
2011年8月16日 19:52
今、朝日新聞の夕刊に「人生の贈りもの(元巨人監督・長嶋茂雄)」
が連載されています。
早稲田オープンカレッジでNLP講座を受講してくださった朝日新聞の
記者の方が執筆されているので、親しみを感じ毎日読んでいます。
13回の連載だと伺っています。
その第1回目にこんなことが書いてありました。
長嶋氏は今から7年前の2004年に脳梗塞で倒れました。
野球なら「練習はウソをつかない」となるでしょうが、「リハ
ビリはウソをつかない」という言葉通りです。
倒れた当初は「寝たきりも覚悟するほどだ」と医師にいわれまし
たが、治療がうまくいき、倒れて5日後に始めたリハビリを続け
たお陰で、始めは必要だった杖が無くても、歩けるようになり
ました。
リハビリは試合と同じように、小さなことも、おろそかにせず、
攻めていく気持ちが重要なんです。
そうでないと、病気に勝つことはできないのです。
今でも、リハビリは午前8時から45分間のウオーキングで始
まり、雨の日も風の日も、雪が降ったときに休んだくらいで、
ほとんど欠かしません。
この記事を読んだときに、近所で大手企業の社長さんだった男性を
思い出しました。
年齢は70歳半ば、一線を退いていました。自宅にいたときに脳梗塞
で倒れました。
「寝たきりで、歩くことは困難です」と医者からいわれました。
しかし、自宅で療養しているときに、自分の手足で歩くといい始め
ました。
家族が手を貸そうとすると
「手を出すな。自力でやる」
トイレに行く際も、新聞をとりにいくときも自力で床を這い歩って
行きました。
家族は見ているのが辛かったそうです。
そして一年後、杖を突いて外出できるまでになりました。
その後、何度かバスに乗っているのを見かけたことがあります。
病気に勝つには、長嶋氏の言葉にもあるように、小さなことも、
おろそかにせず、攻めていく気持ちが重要なのだなと思いました。
お二人とも病に勝つという執念がこのようにさせたのでしょう。
卓越した人のパワーは、その人の専門分野だけでなく、あらゆる
分野に通用することを感じとりました。
私は何かを成し遂げたいと思ったときに、ここまで攻めている
だろうか?
この記事へのコメント
病気で苦しんだ人間として一言。病気は自分がつくったものです。他人がつくったものではありません。
・・・「病気に勝つ」という表現は、あまり適切ではないように思います。特に、最近、社会問題になっている「うつ病」です。この病気にかかる人は、「真面目で頑張り屋」です。この病気に苦しんでいる人達に「病気に勝つ」、「さらに頑張れ」という表現はあまりにも過酷です。・・・一生懸命、苦しみながらも病気と共存して(せざるを得ない)人を職業柄、数多く見ています。
・・・「木を見て、森を見ず」ではないでしょうか?変なガンバリズムは、社会にストレスを増すと思うのですが?
青山迂叟と申します。文字どおり「世事にうとい老人」です。宮本先生のお話はいつもそのまま言葉どおりにうけとめ噛みしめています。ごく最近もこころ通じ合う友人のひとりが事故にあいからだに衝撃をうけ入院しました。リハビリを課され回復には時間がかかるとの専門医の見立てでしたが文字どおり「攻め」の気持で取り組んだおかげで主治医もおどろく回復ぶりで早くも車椅子を放擲し歩行器のみで歩けるようになりました。本人の「攻め」の意欲が功を奏したものでしょう。
いっぽう、家族に息子と娘をもった友人がいます。その息子は30代後半のとき職場で過剰な仕事量を負わされエネルギーを消耗しつくし、精神コウジャクで出社拒否するまでにいたりました。もうひとりの娘も職場の人間関係のストレスがこうじて「うつ」になり、心療内科にかよいまた専門病院への入院をくりかえしました。いまはふたりとも健康を回復し正常な会社人生活にもどりましたがその過程では家族のひとたちの対応も試行錯誤の連続だったようです。ただひとつ、立ち直りをうながす言葉かけだけはひかえた、と聞きました。最低限、じっと見守る態度だけはつづけたそうです。これはひとつの例ですが、ほかの方法をとればもっと早い回復があったかもしれません。100のケースに100の処方があるのでしょう。わたしにはわかりません。過剰なストレスが若者をおびやかしている現実が存在することだけは確かなようです。
この記事へコメントする