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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

留学生日記

2017年3月15日 01:06

国際交流に思う

3月11日、12日の2日間、神戸市の諸団体が主催する「KOBE国際交流フェア2017」(後援:外務省、神戸市教育委員会、JICA関西、兵庫県国際交流協会)に参加しました。

私が勤務先の大学で顧問をしていますユネスコクラブに所属するベトナム、中国、ネパール、モンゴルの留学生と共に参加したのですが、1日目は外国人スピーチ大会が開催され、2日目は各国料理の模擬店や各国の音楽が流れ、文字通り国際色豊かでした。

この国際交流は○○国料理とか、○○国の音楽とか「国」単位です。

私のゼミには日本出身者の他、中国出身、ベトナム出身、ネパール出身、モンゴル出身が在籍していますが、ベトナム人では、北のハノイ郊外出身者と南のホーチミン出身者では、(昔は異なる国であったので当然かもしれませんが)、かなり文化や風土が異なることが分かります。

中国人は、北の黒竜江省出身と福建出身者では南北ベトナム以上に考え方が違います。

ネパールは、人口が約2,650万ですが、多民族国家であり、またカースト制度が民族に絡んでおり、非常に複雑です。

更に世界には「クリエイティブ・クラス」論にあるようにグローバル・エリート層が国境を越えて存在します。

このように単純に「国」では割り切れないのが現状であり、単純に「日本と○○国の友好」という枠組みでは収まらず、国際交流とは何かを考えざるを得ないのです。

どちからと言えば、私は、「国」単位の国際交流よりも、個人として対峙するようなコミュニケーションが望ましいと考えています。

ただ、「KOBE国際交流フェア2017」に2日参加してみると、「個」が重視され、「複雑で多様な時代」だからこそ、1年に1回ぐらいは、留学生たちが○○国出身という「国」単位でアイデンティティを確認し、「仲間」意識を確認するのも良いのではないかと思えてきました。

米国の社会学者ダニエル・ベルが、1980年に「国民国家は、生活の小さな問題をきめ細かく解決するには大きすぎ、大きな問題を処理するには、あまりにも小さすぎる」(慶応国際シンポジウム実行委員会編『地球社会への展望:慶応国際シンポジウム』日本生産性本部、261頁)と指摘したように、現代社会は一国の限界を突き付けて久しいです。

それでも、多様な人々を集約する「国」というアイデンティティも時には有効であり、これから変容することはあっても、重要な単位であることには変わりはないと考えます。

個人や集団が、多様な人々の集団である自分の「国」や「地域」を、私のストーリーとして語り(背負うことはないのですが)、ステレオタイプを越えて交流するのが国際交流の理想なのではないでしょうか。

2016年12月 7日 21:52

2016年カンボジア訪問記(13):総括 フラット化しない世界

昨年に引き続き、11月17日から11月23日まで神戸ユネスコ協会の理事の1人として、カンボジアのプノンペンとシャムリアップを訪問しました。同協会理事は5名、私が教える留学生6名(出身国はベトナム、中国、モンゴル)、合計11名の旅でした。

今回の1週間のカンボジア訪問は、コンポンチュナン州貧困地域のストイックアイトロミア小学校とソカーオン小学校、児童養護施設「夢ホーム」を訪問しました。4日目にシェムリアップに移動してからは、日本ユネスコ協会連盟が運営うるリエンダイ寺子屋復学支援クラスとリエンダイ寺子屋夜間サテライト教室を視察させて頂き、ボランティアの連続でした。

1年ぶりのカンボジアの印象は、イオンモールや自動車の増加に見られるように急激に経済が成長している姿でした。

そのような中、訪れた様々な教育施設は「成長」とは異なる状況にありました。貧しくなっているとは言えませんが、「豊かさ」に大きな隔たりがあります。特にリエンダイ寺子屋復学支援クラスとリエンダイ寺子屋夜間サテライト教室のある地域は、貧困と言って間違いがないと思われます。

私は、グローバル化現象を講義で語る時、トーマス・フリードマン著『フラット化する世界』(2005年)をたたき台として使うことが多いのですが、「フラット化」という言葉は少なくてもカンボジアには似合わないことを実感しました。

カンボジアに限ったことではありませんが、グローバル化で先進国と途上国の間の国家間の格差の「フラット化」が推進されても、各国国内の格差は大きくなるばかりなのです。

むしろ、国家間の「フラット化」が進めば進む程、多くの国家で格差が大きくなっていくように思えるのです。

「フラット化」は、グローバル化の一面でしかありません。むしろ、生活レベルでは「格差化」が著しいのです。

であるとすれば、格差対策はどうすればよいのでしょうか。国際的には「フラット化」している各国が税制などで調整することも大切でしょう。同時に、国を越えた援助が国境をクロスして広がっていくことも効果的かもしれません。

