収支の大赤字に注がれるのは必然です。その大赤字の原因である官民挙げての過剰消費体質が、「いつ、いかなる形でどの程度」修正されるか、それを市場は固唾を飲んで見守っているといえるでしょう。

2008年4月10日 10:57

橋下大阪府知事の法外な講演料

(08年4月9日筆)

大阪府知事になったタレント、いや弁護士の橋下徹さんはたしか早稲田大学の出身だったと思います。その橋下さんですが、就任前の講演料が150万円だったそうです。知事就任後、この講演料を政治資金に使っていいかと、公に尋ねたことから150万円という高額の講演料が明らかになりました。

早稲田であれどこであれ、大学卒の新入社員の初任給が月20万~22万円ですから、新人の年収は250万円前後です。就業者のいまや3分の1を占める非正規雇用労働者の年収は200万~300万円だそうです。大学を出たばかりの新卒や、運悪く非正規労働者に落ち込んだ人が1年フルに働いて手にする収入を、橋本さんは1、2回の、合わせれば3時間に満たない講演で稼いでいたのです。

知事になっても150万円の講演料をいただけるのでしょうか。もしいただけるのであれば、橋下府知事の講演料は、1時間半で150万円、時給にすれば100万円になりますが、彼の講演にそんな価値があるのでしょうか。

講演でかりに大阪府の役人たちのだらしなさや無駄遣いを暴き、府財政の建て直しを訴えているのなら、選挙演説と同じですから講演料は無料のはずです。講演の情報源が大阪府という公の組織であるなら、いただいた講演料は大阪府に返すのが筋です。

細川内閣の首相補佐を務めた新党さきがけの田中秀征さんは、選挙民から木戸銭をいただいて政治の話しをすることができた稀な政治家でした。多くの政治家は、金をばら撒いて選挙民に演説会場に来てもらっているのです。政治家の講演など義理でもなければ誰も聞きたくないのです。橋下知事も同じです。

もし、テレビ番組「行列のできる法律相談所」の出演タレントとしての講演でしたら、「府知事」の肩書きを外すべきです。そうすれば、演歌歌手と同じです。最近はコンサートというのだそうですが彼らの日建て地方公演代を時給に直せば橋本さんの講演料に匹敵するでしょう。しかし、歌も歌えない、劇もできない、単なる「子沢山の弁護士」の話しなど木戸銭を払ってまで聞きに来る人はいません。

いま講演人気があるのは、テレビ常連出演の現役政治家、塩爺や片山虎之助などの元議員、三重県やら宮城県の元改革派知事らだそうです。しかし、聴衆は、木戸銭を払って彼らの講演を聞きに来ているのでしょうか。彼らに法外な講演料を払っているのは、聴衆ではなく、講演を宣伝に使う主催者だろうと推測されます。

話しは変わりますが、知事や政治家になるための、最近流行りの近道を教えます。政治家になる近道は、「地盤・看板・金脈」というのがこれまでの常識でした。これらを親から受け継いだ二世、三世の世襲議員が、福田康夫、小沢一郎の与野党党首を筆頭に、いまや日本の政界を広く覆っています。この従前の政治家製造ルートを打ち破る新しい別ルートができたのです。

それは、早稲田大学出身・TVタレントコースです。早稲田大学を出て弁護士などの専門家になり、さらに芸能プロダクションに属してテレビタレントになり、知名度を上げて選挙に出るというルートです。早稲田大学は、石橋湛山だけではなく、こういう政治家志望者をも飲み込む懐の深い大学だともいえます。

東京都知事になったテレビ構成作家・青島幸男さんがその大先輩です。「そのまんま東」こと東国春宮崎県知事もタレント活動の後、早稲田大学に社会人入学して卒業していますから、早稲田で箔をつけて選挙に勝ちました。このコースは、地盤なし看板なし金脈なしの政治家志望者に残された貴重なコースだといえます。

