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大西良雄ニュースの背後を読む

2006年9月

2006年9月29日 16:27

仮の官邸主導から本物の官邸主導へ

         (06年9月28日筆)

            
小泉純一郎前首相は、「改革なくして成長なし」をスローガンに、強力な構造改革路線を走ってきました。安倍晋三新首相は、「小泉前首相の構造改革路線を受け継ぎ、これをさらに加速し、補強する」といっています。新首相の経済政策をめぐるスローガンは、「成長なくして財政再建なし」ですが、これにも基本的には賛成です。

政策決定プロセスが重要だ
正しい政策を実現するにあたって、総理がスローガン(総論)をはっきり打ち出すことがまず大事です。官僚と族議員が裏で結びついて利益誘導型の政策が蔓延していた日本では、それだけではまったく不十分です。首相のリーダーシップを背景に、その具体的な政策を「誰が」立案し、どのような「政策決定プロセス」を経て決められるか、がきわめて重要なのです。

小泉前首相は、官僚と族議員主導の不透明な「政策決定」に鋭いメスをくわえ、利益誘導型の政治から脱却しようとしました。まず、「誰が」という点では、官僚や族議員を排し、すぐれた民間人を政策立案に投入しました。構造改革路線を二人三脚で推進した竹中平蔵氏(慶応大学教授)、総理の知恵袋としてひそかに働いた田中直毅氏(経済評論家、21世紀研究所理事長)の二人は、小泉氏の政策実現にまず欠かせない人材でした。

小泉政策の基本政策を決めていった「経済財政諮問会議」には、財界からトヨタ会長の奥田碩日本経団連会長、ウシオ電機会長の牛尾治朗経済同友会元会長、学会からは本間正明氏(大阪大学大学院教授)、吉川洋氏(東京大学大学院教授)の4民間議員が、きわめて重要な働きをしました。オリックス会長の宮内義彦氏が、構造改革のもうひとつの柱である規制改革に果たした役割にも大きなものがありました。

これらの民間人について、抵抗勢力からの毀誉褒貶が渦巻き、個人攻撃もなされていることは十分承知しています。これに悪乗りしたジャーナリズムが「民間人」叩きに転じたこともありました。彼らの歴史的評価は、遂行された政策の効果によって下されるのであって、その人間性に下されるものではありません。ここを間違うジャーナリストが多いので、念のため付け加えておきます。銀行に対して不良債権の処理を強力に促し、経済の不安を取り除いた竹中平蔵氏は、日本経済を平成恐慌から救った人物として経済史に残ると思います。


「経済財政諮問会議の戦い」
小泉前首相は、「政策決定プロセス」にも革新をもたらしました。それが「経済財政諮問会議」の活用です。今回、安倍新内閣に抜擢された唯一の民間人出身閣僚である大田弘子氏(政策研究大学院教授)は、制作統括官として「経済諮問会議」の民間議員4名が連名で会議に提出したレポートの下書きを担当した人です。その大田氏が、「諮問会議」に参画した3年半の経験を書き綴ったのが『経済財政諮問会議の戦い』(東洋経済新報社刊)です。

大田氏は、同書で、小泉首相は民間議員が主導する「諮問会議」を活用することによって、政策決定を「官僚主導」「政治主導」から「官邸主導」に切り替えたと指摘しています。
「官僚主導と政治主導は対立するもののように言われるが、実際には、官僚と族議員が一体となって、(これまで)多くの政策決定がなされてきた。官邸主導はこの体制を変えることを意味する。官邸主導がと相対立するものは、官僚主導であり族議員主導なのだと思う。この両者が一体となって守ってきた既得権を崩す仕掛けとして、諮問会議が活用され、そこで民間議員という両者に属さない存在が有効に機能したといえる」(278ページ)。

小泉「諮問会議」以前の政策決定は、各省庁の官僚が、与党議員(建設・道路、農水、厚生など族議員の実力者)に自ら立案した政策案件を持ち込み、密室での根回しによって修正し、国会での法案成立を図るというスタイルでした。族議員は、業界や地域の利益(既得権)を代弁することで票と政治資金を懐にし、官僚は族議員に恩を売ることで天下り先を確保するという、例の利権民主主義の構図です。これをぶち壊したのが、小泉総理、「諮問会議」と民間議員だったと大田氏はいっているのです。

