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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

日本社会

2017年6月 5日 00:00

「私日本人でよかった」ポスターが投げかけたこと(2)

前回に続いて、6年前に神社本庁が制作した「日本人でよかった」ポスターについて考えていきます。

このポスターが問題化されたのは、モデルの女性が中国人であったことです。

神社本庁は、モデルが日本人であると宣言してはいませんが、「日本人でよかった」というフレーズのポスターが中国人ではおかしいのではないかという批判がありました。

ただ、私は(おそらく)制作会社が「間違って」中国人モデルの写真を使ってしまったことは不思議ではないと考えます。

私は、留学生の多い大学で教えていますが、韓国、台湾、ベトナム、中国の女子学生は、メイクやファッションによって簡単に(見た目において)「日本化」しているように感じています。

彼女たちは日本に滞在していますので当然かもしれませんが、日本に学ぶ留学生ではなくても、東アジアの大都市では同様の傾向はあるのかもしれません(例えば、資生堂の売り上げは国内よりも国外が上回っています)。

言い方を変えると、日本的な「美しさ」はグローバル化しており、既に、日本を離れてしまっているようにも見られるのです。クールな「美」を、「日本人でよかった」と日本の枠組みに閉じ込めることに、無理があるのではないでしょうか。

しかしながら、上記を私の知人のスタイリストに投げかけてみましたら、「まだまだ日本人とアジア人のスタイルには違いがあります」と答えが返ってきました。日本人は、ファッション上、脱日本化しているところがあるというのです。

確かに、日本人女性のファッションは多様化しており、街では外側からでは何人か分からない(おそらく)「日本人」もたくさん見られます。

当然、日本の美がグローバル化する過程において、脱日本化もされていくでしょうから、アジアの「日本化」とは簡単には言えないのでしょう(前出の資生堂も、日本の美を世界に広げているのではなく、資生堂がグローバル化しているとも言えます)。

いずれにせよ、国に限定して「美」を語ることは非常に難しくなっているのは事実でしょう(ナチスドイツが開催した「最も美しいドイツ・アーリア人の赤ちゃん」コンテストで優勝した赤ちゃんが、実はユダヤ人だったという史実がある通り、「美しさ」を民族の枠組みに規定することは昔からナンセンスだったのかもしれません)。

最後に、このポスター騒動が、ポスターが制作されてから6年後に出てきたことのタイムラグを指摘する論者がいます。

このポスターが注目されたのは、「一部の左翼的な人たちが騒いだから」であり(週刊ポスト2017年5月26日号)、「護憲派」による「愛国プロパガンダ・バッシング」に使われているというのです(Diamond Online, 5月11日)。

その通り、恣意的なものを感じるのは確かです。

しかしながら、それでも考えれば考えるほど、興味深いテーマです。

2017年6月 4日 23:55

「私日本人でよかった」ポスターが投げかけたこと(1)

4月から5月にかけて「私日本人でよかった」と大きく記されたポスターが話題になりました。

これは宗教法人・神社本庁が、6年前に「祝日の意義を啓発し、国旗掲揚を推進する」ために制作したものであり、実際、ポスターには「誇りを胸に日の丸を掲げよう」とも記されています(J-CAST, 5月12日)。

このポスターが注目されたのは、中央で微笑むモデルの女性が、実は日本人ではなく、中国人だったことが判明したことがきっかけです。

この騒動は幾つかの論点を提示しており、それらは非常に興味深いものがあります。

その一つは「日本人でよかった」という文言であり、次にモデルが中国人であった事実、最後にこの6年前のポスターが恣意的に問題化された点です。

まず、「私日本人でよかった」という文言について考えていきたいと思います。

私が勤務校で担当しています(留学生を対象とした)「日本事情」という講義で、留学生たちにこのポスターを見せてどう思うかと尋ねたところ、ネパール人留学生やベトナム人留学生の殆どが、「良いのではないか」、「自分の国に生まれてよかったと思うことの何が悪いのですか」という反応でした(このポスターのモデルが中国人であったことを既に知っていた中国人留学生は、笑ってノーコメントでしたが)。

確かに、どこの人であっても、母国の「民」であることを「よかった」と思うことは悪くはないのです。

実際に、「○○人でよかった」と思うことは、人生で多々あることでしょう。同時に、母国固有の社会的問題や政治家のスキャンダル等に直面すれば、情けなくなることもあります。

その中で、その国に生まれたことを受け止め、よりよい社会になることを願って努力すべきなのでしょう。生まれたことだけ、もしくは存在していることだけを公共性の強い有力団体が「良かった」と言ってしまえば、差別的な運命論に過ぎません。

重要なことは、人々(国民)の努力の結果を、人々(個々)が誇りに思うことなのではないでしょうか。

そもそも、よく指摘されるように、啓発的なポスターは「交通ルールを守ろう」のように、守っていない人がいることが前提とされます。

「日本人でよかった」と思えるように、目標を掲げ、それに向かって努力して、その結果を持って自国を誇れるような社会を構築すべきであるように思えます。

誰もが、交通ルールを守っている社会になれば、「啓発ポスター」は必要ないのです。

2017年5月 5日 10:19

なぜ、GWに約10万人の観光客が韓国に向かったのか?