ただし、キーワードは、「テレビに出ている」ことです。それも芸能プロダクションに属することが大切です。ごく普通の弁護士や役人、学者、アナリスト、コンサルタント、評論家など専門家のテレビ出演料は、早稲田出身でも微々たるものです。しかしこれらの専門家がいったん芸能プロに属し、テレビに出演すると出演料は10倍にも20倍にも跳ね上がります。つまり、専門家が恥をしのんで、漫才師や落語家と同じような道化師になれれば、出演料は一気に跳ね上がるのです。

私の存じ上げている経営コンサルタントや弁護士、ジャーナリストのなかにも芸能プロに属して「道化師風専門家」を演じている人が少なくありません。彼らも政治家を目指しているのでしょうか。知事にならなくとも、「テレビにでている」有名専門家として、時には時給100万円を越す講演料をもらいたいのでしょうか。

出版の大不況下、初版1万部、定価1500円といえばいまや大部数に属する書籍です。その著者印税は、10%、150万円にしかなりません。半年、一年心血を注いで書いた本の印税収入が、1時間半の講演料と同じなのです。専門家たちがテレビ出演の魔力に取り付かれるのも仕方はないと思います。

しかし何かへんです。自ら持つ専門家としての力量はテレビ出演前と出演後に代わりはないのに、出演料も講演料も10倍以上になるのです。あわよくば講演料が150万円にもなる知事にもなれるのです。しかし、テレビ出演で「人寄せパンダの資格」を得たにすぎない政治家の講演が、新卒や非正規雇用の労働者の一年分の賃金に匹敵するほどの価値があるなど、そんなことを信じている人は誰もいません。

政治家は、自らの講演にそれほどの価値があるのか、自問自答してください。

2008年4月 2日 09:03

高橋洋一著『さらば財務省!』を読んで

(08年4月2日筆)

朝日新聞と日経新聞の4月1日付け朝刊が、財務省に絡む退官人事を報じています。それぞれ取り上げた人物は違いますが、今の時期、きわめて興味深い「退官記事」になっています。

朝日新聞は、「構造改革支えた高橋参事官退官」と題して、内閣官房参事官の高橋洋一氏が財務省を退官して東洋大学教授になると報じました。日経新聞は、前財務官の渡辺博史国際金融情報センター顧問が、センター顧問を兼務しながら一橋大学大学院研究科教授に就任すると顔写真入りの囲み記事で報じました。

日経が報じた渡辺博史氏は、日銀総裁の人事に絡んで名前が上がった人物です。黒田東彦アジア開銀総裁(元財務官)と並び、民主党が日銀総裁として許容するとされる財務省出身者の一人です。ただ、「日銀総裁には若すぎる」という理由で財務省内部からは推挙されなかったといわれています。

「若すぎる」という言葉は、退職高官の世界では非常に大切なキーワードです。「官僚の中の官僚」といわれる財務省(旧大蔵省)では、キャリア官僚は入省年次による厳密な「年次絶対主義」が貫かれ、退官後もそれが続きます。退職高官の天下り先は、事務次官経験の大物OBが現役の大臣官房秘書課長と連絡を取りながら決めているというのです。

このような「年次絶対主義」の赤裸々な実態は、朝日新聞が報じたもう一人の財務省退官者・高橋洋一氏の最新著書『さらば財務省! 官僚すべてを敵に回した男の告白』(講談社刊)に詳しい。この著書を読めば、渡辺氏が「日銀総裁になるには若すぎる」という意味がよく分かります。

財務省においては為替政策や国際金融を担当する財務官は、キャリアの中の専門職のトップ扱いです。しかし、「年次絶対主義」の現役トップである事務次官に比べ、その扱いはランクがずいぶん下がります。渡辺氏は、その財務官OBの中でも退官したばかりの若造です。「大先輩の事務次官経験者を差し置き、財務官上がりの若造が日銀総裁になるなど、まかりならん」というのが財務省権力者の本心でしょう。

これで皆さんも、福田康夫総理が、武藤敏郎日銀副総裁(元財務省事務次官)の総裁昇格が頓挫した後、さらに武藤氏より前の事務次官経験者である田波耕治氏(国際協力銀行総裁)を引っ張り出してきた理由がお分かりでしょう。かつての東京証券取引所の理事長職と日本銀行の総裁職は、現役から先輩につながる財務省「年次絶対主義」という秩序体系の頂点に立つ最重要の天下り職なのです。総理といえども、この官僚の秩序体系に逆らえなかったのです。

