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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

留学生日記

2015年12月 9日 02:48

カンボジア訪問記(10):帰国後「人は、動くことで、何かが始まる」

11月21日~11月26日まで、神戸ユネスコ協会の理事6名と私の教える学生4名で、「カンボジア国際ボランティア」を企画し、同国の首都プノンペンを訪問致しました。

帰国後

カンボジアから帰国しまして、講義や学会でカンボジア訪問の報告を致しました。

私にとって、自分自身への問いは、日本からカンボジアへ、子供支援のボランティアへ出かける(実施する)意味でした。

当ブログ11月28日付の記事「カンボジア訪問記(2):2日目」で書きました通り、2014年7月に発表された「国民生活基礎調査」によると、日本の「貧困率」は16.3%であり、過去最悪です。

カンボジアの経済成長率はGDP 7パーセント以上となっており、どんどん豊かになってい同国へ「貧困問題」を抱える日本からわざわざ出かけて行くことは、おかしいかもしれないと思っていたのです。

結論から申せば、カンボジアは依然として昔ながらの途上国の顔と、「世界の工場(の一端)」を担うグローバル化した顔があり、いまだ援助を必要としていました。

当ブログ12月1日付の記事「カンボジア訪問記(5):4日目」にて言及した通り、義務教育である小学校の就学率は69%に過ぎず、中学校は就学率17%にまで落ちます(2011年)。

日本と比較にならないレベルで、教育問題が深刻なのです。小学校や中学校はまだ足りません。先生も足りません。

教育の整備は、第一に経済成長を続けるカンボジアの政府がすべきであるでしょう。

ただ、それだけではないような気もします。

日本企業も「世界の工場」の一端を担う存在としてカンボジアを捉えようとしています。安価な労働力を使い、安くて(比較的に)良いモノを製造して、先進国に輸出しているのです(カンボジアの賃金は近年、上昇しておりますが、もうしばらくは「工場」であり続けるでしょう)。もちろん、それによって、カンボジアも豊かになっているのですが、貧困問題を解決するほど潤ってはいないのです。

経済がグローバル化しており、現段階におきまして日本の消費者がカンボジアの安価な労働力を享受しているとすれば、援助のレベルでもグローバルに日本人がカンボジアを支援しても理には適っているのではないでしょうか。

また、同国に投資する先進国の企業にとっても、カンボジアにおける小学校への就学率が増え、字が読める労働者が多くなることはマイナスではないでしょう。

それから、余談ですが、嬉しい「成果」もありました。今回、私は私が教える留学生(民族は異なりますが中国籍の学生4人)を連れて、カンボジアへ行きました。

彼らは、カンボジアで英語の次に通じる中国語と(中国語程ではないのですが、関係者には通じる)日本語を使い、「交流」に励んできました。日本に学ぶ留学生として、カンボジアでボランティアに参加した(日本の大学生として訪れた)ことで「個」としてのアイデンティティを考えることになったようです。

旅=空間の移動は、時に魔法のような効果があります。今回は、旅が、ボランティア目的だったことで、社会性が伴い、より効果的であったようです。やはり、人は、動くことで何かが始まりますね。

私自身、(一応、教育を仕事にしているものとして)自分自身を問う旅になりました。

皆さん、御疲れ様。有難うございました。

2015年12月 6日 01:49

カンボジア訪問記(9):6日目「カンボジア経済はバブルなのか?」

11月21日~11月26日まで、神戸ユネスコ協会の理事6名と私の教える学生4名で、「カンボジア国際ボランティア」を企画し、同国の首都プノンペンを訪問致しました。

6日目

4泊6日のカンボジア滞在は非常に短く感じられました。

帰りのバス、機内の中で、私は今回、一緒に旅をしました神戸ユネスコ協会理事で弁護士をされておられる持田俊介氏と議論を致しました。

持田氏は2012年から毎年、1,2回の頻度でカンボジアを訪れていますが、この間の同国の経済成長をバブルのように認識されていました。

確かに同国の経済成長率は、この数年、GDPにおいて7パーセント台を続けています。

カンボジアの経済成長を牽引している主要残業は、観光業に代表されるサービス業と製造業だとされています(堀江正人「カンボジア経済の現状と今後の展望」『三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査レポート』2013 年3 月27 日)。

