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大西良雄ニュースの背後を読む

2006年8月

2006年8月31日 17:40

「靖国参拝」より大切な「日中友好」

                             (06年8月31日筆)

「一切を捨つるの覚悟」
石橋湛山が、台湾、韓国、満州・山東半島、樺太、シベリアなどの海外領土・海外利権の「一切を捨つるの覚悟」を「東洋経済新報」の社説に書いたのは大正10年(1920年)7月のことです。この社説に続いて、なぜすべてを捨てるのか、その論拠を「大日本主義の幻想」と題した社説に書いています。

当時、日本人の多くは、多大な戦費と戦死傷者を費やして獲得したこれらの海外領土、海外利権を当然の戦利品と考えていました。また、日本人は、これらの海外領土に、アメリカへの移民と合わせて、自らの「人口過剰」のはけ口を求めていました。日本人は、支配した領土が多民族の領土であることなど考慮の外だったようです。

日本人の感覚のなかでもうひとつ忘れてはならないのは、他のアジア民族に対する優越観、蔑視観です。当時の日本人には、アジアの中でロシア、ドイツなど欧米先進国を打ち負かした唯一の優越民族である、とする「奢り、高ぶり」がありました。それが、他のアジア民族を「遅れた民族」と低く見て蔑視することにつながり、日本を盟主とするその後の「大東亜共栄圏」の妄想に結びついたのです。

しかし、日本が取得した領土や利権地域には、日本人とは文化も歴史も言語も違う他民族が住み、民族国家が成立している、あるいは民族国家成立の足音がしていたのです。韓国では、日本からの開放、独立国家をめざす「3・1運動」(1919年)が発生、中国では、すでに中華民国が成立、上海では抗日運動の始まりとなった「5.4運動」が起こっています。

韓国で起こった「3.1運動」は当時、「鮮人暴動」と呼ばれていましたが、湛山は、「鮮人に対する理解」(「東洋経済新報」大正8年5月15日号)という社説で、「およそいかなる民族といえども、他民族の属国たることを愉快とする如き事実は古来ほとんどない」「もし鮮人のこの反抗を緩和し、無用の犠牲を回避する道ありとすれば、畢竟、鮮人を自治の民族たらしむるほかない」と書き、彼らの独立運動にひとり理解を示しています。

植民地主義の先輩・英国が支配するインドやエジプトなどでも同様な動きがはじまり、アイルランドでも独立運動が激しくなっていました。ほかにも世界各地で民族独立の動きが活発化し、これを受けて第1次大戦の後、アメリカのウイルソン大統領が「民族自決の原則」を宣言しました。しかし、遅れて来た植民地主義国である日本は、この民族自決の動きを無視し、満州へ支那へと領土侵略を進め、最後には日米開戦―敗戦を迎えたのです。

「大日本主義の幻想」
湛山はこうした歴史の動きの中で、「大日本主義の幻想」を書き、日本がすべての海外領土・利権を率先して放棄することの合理性を説いています。

当時の日本人の多くは、これらの領土を放棄してしまえば、日本は「経済的に、また国防的に自立できない」と考えていましたが、これに対して、湛山は、「自立できない」とするのは、幻想であると主張しました。

まず、湛山は当時の貿易額を使って、「経済的に自立できない」という考え方に反論しました。朝鮮、台湾、関東州(満州)との輸出入総額は年間9億円余に過ぎないが、米国とは14億円以上、英国・インド合わせて9億円余の輸出入総額になっている。石油、鉄鋼、綿花、羊毛など産業に欠くことのできない重要素材は米・英・インドから多く輸入されており、「米国こそ、インドこそ、英国こそ、我が経済的自立に欠くべからざる国」として、湛山は英米との海外領土をめぐる緊張関係より協調・平和・交易の重要性を説いたのです。

次に、湛山は「台湾・支那・朝鮮・シベリア・樺太は、我が国防の垣である」とする国防論に反論を加えます。軍備が必要になるのは、(1)他国を侵略するか、(2)他国に侵略される恐れのある場合である。日本本土は、ただ遣るといっても誰も貰い手がない。わが国を侵略する恐れがあるとすれば「我が海外領土」に対してだろう。戦争勃発の危険が最も多いのは支那またはシベリアである。「我が国防の垣」こそ最も危険な燃え草である。
これらを棄てれば戦争は絶対起こらない、したがってわが国が他国から侵略されることは決してないと湛山は主張しました。
軍備を四つ島を守るだけの最小限に限定すれば、海外領土維持・拡張のための膨大な軍事費を産業の進歩や学問・技術に使うことができる、とも言っています。

