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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

留学生日記

2017年11月 5日 17:36

日本男子は、気持ちを言葉にしない!?

私が勤務する大学に学ぶ中国人の留学生が、「日本人の男性は変です」と言ってきました。

彼女の知人の中国人女性と日本人男性の3組のカップル(学生、独身同士)がいて、共に日本人男性から言葉が足りないことを不満に思っているというのです。

中国では恋人同士は、毎日、「愛している」とか「大好きだよ」とか、SNSでやり取りするのが普通だそうですが、日本人の「彼」はあまり、気持ちを言葉(文字)にしないというのです。

私は、第一に、若者が恋愛を避ける傾向がある今日、外国人女性と(というか女性と)、お付き合いしているだけで十分立派だと思うのですが、それでも、言葉が足りないという「伝統的?」な日本男子の系譜に今の若者(少なくとも何人か)がいることにも興味を抱きました。

まず、私は、言葉は補完的なものに過ぎないと認識します。

毎日、会っているカップルが、毎日、「好きだよ」「愛している」と書いて、愛を確認する必要はないのではないでしょうか(もちろん、そうしても問題はないのですが、そのことで日本男子が責められる必要は無いと感じます)。

ただ、何らかの理由があって、長距離恋愛をしており、週に1回、数週間に1回しか会えないならば、文字化することも求められるかもしれません。

ビートルズの「All My Loving」(1963年)という名曲は、離れている恋人に「僕は、君に手紙を毎日、毎日書くよ」と約束する(正確には、一方的に宣言する)曲です。離れているからこそ、文字化するのです。

【今なら、LineやFacebook, Skypeで気持ちの文字化も簡単ですし、会話することもできますから、もう、この曲も成立しないかもしれません。ただ、「All My Loving」のポールの歌声を聞いていると、手紙のほうが、距離が感じられて趣があります。】

反対に、一緒にいるなら、歯の浮くような(嘘臭い)言葉は要らないのではないでしょうか。時間を共有していることによって、互いの存在が甘い言葉よりも上回るような気がします。逆に遠距離ならば、言葉の嘘臭さを距離が消してくれ、「純粋さ」だけが伝わるのかもしれません。

そんなことを考えて、冒頭の3組カップルは遠距離恋愛なのですか?と尋ねたところ、「はい、そうです。国を跨いだ遠距離です」と答えが返ってきました。

それじゃ、あかん。日本男子。気持ち(All your loving) を言葉にして贈らなくちゃ。

2017年10月31日 20:25

北朝鮮に行っていなければ、北朝鮮を語れないのか?

私は、勤務校(大学)で「社会学」及び「国際関係論」を担当しており、早稲田大学エクステンションセンターでは「国際時事問題」や「映画からみるヨーロッパ社会」等を担当しています。

色々な国や地域の話をします。私は、ヨーロッパの4カ国に長期滞在し、旅行ではヨーロッパ各地に足を運びました。

しかし、それでも行ったことのない国や地域、街があります。会っていない人(々)がいます。

先日、北朝鮮の問題を取り上げたところ、ある留学生から「先生は、北朝鮮に行ったことがあるのですか?」と問われました(「行ったことがないのならば分からないだろう」というニュアンスでした)。

私は、北朝鮮に行ったことはありません。しかしながら、20代前半、ルーマニアという北朝鮮と共通性のある国家を滞在にし、短期間ながら研究対象にしていたことがあります。それ故に、想像力を働かせることはできます。

もちろん、ルーマニアと北朝鮮が同じではあるとは言いませんが、共通性があることも事実です。その共通性がある限り、何かを分析することはできるような気がするのです。

仮に、ルーマニアに行ったことがなかったとしても、それでも、何かを考えることはできると思います。

経験論については、当ブログ2012年3月 3日付でスイスを例に言及していますが(「経験主義を超えて(1):何年スイスに住んだらスイスを理解できるのか?」)、経験をしないと語れないという主張は、思考を失わせてしまうのです。

世界の人口は、約76億人(国連経済社会局)であり、それぞれの経験があります。会ってみなければ、人を語れないとすれば(私たちは一生の間、数千人かせいぜい数万人しか会いえないのですから)何も言えなくなってしまいます。しかし、私たちは自らの経験を持って、人の痛みや喜びを理解することができるのではないでしょうか。

国家についても、世界中の国に行くことはできません。行ったことないから、〇〇国は分からないと言い切ることはできるかもしれません。ただ、私は、人は経験を基に想像することが重要であると思うのです。

もちろん、私は経験を軽視するつもりはありません。行かなければ分からないことは、当然、あります。行ってもいないのに、決めつけてはいけないのです。

経験豊かな(北朝鮮等の)特定地域の専門家は、専門家の見地から社会的な発言をすることを求められるでしょう。

素人はプロではありません。だから、専門家の言葉は、敬意を持って拝聴しなければいけないでしょう。しかし、それでも自分の経験を基に、他国、他者を想像することは無意味ではないと考えます。

2017年10月29日 13:27

髪を染めると人間が変わるのか?

