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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

英国

2017年7月 2日 00:00

高層住宅グレンフェルタワーの火事が映し出した英国社会

6月14日未明にロンドンの高層住宅グレンフェルタワーで発生し、79名以上の命を奪ったとされる大火災は、家電ブランド「ホットポイント」の冷蔵庫が発火元だったと発表されました(BBC, 6月23 日)。そして、燃えやすい外装材が、被害を拡大させたと報じられています。

英国政府は既に、火事拡大の原因とされるグレンフェルタワーと同じような外装材を用いている公営高層住宅が最大600棟ある可能性を発表し、検査することを決定しています(BBC, 6月26日)。

日本のマンションの形容では高層と高級がかなり同意義語のように扱われていますが、英国では必ずしもそうではないのです。

市内の高層マンションに関しては、(地域にもよりますが)どちらかというと低所得者層の(高層)団地のイメージなのです。

2011年の英国映画『アタック・ザ・ブロック』は、ロンドンの高層団地が舞台です。団地の住民である不良少年たちとエイリアンが闘います。しかし、(ネタバレですが)この「闘い」は団地外の人々には無関係であり、見えないのです。同映画は、英国の社会的排除の問題を背景とした「宇宙人もの」でした。

この火事も、低所得者層の地域で発生し、低所得者が犠牲になりました。住民は、長らく自分たちが行政から無視されてきていると感じていたのです(BBC, 6月16日)

グレンフェルタワーは一般には富裕層が住むとされるロンドンのケンジントン・アンド・チェルシー区にありますが、同区の中には、経済的にイングランドで最も貧しい10%に当たる地域と、最も豊かな10%に当たる地域が隣接しているのです(同上)。そして、グレンフェルタワーは当然、最も貧しい10%のエリアにあります。

英国労働党のジェレミー・コービン党首は現地を訪れ、「ケンジントンが『二都物語』であることは、避けられない事実だ」と述べています(東洋経済online、6月17日、原文はロイター)。

二つの地域は完全に分離している訳ではなく、隣接しています。グレンフェルタワーから徒歩で数分は離れたホランド・パークと呼ばれる地区は富裕層が暮らしているのです。

この「二都物語」の構造は、ケンジントン・アンド・チェルシー地区だけではなく、英国では珍しくありません。

今回、ホランド・パークではないのですが、ノッティング・デールというグレンフェルタワーに隣接し、(富裕ではありながら)経済的に中間的とも言える地域住民が、火災の被災者を援助したことが報道されており、これは特筆すべきことではあります(同上)。

しかしながら、全体としてはこの火事は、経済的に格差化する英国の現状を、多くの犠牲者を出すことによって改めて映し出してしまったかのようです。

2017年6月19日 00:48

2017英国総選挙(4): 「ニュー」の後の「オールド」の復活

6月8日の英国の総選挙において大勝したのは改選前から30議席増やし、262議席を獲得した第二党の労働党でした。

今回の労働党は、ジェレミー・コービン党首のリーダーシップの下、「オールド・レーバー」と称される国有化政策等を掲げました。

「オールド・レーバー」の復活は、(労働党が変わったと言われた)1990年代後半の英国で学生生活を送った私には、とても妙味深く映りました。

1997年、トニー・ブレア首相は、「ニュー・レーバー」、「第三の道」を前面に出し、颯爽と政治の表舞台に現れました。「ニューレーバー」がなければ、当然「オールド・レーバー」の復活もなく、「ニュー・レーバー」を再考する必要があります。

1990年代のブレアの英国は、経済バブルでした。英国経済は1992年7月~9月期からプラスに転じ、リーマンショックの影響でマイナス成長となる2008年7月~9月まで15年以上拡大し続けました。

大学進学率も40%台となり、「日本型」のミドルクラス中心の社会が到来しました。それに伴い、英国労働党は労働者階級の政党からミドルクラスの政党に衣替えしたのです。

しかしながら、当ブログ2011年8月14日付で記しています通り、「ニュー・レーバー」(ブレア政権とブラウン政権)の時代において、経済成長は保守党政権(サッチャー政権、メージャー政権)に拡大した経済格差を縮めることはありませんでした。

1992年から2008年までの「格差」は豊かさの中で相対的に生まれてきました。英国において、下層の人々が、所得を増やしながらも、相対的に「貧困化」していったのです(当ブログ、2011年8月14日参照)。

そして、大きな格差化は労働党の中の「オールド・レーバー」派の復権をもたらすことになります。

緊縮財政に反対し、主要産業の国有化を主張するEU懐疑派の社会主義者(「オールド・レーバー」の代表格の)コービン氏は、2015年9月12日、初回投票において59.5%の得票で労働党党首に当選します。その勝因としては、「ニュー・レーバー」が中道寄りの政策を掲げたために保守党と違いが見えなくなっており、コービン氏のような「左」が労働党の復活には必要であったとみられています。