もうひとつ「人口過剰解消」という、領土や勢力範囲を日本本土以外に拡張しようとする「大日本主義」の背後にある日本が抱える問題についても、湛山は筆誅を加えている。 
台湾、韓国、関東州(満州)に住む日本人は80万人に過ぎない。80万人のために日本人6000万人の幸福を犠牲にすることは出来ない。そもそも海外に人間を多数送り出して人口問題を解決しようとすることが間違いである。労働力は現地の人々を使い、「資本と技術と企業脳力」だけを現地に持っていく。そうして現地を開発し、日本と海外現地が貿易することによってともに栄える(日本も現地に輸出ができ、雇用が生まれ過剰人口も国内で吸収される)ことができると、湛山は言っています。

以上の湛山の考え方は、日本陸軍などにはびこった「大日本主義」に対峙するもので、「小日本主義」と呼ばれているものです。湛山が願った、海外領土・利権をすべて棄て、領土を日本列島に限定する「小日本主義」は、敗戦によって実現しました。その後の日本経済の発展は、皆さんご承知の通りです。

いまや日本は、戦前の倍の人口を抱えています。しかし、人口減少社会の到来を不安がる論者はいますが、人口過剰を問題にする論者などいません。狭い領土でも、海外諸国と仲良くし、貿易あるいは海外投資を盛んにすれば、日本は栄えることが出来たのです。湛山の主張したとおりの日本になったのです。大切なのは、友好関係です。

「靖国参拝」にまつわる「偏狭なナショナリズム」の台頭によって、日中国民が、角を互いに突き合わせているうちに、友好関係が崩れ、日中の経済・交易関係が怪しくなるおそれもあります。それこそ、日中国民の幸福の基礎を崩すことになります。
次回は、日中経済の相互依存関係に触れたいと思います。

2006年8月25日 10:41

「自存自衛」の戦争などではなかった

          (06年8月24日筆)

前回のブログで、「偏狭なナショナリズム」という言葉を使いました。けさの朝日新聞によると、自民党総裁選挙に立候補している谷垣財務相が「健全な保守主義を育てることで、偏狭なナショナリズムを克服できる」と外国特派員協会で述べたそうです。「偏狭なナショナリズム」という言葉遣いは偶然の一致だと思いますが、「わが意をえたり」です。

谷垣氏は、ご存知のとおり、宮沢(喜一)派を次いだ旧・加藤(紘一)派の番頭格だった政治家です。宮沢派は、前尾(繁三郎)派、大平(正芳)派を引き継いだ派閥ですが、その源流は池田勇人(もと総理)氏を祖とする宏池会にさかのぼります。

宏池会は、経済政策では成長主義、産業主義、外交政策では国連重視の国際外交・平和外交主義を主張する日本の保守政党の中でも最も良識的な、ハト派の政治家集団でした。派の祖である池田勇人氏は、早稲田初の総理・石橋湛山が唱える経済政策や外交政策の共鳴者でもありました。

湛山は、「大日本主義(領土拡張・侵略主義)」に早くから警鐘を鳴らしつづけてきました。これが、その後、日米開戦―太平洋戦争の原因になると予見していました。

「吾輩はわが国政府当局ならびに国民の外交に処する態度行動を見て憂慮に堪えないものがある。その1は、露骨なる領土侵略政策の敢行、その2は、軽薄なる挙国一致論である。この二者は、世界を挙げてわが敵となすものであって、その結果、帝国百年の禍根をのこすものといわねばならぬ」(「東洋経済新報」大正4年5月5日号社説・禍根を残す外交政策―石橋湛山筆)

この文章が書かれたのは、太平洋戦争がはじまる25年も前です。当時、第1次世界大戦がはじまり、この機に乗じて日本は対独戦に参戦、ドイツが領有する青島(チンタオ)を奪い取ろうとしました。さらに、中国に権益を持つ英独仏露など欧州勢が対独戦に掛かり切りになっている間に、日本は悪名高い「対華21ヶ条要求」を中華民国政府に突きつけ、中国領土の権益を掠め取ろうとしていた時です。

