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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

アジア事情

2018年1月 8日 01:13

学会は、研究者が自由意思で発表するもの

先日、中国での国際シンポジウムに参加したことは、ご報告しました(当ブログ2017年12月25日付)。

その国際シンポジウムは、学会形式で、共通論題の他に8つの分科会が開催され、私はその一つの座長を務めさせて頂くことになりました。

私が担当した分科会は11人の発表が予定されていましたが、何と3人の中国人研究者が当日現れず、8人のみで発表が行われました。そして、座長の私がだらしないこともあり、1人の発表が数分ずつオーバーして進んだのですが(皆様、素晴らしい発表をして頂きました)、結果として不思議なことに予定された時刻に終わりました。

後に、他の分科会の状況を伺ったのですが、やはり1人、2人が来られないケースがあったそうです。しかし、どこも欠席者を計算していたかのように、予定通りに終わったそうです。

その国際シンポジウムの名誉のために申し上げれば、参加されておられた中国の研究者に伺ったところ、中国で開催される学会では、発表者が「お休み」になられることが、少なからず見られるそうで、今回が特別な状況ではないそうです(このシンポジウムに関しても、殆ど全ての発表者は参加されておられますので、その点は誤解されないでください)。

帰国後、私は、日本の経営系の学会の会長をされたある先生に、年末のご挨拶をする機会がありました。その際、私は中国での国際シンポジウムの成果を報告することになり、その流れで「こちらは日本から足を運んでいるのに、中国の研究者が来られないのはどうしてなのか」と、その先生に愚痴ってしまいました。

すると、私よりも二回りも年上のその先生から「そんなことで、怒ってはいけません」、「あなたはいい経験をしたんですよ」と逆に、私が窘められてしまいました。

「どうしてですか?」と私がお伺いすると、先生は「中国は広しい、日本から来るよりも不便なところもあるだろうしね」、「しかしですね。それでも、本当に発表したい内容があるならば、這ってでも来ますよ」、「結果的に、素晴らしい発表だけ、聞けたってことですよ」と諭されたのです。

考えてみますと、そもそも、学会とは英語でAssociationの翻訳であることが多く(Society for ○○の場合もありますが)。Associationとは、研究者の自由意思の「結社」を意味します。そして学会発表とは、研究者が自由意思で集い、自らの研究を発表するのが本来の姿ではあります。

そういう意味では、中国の学会にある(エントリーしながら来ないことを100%納得した訳ではありませんが)来たくなければ来なくても良いという大きな心構えは、結構、学会の原点であるようにも思えてきました。

何よりも、中国での経験と、日本で私がお世話になっている経営学者(上記の先生)との会話によって、学会とは「自分の研究成果を聞いて欲しい」という強い気持ちで臨むという基本を、改めて認識することになりました。

まずは、皆さんに聞いて頂けるような研究をしなければいけませんが。

2017年12月27日 17:58

中国「トイレ革命」とは何か?: 中国の男性は「ペーパー」を持ち歩かなければいけない

先日、12月23日、12月24日に広東省広州市で開催された国際シンポジウム(12月23日、24日)に参加したことを記しました。

できれば、現地で「トイレ事情」を確かめたいと考えていました。

この数年、中国では「トイレ革命」が議論になっています。簡単に言えば、トイレを近代化(水洗化)することが掲げられています。

目的は、海外からの観光客対策と、国内の貧困(格差)対策の2つです。

前者に関しては、2015年から習近平・国家主席の号令の下、国家観光局による3年間の公衆トイレ整備計画が展開されており、今年、10月末までに全国の観光地で6万8千のトイレが新設、改善されたそうです(毎日新聞、12月4日夕刊)。

後者の貧困対策としては、近代化の発展に伴い中国では都市部においてトイレの水洗化が進んできたそうですが、農村地では依然として、トイレの仕切りがなく隣で用を足す人の姿が丸見えになる「ニーハオトイレ」が多いそうです(同上)。「トイレ格差」を是正するためにも、「トイレ革命」が必要になってくるのでしょう。

