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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

日本社会

2017年12月 3日 00:51

ドラマ『カルテット』に思う(2): 白黒付けない「疑似家族」の一員として精一杯、今を生きること

前回、ドラマ『カルテット』について、「こぼれる」というキーワードで考えてみました。今回は、白黒付けない「グレーな結末」という観点から見てきたいと思います。

ドラマ『カルテット』
制作国 日本
制作年 2017年
脚本 坂元裕二
出演 松たか子, 満島ひかり, 高橋一生, 松田龍平

あらすじ
【ある日、カラオケボックスで、30代のアマチュア弦楽器演奏家・男女4人が「運命的」に出会う。専業主婦のヴァイオリニスト巻真紀、祖父が有名な音楽家ながらサラリーマンをしているヴァイオリニスト・別府司、街中で演奏して小銭を稼ぐチェリストの世吹すずめ、フリーターでバツイチのヴィオラ演奏者・家森諭高の4人は、弦楽四重奏のカルテット「ドーナツホール」を結成する。彼らは、別府の祖父が所有する軽井沢の別荘に住み込み、4人で共同生活をしながら、どこでも演奏に出かけることになる。縁があって、レストラン「ノクターン」と契約し、専属に近い形となりながら、より大きな夢を抱き、ミステリアスな問題に直面しながら面白可笑しく暮らしている。】

高い評価を受けた本作に関しては、多くの評論がありますが、佐藤結衣「『カルテット』最終話で真紀が"こぼした"ものとは? どこまでもグレーな結末を読む」(Real Sound, 2017年3月23日)が一番しっくりきました。

「白黒つけたがるときは、往々にして相手を糾弾したいときだ。味方でいる分には、白でも黒でもそばにいることには変わらない。内緒にしたい秘密があっても「信じてほしい」と言われたら信じる、それだけだ。」(同上)

「だから、カルテットドーナツホールの4人は、おたがいの秘密を探らない。きっと気持ちと同様に、秘密はときどきこぼれてしまうものだ。仮に、その片鱗が見えたとしても「いいよ、いいよ」と隠すのを手伝うほど、圧倒的な味方。」(同上)

上記の通り、このドラマの人間関係が劇的に変化することはありません。4人の恋愛感情はいずれも成就せずに、カルテットの「夢」である音楽での実力を持っての成功も、ありません。真紀が、悪いことをしたのかどうかも分かりません。グレーなのです。

それは、佐藤氏が指摘するように、4人が互いに「信じる」故、絶対的な味方になったからなのでしょう。

このような白黒付けないグレーで曖昧な人間関係は、非常に「日本的」であるようにも感じます。和を重んじるならば、それでもいいのですが、違和感もあります。

実は、欧米人(欧米先進国人)のように、白黒付けても味方になることはできるのです。言い換えれば、愛する者のマイナス部分(黒)をも包み込むことは可能なのです。

むしろ、家族ならば、マイナス部分を直視したいと思うのではないでしょうか。そうすると、カルテットの4人は「疑似家族」故に、グレーに包み込んでいくのではないでしょうか。そして、それは、「甘えの構造」的な匂いがしないとも言えません(もちろん、彼らも分かっているので、第10話で、厳しい社会からの批判を、ある人からのカルテットへの手紙という形で表現しています)。

それがいけないとも思いません。

【例えば、2015年1月、パリで風刺新聞社「シャルリー・エブド」を移民系2世のホームグローンテロリストが襲撃したシャルリー・エブド襲撃事件の後、フランスが「私がシェルリー」とプレートを掲げて白黒を付けたような現象に、私自身、非常に違和感がありました。】

白黒付けて、「黒」を自分たちの社会(もし、社会が、拡大した「疑似家族」であるならば)に受け入れられないならば、白黒付けないほうがいいかもしれないのです。

いずれにしても、カルテットは白黒付けない「疑似家族」として存在していきます。彼らの未来がどうなるかは分かりません。

それを考える必要があるのかどうかといえば、ないのでしょう。真紀が「死ぬなら今かなってくらい、今が好きです」と語るように、このドラマは、「今」を「いかに生きるか」がテーマなのですから。

白黒を付けずに、精一杯、今を生きる。それだけで、十分なメッセージです。

2017年12月 2日 13:48

ドラマ『カルテット』に思う(1):「こぼれる」瞬間を掴むこと

ヨーロッパ線の飛行機の機内エンターティメントにて、このドラマに「出会い」、遅ればせながら全話見ました。ラブストーリーであり、サスペンスであり、コメディーである本作は、本当に飽きさせない10話でした。

