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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

欧州事情

2018年9月17日 12:58

マクドナルドが貧困地域のコミニティを再生する?

私は、海外滞在中、その国にファーストフード店の「マクドナルド」があれば、できるだけ行くようにしています。理由は、「マクドナルド」という共通性の中の「違い」が面白いからです。

現在、フランスのマルセイユの貧困地域サンバルテルミー地区で、「マクドナルド」を巡る政治運動が起こっています。

同店は赤字だということで売却されようとしているのですが、それに対して、政治家や地域住民から反対の声が挙がっています(AFP, 2018年9月16日)。

フランスにおける「マクドナルド」は長年、食文化における米国の「帝国主義的」企業として批判の的でありました。成功しているグローバル資本主義者にとってはウエルカムであっても、貧困層を支持基盤とする民族社会主義者(右派)や社会民族主義者(左派)にとっては、「マクドナルド」は好ましくない存在なのです。

しかしながら、現在、同店は全く異なる評価を受けています。

フランスの左派政治家の代表的存在であるジャンリュック・メランション氏は同店を訪れ、「外から見れば、他のレストランと変わらないかもしれない」「しかし、この店はこの地域で唯一続いている場所であり、友人と一緒に何か飲んだり食べたりできる場所である」と存続を訴えています(同上)。

更に、同店は単なる友人と会食する「場」以上の社会的役割があるとさえ言われています。

この地区の労働者階級による共同体(コレクティブ)「SQPM」のメンバーのサリム・グラブシ氏によると同店はこの地域で最大規模の77人を雇用しており、実務研修を受けていない若者たちがここで働き、学校に行きたくない、学校に興味を失った子どもたちが、最初の仕事として働くことが多く、結果として犯罪防止に繋がっているというのです(同上)。

同地区の貧困層を支持基盤とする政治家は、(貧困層を支持基盤にするからこそ)同店の存続を主張しています。

このニュースは大変興味深いことを示唆しています。

それは、ローカルコミニティが壊れてしまった貧困地域では、薄利多売をビジネスとするグローバル企業がコミニティを再生する可能性があるということです。

マルセイユのサンバルテルミー地区のマクドナルドが、フランス全体のマクドナルドの評価を変えてしまうことはないかもしれせんが(やはり、ある地域では「帝国主義的」であり続けるでしょう)、それでも、同地区では、食事をする場としても職場としてもマクドナルドが求められているのです。

フランスの左派が批判してきたように、グローバル化は経済的に文化的に地域コミニティを壊してしまう可能性があります。しかし、壊れてしまった地域コミニティを修正するためには、グローバルな視野が必要になってくるのかもしれません。

このマクドナルド、是非行ってみたいです。

2018年4月14日 02:01

ハンガリーにおける「壁」と総選挙とナショナリズム

4月8日にハンガリーで総選挙がありました。

その結果、反移民、反EUを訴えてきたオルバーン・ヴィクトル首相率いる「フィデス=ハンガリー市民同盟」が49%の得票率で、199議席中、133議席を獲得して勝利しました。オルバン首相は、3期目に入ることになります(http://www.valasztas.hu/dyn/pv18/szavossz/hu/l50.html)。

この選挙で着目したいのは、反グローバル化、反ユダヤ主義、ロマ排斥などを主張する極右政党の「ヨッビク(より良いハンガリーのための運動)」が得票率19%、26議席獲得で第2党となったことです(同上)。

「フィデス=ハンガリー市民同盟」と「ヨッビク」を合わせた議席数は199議席数中、159議席となり、約80%がEUに懐疑的な反移民の右翼政党の議席となります(同上)。

私は1990年代、定期的にハンガリーを訪れていました。その頃のハンガリーは、親EU熱が沸騰しており、ハンガリーで会った人の多くが「私たちはヨーロッパ人であり、ハンガリーはEUに加盟すべきだ」と語っていたことを鮮明に覚えており、今日の激変に驚きます。

実際、2000年代に入ってからも、ハンガリーは親EU でした。

2004年5月にEUに加盟し、2004年12月20日に行われたEU憲章の議会承認では、賛成が322、反対は僅か12(棄権8)だったのです(吉武信彦「欧州憲法条約批准過程と国民投票(1)」『地域政策研究』第9巻、第2・3合併号、2007年2月)。

しかしながら、現在のハンガリーは違います。

2015年、ハンガリーは、シリアからの難民の流入を防ぐためセルビアとの間に延長175kmの柵(壁)を張り巡らしました。その後、クロアチアから難民が流入することを防ぐためにクロアチアとの国境にも「壁」を作りました。

かつて、1989年の「ベルリンの壁」の崩壊を促したのは、いち早く改革路線に舵を切っていたハンガリーでした。国外旅行の自由化を宣言し、1989年5月にはオーストリア国境に張られていた鉄条網が撤去します。ハンガリー経由で西側諸国に脱出しようとした東ドイツの人々が国境付近で「ピクニック」を開催したことが、東欧の共産主義政権崩壊のきっかけとなったのです。