JTBの調査によれば、このゴールデンウィークに日本から韓国を訪れている(訪れる予定の)観光客は9万6千人となっています(Travelvision, 2017年4月6日)。昨年よりも微減ながら、海外旅行者の総数が59万人であることから、相当数の日本人が韓国に足を運んでいることになります。

国会では朝鮮半島の有事の際、韓国に滞在する約3万8千人の在留邦人(「海外在留邦人数調査統計平成28年要約版」外務省領事局政策課)をいかに救い出すかが議論されてきたのですが、その最中に、更に10万人近い日本人観光客が現地に向かっているのです。

北朝鮮と韓国の間に軍事衝突があった場合、(最終的には在留邦人は米軍に救われるにせよ、数が少ない方がよく)「こんなときに観光に行くべきでない」という批判の声もあります(『アゴラ』2017年04月14日)。

それでは、なぜ、人々は韓国に行くのでしょうか。

まず、計画していたからというのが第一の理由かもしれません。長年、韓国は、日本人にとって時間的にも料金的にも手軽に行ける人気の観光地であり、国内観光地とほぼ同様に特別の理由はいらないとも言えます。

どちらかといえば、なぜキャンセルしなかったのかということを考えるべきなのでしょう。

そして、キャンセルしなかった理由は、「行けたから」なのでしょう。

外務省は日本人にとっての当該国の安全性を4つのカテゴリー(レベル)で表し、HPで公開しています。
【レベル4は最も強く「退避勧告」、レベル3は「渡航中止勧告」、レベル2は「要不急の渡航は止めてください」という段階であり、レベル1は「十分注意してください」です。】

現在の韓国は、レベル1でさえもなく、「現在,危険情報は出ておりませんが,北朝鮮との関係において,朝鮮半島情勢は,引き続き予断を許さない状況にあります。最新スポット情報,安全対策基礎データ,在韓国日本国大使館/総領事館のホームページや報道等から常に最新の情報を入手し,安全対策に心がけてください」と追記されているだけです。

少なくても外務省は、朝鮮半島情勢をそれ程の有事であると捉えていないことになります。

安全ならば、安全で良いのですが、それならば、なぜ国会で有事の際について議論してきたのでしょうか。もちろん、万が一について考えておくことは悪いことではないですが、「万が一」であることを強調する必要があります。

もしくは、外務省の分析のほうが間違っているのでしょうか。

もっとも、観光客も国際政治のアクターと捉えれば、10万人の観光客そのものが抑止力になるのかもしれません。抑止力として機能することを、ご認識されての御渡航ではないと考えますが、「国際政治における観光の影響力」は、もう少し考察しても良い視点かもしれません。

2017年5月 1日 02:48

「てるみくらぶ」倒産が突き付ける「格安航空券」はもはや存在しないという現実

ゴールデンウィークに海外に出られる方も多いことでしょう。チケットはどのようにお求めになられたのでしょうか。

格安旅行会社「てるみくらぶ」の倒産は、負債総額約151億円、関連負債は214億円、被害者総数は8万人から9万人と報じられています(朝日デジタル, 3月27日; 産経ニュース, 3月27日; 東洋経済online, 4月11日)。

これは、旅行業界では史上4番目に大きな倒産で、リーマンショック後では最大規模となり(トラベルビジョン, 3月28日)、あるビジネス形態の終焉を知らしめたと言えるのかもしれません。

1998年に創業した同社は、オンライン予約を駆使し、ハワイやグアムのほか、韓国や台湾などを中心に破格の値段で航空券やツアーを売り捌いていました。

しかし、3年前から赤字を黒字とみせかけ、経営状態を偽装しており、実際は、債務不履行、いわゆるデフォルトに近い状態だったことが明るみに出ています(日テレNEWS24, 4月27日)。

このように「てるみくらぶ」の経営が悪化したのは経営環境が変化したと論じられています。

従来、格安旅行会社は、航空会社から余剰座席を安く買い取り、安価なツアーを組むことをビジネスモデルとしていましたが、航空業界では数年前から航空機の小型化が進み、IT化もあり、余剰座席は減少していたとされます(「てるみくらぶ倒産でわかった『格安航空券ビジネス』の限界」AERA, 4月4日)。

