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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

アジア事情

2018年10月15日 14:00

政治的アイデンティティと服の色

週末に所用があってタイの首都バンコクに行きました。

バンコクに到着すると、電車でもバスでもストリートでも「黄色い服」を着ている人が沢山いるのです。タイ人の多くが、阪神タイガースファンになり、矢野新監督の就任を祝っているという訳ではなさそうです(残念ながら黄色のモノトーンであり、縦縞は入っていません)。

現地の人に伺ったところ、2年前の2016年10月13日にラーマ9世(プーミポン・アドゥンヤデート国王)が崩御されたのですが、それを偲び、哀悼の意を表するために黄色い服を着ているとのことでした。

ただし、タイにおいて、特定の日や行事において黄色の服を着るという行為は(単に前の王様に対する哀悼の意だけではなく)非常に政治的です。

日本においてニュースでも報じられたように、タイでは地方出身で農村重視派のタクシン・チナワット首相が2001年2月に就任し、2006年9月に汚職疑惑で辞任するのですが、その頃から下層、農村、地方を土台とするのタクシン派と中間層と軍部と王党派を中心とする反タクシン派がデモを繰り返しています。

そのタクシン支持派のシンボルが赤であり、人々は赤い服を着てタクシン及びタクシン派を支持していることを表現します(巨人ファンであるということではありません)。逆に、反タクシン派(王党派)はシンボルが黄色なのです。

2006年9月、タクシン首相の汚職疑惑の後に軍事クーデターが発生し、反タクシンの王党派が政権を担ったのですが、2007年12月、総選挙で敗北し、タクシン元首相の側近や義理の弟が首相となりますが、副業禁止条項や選挙違反などで失職してしまいます。2011年7月の総選挙では、タクシン派が勝利し、タクシン元首相の妹のインラック・チナワットが首相就任しますが、その後、インラック首相は、人事問題の不正によって失職します。そして、また軍事クーデターが2014年5月に発生し、現在、王党派の軍事政権が続いています。

上記の通り、選挙で勝利して不正で失職し、クーデターが発生するという何とも言えない政治状況が続いているのですが、いずれの政権時でもデモが絶えないとうのが実態です。

いずれにしても、タイでは、黄色と赤は政治的アイデンティティを指しています。国民は、色と政治が結びついていることを良く知っており、服を選んでいることになります。

タイ.jpg

2018年10月10日 00:20

2018年モンゴル訪問記(番外編): 余り物には福がある

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月2日~9月12日までモンゴルで国際交流とボランティア活動に従事してきました。学生8名、私を含めて神戸ユネスコ協会理事7名の合計15名の団体です。国籍別としては日本(6名)、ネパール(1名)、ベトナム(5名)、中国(2名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

【9日目~11日】
関西空港の閉鎖のため東京着のフライトを再予約したのですが、次に空席があるフライトが9月12日ということで、15名のうち7名(うち理事が2名)が3日間、ウランバートルに残留しなければならなくなりました。

実は、帰れない(足止めされている)というプレッシャーは学生も理事(教員)もかなりあり、どのように足止め期間を楽しく過ごすかについて7日目、8日目は悩んでいました。

まず、滞在費を抑えるためにAirbnbという民泊予約サイトを利用して、一軒家を借りました。大使館街と諸大学に囲まれた閑静な住宅街の1軒屋だったのですが、近くにEmartという韓国系スーパーがあり、日本の食材も売っていたため夕飯は自炊することにしました(私も腕を振るいました)。

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皆で作りましたベトナム、中国、日本の合作料理?