そんなハンガリーが、なぜ「壁」を作り、移民排斥を高らかに謳うようになってしまったのでしょうか。

実は、オルバン政権は、主に地方の貧困層から支持されていると見なされています。ハンガリーばかりではないのですが、EUという巨大市場の中において「勝ち組」になれるのは(概して大都市の)少数派のエリートでしかないのです。

思ったより「美味しくなかった」EUに対して「幻想」が覚めたとすれば、そもそもハンガリーの「ヨーロッパ意識」とは何だったかを考えさせられます。

2018年3月 4日 04:40

1個400円のスイスのチョコを食べれば、スイスの何かが分かる

私は、縁があってよくスイスに行くのですが、このブログの私の担当をして下さっているSさん(QuonNet)が、「スイスと言えば、チョコですよね。スイスのチョコといえば、『レダラッハ』(Läderach)ですね」とメールで書かれてきました。

「レダラッハ」は、1962年、スイス東部のエネンダという村で生まれたチョコレートです。トリュフやバラエティに富んだフレッシュチョコレート(板チョコ)が有名で、今ではスイス国内のみならず、銀座三越にまで進出しています。

気になるお値段は、銀座三越ではフレッシュチョコレートが「100グラムあたり本体価格 1,800円(税込1,944円)」と表示されています(http://www.kataoka.com/laderach/lineup/)。

スイスでは、450グラムで33.75スイスフラン(約3,800円)ですので、日本では2倍以上に跳ね上がっていることになります。高いです。でも、そもそも高い「生もの」を空輸していますから、仕方がない値段かもしれません。

「レダラッハ」は、日本でいえば、地方の発祥の高級和菓子店の高級お煎餅という感じでしょうか。「レダラッハ」が、スイスを代表するチョコ店なのかを検証することができませんが、代表する一つであることに疑いはないように思えます。

当ブログ2016年2月14日付で言及しましたが、私はかつて、私が勤務する大学の職員から、スイスに行ったら「シュプリュングリ」(Sprüngli)のチョコを是非、買ってきて欲しいと言われました。

「シュプリュングリ」は1836年創業で、「ヨーロッパにおける最も著名なチョコ専門店のひとつ」(Cool Swissスイス観光情報)とされています。

代表的な24個(285 g)の缶入りの「Sprüngli House Tin」は43スイスフラン(約4900円)。1g=17.2円。1個=204円で、こちらも負けずに高級です。もし、空輸すれば、「レダラッハ」同様の値段設定になってしまうでしょう(以下、写真は、同社HPから)。

spruengli-haus-dose-gross_5.png

実のところ、私がかつて住んでいたところは、スイスのフランス語圏のジュネーブであり、上記の2社はドイツ語圏の高級チョコでして(ジュネーブでも購入できますが)、ジュネーブを代表するチョコとは言えません。

ジュネーブで(特に日本人の間で)有名なのは、「ステットラー」(Stettler)です。雅子様が皇太子殿下にプレゼントしたことで知られる同店は、「ジュネーブの石畳」と名付けられているチョコ(以下、写真は同社HPから)が代名詞となっています。こちらは日本では1粒400円程で空輸販売されています。


欧州でチョコといえば、ベルギーかスイスですが、ベルギーチョコといえば、「ゴディバ」(Godiva)という圧倒的なジャイアンツがいる一方、スイスのチョコ界は王様がいません。

雅子様チョコとして知られる「ステットラー」も、「ゴディバ」が大企業ならば、家内制手工業的な中小企業なのです。その小さな会社が、極めて付加価値の高く、競争力のある芸術品のようなチョコを世界に送り出しているのです。

1個400円。時計産業も同様ですが、スイスの中小企業の力強さを見せつけられます。

「スイス・チョコを食べれば、スイスの何かが分かる」と言えば、言い過ぎでしょうか。

2018年1月10日 02:30

スコットランドとバルセロナと「アヴェ・マリア」

音楽は、その曲を耳にした場所(空間)が記憶に焼き付くことがあります。

年末になりますと、フランツ・シューベルト作曲の「アヴェ・マリア」(エレンの歌第3番)が世界各地で流れますが、私は、この曲を聞くたびに約20年前に訪れたバルセロナを思い出します。

当時、英国・スコットランドのエジンバラ大学に留学していた私は、タブロイド新聞のクーポンを1週間集めると格安航空会社EasyJetのロンドン-バルセロナが「格安」で利用できるというプロモーションを用いて(参加して)、初めて年末のバルセロナ(カタルーニャの首都)を訪れました。クリスマス前のその街は、数々のイルミネーションでとても綺麗に飾られていました。

そして、なぜか数泊の短い滞在だったにもかかわらず、時節柄だったのでしょう、何度もストリート・パフォーマンスの「アヴェ・マリア」を見聞きすることになったのです。この透明感に満ちた曲は、不思議に、バルセロナを飾るガウディの建築物にもフィットし、心に沁み込んできました。

