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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

英国

2018年5月29日 19:51

メーガン妃とシンプソン夫人は何が違ったのか?

2018年5月19日に結婚した英国のヘンリー王子とメーガン妃が、直後の5月22日にはバッキンガム宮殿で開催されたこの園遊会に初公務として出席しました(ELLE online, 2018年05月23日)。

2人の人気は相変わらず高く、英国民の注目の的であり続けているようです。

私は、当ブログ2018年5月20日付にて、英国のヘンリー王子の結婚を主に「人種」という観点から考えてみました。「離婚」と「米国籍」に焦点を当ててみたいと思います。

まず、「離婚」ですが、メーガン妃は2011年9月に米国の俳優トレヴァー・エンゲルソン氏と結婚し、2013年8月に離婚しています。

ヘンリー王子は初婚ですので、当然、この離婚歴は問われたはずですが、最終的にはゴールインしました。

しかしながら、約80年前、1937年に英国のエドワード王子と結婚したウォリス・シンプソンさんの場合は異なりました。

米国人のシンプソン夫人は、2回の結婚、離婚歴があり、エドワード王子とは3回目の結婚でしたが、この結婚は世論の反発も強く簡単にはいきませんでした。

まず、エドワード王子は、1936年1月に父ジョージ5世の死後、即位しており、厳密には王子ではなく既に国王エドワード8世だったのです。独身であったエドワード8世は、シンプソンと結婚するために325日で退位し、王子に戻ることになります。

その後、王位に就いたのはエドワードの弟のジョージ(6世)であり、現在のエリザベス女王の父親です。もし、シンプソン夫人との結婚に退位が伴わなければ(エドワード8世が王であり続けていれば)、エリザベス女王の戴冠はなかったことになります。

それでは、シンプソン夫人とメーガン妃は何が違うのでしょうか。2人の生い立ちや個性はもちろん異なりますので、単純比較はできないでしょう。しかし、やはり、何よりも社会環境が違うのです(もちろん、王室に限定すれば、チャールズ皇太子とダイアナ妃が1996年に離婚していることも大きいでしょうが)。

第一次世界大戦後、英国の離婚率(人口1000人当たりの離婚者数)は、1人未満でしたが、現在は2倍以上となっています(United Nations, Demographic Yearbook, 2016等参照)。2014年、英国では12万人以上の人が離婚しているのです(同上)。

離婚率が高いことが良いのか、低いことが良いのかの判断は難しいところがありますが、いずれにせよ、離婚経験者であっても(未婚者と比較され)差別されない社会に移行していることは事実でしょう。

そのような意味においても、今回の結婚は社会的インパクトが大きいと考えます。

2018年5月20日 00:35

様々な境界線(ボーダー)を越えたヘンリー王子の結婚

英国のヘンリー王子と米国の女優メーガン・マークルさんが結婚しました。

この結婚は、英国王室史に例を見ないものです。まず、ヘンリー王子のお相手であるマークルさんは、アフリカ系アメリカ人の母親を持つ黒人ハーフであり、離婚歴もあります。そして、王子より3歳年上の36歳です。

そして、この結婚に関しては、人種差別的な英国の右翼から「黒人は醜く英王室の血を汚す」等の批判、中傷が続きました(Newsweek, 2018年1月16日; 産経ニュース,2018年1月16日)。

しかしながら、ヘンリー王子と英国王室は全くもって意に介さずに結婚式まで突き進みました(王室内でも外からは目に見えないところでドラマはあったかもしれませんが)。

ただ、人種差別に関しては、英国王室に美しい米国系(ハーフ)黒人女性が1人入っても、英国の人種主義は無くならないという報道もあります(The New York Times, 28 November 2017)。

バーミンガム・シティ大学のケヒンデ・アンドリュース社会学准教授も「王室は制度だ。そこに黒人の顔が1つ、とても明るい肌色のきれいな黒人の顔が1つ加わったところで、制度は変わらない」と語ります(ロイター, 2018年5月14日)。

初めての黒人系大統領となったバラク・オバマ大統領を生み出した米国が、次にドナルド・トランプ氏を大統領にしたことから見るように社会が変わるには時間がかかります。一喜一憂はすべきではありません。

それでも、英国王室がとても大きな変化を受け入れたのは確かでしょう。

今回の結婚に関しては、ヘンリー王子の母であったダイアナ妃の存在とダイアナの悲劇がなければ難しかっただろうとか、米国でオバマ大統領の誕生がなければ不可能であっただろうとか囁かれています。実際、兄のウイリアム王子が貴族出身ではないケイト・ミドルトンさん(現在のキャサリン妃)と結婚していなかったら、風当たりはもっと強かったかもしれません。