私たちはチケットが取れず、残留組なのですが、いうなれば、私たちの「ゲル」を作ったつもりでワイワイすることにしました。

9月10日は、食事を作り、2日目は今回の団長役だった唯一のモンゴル人のエナさんの一家を招き、9月11日は大草原のゲルに泊まられて頂いたバトジャルカルさんがウランバートルに来られるということで、お招きしました。大した料理は作れませんでしたが、少しでも借りを少し返せたような気分になりました。

私たちの民泊「ゲル」の国籍は、ベトナム、中国、日本ですが、共通語は日本語でした。私が強要したのではなく、皆、日本に留学していますので、共通言語として一番通じるのが日本語だからです。日本国籍は私、1人でしたが、それ故に、国際語としての日本語を考えざるを得ない環境でした。

彼らとウランバートルの町を歩くと、なぜか靴屋の宣伝に使われているトトロや、寿司屋のの看板娘の絵が中国人のようだったり、モンゴルの小学生(訪問したユネスコスクールのモンゲニ校)が書いたちょっと違うようなドラえもんも許されてしまうような感覚に陥ります。なぜか、間違いだらけの日本語も、モンゴルでは注意することが憚れました。

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ウランバートルの中心にある靴及び靴下のお店の「トトロ」

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ウランバートル市内のお寿司屋さん

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モンゴルのユネスコスクール「モンゲニ校」の教室に貼られていた「ドラえもん」

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お土産屋さんで飾られている横綱・朝青龍のイラスト

2015年の第一回カンボジア、2016年の第二回カンボジア、2017年のネパール、そして、今回、2018年のモンゴルと、神戸ユネスコ協会の国際ボランティア企画は、計4回となりました。次回はベトナム人留学生が中心となって(彼らにとっての母国)ベトナムに行くことが決定しています。

それぞれの滞在日数は短いけれど、帰国後も関係者と連絡を取り続け、日本、カンボジア、ネパール、モンゴル、ベトナムの「点」を繋ぎ、「線」にしていければベストだと思います。そのためにも、帰国後が重要になってきます。今後、どのような展開になるのかが楽しみです。

2018年10月 9日 00:43

2018年モンゴル訪問記(15): モンゴル版「国家改造計画」?

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月2日~9月12日までモンゴルで国際交流とボランティア活動に従事してきました。学生8名、私を含めて神戸ユネスコ協会理事7名の合計15名の団体です。国籍別としては日本(6名)、ネパール(1名)、ベトナム(5名)、中国(2名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

【8日目】
9月9日、予定の最終日、神戸ユネスコ協会の理事5名と学生3名が先に帰国し、関西空港便がキャンセルされ同日に再予約できなかった7名がウランバートルに残りました。一応、この朝、現地解散となりましたので、ここで纏めさせていただきます。

モンゴルについて、出発前に一度、学生たちと勉強会をしましたが、それ以外は何もせず(基本知識のみで)やってきました。

世界銀行によれば、2017年においてモンゴルの1人当たりのGDPは、3,735米ドルであり、ベトナムの2,343ドル、パキスタンの1,548ドル、カンボジアの1,384ドルよりはるかに多く、インドネシアの3,847ドルと遜色がありません。

モンゴルのGDPを産業別にみると、モンゴルでは2000年を過ぎて鉱山開発(石炭、銅、金、ウラニウム、モリブデン、鉄鉱石)が進み、2010年代はGDPの15~25%が鉱物資源となっています(大和総研「がんばれ内陸国」2013年09月12日; National Statics Office)。言い換えれば、地方にある地下資源によって経済成長を遂げていることになります。

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モンゴル鉱業省の投資を呼びかける宣伝

しかしながら、ブログにも記しました通り、ウランバートルにおける貧富の格差は大きく見えます。世界銀行のジニ係数ランキングでは、世界125位、日本が122位ですから日本よりも良いという数字が出ているのですが、ウランバートルに関しては日本よりもはるかに格差があるように感じます。その理由は、おそらく、スラムのように見えるウランバートルの「ゲル」の集落群を観ればわかります。ブログにも書いたように、都市化の失敗なのです。

それ故に、モンゴル政府は、地方開発、地方での教育に力を入れています。地方の大自然の下に眠る大資源こそがモンゴルを支えているのですが、資源のお金が都市を富ませてしまい、地方から人を奪ってしまうのです(政府の努力も実を結んだのか、貧困率は下がっているというデータもあります)。

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2日目に宿泊した大草原のゲルの先に送電線が建っていた

地方を豊かにするという発想は、日本では田中角栄氏の日本列島改造論がありましたが、(資源があるないはともかく)どこの国も発展段階において富の再分配と、「中心(都市)-周辺(地方)」と社会の「上層ー下層」において行わなくてはいけないのでしょう。