「アヴェ・マリア」は、もちろん、バルセロナともカタルーニャとも無関係です。そもそも、クリスマスにも縁のない曲なのです。。

同曲は、私が学んだスコットランドとは深い関係があり、18世紀から19世紀に活躍したスコットランドの詩人ウォルター・スコットの叙事詩『湖上の美人』(『湖上の麗人』)のドイツ語訳にシューベルトが曲を付けたものです。

物語の舞台は16世紀のスコットランド王国。

狩りで道に迷った青年の国王は「湖上の麗人」と称された美しい娘エレンと出会います。身分を隠していた国王は、厚遇してくれたエレンにお礼として自分の指輪を渡して立ち去ります。しかし、その後、エレンの父は反国王派リーダーとして国王と戦うことになってしまい、エレンの恋人マルコムと共に国王軍に囚われてしまいます。その時、娘のエレンがマリア様に助けて欲しいと願い「アヴェ・マリア」を歌います。そして、(指輪を持っている)エレンと再会した国王は、政敵であるエレンの父と恋人マルコムを許すのです。

ご存知の通り、現在、バルセロナがあるカタルーニャは、スペインからの独立を訴える人々が約半数を占め、政治的な緊張関係が続いています。約半数はスペイン残留を望み、独立運動が高揚しながらカタルーニャ自体が分裂しているのです。

仮に独立しても、もしくは、スペインに留まっても、いずれのケースにおいても亀裂は残ります。私は、政治現象を文学的(ロマン主義的)感覚を持って語るのは適切ではないと考えますが、今のカタルーニャは、カタルーニャに住む全住民(家族、恋人、友人)を救うため、誰かが、この透明感に満ちた「アヴェ・マリア」を歌わなければいけないのではないでしょうか。

音楽には、スペイン、カタルーニャ間、そして、カタルーニャ国内を、大きく引き裂く溝を修復するような力はないかもしれません。それでも、同曲は、人々にちょっとした「休戦」ぐらいはもたらすような気がします。

2017年12月31日 14:40

2017年「分断される社会」の顕在化に直面して

私は、この数年、早稲田大学エクステンションセンターにて「国際時事問題入門」(ヨーロッパ)という講座を担当していますが、12月の最後の講義は、1年間の総括をしています。

政治、社会現象を(カレンダーイヤーで纏める)まるで年末特番のように語ることに抵抗はありますが、誕生日と同じように、事象を振り返るために何らかの「区切り」は必要ではあります。

2017年の欧米を中心とした国際情勢を一言で纏めると、「分断される社会」が世界的に顕在化した1年であったと考えます。

1月には、米国でドナルド・トランプ大統領の就任し、トランプ政権が発足しました。「米国社会の分断」を顕著に表すこの政権は、社会の亀裂を修復するかのように、北朝鮮や中東問題等、「外交」を重視したように感じます。しかしながら、山積する国内問題を、国際問題で解決できないことは歴史が証明しており、前途多難であることには変わりません。

今年のヨーロッパは、選挙の1年でした。

4月のフランス大統領選挙では、長らく政権を担ってきた二大政党(社会党、共和党)が敗北し、5月の決選投票では、エマニュエル・マクロン氏の新党と極右政党・国民戦線のマリーヌ・ル・ペン氏の一騎打ちとなり、マクロン氏が勝ちました。

9月のドイツの連邦議会選挙では、アンゲラ・メルケル首相のドイツキリスト教民主同盟が勝利し、メルケル首相は4選を果たしましたが、極右政党のドイツのための選択肢が得票率12.6%(94議席)を獲得し、大きな話題になりました。

6月に催された英国の総選挙では、政権与党の保守党が318議席、得票率42.4%、野党第一党の労働党が262議席、得票率 40.0%でした。両党で80%以上も得票したことは、フランスやドイツとは異なる現象ですが、2016年6月の国民投票によって、EUからの英国の離脱(ブレグジット)が決定しており、この総選挙の結果はその反動とも言えます。従って、総選挙で、二大政党が勢力を維持したことは、英国の社会的分断を露呈したブレグジット問題が解決に向かっていることを意味しないでしょう。

ヨーロッパにおいて極右政党の台頭は、2017年に始まったことではありませんが、この1年は、より可視化されてきたように思えます。

そして、秋以降のカタルーニャのスペインからの独立運動も、地域別の「格差化」と位置付けることできるかもしれません。同時に、「同国」において独立支持者が半数しか至らないことは、明らかにカタルーニャも社会的に分断されていることの証左となってしまうのです。

ホーム・グローン・テロリストによる、テロ行為も続いています。

各国・地域が社会的に一体感を失いつつある今日、私たちはどのように(複数の)集団的アイデンティティのバランスを保ち、平和な社会を再構築すべきなのでしょうか。

「個」に立ち戻って考えてみましょう、というもっともらしい提案を、講義中、述べることも躊躇するような1年でした。

それでも、社会も人生も続くとすれば、社会の「持続」を重視し、教育においては(他者を受け入れる)包摂的で重なり合う集団的アイデンティティを尊重し、その源となる「個」の重要性を、これからも語り続けるしかないのでしょう。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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