実際、2012年の産業別GDP構成を見ますと、農業が27%、工業が32%、サービス業が41%なのですが(OECD, "STRUCTURAL POLICYCOUNTRY NOTES Cambodia", p.3)、更に、2010年、2011年の分野別の成長率は、製造業の特に縫製関連の繊維・衣料・履物と、サービス業のホテル・レストラン分野だけが10%以上の伸びを残しています(Council for the Development of Cambodia, CIB & CSEZB、「経済動向」2015)。

カンボジアにおけるホテル・レストラン分野の伸びは年間200万人以上が訪れるアンコールワット観光に代表されます。国際観光収入は、2004年以降GDPの10%を超える額で推移しており、2011年の国際観光収入は19億ドルに達し、対GDP比率は14.9%と驚異的な数字になっています(太田紗奈絵「アンコールワットに支えられるカンボジア観光業」『アジアンインサイト』2013年1月24日)。

製造業、特に縫製業はカンボジアの主要産業の一つとなっており、輸出額は2011年において40.5億米ドル、2012年は44.5億ドル、2013年は49.7億ドルとなっています(太田紗奈絵「カンボジア 産業構造の転換期到来か」『アジアンインサイト』2015年3月26日)。

観光と縫製業で外貨を稼いでいるカンボジアは、非常に国際経済に左右され易い「体質」であるとも言えます。

リーマンショックは海外からの観光客を減らしました。先進国の不況は、カンボジアの縫製業中心の輸出にも大きな影響を与えます。

更に内的な問題としては、急激な賃金の上昇があり、カンボジアの最低賃金は2012年の61ドルから2015年には128ドルに増加しています(同上)。

カンボジアの縫製業は、安価な労働力を前提として、先進国基準で第一に安くて、第二にそれなりによいモノを製造することで成立しており、最低賃金の上昇はこのシステムを機能させなくなってしまうのです。

現在も、カンボジアは全体として経済成長を続けています。上記の数字を分析しますと、前出の持田氏の「カンボジア経済はバブルであるという」ご意見も的を射ているように感じます。

ならばだからこそ、同国は、今、教育システムを整備し、人材を育成し、少しでも付加価値の高い製品、サービスを提供できるようにしなければならないのでしょう。

そして、先進国からのカンボジアへの公的機関や民間の援助が肯定されるとすれば、援助が、同国の抜本的な発展のための「呼び水」になることであるように思えます。

2015年12月 5日 17:14

カンボジア訪問記(8):5日目「キリング・フィールドの物乞い」

11月21日~11月26日まで、神戸ユネスコ協会の理事6名と私の教える学生4名で、「カンボジア国際ボランティア」を企画し、同国の首都プノンペンを訪問致しました。

5日目

トゥール・スレン虐殺犯罪博物館を見学した後、郊外にある(「キリング・フィールド」と称される)ポル・ポト政権下のカンボジアで、大量虐殺が行われたチュンエク刑場跡を訪れました。

ポル・ポト率いるカンボジア共産党(クメール・ルージュ)は、1975年4月から 1979年1月までカンボジアを支配し、その間、100 万~ 200 万人が死亡したとされています(天川直子「第4回 CGSワークショップ『ポル・ポト政権下の粛清・虐殺の構図 』」)。

*より絞り込んだ数字としては、米国のイェール大学の調査において、ポル・ポト政権下において約170万人の命が失われたとされています(Yale University, Cambodian Genocide Program)。

プノンペンの「キリング・フィールド」だけで虐殺が行われた訳ではなく、全国各地に刑場跡があるのですが、通訳兼ガイドさんによれば「キリング・フィールド」が「見せる」点で一番整備されているということでした。