本物の「官邸主導」が始まる?
そこで安倍新首相です。彼は構造改革を加速する、つまり利権民主主義と戦いつづけると宣言しています。しかし、それが本物かどうかは、その戦いを誰が実践するのか、どのようなプロセスを用いて政策決定を実現するのか、を見なければ分かりません。

それを占うのは、安倍総理の人事です。新閣僚人事については、安倍総理誕生の論功行賞が過ぎて見るものは余りありません。わずかに、族議員が力を持つ津島派(旧経世会)を冷遇し、「経済財政諮問会議」の担当大臣だったのに民間議員を重視せず与党のほうを見ていたといわれる与謝野馨氏が登用されなかったのは、既得権益と戦う安倍氏の意思表示ともいえるかもしれません。

ただ、内閣の要の官房長官に日銀出身で構造改革派と目される気鋭の塩崎恭久氏を用い、経済財政担当相に前述の大田弘子氏を登用したことは「経済財政諮問会議」にも引き続き一定の役割を果たしてもらうといっているようにも思えます。ただ、奥田氏、牛尾氏、本間氏、吉川氏、それに竹中平蔵氏、宮内義彦氏という民間の侍たちは、ほとんどすべて辞任します。代わりの「侍民間人」がいるのか、不安になるところです。
安倍氏は、「経済財政諮問会議」とは政策立案の新たな仕組みを導入しました。それは、首相周辺に政策立案機能を持った5人の首相補佐官を置き、これを補佐する出身官庁の利害を断ち切った若手官僚を「官邸特命室チーム」として新たに置いたことです。彼ら5人の首相補佐官は、官房長官、3人の官房副長官と同じく、官邸に常駐し、首相のブレーンとして政策形成を担うことになります。

これには、竹中氏と田中氏、そして「経済財政諮問会議」を活用した小泉式「官邸主導」(実は首相主導)から一歩進め、首相官邸のメンバーが一丸となって政策形成し、与党との調整を図る本物の「官邸主導」へ移行する新首相の意思が込められているように思えます。

この安倍式「官邸主導」が、構造改革を貫くエンジンになるのか、もう少し様子を見て見たいと思います。

 

<今週号の週間東洋経済>

 

2006年9月21日 16:24

中国に「草の根援助」を続けよう

              (06年9月21日筆)

安倍晋三氏が、予定どおり自民党総裁に選ばれました。安倍新総理は、小泉前総理の「改革なくして成長なし」というスローガンの後を継ぎ「成長なくして財政再建なし」をキャッチフレーズにしています。小泉時代に本格的に踏み出した「官から民へ」、「大きな政府から小さな政府へ」という構造改革の路線が後退しないこと祈りたい気持ちです。
構造改革の路線については、市場主義への批判、格差社会論議とからめてこれからも随時、触れていきます。今回は、「靖国参拝問題」の最後として今後の日中(韓)関係のありようについて触れたいと思います。

中曽根氏が靖国参拝を止めた理由
靖国神社を戦後初めて公式参拝したのは中曽根康弘総理ですが、中国からの猛反発を受け、翌年から一度も参拝しませんでした。その理由について、先日の10チャンネル「サンデープロジェクト」で中曽根氏は「日本の国益のために参拝を止めた」と語っていました。「日本の国益」とはなにかその具体的な中身について中曽根氏は触れませんでしたが、日中友好関係の維持こそ「日本の国益」にかなうという考え方であれば、私は大いに賛成です。

これまでも参考文献に取り挙げてきました杉本信行著『大地の咆哮』(つい先ごろ山本七平賞(PHP研究所)の特別賞を受賞しました。うれしいことです)によれば、日中友好ムードが最高に高まったのは、1978年の日中平和条約締結の後、胡耀邦総書記(後に国家主席)が訪日した83年以降だったようです。