東洋大学教授になった『さらば財務省!』の著者・高橋洋一氏は、そんな古巣に愛想を尽かし、大臣官房秘書課長の天下り斡旋など蹴飛ばして、自らの意思で私立大学の教授ポストに就いたに違いありません。この高橋氏は、知る人ぞ知る、竹中平蔵大臣の知恵袋、小泉改革(それにつづく安倍改革)を推し進めるのに欠くことのできない「コンテンツ・クリエーター」でした。朝日新聞は、官僚組織に背いたという意味で「かれは異能官僚だった」と評したのかもしれませんが、私には彼こそ財務官僚の中の「最有能官僚だった」と思えます。

高橋氏は、東大の物理学部数学科卒です。旧大蔵省では「変人枠」といって、2年に一人ぐらい話題づくりのために変わった経歴の人間を採るそうですが、高橋氏はその一人だったと述懐しています。数字に弱い、パソコンに弱い、論理的思考に乏しい法学部卒の主流派財務官僚に比べると、高橋氏は論理的で計算に明るく、システムエンジニア(SE)のスキルも身につけた官僚でした。

『さらば財務省!』には、彼が、プロフェッショナルな官僚として関わり実施した郵便貯金の将来予測や道路公団の資産査定、金融機関のALM(資産負債総合管理)システム、特別会計の埋蔵金発掘など、マスコミの話題になった重要事例がふんだんに紹介されています。これらは、その後の小泉-竹中内閣の郵政民営化、道路公団民営化、政策金融改革、安倍内閣の公務員制度改革、独立法人改革につながりました。彼が設計した「コンテンツ」(改革案)は、6年半の改革政治を支えたといって過言ではありません。

これらの改革案は、いずれも現役官僚およびOBの既得権益に直接切り込むものになりました。ですから、高橋洋一さんが、身内である先輩、同僚の官僚たちから、疎まれ、嫌われ、潰されかけるなどということは避けられない災難でした。しかし彼は、潰されかけても耐え、ひとり財務省を離れ、財務省の省益を超えて竹中平蔵氏とともに官僚組織と戦ったのです。合理的な国家設計に腐心してきたのです。

私は、他の官僚諸君がこの本を読んでどのような感想を持ったかを知りたい思いに駆られます。多分、彼らにはこの本を、官僚組織の利益も秩序も踏みにじった裏切り者の自己弁護、組織から追放された人物の恨み節としか読めないのだろうと思います。そして多分、「高橋はコンナ悪いこともやっていた」とありもしないスキャンダルを流すに違いありません。自らの保身のために。

しかし、財務省は、もっとも鋭い官僚と官僚制度の批判者を野に放ったことになります。ついでですが、野口悠紀雄(早稲田大学大学院教授)先生の最近著『戦後日本経済史』(新潮選書)も併読されることをお勧めします。

野口さんは、「週刊新潮」の連載コラムをまとめたこの本の中で、戦時体制と戦前の官僚組織がいまなお生き残り、それが日本の桎梏になっているありさまを書いています。しかも、戦後史と官僚史を紐解き、それを自分史と重ねて分かりやすく書き綴っておられます。私にも、野口さんは懐かしい著者です。この本は、ベストセラーになった野口さんの代表作のひとつ『1940年体制』(東洋経済新報社刊)が下敷きになっていますが、『1940年体制』は小生と野口さんとの談話から生まれた著書です。

野口さんは、東京大学工学部卒業ですから、旧大蔵省の「変人枠」で採用された、高橋さんの先輩になります。論理的で精緻、人柄も抜群によい野口さんなのですが、なぜか財務省(旧大蔵省)には愛されていないと聞きます。高橋さんと同じく、自らの組織の代弁者にならなかったからでしょうか。「変人枠」のお二人の著書を読んで、日本のガバナビリティーの腐敗と衰弱を知っていただきたいと思います。


プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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