ドラマ『カルテット』
制作国 日本
制作年 2017年
脚本 坂元裕二
出演 松たか子, 満島ひかり, 高橋一生, 松田龍平

あらすじ
【ある日、カラオケボックスで、30代のアマチュア弦楽器演奏家・男女4人が「運命的」に出会う。専業主婦のヴァイオリニスト巻真紀、祖父が有名な音楽家ながらサラリーマンをしているヴァイオリニスト・別府司、街中で演奏して小銭を稼ぐチェリストの世吹すずめ、フリーターでバツイチのヴィオラ演奏者・家森諭高の4人は、弦楽四重奏のカルテット「ドーナツホール」を結成する。彼らは、別府の祖父が所有する軽井沢の別荘に住み込み、4人で共同生活をしながら、どこでも演奏に出かけることになる。縁があって、レストラン「ノクターン」と契約し、専属に近い形となりながら、より大きな夢を抱き、ミステリアスな問題に直面しながら面白可笑しく暮らしている。】

このドラマで議論の溯上に乗っているのは、「まさか」(の人生)=「運命」であり、「夢」であり、「(疑似)家族」であり、「恋愛」であり、そしてそれぞれの「秘密」が全てを覆い隠します。

各人の過去の「秘密」を問わずに4人はグレーのまま互いに信用しようとします(佐藤結衣「『カルテット』最終話で真紀が"こぼした"ものとは? どこまでもグレーな結末を読む」, Real Sound, 2017年3月23日)。

その根拠は、すずめが真紀に投げかける「こぼれた愛情は嘘のはずはない」(第9話)という言葉に象徴される実在への信頼になります。

そして、すずめは、「こぼれる愛」によって結びついている4人が演奏をする音楽が楽しいというのです。音楽は過去には戻らない、前に進むだけであり、それは、人を好きになった時、前に進むのと同じだと。

ここで、今の実在が、過去の嘘を乗り越え、嘘なんかどうでもよくなってしまうのです。

この4人は最初からそのような関係だったのではありません。策略的で、世俗的で、打算的な始まりから、共同生活をすることで、「こぼれる」関係に至るのです。

「こぼれる」ことは、別に特別なことではないです。日々、日常においていつも誰かの感情が「こぼれている」のです。重要なことは、「こぼれている」場にいるかいないかなのです。ただ、その場に居るだけでも不十分です。カルテットを組むように、見つめ合わなければ。

人と人のコミュニケーションツールとしてSNSが大きな役割を担いようになっています。でも。SNSじゃ、見つめられない。「こぼれる」瞬間を見逃してしまうかもしれません。

2017年12月 1日 09:22

日本人のサービスとは?:「神様」に仕え、「神様」になること

かつて衣服の販売店でアルバイトをしていた中国からの女子留学生が、「日本人って時々、分からないところがあります」というのです。

当ブログでは何度となく言及していますが、私は、留学生が多い大学に勤務しており、このような話題に事欠かないのですが、今回は非常に興味深く耳を傾けました。

彼女が言うには、勤務前後に私服で自分が店に出入りする際、日本人のお客さんと間違ってぶつかったりすると、お客さんはとても丁寧に「すみません」と謝ってくれるそうです。

しかしながら、一旦、彼女が店の中に入り、「バッジ」(社員証)をしてしまうと、お客さんが間違ってぶつかった時も、お客さん側が謝ることは滅多になく、一方的に社員として謝罪しなければいけないというのです。

彼女は、「仕事中でも仕事外でも私は、同じ人間なのに何か変です」と語っていました。

私は、彼女の言っていることは非常に分かります。ただ、日本のサービス業には(良いお店程)「お客様は神様です」という鉄則があり、お店では、お客は「神様」のような存在として認識されます。そして、それは従業員が、お客様=「神様」に仕えることを意味します。

「おもてなし」という観点から申し上げれば、このサービス精神が日本の「強さ」でもあります。外国人観光客は、概して日本のサービスの素晴らしさに感動して、帰国していきます。

しかし、労働条件として考えれば、非常に厳しいと言わざるを得ません。日本人は、日々、労働者(アルバイトも含め)としてはお客さん(「神様」)に仕え、同時に消費者(「神様」)としては仕えられる存在なのです。

問題は、この「是非」が、コインの「裏表」になっていることです。日本のサービス業の強さ、素晴らしさの裏側が、働く人への厳しい接客ルールとなっているのです。どちらかだけを、褒めたり、批判しても意味がありません。労働慣習を否定してしまえば、「おもてなし」の美学もなくなってしまうのです。

逆に、欧米社会は、一般にサービス業の接客態度は良くなく、閉口することが少なくありません。しかし、働く側がお客に仕える必要もないのです。そこでは、客としても労働者としても、良くも悪くも「人間」であり、「神」の存在はないのです。

それぞれ、日本型のサービスも、欧米型のサービスも一長一短なのですが、残念なことに人は生活環境を選択することができません。日本にいれば日本社会、ヨーロッパにいればヨーロッパ社会の中で生きていかなければいけないのです。

2017年11月29日 00:13

なぜ、つくばエクスプレスの「20秒早発」の謝罪が、国際ニュースになるのか?