ヘンリー王子とウイリアム王子は兄弟で、王室の様々な境界線(ボーダー)を乗り越えてきたのです。

そして、時代の大きな変化の中で、ヘンリー王子とマークルさんは結ばれたことになります。逆に、この結婚を、一つの時代の変化の象徴として認識することも許されるのではないでしょうか。

おそらく、今後も差別は残るでしょう。英国も格差社会に直面しています。社会の制度は、一組の結婚では変わりません。その事実を深刻に確認しても、やはり、今回の結婚式は、肯定すべきお祝い事であると考えます。

2018年1月10日 02:30

スコットランドとバルセロナと「アヴェ・マリア」

音楽は、その曲を耳にした場所(空間)が記憶に焼き付くことがあります。

年末になりますと、フランツ・シューベルト作曲の「アヴェ・マリア」(エレンの歌第3番)が世界各地で流れますが、私は、この曲を聞くたびに約20年前に訪れたバルセロナを思い出します。

当時、英国・スコットランドのエジンバラ大学に留学していた私は、タブロイド新聞のクーポンを1週間集めると格安航空会社EasyJetのロンドン-バルセロナが「格安」で利用できるというプロモーションを用いて(参加して)、初めて年末のバルセロナ(カタルーニャの首都)を訪れました。クリスマス前のその街は、数々のイルミネーションでとても綺麗に飾られていました。

そして、なぜか数泊の短い滞在だったにもかかわらず、時節柄だったのでしょう、何度もストリート・パフォーマンスの「アヴェ・マリア」を見聞きすることになったのです。この透明感に満ちた曲は、不思議に、バルセロナを飾るガウディの建築物にもフィットし、心に沁み込んできました。

「アヴェ・マリア」は、もちろん、バルセロナともカタルーニャとも無関係です。そもそも、クリスマスにも縁のない曲なのです。。

同曲は、私が学んだスコットランドとは深い関係があり、18世紀から19世紀に活躍したスコットランドの詩人ウォルター・スコットの叙事詩『湖上の美人』(『湖上の麗人』)のドイツ語訳にシューベルトが曲を付けたものです。

物語の舞台は16世紀のスコットランド王国。

狩りで道に迷った青年の国王は「湖上の麗人」と称された美しい娘エレンと出会います。身分を隠していた国王は、厚遇してくれたエレンにお礼として自分の指輪を渡して立ち去ります。しかし、その後、エレンの父は反国王派リーダーとして国王と戦うことになってしまい、エレンの恋人マルコムと共に国王軍に囚われてしまいます。その時、娘のエレンがマリア様に助けて欲しいと願い「アヴェ・マリア」を歌います。そして、(指輪を持っている)エレンと再会した国王は、政敵であるエレンの父と恋人マルコムを許すのです。

ご存知の通り、現在、バルセロナがあるカタルーニャは、スペインからの独立を訴える人々が約半数を占め、政治的な緊張関係が続いています。約半数はスペイン残留を望み、独立運動が高揚しながらカタルーニャ自体が分裂しているのです。

仮に独立しても、もしくは、スペインに留まっても、いずれのケースにおいても亀裂は残ります。私は、政治現象を文学的(ロマン主義的)感覚を持って語るのは適切ではないと考えますが、今のカタルーニャは、カタルーニャに住む全住民(家族、恋人、友人)を救うため、誰かが、この透明感に満ちた「アヴェ・マリア」を歌わなければいけないのではないでしょうか。

音楽には、スペイン、カタルーニャ間、そして、カタルーニャ国内を、大きく引き裂く溝を修復するような力はないかもしれません。それでも、同曲は、人々にちょっとした「休戦」ぐらいはもたらすような気がします。

2017年12月17日 09:48

カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞を考える

今年のノーベル文学賞は、日系の英国人作家カズオ・イシグロ氏が受賞しました。受賞発表から2カ月以上が経ち、イシグロ氏の代表作『日の名残り』、『わたしを離さないで』が売れているそうです。

私は、以前、早稲田大学エクステンションセンターにてイシグロ氏の上記2本の映画作品を採り上げたことがあり、(そのような経緯もあり)急遽、朝日カルチャーセンター千葉で、「映画『日の名残り』で学ぶ英国」というタイトルで講演することになりました。