胡耀邦は非常に親日的な指導者でした。彼は一週間に数度、当時の駐在日本大使と合う機会を持っただけでなく、日本大使館が招待すると気軽に大使館を訪ねてくれる。招待の返礼に日本大使館員全員を自分の執務室に招きいれて豪華な食事を振舞ったといいます。
これだけでも前代未聞なのですが、胡耀邦総書記は、小説『大地の子』を書いた山崎豊子さんには特別に、外国人にはあまり見せなかった中国の田舎の取材を許可したのです。「作品中、中国の田舎の様子がきわめてリアルなのは、胡耀邦が山崎の取材を特別に許可したから」で、「あまりリアルすぎて、『大地の子』は中国では発禁本となり、テレビドラマも放映禁止になった」と『大地の咆哮』(91ページ)は書いています。

その最高の親日派だった胡耀邦と親密な関係ににあったのが中曽根氏でしたが、その中曽根総理が85年に靖国を公式参拝すると表明します。その結果、ほかならぬ親日派の胡耀邦国家主席が窮地に追い込まれるのです。中国指導部の中の権力闘争に巻き込まれた胡耀邦は、結局、「中国の内政上、日本と親しくなりすぎたことがマイナス評価」(同書93ページ)になり、失脚する原因の一つになったといわれています。

中曽根氏は、自らの靖国公式参拝が、結果的に友人であり親日派(しかも民主派)の胡耀邦氏を裏切り、追い詰めることになったことに気がついたのでしょう。最高の親日家を裏切り窮地に追い詰めることは、「日本の国益」にならないと中曽根氏は考えて、靖国参拝を止めたのではないでしょうか。

親日家・胡耀邦にきわめて近い胡錦涛
胡耀邦が失脚した後、案の定、反日色の強い江沢民がリーダーになり、日中の外交関係は冷え込んでしまいます。しかしその後、反日の江沢民から胡錦涛に国家主席が移行しました。現在の国家主席・胡錦涛は親日派だった胡耀邦ときわめて近い関係にあったと『大地の咆哮』は書いています。

胡錦涛は、胡耀邦の息子と党学校で同窓生だったことから、胡耀邦と昔から親しい関係にありました。『大地の咆哮』は、胡錦涛を甘粛省の田舎から中央へ引き上げたのは総書記時代の胡耀邦だったとも書いています。

その胡錦涛が、水面下で江沢民派と権力抗争していることはよく知られていることです。潜在的には親日派であるとみられる胡錦涛主席が小泉総理の靖国参拝に反対しつづける理由は、反日派に攻撃の口実を与え、「胡耀邦がはまった陥穽」(同書95ページ)を非常に怖がっているというのです。胡錦涛には、靖国参拝した中曽根総理に対して手ぬるいことを口実に共産党幹部らに失脚させられた胡耀邦の姿が、目に焼き付いているのでしょう。

安倍新総理は、「靖国参拝」で胡錦涛チームを追い詰めてはいけないのです。「靖国参拝」しなくても、日本国内で安倍総理が窮地に陥ることはありませんから。

「共存共栄」で日本の国益を守る
中国ではいま、改革開放による高度成長の影で、中国共産党が依拠した農村・農民が疲弊し、共産党員の地方官僚が堕落腐敗して、共産党が統治することの正統性が揺らぎはじめているようです。江沢民派など守旧派が、「靖国問題」で反日をあおるのは、共産党による統治の正統性に疑問をもち始めた国民からの批判をそらすためとも言われています。

中国国内の矛盾は、中国人自身の手で解決すべきだと思いますが、日本人が手助けできることもあります。
ひとつは、反日などに目をそらさせる口実を中国共産党の守旧派に与えない、つまり総理は靖国参拝を止め、隠れ親日派(民主派)の胡錦涛主席をまもることです。
そのうえで、胡錦涛主席らが困っている農村問題、格差問題、水問題、教育問題などの解決に日本の政府開発援助(ODA)を使ってもらうことです。(『大地の咆哮』の故・杉本上海・元総領事は、中国へのこうした中国国民に直接感謝される「草の根援助」が大切であることを力説しています)。

