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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

留学生日記

2013年11月23日 00:00

ガード下で首飾りを売ること

勤務校に在籍する中国からの女子留学生が、手作りの携帯ストラップをくれました。

彼女は、将来、装飾品のお店に出す(自分のお店を出したいと希望してます)手作りの首飾りや携帯ストラップを、今、実験的に創っているようでした。

私が、「有難う」、「しっかり勉強して下さい」と言うと、彼女は、「違いますよ。勉強駄目だったら、こういうのを色々なところで売るんですよ」と返事をしてきました。「鉄道のガード下とかでも?」と私が聞き返すと、彼女は「ハハハ」と笑っていました。

そんな会話をしながら、将来、自分の学生が、ガード下や路上で首飾りを売っていて、「先生、買って」と言われたら「ちょっと辛いな」と思いました。

別にそれで彼女が幸せならばそれで良いのでしょうが、大学で学び、仕事を得て社会に出るというパターンではありません。生活は安定しないでしょうし、剥き出しの商売ですから安全とも言えないような気もします。

そもそも、現実的な問題として留学生ですから就労ビザも取れないので、彼女が大学卒業後、ガード下や路上で首飾りを売る商売をする可能性は高くないのですが、仮定の話として私自身が自分の学生にそうなって欲しくないと思ったことも確かです。

大学というところは、それがどのようなレベルであっても、ホワイトカラーやもしくは熟練技術者養成が求められるのかもしれません。相対主義的に「幸せならどのような仕事でも良いじゃないか」、「アルバイトでも良いじゃかいか」、「派遣労働でも良いじゃないか」と考えるのは、大学教育の王道ではないようなのです。

なぜ、駄目なのか。

当ブログ、2012年4月15日に「今、誰もが学ばなくてはならない:映画『マイ・ビューティフル・ランドレット』から 」として記しましたが、自分の学生が将来、ガード下で首飾りを売ることへの私の抵抗感は、同作品の中でパキスタン系移民の主人公が親友の白人青年とコイン・ランドリー店始めるのですが、主人公の(移民1世の)父親が、自分の息子が「こんなところで他人の下着の洗濯などをして欲しくない」、「大学で学んで欲しいだ」と言う姿に重なるかもしれません。

父親はその理由を「今は、誰もが(生きるために)知識が必要なんだ」、「この国で、誰によって何が起こされているかを学ばなくてはいけないんだ」と語り、それ故に「大学へ行くべきだ」というのです。

後半の「社会が誰によってどのように動かされているかを学ぶ必要がある」という点に関しては、特定の誰か(もしくは団体)によって社会が動かされていると見なすよりも、その中心人物を含めた社会システム(構造)を把握することが今日、求められていると考えるべきでしょう。父親の言葉を言い換えれば、誰もが生きる上に、社会(世の中)のシステム(構造)を知る必要があるということになります。

全てを学び、個人として成熟した上ならば、コイン・ランドリー店をするのも首飾りを売るのも結構なのかもしれません。社会システムを理解し、社会の不公正さに負けないくらい強くなれるのならば。

やっぱり、「勉強しなさい」と教員は言い続けなくてはならないのでしょう。

2013年11月13日 16:53

貧者は大学で学べないのか?

何度も書いております通り、私は大変留学生が多い大学に勤務しています。当ブログ11月3日、留学生同士が結婚し、家族ビザを取得して、奥さんが大学を辞めた例を紹介しました。

今度は、反対のケースに直面しました。

勤務校の優秀な中国からの留学生で、昨年、同郷の男性と結婚した2年生のAさんが「家族ビザを取得できました」と報告してきたのです。Aさんのご主人も、専門学校に通っている2年生なのですが、学校を中退することにしたそうです。今後は、(平日を中心に)時給の良い深夜のバイトをして、2人の生活費を稼ぐつもりだそうです。

私はAさん(奥さん)に「生活が厳しいということは分かるけど、ご主人も2年生だし、専門学校を卒業したほうが良いと思うけどなぁ」と言いました。彼女のご主人とは、面識がありませんが、先日までは主人も本格的に勉強したいので、4年生の大学に編入したいと彼女から相談を受けていたのです。

私は「ご主人が後半年、専門学校を卒業しておけば、Aさんがこの大学を卒業して就職したら、今度は御主人が4年制大学に編入できる可能性があるんだよ」と説得したのですが、Aさんは「先生の言われることも良く分かりますが、今、私たちはお金がないのです」、「主人も大学で学びたいという希望があるので残念ですが、仕方ありません」、「2人で何度も話し合って決めたのです」と懇願するように説明するのです。

日本でのアルバイトを目当てに留学してくる学生がいることも完全には否定できません。しかし、Aさんの出席率は、ほぼ100%です。バイトもして大学も皆勤となれば、無理をしますので、この半年、Aさんは目に見える程、痩せていき、このところ体調を崩していました。彼女が、このまま親の支援を受けずにバイトをしないで学業を続けるとすれば、やはりご主人が経済的にサポートする必要があるのかもしれません。