「キリング・フィールド」に入りますと、中央に聳える慰霊塔が目に入ってきます。遠くからでは分からないのですが、近付くと、その塔が、犠牲者の遺骨が納められていると言うよりも、(名前も特定できない)多数の遺骨によって積み上げられていると言うべき存在であることが判明します。

image (48).jpeg

全体としては、日本語を含む各国語のオーディオ解説があり、悲惨な歴史を耳にしながら1時間ぐらいで1週できました(チュンエク刑場跡の周辺には、まだ遺骨が回収されていない箇所もあるそうで、改めて考えることが少なくありませんでした)。

そのような音声案内を聞きながらチュンエク刑場跡の柵の外をみていると、カンボジア人の老人の男性と少年が柵の外から何か叫んでいます。近付いてみますと、2人はどうやらお金を無心しているのです。

チュンエク刑場跡は、英語で「キリングフィールド」と称されている程、外国人訪問者が多いのですが、当然、外国人観光客は概して「お金持ち」であると言えます。

「キリング・フィールド」の物乞いの存在は、カンボジアの非常に厳しい現実を示しています。

11月27日付の当ブログで記しました通り、カンボジアは、2011年の実質GDP成長率が7.1%、2012年が7.3%、2013年が7.4%となっており、経済は好況です。しかしながら、それ故に、貧富の格差が著しいとも言えます。

もし、ポル・ポト政権の暴走の主要因の一つが、一部の都市の富裕層に対する大多数が住む農村の貧困にあったのならば(持てる者、持たざる者の格差にあったのならば)、「キリング・フィールド」は歴史に留まらず、今日性を帯びてくるのではないでしょうか。

2015年11月30日 01:43

カンボジア訪問記(4):3日目「将来の夢は先生になること」

【11月21日~11月26日まで、神戸ユネスコ協会の理事6名と私の教える学生4名で、「カンボジア国際ボランティア」を企画し、同国の首都プノンペンを訪問致しました。】

3日目

前回記しました通り、神戸ユネスコ協会は2012年にカンボジアに小学校を建設しまして、以後、毎年、1、2回、現地を訪れています。今回、私は理事として初めてカンボジアを訪れました。

カンボジアを訪問する前に、神戸大学大学院で学ぶカンボジア人の留学生に現地情報を伺ったのですが、その若き研究者は、日本人篤志家や諸団体のカンボジア小学校建設に関しましては、「自己満足」の傾向があると厳しいご意見でした。

後に同じような内容を、カンボジア滞在中の現地の大学で教える日本人の教員からも聞くことになりました。

カンボジアは、小学校が足りません。ですから、外国人の小学校建設はウエルカムということですが、建設しただけで終わってしまうケースや、建設後もコミットする場合も、行き易い幹線道路沿いや電気が通っているところ(つまり比較的貧困度が低いところ)に建設するケースが多いようです。

外国人がカンボジアに小学校を造る義務はありませんので、(外国人が小学校を造って放置するのは別として)都合の良い場所に建設するのは仕方ないように思えます。遠隔地は、カンボジア政府が力を入れることで問題を解決すべきなのではないでしょうか。そもそも、それができれば、同国の義務教育問題は生じないと言われてしまうと、話が戻ってしまいますが。

神戸ユネスコ協会が建設しましたストイックアイトロミア小学校は、首都プノンペンから自動車で3時間半の距離にあります。途中から電線もなくなり、「不便」なところにあると言えます。

プノンペンから日帰りできるという点を指摘されてしまえば、その通りですが、建設後の毎年、1,2回通っていることを考えますと、神戸ユネスコの先人たちはかなり頑張ったのではないかと思えました。