同時に航空会社が直接販売するケースも増え、そもそも、以前のように、大量の余剰座席が生じることはなくなっているそうです(同上)。

それではなぜ同社は、利益に反して、格安販売を止められなかったのでしょうか。その理由としては、複数の旅行会社のツアーを一括検索し、代金順に並べて比較するサイトの利用が一般化され、同社にとって「安売りだけが差別化だった」からだと指摘されています(AERA, 4月4日;東洋経済online, 4月11日)。

つまり、「てるみくらぶ」の倒産が示したことは、旅行会社が売る「格安航空券」がもはや無くなっていたという現実です。にもかかわらず、同社が旧来のビジネスを展開していたことが被害を大きくしてしまったということになります。

この動きが、業界全体の変化であるとすれば、「てるみくらぶ」と同じような会社が少なからず存在する可能性があり、早急な対応が求められるでしょう。

そういえば、最近は、街中で旅行代理店の立て看板をあまり見なくなりました。

二十数年前、私が大学生となり上京しました時、東京の大きな通りにはあちこちに「ロサンゼルス往復99,000円」、「ロンドン往復125,000円」等という旅行会社の立て看板が置かれており、胸躍られたことを記憶しています。

「格安航空券」の終焉を、格安旅行会社のオンライン販売化、そして、その延長上の航空業界のIT化が格安旅行会社の役割を終えよう(変えよう)としていると理解すべきなのでしょう。

そう考えると、学生時代、ふと立ち寄った街角の小さな旅行会社の社長さんが、何時間も若者(私)の旅の計画に真剣に付き合ってくれたことを思い出しました。

また、欧州を貧乏旅行していると、ギリシャのアテネでは超格安航空券が手に入るという噂を耳にしました。当時、アテネの格安航空券は「ギリシャ神話」と呼ばれていました。

昔には戻れないし、時の流れを受け止めるだけではありますが、貧乏学生の我儘な計画に寄り添ってくれる相談役も、空の「神話」も無くなってしまうのは寂しい限りです。

2017年4月23日 01:34

「すず」は世界中の「片隅」にいる: 漫画『この世界の片隅に』から今、読み取るべきこと

大ヒットしております『この世界の片隅に』(片渕須直監督、2016年)の原作(こうの史代氏作)の単行本版を読みました。

あらすじ
【1944年2月の広島県呉。広島市内に住んでいた(絵を描くことが大好きな)浦野すずは、呉の北條周作と結婚する。周作とは、子供の頃出会っており、周作の望んだ結婚であったが、同居する小姑の黒村径子は歓迎していなかった。戦時下で生活も苦しい中、すずは周作に支えられながら、楽しく過ごしているが、軍港の街である呉は頻繁に空襲を受けるようになり、1945年6月22日の空襲で、すずが右手を失い、その時、すずと一緒だった径子の娘・晴美が亡くなってしまう。すずは径子に恨まれ、自分でも絶望しながら過ごしている。そして、8月6日、広島市へ原子爆弾が投下され、すずの実家も被害を受ける。間もなく終戦を迎え、すずは広島の実家を訪れるが、廃墟となっており、両親もいない。途方に暮れていたところ、周作がすずを迎えにくる。すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、出会った戦災孤児の少女を連れて呉に戻る。】

この漫画は、すずの目を通じて、社会史のように淡々と戦時下の日常を描いています。すずには政治的な主張もなく、広島から呉に嫁入りした(絵を描くのが大好きな)「普通」の女性です。彼女は、色々と悩みながらも元気いっぱい生きていきます。

そのような人生であっても戦争に左右されてしまうのです。まるでNHKの朝ドラを漫画で読んでいるような感覚です(同じ広島を舞台とした『はだしのゲン』と比較すると綺麗過ぎるような観もありますが)。

日本人が被害者となっている戦争物語は、国際的には日本人の「加害者意識」がないと批判されるかもしれません。

しかしながら、すずが普通の女性のメタファーであるとすれば、今日の北朝鮮にも、シリアにも、どこの世界の片隅にも「すず」がいるかもしれないのです。

大国のパワーを根源とする国際関係学のリアリズム的な思考を否定するつもりはないです。もし本当にシリア軍が化学兵器を使用したら許すべきではなく、北朝鮮が日本列島を攻撃することも許すべきではないです。

ただ、同時、世界中の「片隅」には「すず」のような存在がいることも忘れてはいけないと思います。もし、彼女が「イスラム国」に住んでいても、北朝鮮に住んでいても、彼女には罪はないのです。もちろん、戦時中の日本でも。

この漫画と映画がヒットしたことに希望を感じます。できれば世界中に届けたい作品です。特に、北朝鮮やシリアに。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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