私はAさんに「今度ご主人と一緒に、私の研究室に来たらどうか」と提案しました。何か本を貸すことはできるし、本当に将来、大学勉強したいのならば、1,2回私の講義を受けて貰っても良いと考えました。

Aさんは、「先生、嬉しいけど、主人は夜働くことにしたので、昼間は寝ています」と答え、「でも、ありがとう」と言いながら教室を出ていきました。

経済的理由で、大学進学を諦めるのは留学生ばかりではありません。近くの(兵庫県内外の)高校を訪れると、日本人でも経済的理由で大学に進学できないという声を多数耳にするのです。

「お金が無ければ大学では学べないのか」とは、日本に大学という教育機関が生み出されて以降、常に議論され続けてきたテーマでしょう。今は奨学金があるかもしれませんが、貧しくてかつ奨学金を得るほど優秀ではない場合は(平均以上に優秀であっても)、進学を諦めなくてはならないのでしょうか。

大学には、特に勉強したくない学生も少なからず入学してきます。世の中はアンフェアですね。

読むか読まないかは分かりませんが、Aさんのご主人には何か本を贈ろうと思います。私のささやかな抵抗です。

2013年11月 3日 17:30

家族滞在ビザの功罪

何度も書いております通り、私は留学生が多い大学に勤務しています。

七夕祭りの際、学生の一人が「学生ビザが欲しい」と短冊に記していたことを紹介しました(当ブログ2013年7月7日)。

実際、彼らは「家族滞在ビザ(家族ビザ)」の取得を願っています。日本人と結婚した場合はもちろん、留学生同士でも結婚して、家族ビザを得られると、学生ビザよりも「安定」して日本に滞在し続けることができます。

例えば、学生ビザですと、留学生同士の場合、夫(彼)もしくは妻(彼女)が先に卒業してしまうと日本に滞在できなくなってしまいます。家族ビザですと、どちらかが学生である限り滞在し続けることができます。

しかし、この家族ビザはやっかいなのです。多くの学生夫婦が、家族ビザを取得すると、配偶者扱いのほうが大学を辞めてしまうことがあるのです。配偶者は、学生ではなくても良いからです。

夏休み明けの9月末、私の基礎ゼミ生の中国人の女性が退学しました。中国人の学生と結婚し、家族ビザを取得できたため、自分が辞めることにしたそうです(これは、私の勤務校だけではなく、一部の有力校は別にして、ある程度、日本の大学において広範囲に観られる現象のようです)。

必ずしも、留学生同士の結婚の場合、女性が大学を辞めるとは限りません。しかし、やや女性のほうが多いようにも思われます(残念ながら、正確な数字を把握していません)。

ただ、この秋から始まりましたNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』を見ていると、大正時代の日本においても同じような状況があったことが分かります。

10月10日(第10話)放送では、大正11(1922)年、女学校に通う17歳の主人公の卯野め以子が落第の危機を迎えます。当時は、女学校の学生は良縁に恵まれると、学校を辞めて結婚する道を選ぶことも多かったそうです。東京帝国大学の近くに住んでいる主人公は、落第するくらいなら、結婚したいと考え、適齢期の男性をキョロキョロ見渡すのです。

第二次世界大戦前の話ならともかく、21世紀において男性だけが勉強すれば良いという考え方は有り得ません。ヨーロッパの多くの国では女性のほうが男性よりも大学進学率が上昇してしまい、むしろ、男性の進学率にテコ入れしなければならない状況です。

要するに、男性も女性も勉強しなければならない時代なのです。もう一つ加えれば、年齢も関係ありません。グローバル化によって激変する今日、私たちは常に学び続けなければならないのです。

留学生に話を戻せば、家族ビザが欲しいのは分かります。ただ、ビザよりも重要なことがあることを教えられなかったことが残念です。

2013年10月12日 01:50

自転車と財布:日本は治安の良い国なのか?

先日、私の勤務校(神戸)に学ぶ、ベトナムからの留学生のA君から連絡があり、「自転車を盗まれたので今日は大学に行けません」と伝えられました。

彼は1年生で、神戸に引っ越してきました4月に自転車を購入したばかりでした。盗難に遭い、随分落ち込んでいました。数日後、A君がお金を貯めたので今度は中古バイクを買いますと言ってきました。

ところが、翌日の夕刻、神戸市内のある警察署から大学に電話があり、A君の財布が署まで届いているというのです。

A君に電話すると彼も1日中、自分の財布を探していたようで、別の警察署に居ました。どうやら、その日、彼は中古バイクを購入するために銀行で5万円を降ろして財布に入れたのですが、お店に向かう途中でその財布を落としてしまったらしいのです。

