
2011年7月15日 17:23
松下政経塾 研修塾 塾頭 古山和宏(執筆)
松下政経塾の研修は、今年度から基礎課程2年、実践課程2年の計4年間となりました。創立時の研修期間は5年間。18期から31期までは3年間でした。研修期間も試行錯誤の中、5年→3年→4年と変わって今に至っています。
私は塾生時代(3期生)に5年制、塾頭として3年制を経験しており、その経験から、できれば研修期間は長くとり、じっくり研修する時間を確保できればという思いが常にありました。創立当初、入塾してくる塾生のほとんどは新卒でしたが、最近は社会人として実務を経験してから入塾してくる塾生が大半を占めるようになりました。それも研修期間を5年から3年に変えた理由の一つでした。
松下幸之助塾主は「三年もたてば、一応の仕上げはできるでしょう。そうすれば、あとの二年間は街頭に出て辻説法をするとか、いろいろ社会の中で将来の準備をしていく。そして、五年間ですべての点にわたって見識を養っていくわけです。例えば、かりに卒塾してすぐに文部大臣なら文部大臣をやれと言われても、それをやれるというくらいの見識を養わなければいけないと思います。」と創立当初述べています。そのくらいの気概を持って研修に取り組みなさいという強い塾主の思いが込められている言葉です。
研修期間は、ただ長ければいいというものでもありません。それに甘えて依頼心が芽生え、むしろ塾生をスポイルしてしまうことにもなりかねません。ある程度の基礎を作ったのち、社会の中で、現地現場で、辛酸をなめ苦労して人情の機微を知ってこそ、指導者としての資質も磨かれるのではないでしょうか。その基礎作りの期間がどれくらい必要なのかは、試行錯誤の中から見出していくしかありません。
松下政経塾は「人間を磨き、志を磨く道場」。しかも、先生のいない道場です。塾の定義は塾の卒業生の数だけあると思いますが、私は自他ともに「人間」を見つめ、鍛錬して、自らの人生の残り時間で何を成し遂げていくべきか、長期的ビジョンの中に、その「志」を位置づけ、覚悟を固めていくことこそ、塾生に求められていることだと思います。
塾主の建塾の思いと30年の試行錯誤の繰り返しから、これだけは塾生に研修、経験してもらいたいことがある一方で、何もかも塾がお膳立てをするのではなく、自修自得で研修を進めていくことが大前提です。前者と後者は一見矛盾するようですが、4年間の中でそのバランスを考え、塾生とともに研修を設計し、成果を出していくことが松下政経塾の研修の特徴です。
2011年7月 1日 17:21
松下政経塾 研修塾 塾頭 古山和宏(執筆)
前号で、一期生が松下政経塾に入塾して間もなく、当時の松下幸之助塾長から「さて、これから塾生の皆さんには塾のカリキュラムを作ってもらう」と言われ、一同おもわず顔を見合わせたという話をいたしました。
戸惑った塾生は「学校というから入ってみれば、建物と寮があるだけで、あとは何もないじゃないか。これでは詐欺だ。」と当時の職員に迫ったこともしばしばだったといいます。塾生を松下電器(当時)の販売店に預けて、販売実習を行ったときも、「俺たちは電気製品を売るために塾に来たんじゃない」と文句が出たこともありました。
ある塾員(2期生)は創立当時の塾をこう振り返えります。「私たちが入塾して数ヶ月が経った時、松下幸之助塾主が来られる日をあたかも待っていたかのように、ある塾生が突然手をあげ、塾主の正面に立った。塾の研修内容、カリキュラム、中身の問題を突然指摘し始めた。指摘というより批判といった方があたっているかもしれない。その塾生の言葉は、学生運動の壮士がいかにも世の中の不合理を指摘するかのようでもあった。経営の神様と言われ、一代で世界のトップ企業にまで松下電器産業を築き上げたその人に、まだ何の社会経験もない若者が、無謀にも立ち向かっていったのである。私たち塾生は、固唾を飲んで松下幸之助塾主の反応を待っていた。礼儀をわきまえないその塾生に対する厳しい"お叱り"が当然予想された。その塾生は塾から追い出されるだろうか。謹慎処分ではすまないだろうとも覚悟していた。そのとき、松下幸之助塾主が吐いた言葉は、『あんたの言うとおりや。そうせいや』だった。あまりにあっけない反応に私達は一遍に体の力が抜けるのを感じた。立ち向かっていった塾生は、力が抜けたように椅子にへたり込んでしまった。」
塾主から「あんたのいうとおりや。そうしたら。」と言われると、今度はかえって「本当にこれでいいのだろうか。大丈夫なのだろうか。」と疑問がわいてきた。「学校や塾などで受験戦争に打ち勝つ手段・方法ばかりを学んできた若者には、問題点の指摘や批判ができても、新たなものを創造する知恵も力もない。何度、それが答えに違いない、これが正解だろうと思っても、いつも目の前に立ちはだかるのは仏様の大きな手。『あんたの言うとおりや。そうせいや。』の言葉ばかりなのである。」
当時の塾生は、臆面もなく「経営の神様」にしばしば議論を挑んだのですが、今考えると赤面するばかりです。そんなやり取りを経て、現実的な対案のない批判は何の役にも立たないこと、そして、自修自得、万事研修という研修方針を少しづつ理解し始めていくのです。