中国の高度成長が、日本などからのODAや民間企業による直接投資によって起きていることは前述しました。その高度成長の成果が中国の農民や都市の貧困層にも波及し、国内矛盾が解決できるような日本の政府開発援助ができれれば、中国はより民主的で繁栄した国家になるに違いありません。

そうなれば、中国は日本の優秀な製品を引きつづき買ってくれるでしょう。そしてこうした中国向け、ひいてはアメリカ、アジア向けの輸出が、少子高齢化を迎え成長力に多いに不安がある日本の繁栄の牽引力になるはずです。

中国だけでなく、近隣のアジアとの共存共栄の経済関係を築くことは、日本人がこれからも豊かで平和に暮らしていけることにつながります。これこそ「日本の国益」です。本当は「靖国参拝」など戦後世代にはほとんど関心がないといっていいでしょう。そんなものにこだわりアジア諸国との「共存共栄の基礎」を失うことこそ、「国益」を損ずることです。

2006年9月15日 13:53

安倍晋三次期総理の歴史認識

(06年9月14日筆)


 「昭和の妖怪」の孫
次期総理が確実視される安倍晋三氏の外祖父は、石橋湛山が病に倒れた後、政権を禅譲した岸信介氏です。彼は、戦前、国家社会主義を奉じた革新官僚(議会政治を否定し軍部に道を開いた)のホープといわれました。商工省から満州国に派遣され、国務院産業部次長として裏から(表は満州人の大臣)満州国を実質的に経営する役目を演じた人物です。

岸信介は、満州国統治に携わっていた当時、関東軍の参謀長だった東条英機と親交を結び、後に東条内閣の商工大臣(後に軍需次官)になり戦争に必要な物資の調達を行うことになります。日米戦争をはじめた東条内閣の有力閣僚だったことから、東京裁判ではA級戦犯容疑に問われ巣鴨プリズンの収容されました。

東条らはA級戦犯として有罪となり絞首刑に処せられたのですが、岸はその処刑の日に、なぜか不起訴(アメリカの、反共への戦略転換によるものといわれています)ということで釈放されています。その8年後、総理に就任しました。これは、ヒットラーの片棒を担ぐ有力閣僚が戦後首相として再登場するようなもので、ドイツではかんがえられないことです。しかし、戦争責任の所在をあいまいにした日本では岸は総理によみがえり、「昭和の妖怪」といわれました。

侵略とは認めたくない? 安倍晋三
安倍晋三氏の外祖父は、満州国の植民地支配の当事者であっただけでなく、他人の家(中国)に銃剣を付けて土足で上がり込み、「おまえたちは低能だから、俺の言うことを聞けば国はうまくいく」といって中国に侵略の歩を進めた関東軍の協力者でした。その外祖父を否定されたくないためでしょうか。孫の晋三氏には、満州国建国から日中戦争にいたる歴史が「中国に対する日本の侵略であった」と認めることを、どうしても出来ないようです。

しかし、脅しても言うことを聞かなかった中国の人々に対して、日本人が、その土地と食料を奪い、銃で撃ち、剣で刺し、強姦して、大量に殺したのは歴史的事実です。南京大虐殺はなかったとか、虐殺30万人は多すぎるなどと言いつのって、中国人に対する侵略、残虐行為を隠蔽しようとする「醜い日本人」もいます。侵略行為を認めることが、なぜ「自虐史観」なのか、理解に苦しむところです。

飛鳥、奈良以来の長い長い中・韓・日の交流史のなか、中国人も韓国人も、いつも日本人に対しては、尊大だが穏やかな教師でした。ところが彼らよりわずかに先んじて欧米受け入れ近代化した日本人は、日清・日露戦争に勝って、成り上がり、アジアに対して尊大になりました。『坂の上の雲』などで日露戦争までのすばらしい日本人を書いた故・司馬遼太郎も、その後の軍部に代表される非合理的な日本人に嫌悪感をあらわにしています。彼らは、日本に危害を加えることもなかった穏やかの教師、つまり中国や韓国を近代化にちょっと遅れたからといって見下したのです。弟子だった日本人に見下され、蔑視され、侵略され、殺された中国人や韓国人の恨みはたぶん100年経っても消えないでしょう。