私たちの今回の旅は、ドントゴビ県の大草原の「ゲル」で泊まることから始まりました。そして病める都市ウランバートルのDVを受けた子供シェルターやユネスコスクールを訪れることで、私たちはモンゴルの現在を直視することができたように思えます。

都市化の問題は、モンゴルばかりではありません。世界中の大都市は、その国の格差化の象徴となっていることが多く、東京をはじめ日本の大都市も同じような構造はあると考えます。

グローバル化の中で大都市に富が集中し、同時に格差化していく現象に対して「民」の立場でどうすればいいのか、ボランティアとして何ができるのか、大きな宿題を出されたような気がします。

2018年10月 8日 01:29

2018年モンゴル訪問記(14):「今のモンゴルには13世紀が必要なのです」

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月2日~9月12日までモンゴルで国際交流とボランティア活動に従事してきました。学生8名、私を含めて神戸ユネスコ協会理事7名の合計15名の団体です。国籍別としては日本(6名)、ネパール(1名)、ベトナム(5名)、中国(2名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

【7日目後半】
9月8日、チンギス・ハーンのテーマ・パークを発ち、車で30分程のトゥブ県エルデネソムにある13世紀のモンゴルを再現した「13世紀村」に向かいました。

なぜ、13世紀なのかといえば、チンギス・ハーンがモンゴルを統一したのが1206年であり、そこからモンゴル帝国が始まり、約1世紀においてモンゴルはユーラシア半島の大半を占める大帝国となっていきます。

言い換えれば、13世紀はモンゴルが歴史上、最大の領域を所有していた時代であり、世界史の主人公として最も輝いていた時代なのです。

この「13世紀村」は、88へクタールの広大な土地を使ったテーマパークなのですが(大き過ぎるからか)、なかなか見つかりません。

道を迷いながら、羊か岩なのか分からないような景色が続く大草原を車で突き付けると、矢印の看板がありました。「ここから13世紀って書いてあるのではないか!」と洒落を言った後に、洒落にならないことに気付きました。ここまでくると、大自然は、13世紀と21世紀で殆ど変わりはないのかもしれません。

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羊か岩か(羊です)、13世紀も羊はいたでしょう。

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謎のやじるし

やっと、「13世紀村」の入り口を見つけ、とりあえず、食事をすることにしました。大きなゲル風のレストランで、モンゴル版ピロシキである「ホーショール」を美味しく頂き、トイレを探すと、水洗でもなく穴が開いており、囲いがあるだけでした。13世紀ですから、受け入れるしかありません。

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「13世紀村」のホーショール、13世紀にもあったのだろうか?

この「13世紀村」にはいくつかのテーマパークがあるのですが、私たち簡単に拝見し、早々に21世紀のウランバートルに戻ることにしました。

午前中からチンギス・ハーンのテーマパークに、「13世紀村」と、私たちはこの13世紀漬けに疲れてしまったのかもしれません。

そもそも、「13世紀村」も2006年に作られたばかりであり、午前中に訪れたチンギス・ハーンのテーマパーク同様、歴史を学ぶと同時に(それ以上に)今日のモンゴル政治を反映しているのです。

私は、私のゼミ生で唯一のモンゴル出身であるエナさんに、「このような13世紀主義を、どう思う」と尋ねました。エナさんは「今日のモンゴルが上手くいっていれば、昔のことばかり誇示しなくてもいいんでしょうが、今のモンゴルには、チンギス・ハーンと13世紀の誇りが必要なのかもしれません」と答えていました。

確かにその通りなのでしょう。どこの国でも、その国の領土が最大であった時を、「今日」から顧みる「歴史の政治化」はありますので、モンゴルを批判することはできません。

ただ、幸か不幸か、日本はモンゴル帝国のような大帝国を建設したことは歴史になく、従ってあんなに大きな誰かの銅像を建てることもなく、○○世紀村を作ることもありませんでした。そう考えると、まてよJapan As Number Oneであった1980年代が「バブル村」とかでテーマパーク化することはないだろうなぁと想像してしまいました。

