
2011年9月28日 12:43
震災復興のために必要な資金の捻出のために、国会や政治の世界では論議・駆け引きなどが行われています。国民の所得税を10年間限定で引き上げたり、住民税、法人税、たばこ税などの増税が、既定路線で進められようとしています。最初は11兆円余と言っていましたが、世論の反発を少しでも交わそうと、税外収益を増額して9.2兆円に圧縮しようとしています。
一方で、財務省の言いなりになった野田さんが決めた朝霞の公務員住宅は105億円、国会議員のボーナスは300万円、天下りの次々の復活・・・国は、政治はどこまで身を削るというのでしょうか?削る・削ると言っていても、具体的な金額や方法・ステップはあまり提示されていないような気がしますけど・・・
汗水流し爪の灯を灯すように懸命に働き、ようやく手にした給料や報酬から、まず真っ先に有無を言わさずに黙って掠め取っていくのが税金です。たしかに国民の義務であります。しかし、その税金がどこにどのように使われているのでしょうか?相場の1/3の家賃で入れる公務員住宅の壁紙1枚に使われているのかと思うと・・・?公務員改革に裏で反対して、自分たちの利権・既得権を守ろうとしている公務員の給与支払に使われている・・・?もちろん、公僕として本当に身を賭して働いてくれる、公務員の方々の給与を負担するのは吝かではありません。しかし、経済産業省をまるでイジメのように追い出された古賀さんの話や著書を読んだり、低レベルな議論しかできない国会議員を目の当たりにすると、愕然とする思いです。自分たちが払った税金がそんな使われ方をしているのかと思うと・・・
忘れてはいけないことは、私たち国民は"サイレント・マジョリティ"だということです。増税という手段は、あまりモノを言わぬサイレントマジョリティという弱者から、所得税・住民税として吸い上げるのがもっとも抵抗が少なく楽だからなのでしょうね。たしかに手っ取り早く、多額の金を集められますからね。
誤解しないでほしいのは、復興のためのお金を出さないと言っているのではありません。すでにこの7か月の間に、募金や様々な形で、各自ができる範囲でできる支援を多くの国民がしてきました。被災地の方々のことを思えば、節約してでもさらに金銭的な支援は惜しみません。だからこそ、そのためにも政治や国は、それ以上に身を削らなければならないのではないでしょうか?JFケネディがもっとも尊敬する日本人として名を挙げた、藩主・上杉鷹山の藩政改革や身の処し方を見習おうという機運はないのでしょうか?
今、この国に必要なリーダーは、どじょうではありません。結果として官僚に操られるような演説上手なリーダーではなく、この国をどうもっていくのか?そのために国や行政改革をどうやっていくのか?という強烈なビジョンとロードマップ、シナリオを示すリーダーなのではないでしょうか?無難なリーダーによって、当面の目先の課題を何とか誤魔化しながら乗り切ろうという状況ではないと思います。
サイレント・マジョリティは必ず反撃します。それは次に選挙なのか、それとももっと違う形なのかはわかりません。"モノ言うマジョリティ"になるために、何か行動を起こしましょう。その第1歩は、まずしっかりと国や政治、官僚や政治家たちがやろうとしていること、考えていることを見て聞くこと。そして、自分の考えや思いを口を開いて、誰かに伝えていくことです。サイレント・マジョリティを甘く見ていると、あとで痛い目に合うことを知らしめないと・・・
この記事へのコメント
「モノ言うマジョリティ」はわれわれにとって永遠の宿題です。近代日本にとって永遠のテーマでしょう。80年前からそうでした。80前、マジョリティが「モノ」を言っていれば違う歴史になっていました。「マジョリティ」のかげに逃げ込んで「個」の表現に遠慮がちなのがわたしたち(わたし)のよいところなのでしょう。そんなのんきな態度はそろそろ卒業したいです、まず「わたし」から。「表現する自由(=表現を遠慮する自由」」から「表現する責任(のっぴきならないリスク選択)」へ。「リスクを負うよろこび」をひとりひとりが体験することを、それが「普通のこと」になるといいですね。「大学教育」が存在する意味の一つがこういうところにもあるのでしょうか。
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