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大西良雄ニュースの背後を読む

2006年8月31日 17:40

「靖国参拝」より大切な「日中友好」

                             (06年8月31日筆)

「一切を捨つるの覚悟」
石橋湛山が、台湾、韓国、満州・山東半島、樺太、シベリアなどの海外領土・海外利権の「一切を捨つるの覚悟」を「東洋経済新報」の社説に書いたのは大正10年(1920年)7月のことです。この社説に続いて、なぜすべてを捨てるのか、その論拠を「大日本主義の幻想」と題した社説に書いています。

当時、日本人の多くは、多大な戦費と戦死傷者を費やして獲得したこれらの海外領土、海外利権を当然の戦利品と考えていました。また、日本人は、これらの海外領土に、アメリカへの移民と合わせて、自らの「人口過剰」のはけ口を求めていました。日本人は、支配した領土が多民族の領土であることなど考慮の外だったようです。

日本人の感覚のなかでもうひとつ忘れてはならないのは、他のアジア民族に対する優越観、蔑視観です。当時の日本人には、アジアの中でロシア、ドイツなど欧米先進国を打ち負かした唯一の優越民族である、とする「奢り、高ぶり」がありました。それが、他のアジア民族を「遅れた民族」と低く見て蔑視することにつながり、日本を盟主とするその後の「大東亜共栄圏」の妄想に結びついたのです。

しかし、日本が取得した領土や利権地域には、日本人とは文化も歴史も言語も違う他民族が住み、民族国家が成立している、あるいは民族国家成立の足音がしていたのです。韓国では、日本からの開放、独立国家をめざす「3・1運動」(1919年)が発生、中国では、すでに中華民国が成立、上海では抗日運動の始まりとなった「5.4運動」が起こっています。

韓国で起こった「3.1運動」は当時、「鮮人暴動」と呼ばれていましたが、湛山は、「鮮人に対する理解」(「東洋経済新報」大正8年5月15日号)という社説で、「およそいかなる民族といえども、他民族の属国たることを愉快とする如き事実は古来ほとんどない」「もし鮮人のこの反抗を緩和し、無用の犠牲を回避する道ありとすれば、畢竟、鮮人を自治の民族たらしむるほかない」と書き、彼らの独立運動にひとり理解を示しています。

植民地主義の先輩・英国が支配するインドやエジプトなどでも同様な動きがはじまり、アイルランドでも独立運動が激しくなっていました。ほかにも世界各地で民族独立の動きが活発化し、これを受けて第1次大戦の後、アメリカのウイルソン大統領が「民族自決の原則」を宣言しました。しかし、遅れて来た植民地主義国である日本は、この民族自決の動きを無視し、満州へ支那へと領土侵略を進め、最後には日米開戦―敗戦を迎えたのです。

「大日本主義の幻想」
湛山はこうした歴史の動きの中で、「大日本主義の幻想」を書き、日本がすべての海外領土・利権を率先して放棄することの合理性を説いています。

当時の日本人の多くは、これらの領土を放棄してしまえば、日本は「経済的に、また国防的に自立できない」と考えていましたが、これに対して、湛山は、「自立できない」とするのは、幻想であると主張しました。

まず、湛山は当時の貿易額を使って、「経済的に自立できない」という考え方に反論しました。朝鮮、台湾、関東州(満州)との輸出入総額は年間9億円余に過ぎないが、米国とは14億円以上、英国・インド合わせて9億円余の輸出入総額になっている。石油、鉄鋼、綿花、羊毛など産業に欠くことのできない重要素材は米・英・インドから多く輸入されており、「米国こそ、インドこそ、英国こそ、我が経済的自立に欠くべからざる国」として、湛山は英米との海外領土をめぐる緊張関係より協調・平和・交易の重要性を説いたのです。

次に、湛山は「台湾・支那・朝鮮・シベリア・樺太は、我が国防の垣である」とする国防論に反論を加えます。軍備が必要になるのは、(1)他国を侵略するか、(2)他国に侵略される恐れのある場合である。日本本土は、ただ遣るといっても誰も貰い手がない。わが国を侵略する恐れがあるとすれば「我が海外領土」に対してだろう。戦争勃発の危険が最も多いのは支那またはシベリアである。「我が国防の垣」こそ最も危険な燃え草である。
これらを棄てれば戦争は絶対起こらない、したがってわが国が他国から侵略されることは決してないと湛山は主張しました。
軍備を四つ島を守るだけの最小限に限定すれば、海外領土維持・拡張のための膨大な軍事費を産業の進歩や学問・技術に使うことができる、とも言っています。

もうひとつ「人口過剰解消」という、領土や勢力範囲を日本本土以外に拡張しようとする「大日本主義」の背後にある日本が抱える問題についても、湛山は筆誅を加えている。 
台湾、韓国、関東州(満州)に住む日本人は80万人に過ぎない。80万人のために日本人6000万人の幸福を犠牲にすることは出来ない。そもそも海外に人間を多数送り出して人口問題を解決しようとすることが間違いである。労働力は現地の人々を使い、「資本と技術と企業脳力」だけを現地に持っていく。そうして現地を開発し、日本と海外現地が貿易することによってともに栄える(日本も現地に輸出ができ、雇用が生まれ過剰人口も国内で吸収される)ことができると、湛山は言っています。

以上の湛山の考え方は、日本陸軍などにはびこった「大日本主義」に対峙するもので、「小日本主義」と呼ばれているものです。湛山が願った、海外領土・利権をすべて棄て、領土を日本列島に限定する「小日本主義」は、敗戦によって実現しました。その後の日本経済の発展は、皆さんご承知の通りです。

いまや日本は、戦前の倍の人口を抱えています。しかし、人口減少社会の到来を不安がる論者はいますが、人口過剰を問題にする論者などいません。狭い領土でも、海外諸国と仲良くし、貿易あるいは海外投資を盛んにすれば、日本は栄えることが出来たのです。湛山の主張したとおりの日本になったのです。大切なのは、友好関係です。

「靖国参拝」にまつわる「偏狭なナショナリズム」の台頭によって、日中国民が、角を互いに突き合わせているうちに、友好関係が崩れ、日中の経済・交易関係が怪しくなるおそれもあります。それこそ、日中国民の幸福の基礎を崩すことになります。
次回は、日中経済の相互依存関係に触れたいと思います。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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