前の⇒が本当に「13世紀村」の看板ならば、変わらないことが一番なのかもしれません。そう思いを巡らせながら、公害の都市ウランバートルへの帰路に着きました。どんなに問題があっても、ありのままの今がいい。


















2018年10月 7日 22:26

2018年モンゴル訪問記(13): 右からのナショナリズムが復活させるチンギス・ハーン

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月2日~9月12日までモンゴルで国際交流とボランティア活動に従事してきました。学生8名、私を含めて神戸ユネスコ協会理事7名の合計15名の団体です。国籍別としては日本(6名)、ネパール(1名)、ベトナム(5名)、中国(2名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

【7日目前半】
9月8日は、本来、帰国前日でした(しかしながら、関空の閉鎖によって6人が3日間の延長を余儀なくされています)。「最終日」の計画は、ボランティアや国際交流活動ではなく、ウランバートルから東に60kmほどのところにあるモンゴルの歴史的な偉人チンギス・ハーンのテーマ・パークと、チンギス・ハーンが活躍した13世紀のモンゴルを再現した「13世紀村」を訪問することでした。

ウランバートルから車で1時間半程の行きますと、草原にいきなり馬に乗ったチンギス・ハーンの巨大な像が現れます。後に騎馬像としては世界一と説明を受けますが、(ライバルが誰なのかはともかくも)台座だけで約12メートル、全長は約40メートルらしく、一目で納得します。

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聳え立つチンギス・ハーン像

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馬の頭まで階段で登るとチンギス・ハーンとお見合いになる


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パークの中に入りますと、チンギス・ハーンが履いてた「モデル」の(3階建て相当の)ブーツに対峙します。世界最大のブーツとしてギネスに登録されているそうですが、本当にその大きさに度肝を抜かれます。

私が驚いたのは、むしろ、この巨大な騎馬像が2002年から約6年の歳月をかけて建設された事実です。完成したのは2008年ですので、僅か10年前です。チンギス・ハーンは、1162年に生まれ、1227年に亡くなっていますので、このタイムラグをどう考えるべきでしょうか。

実は、ソ連の衛星国としてモンゴルが社会主義体制を敷いていた頃、モンゴルでは歴史上、ロシア(ソ連)の敵であったチンギス・ハーンを公に偉人として掲げることはできなかったそうです。

13世紀のモンゴル帝国の父・チンギス・ハーンは、1989年-90年の革命によって民主主義と資本主義と共に復権したのです。

ウランバートルの中心部には、国会議事堂の前にスフバートル・スクエアという広場があります。かつてはモンゴル社会主義の英雄であったダムディン・スフバートルに敬意を表して、社会主義時代にスフバートル騎馬像が建てられました。それにちなんで、スフバートル・スクエアなのですが、同広場に巨大なチンギス・ハーン像が2006年に完成し、チンギス・ハーン広場に改名されるのです。その後、またスフバートル広場に戻るのですが、チンギス・ハーン像とスフバートル像が並んでいる状況が続き、名前も混乱しています。

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スフバートル(チンギス・ハーン)スクエアのスフバートル像

つまり、チンギス・ハーンの復権は、13世紀の英雄物語ではなく、今日のモンゴル政治を反映しているのです。

私は、このチンギス・ハーンのテーマ・パークは、ナショナリズム研究において貴重であるように思えます。前述の通り、モンゴルで、チンギス・ハーンを戴く「ナショナリズム」は1989年の革命以降に高まっていきます。

しかし、社会主義体制時代が反ナショナリズムだったとは断言できません。スフバートルは革命家であり社会主義者ですが、同時に「近代モンゴル軍の父」と言われ、軍隊を率いてモンゴルの独立を勝ち取った人物だったのです。いわば、「左翼」ナショナリストとも言えます。

モンゴル帝国の父・チンギス・ハーンは「帝国主義者」です。本来、ナショナルに集約することは難しいかもしれませんが、今、復権しているチンギス・ハーンは、現代モンゴルの「右翼」ナショナリズムのシンボルなのです。

ナショナリズムと民主主義と資本主義が、巨大なチンギス・ハーン像に顕在化されている今日のモンゴルは、研究上、非常に面白いと言えます。















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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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