ちなみに日本が中国に突きつけた「対華21ヶ条要求」の主たる中身は、以下のとおりです。
1. 日本が山東省(青島含む)の旧ドイツ権利の継承し、鉄道建設することを認める
2. 旅順・大連と南満州鉄道に関する租借期限を99ヵ年延長する
3. 中国沿岸の港湾と島嶼の他国への不割譲を約束する
4. 中国政府の軍事・政治・財政について日本人顧問を置く

湛山は、こうした露骨なわが国の領土侵略主義は、遠く日清、日露戦争の後からあらわ
れはじめ、「21ヶ条要求」はこれがさらに加速されていったと見ていました。この社説では、領土侵略主義は、その結果、侵略された中国人の反発を招くだけでなく、米英との間に重大な緊張関係に陥る、と警告し、「帝国百年の禍根を残す」と喝破したのです。

実際、湛山の警告どおりの歴史がその後展開されました。この21ヶ条要求に憤慨した中
国民衆は、各地で抗議行動を起こしや日貨排斥には走りました。こうした民衆の運動は、4年後にはその後の抗日運動の原点となった「5.4運動」につながっています。

さらに、日本は、領土侵略政策は、満州事変、日華事変を引き起こし、中国への派兵、
侵略をめぐって米英と間に緊張関係を生み出します。これが日米開戦につながるのですが、その前に展開された日米交渉は、アメリカが日本に対して、中国への侵略中止、日本軍の中国からの撤退を求めたものでした。しかし日本は、満州をはじめ中国に築いた領土や権益を放棄することが出来ませんでした。ために、日米交渉は決裂し、開戦となったのです。

太平洋戦争への突入について、日本に対しては米・英・蘭・中国がいわゆるABCD包囲網を築き通商関係が途絶され、石油の輸入を閉ざされてしまったことに対する「自存自衛の戦争だった」というナショナリストがいます。しかし、包囲網、いまでいう経済制裁を日本が受けたきっかけは、中国の背後に位置し、石油資源のある蘭印(現・インドネシア)につながる仏印(現ベトナム)への日本軍の進駐でした。太平洋戦争の原因は、ABCD包囲網を生み出した日本の領土侵略主義のほうにあったというほかありません。他国、他民族支配を維持するための戦争は「自存自衛」とはいえません。

湛山は、日米開戦の20年前、1921年、大正10年の夏、「大日本主義を捨てることこそ戦争を避け、日本が生き残る道だ」といっています。そのためには、日本が日清、日露戦争によって獲得した台湾、朝鮮、樺太を捨てる覚悟をする、あるいは中国(満州)、シベリアへの干渉を止めるべきだと主張しました。「東洋経済新報」での湛山筆の社説、「大日本主義の幻想」においてです。

宏池会の正統な後継ぎである加藤氏や谷垣氏が中国や韓国との友好関係をさらに強めるためにその障害になっている「総理の靖国参拝」に否定的であることと、湛山の「大日本主義の否定」は、その考えの基底でつながっているとおもいます。
次回、湛山のこの考え方を説明したいとおもいます。

2006年8月17日 18:17

危ない偏狭なナショナリズム

            (06年8月17日筆)

このブログは「経済寺小屋」ですから、「靖国問題」など政治問題には触れないでおこうと思っていました。しかし、加藤紘一議員の実家が、右翼団体に属すると思われる人物によって放火されたとされる事件が起こりました。先に似たような事件として、小林陽太郎前経済同友会会長の自宅への火炎瓶投入事件がありました。

加藤氏も小林氏も、小泉総理の靖国参拝には反対し、アジア外交の正常化をもとめていました。この靖国参拝問題について、いまや国論は二分しているように思います。賛成反対の議論を戦わせるのはたいへん結構なことですが、参拝反対論を暴力・テロで封じるような行為は断じて許すことは出来ません。このような実に忌まわしい戦前を想起させるような、言論封殺事件を前にして、ジャーナリストとしてこれに触れざるをえません。

気になりますのは、日本に復活しつつある偏狭なナショナリズムです。戦後60年以上にも立っているのに、謝っても謝っても、中国は日本軍による侵略と中国人虐殺の罪を蒸し返し、韓国が日本による「韓国併合」以来の植民地支配の罪を主張しつづけていることに、日本人が苛立ちを覚えるのは分からないではありません。