面白い情報は、瞬時に国境を越えることを実感させる、大変興味深いニュースがありました。

10月14日、茨城県つくば市と東京・秋葉原を結ぶ「つくばエクスプレス(TX)」が、千葉県流山市の南流山駅において、普通列車(下り)が定刻より約20秒早発してしまいました。9時44分40秒発車予定だったものが、9時44分20秒になってしまったということです。

TXを運営する首都圏新都市鉄道は、乗務員の確認不足が原因として、同社のホームぺージにおいて「お客様には大変ご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます」と謝罪を掲示しました。

同社の謝罪文は、現在も以下において公開されています(首都圏新都市鉄道HP)(http://www.mir.co.jp/company/release/2017/post_109.html)。

この「20秒早発」謝罪は、、ソラニュース24(ロケットニュースの英語版)が報じたことを皮切りとなって、海外メディアでも続々と報じられます(The Huffington Post Japan, 11月17日)

2日後の11月16日にはBBCの記事「Apology after Japanese train departs 20 seconds earl」となります(BBC online, 16 November 2017)。

BBCの記事が面白いのは、英国人がTwitterで自分の通勤列車を運営する会社に対して、首都圏新都市鉄道のニュースを訴えていることです。

例えば、英国のAlastair Stewart‏氏は、11月16日の16時25分(現地時間)に、Twitter で以下のように書かれています。

"Apology after Japanese train departs 20 seconds early".Read; weep; read; laugh. そして、@networkrail @SW_Railway @SouthernRailUKと鉄道会社名を列記します。

英国人のWill Forster氏も11月16日の17時16分に以下のように記されています。

Don't think this will be an apology @SW_Railway or any other train company in the UK will ever have to make!

ここでも、イングランドのSouth Western (SW)Railway社等では、こんな謝罪はあり得ないと厳しいコメントです。

英国だけではなく米国でも報道され、そして、日本に跳ね返ってくるのです。10月17日には、世界各地で話題になっていることが、また記事になります(産経ニュース, 11月17日; The Huffington Post Japan, 11月17日; 朝日新聞デジタル,11月20日)。

10月14日の「20秒早発」から3日後、情報が地球を1週して戻ってきたような感覚です。

この記事が世界で耳目を集めた理由は、認識のズレなのです。

海外では、「20秒」の何が問題なのか分からないとしながら(やり過ぎというニュアンスも含みながら)、同時に、あまりにも時間にルーズな自国の鉄道会社を比較しているのです。

昔、英国留学中にみたBBCのドキュメンタリーで、BBCの特派員がJR山手線の運転手に「時間通りに運行するのはストレスではないですか?」と聞いていました。運転手は「時間が守れないことがストレスです」と答えていました。

その時、私は、二つの社会に救いようもないギャップが存在すると痛感しました。

2017年11月24日 03:33

グローバル化が不可避ならば、髪の毛も「みんな違って、みんな良い」社会にならないと

大阪の府立高校に通う女子学生が、生まれつき茶色い髪の毛を、皆と同じように黒く染めるように先生から何度も指導されて精神的な苦痛を受けたとして賠償を求める訴訟を起こしたというニュースが話題になっています。

概して、高校側を批判する声が多いように見られます。

私は、留学生の多い大学に勤務しており、当然、髪の色や髪型は、バラエティに富んでいます。地毛の人もいるし、染めている人もいるかもしれませんが、染めることも含めて個性と認識し、「いいね」と言うことはあっても、批判することはありません。

高校と大学は違うと言われるかもしれません。

しかし、文科省は2000年までに留学生30万人計画を掲げています。2016年5月1日現在において239,287人ですので、微妙ですが、不可能な数字ではないでしょう(「平成28年度外国人留学生在籍状況調査結果」日本学生支援機構)。2020年以降、更に50万人、100万人規模の留学生が日本の大学に学びにくることになるかもしれません。

大学で留学生が増えてくれば、高校の段階で、日本の学生が海外の高校に留学したり、逆に日本の高校に海外の高校生が学びにくることも活発化するかもしれません。

それでも、高校は、留学生も、日本人も「学則」等で縛って、髪を真っ黒にするのでしょうか(もちろん、上記のような高校は多くないと思いますが)。高校において地毛を染めることを禁じるならば、100歩譲って理解できますが、同化を目的にあらゆる髪の色を黒に染めることは、イデオロギーになってしまいます。

私は、当ブログ2013年5月15日付において金子みすゞさん(1903年 - 1930年)の名作「わたしと小鳥と鈴と」を採り上げ、「『みんな違ってみんな良い』社会が意味すること」というタイトルで、論じたことがあります。

金子みすゞさんの詩は「みんなちがって、みんないい」が強調されます。

グローバル化が進み、日本社会が多様な人々で構成されるようになると「みんな違うこと」が当たり前になっていきます。そうなると、今度は欧米社会のように(肌の色は違っても)「みんな同じだ」、(だから)「差別は止めよう」というキャッチフレーズに変わっていくのです。

2017年において、生まれつき茶髪であること=「違うこと」で、皆と「同じ」黒髪に同化を余儀なくされている事実は、まだまだ、金子みすゞさんの「わたしと小鳥と鈴と」が読まれ(歌い)続けなくてはいけない現状であることを再認識することになりました。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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