対日賠償請求放棄の恩
そんな日本人に対して中国は、1972年の日中国交正常化の際、日中戦争に対する対日賠償請求を放棄してくれました。当時の中国人の中には、日本に多額の賠償請求をすべし、と言う声も少なくありませんでした。請求されれば、日本は再び立ち上がれないほど膨大な金額になったでしょう。しかし、毛沢東主席と周恩来首相は、「先の日本軍による中国侵略は一部の軍国主義者が発動したものであり、大半の日本国民は中国と同じ被害者である」という理屈をつくって中国国民を説得し、将来の日本国民の負担になる賠償請求を放棄してくれたのです。

「この一部の軍国主義者」とは東条英機など「A級戦犯」を指します。中国の指導者には、その「A級戦犯」つまり「侵略の責任者」も神として祀る靖国神社に、日本の総理が参拝したのでは、賠償の放棄を自国民に説得した論拠が失われることになりかねないのです。こうした中国指導部の事情について、安倍晋三氏は、「そんな歴史的経緯は、日中国交回復で交わした文書のどこにも残っていない。日本国民を二つの層に分けることは中国側の理解かもしれないが、日本が理解していることではない」と一蹴しています。

日本国民を戦争指導者と一般国民の二つの層に分けるのを否とするということは、日中戦争による加害責任は日本の戦争指導者にも一般国民にもある、といっているに等しいことになります。そうなると、論理的にいえば放棄された賠償責任が復活することにならないでしょうか。しかし、安倍氏の発言の真意は、そんなところにはないと思われます。もし彼が、「侵略などではなかったのだから、当時の国民にも指導者にも加害責任はない」と考えて、「二つの層に分ける」など中国の理解に過ぎないといっているのであれば、問題はさらに深刻になります。

文書はなくとも、中国の指導者の間では、周恩来以降、戦争責任をA級戦犯に限定する、したがって賠償請求はしないと申し送りされ、日中国交正常化の前提になっています。この間の事情は、上海総領事・杉本信行氏の『大地の咆哮』が詳しいので、是非お読みください。このことに関して、同書には、親日本派の主席だった胡耀邦(失脚)ときわめて親しかった現在の胡錦涛国家主席が置かれた微妙な立場に関する興味深い記述があります。日本が、靖国問題で胡錦涛氏を追い詰めてはいけない、その事情を次回書きます。

2006年9月11日 10:30

抜き差しならぬ日中経済の相互依存


                06年9月7日筆

中国が栄えれば日本も栄える
前回も書きましたが、石橋湛山は、満州など海外領土を拡張することによって日本本土から移民を送り国内の人口過剰問題を解決するというような考え方は間違っていると指摘しました(大正10年湛山筆「大日本主義の幻想」)。
湛山は、コストもかかり代償も大きい領土拡張より、相手の国、たとえば中国に日本から資本や技術、あるいは企業脳力(経営ノウハウ)を持っていき、中国人を雇って事業を起こし中国経済の成長を促すことのほうが日本に大きなメリットをもたらすといいました。海外からの投資によって中国が栄えれば日本からの輸出も増え、日本の景気も良くなり日本人の雇用が増加し、人口過剰問題も解決するという論旨です。
湛山の予言は、四つの島の閉じ込められた戦後、軍備小国、平和外交、貿易・産業立国を貫いた「小日本主義」のもとで見事に的中し、日本は世界第2の経済大国になりました。そればかりか、つい最近のことですが、中国の驚異的な経済成長が、日本をバブル崩壊後の長期不況から脱出させる契機になったのです。これも、湛山の前述の論旨にかなったものだったと思います。