しかし、日本人が苛立つ以上に苛立っているのは中国や韓国の人々なのではないでしょうか。日本人が、戦後60年以上多民族と戦わず、兵器でひとりも殺したことのない平和主義者のあることを彼らは知らないはずはありません。しかし、どこの国にも「自分の国はいつも正しいし、正しかった」と言い募る偏狭なナショナリストはいるものです。彼らが日本人の少数派であったころは、彼らも苛立たなかったと思います。

しかし時が経つにつれ、平和主義者であったはずの日本人が少数派に転落し、偏狭なナショナリストが多数派になっていることに、彼らは不安と苛立ちを覚えるようになっているのではないでしょうか。

日本の偏狭なナショナリストたちは、最初は「日本人は自虐史観に囚われている」といって、日本人が自虐的にならざるをえない歴史的事実を否定してみせました。例えば南京大虐殺などはなかった、日本の植民地統治はすばらしいものだった(台湾人は感謝している)、日本の戦争犯罪を裁いた東京裁判は勝者が敗者を裁いた不当なものだ、などなど。

最近は、さらにすすんで彼らは、先のアジア・太平洋戦争を、「帝国はいまや自存自衛のため決然と起って一切の障害を破砕する(現代文に翻案)」という対米開戦の天皇詔書にならって「自存自衛の戦争だった」と言い及ぶに至っています。靖国神社にある戦争博物館「遊就館」でも「自存自衛の戦争だった」といっています。彼らはまた「大東亜戦争は、欧米からのアジア開放戦争だった」といって、領土拡張・侵略戦争としての本質を隠蔽しようともしています。

こうした考え方が、多数派を占めつつある日本人の現状を知るにおよんで、日本軍に虐殺され、日本人に蔑視された中国や韓国の人々の感情が高まらないはずがありません。あのすばらしい平和主義者だった日本人はどこに消えたのだろうかと思っているのかもしれません。

ただ、小泉総理は、合祀されている「A級戦犯は戦争犯罪人である」と言い切り、先の戦争をアジアに対する侵略戦争であるとも行っています。彼の歴史認識は、「自存自衛の戦争だった」などという偏狭なナショナリストとは異なり、まったく正常だといえます。

それでも、小泉純一郎総理は靖国参拝をつづけるのです。靖国神社が、「戦死すれば靖国の神として祭るから」といって兵士を対中国侵略戦争、対米英戦争に駆り立て、親たちを納得させる「精神慰撫装置」だったこと、参拝が中国や韓国の人々の神経を逆なですることが分かっていても、彼は、それをつづけているのです。

なぜか。そのわけは、小泉純一郎の個人的体験からきているといわれています。彼をかわいがってくれたおじさんだか、いとこだか、出征するに際して、当時3歳だった純一郎に「私に合いたければ靖国においで」といったそうです。彼は、それを忘れず、高校生のころから毎年靖国に参拝し、国会議員になっても敢えて一人で参拝を続けたそうです。あくまで、総理になってもその私的な参拝をつづけているということになります。総理を辞めても小泉氏は参拝を一人で続けるでしょう。

小泉氏の場合、それはそれで結構なことです。しかし、彼の靖国参拝が、中国や韓国の反発を生み、日本人の偏狭なナショナリズムを醸成することになっていることに気が付かねばなりません。このまま、偏狭なナショナリズムが拡大すれば、日本は足元のアジアで親しい友人を持てず、感情的に孤立することになります。次の総理は、このことを熟慮すべきです。

これほど経済援助をし、戦争もせず、アジア経済の発展に貢献してきた日本なのに、なぜアジアの国々は安保理常任理事国入りを支援してくれなかったのでしょうか。それは「自存自衛の戦争だった」というような多数の国民を抱えた日本にアジアの人々が本能的な警戒感を持っているからではないでしょうか。

2006年8月11日 16:33

小には小の生きる道

王子製紙による北越製紙に対するTOB(株式の公開買付)は、王子のライバル日本製紙グループ本社の参戦などによって、失敗する公算が高まっています。

王子のTOBは不成立か
日本製紙グループ本社は北越株を市場で買い集め8.85%の株主になり、第三者増資を引き受けた三菱商事の24.44%に次ぐ第2の大株主に踊り出ました。三菱商事も日本製紙グループ本社も、北越製紙の王子による経営統合案に反対していますから王子のTOBに応じることはありません。
他の大株主では取引先の日本興亜損害保険(持ち株比率2.84%)、北越の地元・新潟県の旧第一地銀・第四銀行(同2.00%)、旧第二地銀・北越銀行(同2.00%)、もTOBに応じることはあり得ません。提携先の三菱製紙(同0.52%)も王子には持ち株を売らないことを表明しています。