今回、私が訪問した広東省広州市は中国で改革開放路線の先頭を走ってきたところですので、「ニーハオトイレ」を経験することができませんでした。

しかしながら、国際シンポジウムが開催された会場の男性トイレに、トイレットペーパーはありませんでした。また、便器は、いわゆる日本で言うところの「和式」しかありませんでした(区切りがありますので、「ニーハオトイレ」ではないです)。

中国人の男性研究者に伺ったところ、中国ではペーパーないのが普通だそうです。別の中国人の女性研究が、女性トイレには設置されており、さすがは広州と女性たちが話していたと教えてくれました。

「和式」とトイレに関しては、別の中国籍の院生から、「そもそも、便器に座る洋式よりも触れない和式のほうが、衛生的じゃないですか?」とも逆質問を受けました。

そうかもしれませんが、トイレットペーパーがなければ、結局、衛生的ではないような気もします。

正直、この数年、年に1度の間隔で、カンボジア、フィリピン、ネパール行き、ペーパーを「持参」してきたのですが、殆ど、使うことはなく、アジアの主要都市では不用になったと実感していました。

ということで、私はシンポジウムを抜け出し、トイレットペーパーを買いに走りました。観光客対策としてはトイレットペーパーも必要だと習・国家主席に直訴したいと思いながら。

ちなみに、中国では、「ペーパー」を身に着けていることが男性のマナーだそうです(女性にさりげなく「これ使っていいよ」と渡すのでしょうか?)。自分の必要も満たせない私は、中国では失格なのかもしれません。

2017年12月25日 23:24

盛り上がり、かつ批判される中国のクリスマス

クリスマス前に中国、広東省広州市で開催された国際シンポジウム(12月23日、24日)に参加しました。

初めての広東省で、実質、2日間の短期でしたが、クリスマス前でしたので、彼の地のクリスマスを観察することになりました。

中国はキリスト教徒が主流の国ではなく、日本同様、クリスマスは商業的な形として顕れます。滞在先のホテルの従業員がトナカイ・ルックをしたり(小悪魔のかわいい角のように見えていた)、商業施設にクリスマスツリーが飾られたりです。町の商店街には若者のカップルも目立っていました。

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広州市内のショッピングセンター「広州太古汇」

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広州白雲国際空港インフォメーションセンター
微妙な「サンタ」の歓迎

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白雲国際空港のクリスマスツリー

以前、アジア各地のクリスマスについて、このサイトでも言及しましたが(2016年1月10日; 2016年1月23日)、東南アジアではクリスマスの規範が必ずしも各地に到達しているとは言えないのです。

中国のクリスマスを観察すると、その商業主義が「日本的」でさえあります。

もちろん、広東省の現象をもって中国全土を語ることはできないでしょうが、徐々に地方に広がっているのも確かなようです。

そして、むしろ、その中国の地方において、この商業主義的なクリスマスを批判するような声があがっています(共同通信, 12月18日)。

遼寧省の瀋陽薬科大学は、「一部の若者がクリスマスなどの西側宗教の記念日に夢中になっている」「西側宗教文化の浸透への抵抗」を呼びかけ、湖南省衡陽市公安局は共産党員や公務員に対し、家族を含めクリスマス行事に参加しないように要求したと報じられています(毎日新聞, 12月24日)。

クリスマスが西側宗教なのかどうかに関しては、議論の余地があります。日本のようにキリスト教徒が数パーセントしか存在しない国でも、季節のイベントとして定着していますので、多くの国・地域において、クリスマスは宗教とは(意識的に、もしくは無意識に)別に解釈され、発展し、豊さの象徴のような形式で受け止められているようにも思えます。

中国共産党中央は何もコメントを発しておらず、黙認しているようですが、やはり、経済発展に付随する現象として認識しているのでしょうか。

もっとも、今回のように12月23日、24日に国際シンポジウムを開催することも、欧米の大学ではありませんし、中国ならではかもしれません。私が去った翌日の25日も「普通」の月曜日だったようす。

香港経由の夜行フライトで帰国しますと、日本も12月25日は「普通」の月曜であり、大学は通常授業でした。いつも通り講義をしながら、アジア各国にクリスマスがあるのか、ないのかについて思いを巡らせました。
プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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