昨日、私が勤務する大学で学園祭がありました。

私は、中国出身のゼミ生(女性)がキャンパス内「日本語スピーチコンテスト」で勝ち残ったら、1日限定で金髪にするという彼女との愚かな賭けに乗ってしまいました。

見事に、彼女は校内のスピーチコンテストで勝ち、私は、学園祭にワックスで金髪染めにして臨むことになりました。

行き着けのお店のスタイリスト・あさみさんの力を借り、営業時間前から髪を整えて頂き、人生初の髪染に取り掛かりました。

あさみさんに「お好きなようにお染下さい」と申し上げたところ、なぜか、あさみさんは喜んでいるように見えました(気のせいかもしれませんが)。

実は、私は長年、「人は、髪を染めたぐらいで(髪型を変えたぐらいで)、変わるのか?」という問い(疑問)がありました。

個人的には、人間は中身が変わらなければ、本当の意味で変わらないのではないかと思っていました。ですから、私は、何年も(何十年も)髪型を変えませんでした。

結果的には、私の染めた髪型を観て反応が様々であり、大変興味深い経験でした。

まず、ジェンダーで言えば、男性からはほぼ全員無視されました。

女性は、それぞれでした。

例えば、私のモンゴル人のゼミ生(女性)は、染めた頭の私を見ると、「先生、ゴビ砂漠に頭を突っ込んだんですか?」と言って笑いだしました。なぜ、「ゴビ砂漠」なのかは不明ですが、何となく言いたいことは分かります。

中国人の瀋陽出身のセミ性(女性)は、「先生、何かあったの?賭けなんだ。1日我慢すれば、また元に戻るんなら大丈夫」と悲しそうな顔をしてくれました。

ベトナム人の複数の留学生(女性)には大受けで、「先生のこと、今まで何とも思わなかったけど、今日、初めてかっこいいと思った!」と言われました(半分は馬鹿にされているかも)。

日本人の女学生は「先生、OK」、「就職活動前の4年生みたいですね」と軽く、流してくれました(でも、就職活動前の4年生は金髪ではなくて、黒髪に染めるのではないでしょうか?)。

「ゴビ砂漠頭」から「かっこいい」とまで、言われて、結局、彼女たちが(普段の何十年変わらない)私の髪型をどう思っていたかが分かりました。少なくても、金髪に批判的だった人たちは、普段の私の髪型に違和感を抱いていなかったのでしょう(ただ、見慣れていただけかもしれませんが)。

逆に、「かっこいい」と言ってくれた学生たちは、普段、私を「変な髪型」と観ていた(もしくは、全く無視されていた)のでしょう。そして、私自身、非日常の自分に酔っているような感覚がありました。

人は環境によって左右されるとする「環境決定論」を重視するならば、髪型の変化は環境の変化を促すため、人の内面の変化をもたらす可能性があり、軽視できないという結論に至ります。

周囲の認識が変化して、対応が変化するならば、自分も変わっていくと考えるほうが自然です。

何か、色々、変えてみたくなりました。何回もすると意味ないか。

2017年10月25日 20:31

誰がためにガムを噛む

私のゼミには留学生が多く、各国の若者論、文化論で盛り上がることが多々あります。

先日は、ガムでした。

ある中国からの留学生(女性)は、恋人とのキスを予期して(準備として)ガムを噛むと言いました。ベトナムからの留学生(男性)は、タバコ匂い消しのためにガムを噛むと語ります。タバコの匂いを消した後に、恋人を会う可能性もあり、中国からの留学生と通底するものがあるのかもしれません。

さて、日本です。そもそも、近年、日本人(の若者)はガムを噛まなくなっています。

全日本菓子協会によれば、国内のガムの小売金額は、2004年の1881億円をピークに減少し続け、2016年には1,058億円まで落ち込んでおり、この12年間で40%以上マイナスになったことになります(日本チューインガム協会HP, 2017年)。