これら北越側についた株主の持ち株比率は、合わせると40.65%になります。この他、紙の卸し業者など潜在する統合反対派の持ち株分を含めると50%近くに達すると思われます。したがって、王子製紙がTOB価格を引き上げても完全子会社化に必要な持ち株比率50%超の取得はむずかしい情勢になってきました。

北越が買収防衛策として準備していた新株予約権の発行を行わずとも、王子のTOBは、目標の買付株数に達することができず不成立に終わる可能性が濃厚です。

利害関係者に、今後をどう説明するのか
今回のTOB劇では、ライブドアや村上ファンドが犯したような証券取引法上の違法行為は今のところ見られず、買収する側も買収される側もルールに従った行動をとっているように思えます。
仮にTOBが不成立になったとすれば、ルール違反もなかったことでもあるので「はい、この話はこれでおしまい」となると思っていても、そういうわけにはいきません。

買収に失敗した王子製紙も、北越に出資した三菱商事も日本製紙グループ本社も、買収を拒否した北越製紙の経営陣も、株主や利害関係者(ステークホルダー)に対して、今後それぞれの企業価値をどのように高めるのかが問われます。

王子製紙は、中国に2500億円を投じて建設する最新鋭製紙工場を絡めながら、国内の非効率な老朽製紙工場をどのように再編成するのか、他の買収を考えるのか、悲願の経常利益1000億円をどのような経営によって達成するのかが問われます。

三菱商事は、多額の出資をして筆頭株主になったのですから、その出資のメリットを自らの企業価値引き上げどのように具体化するのか、株主などへの説明が必要です。王子による北越買収阻止の出資を断行した日本製紙グループ本社は、これによって自らの企業価値を引き上げる結果をもたらすことができるか、なかなか説明しにくいところです。日本製紙がこれに合理的な説明を下せるかどうか見ものです。

北越は「小」を貫けるか
最後は、買収を拒否した北越製紙・経営陣です。三輪社長は、どこにも属さず今後も自主独立路線を貫くと宣言しています。実は、製品の差別化がむずかしく、薄利多売の、競争が激しい製紙業界においてこの自主独立路線は最も厳しい選択です。そのことは、当の北越の経営陣が最もよく知っていることでしょう。

王子、日本2大グループのどれにも属さず、「小」の北越製紙が生き延びる道を切り開いてほしい、小には小の生きる道がどこかに見出せるはずだと思います。思い出すのは鉄鋼業界における東京製鐵の存在です。東京製鉄は池谷一族の経営下、新日鉄傘下にもJFEの傘下にも属さず、業界非協調、カルテル拒否の独立路線を歩み、好況時には鉄鋼業界随一の利益率を実現してきました。

北越製紙は、東京製鐵のような強烈な独立、非カルテル路線を歩むことは出来ないかもしれません。しかし、企業価値を構成するのは株主価値(株価)だけではなく、従業員や地元民、あるいはユーザーなど他のステークホルダーに与える価値も企業価値の大切な一部であると考えることが出来る会社ではあります。このことを生かせる道もあるのではないでしょうか。

海外のビッグビジネスに飲み込まれないためには、嫌がっても相手を飲み込み自らが大きくなって時価総額を膨らませ、カルテルで儲けてさらにでかくなれば良いという考え方には、「市場原理主義者」の筆者といえども簡単には、同調しかねるものがあります。

市場には、「大・中・小」のさまざまな会社があって、良いのです。「小」は「小」の知恵をかけて「大」に立ち向かえる環境とルールを与えるのが政府の役割になります。

2006年8月 7日 13:43

王子製紙の不純な動機

                        (06年8月3日筆)

製紙業界トップの王子製紙が、5位の北越製紙に対して1株800円で9月4日を期限にTOB(株式の公開買付)に踏み切りました。王子製紙は株式の過半数を取得したあと、経営統合に踏み切るという。大が小を飲み込む構図ですが、飲み込まれる北越製紙は労使だけでなく地元の新潟県を含めて統合に反対しています。王子製紙のTOBは友好的ではない「敵対的TOB」ということになります。
今後、北越の買収防衛策などをめぐって法廷闘争が繰り広げられる一方、北越に対する第三者増資引き受けを表明している三菱商事がどう動くか、北越の株主が公開買付にどのぐらい応じるか、王子の「敵対的TOB」が成功するかどうかの関門は少なくありません。それについてはおいおい触れて行きたいと思います。