中国発展の基礎になった日本の円借款
今や中国経済は、アメリカ、日本に次ぐ世界第3のGDP(国内総生産)を誇るようになっています。その成長のきっかけは、よく知られていることですが、鄧小平の復活によって行われた1978年の中国共産党第十一期三中全会での自力更生路線から改革・開放路線への大転換でした。
実はこの年、福田赳夫総理のもと、園田直外相と鄧小平副総理の間で日中平和友好条約が結ばれ、日本による対中経済協力が本格的にスタートしました。中国は、日本やアメリカと国交を正常化することによって、西側からの借款や投資によって経済を現代化する路線に転じたのです。日本は、この後、「円借款」という形で中国に対する大規模なODA(政府開発援助)を始めます。
円借款とは、簡単に言えば、日本円による開発資金の貸付です。79年に第1次円借款の資金は、輸出用石炭の積み出しと輸入鉄鉱石の荷揚げに使われる山東省の石臼所港建設とその運搬用鉄道の敷設、石炭積み出し用の河北省秦皇島港の建設とこの秦皇島と北京を結ぶ鉄道の複線化工事に投じられました(積み出す石炭は日本が輸入し、それで中国は外貨を稼ぐ)。
中国には、外国から投資を呼び込み産業を興そうにも、港湾、道路、鉄道、電力などのインフラがほとんど使い物にならない状態でした。円借款はまずこれらのインフラ投資に投じられ、海外の民間企業が中国に投資をする基盤を築いたのです。
これまで日本が行った円借款などによるODEの総額は約3兆円にもなります。惜しくも癌でなくなられた元上海総領事杉本信行氏の名著『大地の咆哮』(PHP研究所刊)では、このうち贈与要素を持つODAは2兆円にもなり、「中国の発展の基礎をつくったのは日本からの円借款であることは、否定できない事実なのである」と指摘されています。
円借款によるインフラ整備が呼び水になり、最初は華僑資本が、つづいて日本の民間資本が中国にはいってきました。これらの海外からの民間直接投資と中国の安くて優秀な労働力が結びつき、縫製・アパレル、食品加工産業から鉄鋼、アルミなどの素材産業、電子部品、半導体、家電、自動車などの高度加工産業へと中国はどんどん産業を発展させ、20年間にわたって年率平均10%もの高度成長をつづけたのです。

日本を救った中国の高度成長
中国の高度成長のきっかけとなった円借款の効果は、20年後、ブーメランのように日本に帰ってきました。中国の活発な輸出・投資ブームは、鋼材など素材や製造機械・設備、電子材料や電子部品そのほか日本が得意とする高付加価値製品の対中輸出の急増をもたらしました。中国は、原油や鉄鉱石などの原材料の輸入も活発化させ、それを運ぶ船舶需要が日本の造船・海運業産業を潤しました。中国は、デフレ不況に苦吟する日本経済の救世主になったのです。
日本は、輸出大国ですが輸入面では小国です。しかし、中国は、今や輸出大国であり、輸入大国でもあります。輸入面では、アメリカを世界の胃袋とすれば、中国はアジアの胃袋と表現できるでしょう。日本の最大の輸出先はいまや中国を含むアジア諸国です。その次がアメリカです。中国以外のアジア諸国の輸出先は中国そしてアメリカですから、日本のアジア向け輸出(原材料や部品、機械など)のかなりの部分が、アジア諸国の対米、対中輸出に化けていると見られています。
日本の景気回復が、輸出増加から始まりそれが設備投資の増加に点火して、所得を増やし個人消費の増加につながるというパターンであることは、今も昔も変わりません。輸出依存の経済であるかぎり、中国とアメリカがくしゃみをすれば日本は大風を引く可能性があります。その意味で日本は、中国、アメリカと今や抜き差しならぬ相互依存関係にあるといえます。
下手なナショナリズムを振りかざして緊張関係を生み出すのではなく、中国ともアメリカとも仲良くし、アメリカと中国が対立すればその仲立ちをするぐらいの外交力を持って、ともに栄える協調関係を築くのが、日本の役割ではないでしょうか。

高度成長・中国ですが、中国はその背後に深刻な矛盾を抱えています。次回は、その解決について、日本が手助けをすることはないか、故・杉本信行氏の『大地の咆哮』を紹介しながら、触れてみたいと思います。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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