その理由は様々挙げられていますが、まず、同値段で入手できるミントタブレット(錠菓)やリフレッシュキャンディー、グミキャンディーそして、コンビニの「カウンターコーヒー」の存在がガムを遠ざけているという意見があります(読売新聞, 2016年3月19日)。

そして、更に興味深い分析としては、スマートフォンがガムの「競合製品」となっているという見方です。

そもそも、ガムは「移動中」に噛まれていたのですが(ガムを噛むケースでは約7割が「移動中」)、その「移動中」に、スマホをいじるケースが増えたため、「ガム離れ」が進んでいると結論付けるのです(読売新聞, 2016年3月19日; 週刊朝日, 2016年10月7日号)。

色々と調べて分かってくることは、日本人はあまりガムを異性との関係に結び付けていないということです。

ただ、恋愛に異常に結び付けたケースもあります。

ガムの国内シェア1位のロッテのうたい文句は「お口の恋人 ロッテ」です(ロッテはガムだけを販売している訳ではありませんが)。そして、そのロッテは、2014年11月から「ガム彼!」というストーリーを(広告?)展開しています。

それは、なぜか「歯」に変身してしまった女子高生と、ガムを「イケメン」に擬人化したキャラクターたちが織りなすシュールな恋愛物語なのです。
(「ガム彼」https://libre-inc.co.jp/special/gumkare/)

ホームページには、「今すぐ僕らを噛みしめてその口で」と書かれております。
(https://www.lotte.co.jp/entertainment/campaign/gumkare/)

日本では、もはやガムは、異性との接近の道具(手段)ではなく、そのものが恋愛対象になることでしか生き残れないのでしょうか。

不思議な国ニッポン。

2017年9月30日 02:47

2017年 ネパール滞在記(11): 6,7日目 次、どこにいきましょうか?

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月1日~9月8日までネパールでボランティア活動に従事してきました。個人的には、ネパール地震後に訪問しており、2回目となりました。今回は、私1人ではなく、学生11名、神戸ユネスコ協会理事2名の合計13名の団体です。学生は日本に学ぶ留学生が中心となっており、国籍別としては日本(2名)、ネパール(4名)、ベトナム(3名)、中国(3名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

6日目。

最終日、それぞれの経路で日本に帰ります。私は往路同様、バンコク経由でした。中国の雲南省昆明経由が3便に分かれており、例によってバラバラです。

ただ、皆の気持ちは共通で、「帰りたくない」というもので一致していたのではないでしょうか。

ボランティアと言っても、実質、3日間です。目的であった避難訓練の説明もしくは実施ができた学校は、小学校、中・高校合わせて僅か6校です。

もちろん、毎日、楽しかったのですが、「もっとできたのではないか」、「もっとすべきだったのではないか」と考えてしまうのです。

私が神戸で指導するネパール人学生の4人は、後期が始まる月末までネパールに残り、それぞれの実家に帰りました。その1人のスマン君は、自分の母校にパンフレットを持って行き、避難訓練をしたそうです。

小さな試みですが、広がっていけばいいと思いました。

今回、避難訓練のネパール語パンフレットの作成には、約3週間、旅行の準備も1ヵ月と慌ただしいものでしたが、この企画は、短期間だったにもかかわらず、成功だったと信じたいです。

それは何よりも、日本で学ぶ4人のネパール人の学生の協力が大きいです。彼らは、ホテル少しでも問題があれば交渉し、車を準備し、食事をオーダーするなど、ロジスティクスを全て担当してくれました。お金がかかる際は、殆ど値引きすることができたのは、彼らの交渉力のお蔭です。

訪問した学校で、現地の学生が真剣に耳を傾けてくれたのは、彼らが通訳してくれたからであり、そして、彼らが自分の言葉で、日本の経験を語ったからです(彼らは、社会学で言うところの「マージナルマン」としてネパール人と神戸ユネスコ協会青年部・日本経済大学ユネスコクラブのアイデンティティを重ねながら頑張ってくれたのです)。

そこには、バイトで疲れて眠そうにしている大学の教室で観る彼らとは別人のような、頼りがいのある国際人がいました。教員として私は、彼らの母国で彼らを見ることができて良かったと感じました。

私は留学生の多い大学で、留学生に囲まれて過ごしているのですが、ネパールだけではなく、彼らの母国で彼らに会えれば(会うだけではなく、ボランティアのような企画があれば)、また、違った彼らを見つけることができるように思えるのです。

7日目。

台風の中、Lineに関西空港到着のメッセージが相次ぎました。そして、皆、「次、どこに行きましょうか」と続けます。

「ブレーメンの音楽隊」、再結成しなければいけないかもしれません。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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