ユーザーも大切な利害関係者
実は、私の属する出版社は、王子からも北越からも印刷用紙を購入している大切な取引先なのです。新聞などではあまり触れられていませんが、今回の「経営統合」の利害関係者は、株主や従業員、地域だけではありません。われわれのような出版社、新聞社、印刷会社などユーザーも重要な利害関係者なのです。この立場から忘れられている重要な問題を指摘しておきたいと思います。

 王子製紙が、北越製紙をなぜ吸収しようとしているのか、その動機を探ってみると、われわれユーザーには恐怖と思える点が隠されています。北越製紙は、印刷用や宣伝チラシ用、プリンター用になど使われるコート紙ではシェ11%強を占めます。これをさらに強化するために3年前、世界でも最も効率のよい工場といわれる新潟工場に年産35万トンのコート紙新設備を導入しようとしました。当時コート紙は生産過剰の状態にあり市況は大きく低下していました。われわれユーザーはその恩恵を受け用紙代を節約できたものです。

見落とされた独禁法違反の視点
これに対して同紙で38%のトップシェアを持つ王子は、新潟工場の増設は、更なる市況悪化をもたらすという危機感をもち、北越に増設をやめるよう働きかけた(北越の三輪社長は「妨害した」といっています)といわれています。結局、北越は王子の「妨害」を撥ね退け、増設に踏み切り08年末には最新鋭のコート紙設備が稼動することになっています。われわれも安くて良質な印刷用紙が提供されるものと期待しています。

しかし、もし仮に王子の当時の「増設妨害」が功を奏し、北越が増設を中止していたら、カルテルによる生産・設備調整を禁じた独禁法違反になるところでした。

王子製紙は、北越の新潟増設が始まってから、北越製紙の吸収を考えてきたフシがあります。それが今回のTOBによる経営統合につながったのではないかと思われます。王子は、愛知の春日井工場、北海道の苫小牧工場、徳島の富岡工場など需要地の首都圏から遠く離れた土地に老朽化したコート紙工場を持っています。これらの一部をスクラップして北越・新潟の最新鋭工場に置き換えることを王子は表明しています。ですから、王子の今回の動機も、北越を統合することによって生産・設備調整を行い、市況引き締めを図ることにあるといわざるを得ません。統合後は、ユーザーに対するさらなる値上げ攻勢に拍車がかかることは必死です。だから、われわれ取引先には恐怖なのです。

ちなみに両者が統合すれば、コート紙のシェアは50%弱になります。独禁法が合併を禁じているシェアのガイドライン35%を大きく上回ります。TOBが成功しても、独禁法の施行者である公正取引委員会がどのような判断を下すか予断を許さないと思います。

大王製紙が反対の狼煙
このユーザーの視点から統合反対の狼煙を上げているのが、製紙業界の一匹狼といわれる大王製紙です。大王はティッシュペーパーなど家庭用紙が得意の業界第3位の製紙メーカーです。大王は、ティッシュペーパーの箱に使用する白板紙の大きなユーザーでもあります。その白板紙の生産は、王子製紙と北越製紙を合せると60%超になります。統合されれば、統合会社が価格支配権を握ることになるとして、公取委に独禁法違反を上申する意向だと発表しています。

王子は、競争相手は日本国内だけではなく、中国やインドネシア、フィンランドなどからの輸入紙との間でも熾烈になっており、独禁法上の市場シェアを日本一国内に限定すべきではないと主張すると思われます。しかし輸入紙は安定供給、品質、アフターケア面で問題があり、その面では国内製紙メーカーの優位は揺るいでいません。われわれユーザーを価格面からだけ輸入紙購入に追いやることは、国内勢にとっても得策ではないと思われます。
もともとカルテル体質のあった製紙業界に対して、公正取引委員会がわれわれユーザーに説得力のある公正な判断を下すことを期待してやみません。

プロフィール
ニックネームさん
大西良雄(経済ジャーナリスト)
上智大学卒業後、東洋経済新報社に入社。記者を経て「月刊金融ビジネス」、「週刊東洋経済」編集長を歴任。出版局長、営業局長の後、常務第1編集局長を最後に独立。早稲田大学オープンカレッジ講師のほか講演・執筆活動。
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