その財布をどなたかが見つけて、警察まで届けて下さったのですが、同日、銀行で引き出した5万円と、もともと入っていた数千円もそのまま全て戻ってきたそうです。財布を拾って下さった方は警察に名前を残されなかったそうで、A君はお礼ができないと嘆いていました。

A君以外でも、このところ私の勤務校の留学生がアルバイトでやっと稼いだお金で買った自転車を盗まれてしまう「事件」が続いており、非常に残念に思っていました。自国でも自転車を盗難されればショックですが、留学中に異国で物を盗まれると何とも言えない喪失感に苛まれます。

しかしながら、日本には同時に拾った財布をそのまま警察に届けて下さる方もおられるのです(もちろん、自転車泥棒も日本人とは限りませんし、財布を拾ってくれた方も外国人かもしれません)。

東京都の猪瀬直樹知事は2020年夏季五輪の招致プレゼンテーションで、「東京では財布を失っても手元に戻ってくる。しかも、お金が入ったままで」と治安の良さを強調しました(産経ニュース、5月30日)。

そのニュースを見聞きした際、私はかつての昭和の日本においてはそうであっても、今は違うのではないかと思いました。でも、実際に戻ってきたケースを目の当たりにすると、やはり、日本の治安の良さに驚かされます。

A君は、自転車を盗まれて、憤慨し、財布が戻ってきて感動していました。猪瀬知事が主張されるように日本において現金入りで財布が戻ってくることは事実としてあるのです(戻ってこないこともあるでしょうが)。

財布が戻ってくる国だからこそ、自転車が盗まれない国ならばもっと良いのにと思わずにはいられませんでした。

2013年9月 2日 00:17

Yes, you can.

ある中国からの留学生が相談に来ました。

1年生の彼は、中国において国立大学入学に失敗し、日本においても第一希望の国立大学に入れずに私の勤務校に入学してきました。

彼の目標は、英語圏でMBA(経営管理学修士)を取得して、自分で会社を立ち上げ、グローバルに展開することだそうです。彼は自分の夢が実現しないことに悩んでいました。それどころか、この状態が続けば、2年次から対象の学内奨学金も得られないと言います。

私からのアドヴァイスは、大学に毎日来て、講義に出席してよく学び、成績を上げて学内奨学金を目指すこと、日本語能力試験と英語のTOEFL、IELTSを受験し、高得点を目指すことという、ありきたりの内容になりました。その他、合宿等で発表する自由研究の課題を見つけることも課しました(成績や奨学金とは別に、知的に拘れるテーマを見出すことは重要です)。

彼は私に、上記を達成すれば「自分の人生を変えられるのか」と尋ねてきました。私は、勉強するのはあなたなので断言はできないとしながら、理論上は可能だと申し上げました。

実際、彼がほぼオールAを取得して学内奨学金を受け、日本語検定試験1級に合格し、TOEFL、IELTSで高得点を獲得して英語圏の大学院でMBAコースに合格し、数年後、修了するのは多難かもしれません。でも、理論上は可能であり、可能な限り、Yes, you canと言い続けたいのです。

恥ずかしながら、長い英国での大学院生時代、指導教授に将来はどうするのか尋ねられると私は常に「社会科学者になりたい」と答えてきました。私が「無理でしょうか」と教員に問うと、私が会った指導教官は全員Yes ,you can (多分にtryが続くニュアンスでしたが)と答えてくれました。それから、私の学部時代(日本)の指導教授も、学生の将来の希望に対して「無理です」とか「できないでしょう」とは言われない方でした。

私は優秀な留学生ではありませんでしたので、指導教官たちが(本心ではどう思ったかは別にして)私にYes, you  canと言い続けてくれなければ、研究者の道を諦めていたかもしれません。ですから、私は教員として、理論上、可能性がある限り、学生にはYes, you can (try)と言い続けたいと思っています(もちろん、私を成功例などと認識しては欲しくありませんが)。

もちろん、むやみに何でもできると言うつもりはありません。理論上、不可能ならば不可能なのです。また、成績や語学力等の条件は付けます。学生の目標があまりにも高い場合は、厳しいことも述べるでしょう。しかし、挑戦しなければ何も始まりません。挑戦しようとする限り、(それがどのようなレベルであっても)応援するのが教員の仕事であるように考えます。

誰もがゴールを達成できる訳ではありません。ただ、自分の目標に向かって挑戦することは(夢が実現しなくても)他の何かを生み出すように思っています。

誰もが勝者になれないゲームの中で挑戦しろという意義を考えれば、おそらく、そのプロセス自体に学ぶことがあり、結果よりも過程がより重要であるからなのでしょう。

「人生を変えたい」前出の彼は、「欧米の大学院でMBAを取得して、自分の会社を設立し、グローバルに展開したい」のです。大いに結構。是非、頑張って欲しいものです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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