神戸ユネスコ協会は、同小学校の校舎建設から始まり、井戸の掘削、サッカーゴール、ブランコ、滑り台の設置、そして、現在、図書館建設を計画しています。

これらの物資面の援助は必要ですが、それが最終目的ではありません。単に寄付するだけではなく、お金がかかっても神戸ユネスコ協会の関係者が現地を訪れ、子供たちと触れ合うことを第一に考えており、交流することが主なのです。

今回の訪問の交流企画の中で、私の学生の1人は子供たちに将来の夢を紙に書いて貰いました。そして、多く子供たちが「先生になりたい」と書いたのです。

一生懸命に勉強して、夢を実現させ多くの子供たちが将来先生となれば、もっと田舎の子供たちに読み書きを教えることができ、貧困の状況は大きく改善します。

私も一応、教えることを仕事としていますので、子供たちの「夢」を重く受け止めました。きっと子供たちの先生は良い先生なのでしょうね。自分自身を顧みて、今後、何か子供たちとできることはないかと考えながら、小学校を後にしました。

カンボジア小学校.jpg

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「将来の夢は先生になること」 コンポンチュナン州ロミアス村ストイックアイトロミア小学校

2015年11月29日 13:33

カンボジア訪問記(3):3日目「楽しいことは言葉を越える?」

【11月21日~11月26日まで、神戸ユネスコ協会の理事6名と私の教える学生4名で、「カンボジア国際ボランティア」を企画し、同国の首都プノンペンを訪問致しました。】

3日目

今回のカンボジア訪問のメインイベントは、2012年に神戸ユネスコ協会が同国のコンポンチュナン州ロミアス村の農村地域に建設したストイックアイトロミア小学校(通称「神戸ユネスコ小学校」)を訪問して、ボランティア活動に従事することでした。

朝7時30分にプノンペン市内の宿泊先をチャーターしたマイクロバスで出発し、3時間半幹線道路を抜けて田舎道を辿り、ストイックアイトロミア小学校に到着しました。同校では、6歳から12歳の小学生、約150人が学んでいますが、私たちがバスから下りますと、子供たちが整列しており、拍手で迎えてくれました。

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その後、神戸ユネスコ協会の会長と私が教える学生の挨拶が行われ、次に寄付金を元に現地で購入したノートと鉛筆、滑り台の贈呈式を行いました。

ここからが本番です。今回は、品々のプレゼントだけではなく、子供たちと交流することを目的としました(実は、子供たちはプレセントを貰うのが大好きなのですが)。

同行した私の学生たち4人は全員神戸に学ぶ留学生であり、母語は中国語とモンゴル語と多様です。一緒にカンボジアを訪れた神戸ユネスコ協会の6人の理事は、全員、日本語が母語ですので、誰もクメール語(カンボジア語)ができないので共通言語がありません。

パズル組、サッカー組、折り紙組、風船組等に別れ、子供たちと手振り身振りでコミュニケーションを図りました。

全体として最初は、私たちも子供たちも戸惑っていましたが、時が経つに従い、言葉の壁は不思議に何とかなっていきました。楽しいことに、言葉は要らないのかもしれません。笑い声や歓声が色々なところから聞こえてきました。

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私たちの意図がどこまで通じたか分かりません。私たちが「楽しい」と感じたのと同様に、子供たちも「楽しい」と感じてくれていたら成功なのかもしれません(そう、信じたいものです)。

同校の子供たちは、2か月半前に訪れたネパールの小学校の子供たちと比較しますと、最悪の状況とは言えないと感じました。ネパールでは、地震で校舎が壊れてしまい、仮設テントで学んでいました。

それでも、カンボジアの小学校においてさえ、靴を履いていない子や服がボロボロの子がいました。一方で、学校には子供用の自転車が何台か置いてありましたので(自転車で通学している人がいるのでしょう)、自転車を購入できる程「豊かな」学生もいるのかもしれません。農村部の「貧富の格差」が拡大しているようでした。

私たちと過ごした時間が、色々なことを忘れさせる、そして、様々なことに興味を抱かせる「非日常の時間」になったのなら嬉しいです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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