今回のカンボジアでのボランティアには、私が神戸で教える中国、モンゴル、ベトナムからの留学生と一緒に参加しました。

学生たちが言うように、私たちは「格差化」の前で殆ど「無力」でした。しかし、日本に留学している彼らが、神戸ユネスコ協会青年部の一員としてカンボジアでボランティア活動をすること自体が、新しい試みであったように思えます。

ただ、彼らは「先生の解釈はどうでもいいよ」、(泣いたり、笑ったりしていましたが)「楽しかったから」と言うかもしれません。

2016年12月 6日 01:36

2016年カンボジア訪問記(12):6日目 アンコール・ワットの首のない仏像が象徴するもの

昨年に引き続き、11月17日から11月23日まで神戸ユネスコ協会の理事の1人として、カンボジアのプノンペンとシャムリアップを訪問しました。同協会理事は5名、私が教える留学生6名(出身国はベトナム、中国、モンゴル)、合計11名の旅でした。

【6日目】
カンボジアのボランティア訪問も最終日となり、私たちはアンコール・ワットを観に行きました。今回は、小学校、施設、寺子屋とボランティアの連続で、アンコール・ワット訪問が唯一の観光らしいイベントでした。

残念ながら天候が悪く、雨でしたが、通訳のサンさんの素晴らしい日本語解説で充実した訪問になりました。

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私が気になりましたのは、アンコール・ワット内部に首だけがない仏像がいくつも存在していたことです。サンさんのお話では、泥棒が持ち運びやすい首だけ取って、盗み、国内外に売り捌いた後だそうです。金銀、宝石が仏像の内部に埋め込まれていたことも盗掘行為に拍車をかけたようです。

誰が盗んで、誰が売って、誰が買ったのかは分かりませんが、世界中の美術館、博物館、マーケットには首だけの仏像があることになります。

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昨年、プノンペンの「キリングフィールド」を訪れた際、ポルポト政権下で虐殺され、本人確認ができない頭蓋骨だけの遺骨を沢山観ました。

不謹慎ではありますが、顔の無い仏像と、頭蓋骨だけの遺骨はどちらもカンボジアの暗部を象徴しているのかもしれません。

実際にポルポト政権とアンコール・ワットは歴史上、結びつきます。

ポルポト率いるクメールルージュは、1979年に政権を追われた後は、プノンペンからアンコール・ワット周辺に逃げて、一帯を勢力地とし、それから10年以上の長い内戦状態に陥ります。そして、その間、アンコール・ワット多くの貴重な遺跡が破壊されたと言われています。

私たちは旅行の最終日に観光をするつもりだったのですが、また、多くの宿題を課されたようにも感じました。

シェムリアップに戻り、その夜のフライトに備え、少し休んだ後、市内に出ました。中心街のPub Streetでは、どこかのお店からビートルズの名曲「マジカル・ミステリー・ツアー」が流れていました。

その夜、留学生6人とユネスコ理事5人の旅行が無事、終わりました(1人の学生が復路の航空券が使えなくなっており、私も飛行券を買い直して2人で、ソウル経由で帰ってきたのはおまけでしたが)。

1週間の旅行でしたが、数週間、ミステリーな旅をしていたように感じました。

2016年12月 5日 00:31

2016年カンボジア訪問記(11):5日目「あなたに逢えて本当に良かった」

昨年に引き続き、11月17日から11月23日まで神戸ユネスコ協会の理事の1人として、カンボジアのプノンペンとシャムリアップを訪問しました。同協会理事は5名、私が教える留学生6名(出身国はベトナム、中国、モンゴル)、合計11名の旅でした。

【5日目夜②】
シェムリアップ州ドンアウ村にある女性と子供だけのリエンダイ寺子屋夜間サテライト教室。

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授業の後半は、私たち日本からの「来客」が先生役を務めることになりました。

私が神戸で教える留学生(大学生)が教壇に立ち、先生のお手伝いをしました。

言葉が通じないのに身振り手振りだけで大変盛り上がり、その後、神戸ユネスコ協会の森理事の発案で、それぞれの国の歌を歌うことになりました。

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ベトナムの民謡を歌う(ベトナム出身で日本に留学中の)H君

日本チームは日本語で「犬のお巡りさん」、モンゴル出身のEさんはモンゴル語でモンゴルの子守唄、中国福建省出身のYさんは中国語で福建省の子守唄、Mさんは中国語で中国北部の子守唄、中国内モンゴルのC君はモンゴル語で内モンゴルのABC、ベトナム出身のH君はベトナム語でベトナムの民謡を披露しました。