当ブログでは、『日の名残り』に関しましては2015年7月19日、『わたしを離さないで』に関しましては2016年11月 8日2017年6月 6日にて、言及しています。

両作品とも、日本がテーマではないのですが、『日の名残り』の主役の執事スティーブンス、『わたしを離さないで』の主役キャシーに関しては、日本人的な感性が投影されていると言えなくもないように思えます。

特に、『日の名残り』の主役の執事スティーブンスの文字通り、禁欲的な職業観は一昔前の日本人の職人的な仕事観と重なるところがあるように感じます。

もっとも、イシグロ氏は、英国籍の英国在住の作家であり、無理に日本人性を見出そうとすることが間違っているのかもしれません。

その上で敢えて申し上げれば、多くの欧米の読者がイシグロ氏の作品に日本人的な(もっと曖昧にオリエンタルな)エートスを嗅ぎ取っているのも事実でしょう。

つまり、イシグロ氏の作品には、エドワード・サイードが西洋における東洋を捉える際の思考様式を「オリエンタリズム」と呼んだように、欧米社会における日本(アジア)的な要素が読み取られている可能性があるのです。

非常に乱暴に語れば、ノーベル文学賞候補と称されて久しい村上春樹氏の作品は、「オリエンタリズム」とは異なり、むしろ、非日本的な要素が(必ずしも全作品がそうとは言えませんが)評価対象になっているようにも思えます。

イシグロ氏と村上氏の作品を単純に比較することはできませんが、欧米社会に内在化された「外国人」(日系英国人)であるイシグロ氏が2017年ノーべル文学賞を受賞したという事実から、ノーベル文学賞の傾向を紐解くことができるかもしれません。

誤解のないように申し上げれば、私はイシグロ氏の受賞にケチを付けたい訳ではありません。

普遍的な「文学の場」が十分に成熟していないとすれば、地域(言語別)に内在化された「外国人」の周辺文学を評価することで、「普遍性」を見出すしかないのかもしれません。

そういう意味では、村上氏のノーベル賞受賞は難しいということでしょうか。

2017年10月 4日 01:26

映画評論家バリー・ノーマン氏から学んだこと

研究仲間と映画評論の話題なり、私が尊敬する映画評論家がいることを語りました。

名前はバリー・ノーマン(Barry Norman)という方で、1972 年から1998年の間、BBCで「Film」という映画評論番組を担当されていました。

今は何をされているのだろうかと、ネットで調べたところ、本年6月30日に83歳で亡くなられていたことを知り("Film critic Barry Norman dies at 83", The Guardian, 1 July, 2017; "Film critic Barry Norman dies" BBC online, 1 July 2017)、大きなショックを受けました。

私は1990年後半から大学院修士課程と博士課程を英国で学び、毎週、ノーマン氏の番組である「Film」を見るのを楽しみにしていました。

ノーマン氏は、辛口の評論家であり、殆ど作品を褒めません。

どちらかといえば、シニカルに切り捨てる感覚なのですが、それでも、理論的であり、言葉に非常に説得力があるのです。言い換えれば、「本物」を教えてくれるのです。また、なぜか、ノーマン氏によって完膚無きまで批判された作品も、それを確認するために映画館に観に行きたくなるのです。

おそらく、それはノーマン氏が真摯に作品とその制作者に向き合っており、その結果として公正かつ建設的に批判しているからだと思ったものです。

映画は娯楽であり、どの映画が良くできていて、どの映画が良くないなどということは重要なことではないのかもしれません。しかし、業界に遠慮するのでも、配給会社に遠慮することもなく、公正に評論する姿勢に、何か英国の評論家精神をみたような気がしていました。

バーリー・ノーマン氏が亡くなられたというニュースを聞き、私は「Film」のオープニング曲だった1960年代のジャズの名曲I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free(Billy Taylor)を何度も聴きながら、いかに私が氏から影響を受けているかを改めて考えることになりました。

私は、ゼミ生からあまり褒めないと言われており、時々、頑張った学生を褒めると(それは、必ずしも結果ではなく、努力量が基本ですが)「先生、気持ち悪いからやめてください」と言われてしまうほどです。

私が褒めないことが良いかどうかは別として、学生たちに簡単に物事を肯定評価するのではなく、疑いながら「本物」を見極めて欲しいと考えていることもあります。ただ、他者や物事を批判するとき、批判のための批判ではなく、建設的批判も忘れないようにと言い続けています。

それは、何か、殆どノーマン氏が評論活動の中で行っていたことだったように感じます。

ご冥福を心からお祈りいたします。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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