私は歌を歌わずに、その代わりに文房具をお渡ししました。「皆さんがこのノートを使い終わる頃、また新しいものを届けに来たいです」とこの時は、本気に思ったことを申し上げましたところ、「名前を教えて!」と。

最後にサテライト教室の学生の皆さんが、私たちへのお礼にと「あなたに逢えて本当に良かった」というカンボジアの歌を歌ってくれました。

歌と共にベトナム人のH君が踊り始め、結局、皆で踊ることになりました。

裸電球2つだけのガレージ教室で、(室温30度は余裕に越えているにもかかわらず)エアコンなどはもちろんなく、皆、汗だくになりました。

でも、とても楽しかったです。

今回のカンボジア訪問は、プノンペンで2つの小学校、児童養護施設、シェムリアップで昼間にリエンダイ寺子屋復学支援クラスで、厳しい環境の子供たちと会い、私の学生たちも神戸ユネスコ協会の理事たちも精神的にも、体力的にも厳しいものがありました。

しかしながら、最後のサテライト教室で、皆と一緒に踊ってとてもハッピーな気分でした。援助とか、協力と構えると無力さだけが浮かび上がり、辛くなってしまいます。

現実も課題に直視することは必要です。その上で、何よりもボランティアは楽しくなくてはいけないとこの夜、実感しました。

シェムリアップのホテルまで、真っ暗な道をマイクロバスで帰りながら、学生たちも大人たちも皆、カンボジアに来て良かったと語りました。

カンボジアの皆さんに会えて本当に良かった。皆と来て、悩み、考え、笑い、泣き、踊り、本当に良かった。

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2016年12月 4日 01:59

2016年カンボジア訪問記(10):5日目 「南の国から2016~女性だけの村~」

昨年に引き続き、11月17日から11月23日まで神戸ユネスコ協会の理事の1人として、カンボジアのプノンペンとシャムリアップを訪問しました。同協会理事は5名、私が教える留学生6名(出身国はベトナム、中国、モンゴル)、合計11名の旅でした。

【5日目夜①】
シェムリアップ州にありますリエンダイ寺子屋復学支援クラスで数時間を過ごし、夕方、シェムリアップのホテルに戻りました。

ホテルに戻ると学生たちも引率の(私も含めて)神戸ユネスコ協会理事たちも皆、疲れていました。体力的のみならず、課題が余りにも多く、自分たちの無力さに直面し、打ちのめされていたのかもしれません。

しかしながら、夜は車で1時間ほどのドンアウ村にある日本ユネスコ協会連盟が運営する寺子屋「夜間サテライト教室」を訪問する約束をしていました。

日本から持ってきましたお土産がなくなってしまい、シャムリアップの町中で25人分のノートとペンを買いました。施しに行くわけではありませんが、明日から私たちのことを覚えてくれている何かがあればと思うのです。

重い気持ちで夜道を車で走り「サテライト教室」に到着すると、そこは民家のガレージのようなところでした。裸電球が2つ点いており、20人ほどの20代~40代の女性と子供が文字を、声を出して読み上げ、学習していました。

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ドンアウ村「夜間サテライト教室」で子供を抱きながら文字の
習をする女性

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サテライト教室は女性と子供ばかり

不思議なことにその教室には女性と子供しかいないのです。その村の男たちの多くは海外に出稼ぎに行っているとのことで、残された女性たちが助け合いながら生活しているそうです。しかしながら、多くは学校を出ておらず、文字が十分には読めないので毎日2時間、週6日この「サテライト教室」で勉強しています。

暫くは、邪魔をしないように観ていましたが、長引きそうなのでその建物を見せて貰うことにしました。その教室の隣は何と美容室でした。文房具も売っていました。私がシャムリアップの町で買った文房具を、この教室の学生にプレゼントしたら、営業妨害かもしれないと思いました。

美容師は1人です。お客さんも若い女性が1人でした。10代後半でしょうか。女性たちの文字を読む声を背後に、髪を金に染めていました。シャムリアップに行くようなことを言っていました。

若い女性がこんな髪型にして「都会に行く」とすれば、何をするのか想像せざるを得ません。

ドラマ『北の国から '89帰郷』では、茶髪で富良野に帰郷した純を富良野の歴代番長たちが待ち構え、その1人を演じるガッツ石松氏が「剃るか!黒く染めるか!」と純に迫るシーンがあったことを思い出しました。

私は、止めるような関係でもありませんし、ただ、その作業を拝見していただけですが、せめてこの女性が文字を読めるようになっているのならば救われるような気がしました。

室温は30度を越えていたでしょう。汗が額から流れ落ちてきます。

「南の国から2016」、情けない限りですが、様々な現実を直視するだけです。

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寺子屋サテライト教室の隣の美容室で髪を染める女性

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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