さて、このコービン党首の「オールド・レーバー」ですが、もし、政権を担い、大きな政府の諸政策を実現させれば財政赤字に直面する可能性があり、問題も少なくありません。

それでは、労働党内で「オールド」に代わって「ニュー」が復活することもあるのでしょうか。私は、ここ暫くは難しいような気がします。

もし、格差化を導くグローバリゼーションが続くならば、おそらく、極右を保守党が、極左を労働党が組み込む(保守党が右傾化、労働党が左傾化する)以外、既成政党に生き残りの道はないように思えるからです。

2017年6月18日 00:28

「もしも」ではない今日性: 映画『If もしも....』の反抗とテロ

全ての映画作品は多かれ少なかれ作られた時代の社会を反映しているものですが、時に時代を越えて、別の文脈で学べることがあります。

『If もしも....』(原題 If....)
制作国  英国
制作年 1968年
監督 リンゼイ・アンダーソン
出演 マルコム・マクダウェル

あらすじ
【英国の500年の歴史を誇る全寮制の私学男子校(パブリックスクール)。Sixth Form(16-18歳)のミック、ジョニー、ウォレスの三人組は厳しい校則と監督生である上級生からの体罰に嫌気が差している。彼らは、コーヒー・ショップの女店員や下級生を巻き込み、学校、教師、上級生に対する反抗を企てる。そして、父兄や地域の有力者が集う、学校の500周年記念行事に3人は軍事的犯行を試みることになる。】

『If』というタイトル通り、「現実」なのか「現実」ではないのか定かではない、幻想的なストーリーです。

しかし、同作品は、1969年のカンヌ映画祭パルム・ドール(最優秀作品賞)を獲得しており、この『If』という仮定が、先進国を中心に世界的に学生運動が起こっていた1960年代後半の時代を反映していたことになります。

ただ、本作は単純に学生(子供)と教員(大人)というような二項対立ではなく、学生同士の上下関係(英国のパブリックスクールにおける「タテ社会性」)を描いている点において、深みがあります。

舞台はパブリックスクールです。監督のアンダーソンも、パブリックスクール(チェルトナム・カレッジ)出身であり、映し出される閉塞感には(幻想的ながらも/幻想的故に)リアリティがあります。

しかしながら、これを当時のパブリックスクールだけの現象と見なすべきではないでしょう。ロンドンの公立小学校が舞台となった1971年の英国映画『小さな恋のメロディ』でも、やはり、最後は学生たちの革新的反抗(武力行使)で終わっており、私立でも公立でも、時代的な共通性があったと考えられます。

もっとも、そこには今日的課題を見つけることもできるかもしれません。

現在、テロに苦しんでいるヨーロッパですが、2016年に欧州でテロに関連した容疑で逮捕され1002人のうち、9割が40歳未満であり、未成年が実行役として関与するケースは増加傾向にあるそうです(「欧州テロ:容疑者9割が40歳未満」、毎日新聞、6月17日)。

彼らが、「ホームグローン・テロリスト」であるとすれば、もう一度、英国の教育から見直してみれば、意外に効果的なテロ対策になるかもしれません。

もちろん、1960年代と2010年代の英国社会が同じではあるとは言いませんが、『If もしも....』のラストシーンにおいて、(ネタバレですが)英国人同士が殺し合っているシーンを見ると、今日の移民とテロの問題を思い浮かべざるを得ません。

しかしながら、今日は仮定の『If』ではなく、現実にテロが毎月発生しているという、より残酷な状況です。

2017年6月17日 02:13

2017英国総選挙(3): メイ政権のDUP閣外協力が北アイルランドの更なる政治危機を招くのか?

6月8日の英国の総選挙は、与党・保守党は318議席の獲得に留まり、過半数割れとなりました。保守党が過半数を得るには326議席は必要であり、今回の選挙で10議席を得た北アイルランドの地域政党であります民主統一党(Democratic Unionist Party)と交渉し、同党が閣外協力することに合意しました(BBC, 13 June 2017)

この民主統一党と英国保守党は伝統的に友好関係にありましたが、北アイルランドから見れば、今回の閣外協力は折角、和平を構築してきた北アイルランド政治に大きな影響を与えるかもしれません。

周知の通り、北アイルランドでは、長年プロテスタント系住民とカトリック系住民が争ってきました。ジョン・レノンやU2の楽曲にもあります1972年1月30日の「血の日曜日事件」等、多くの犠牲者を生み出してきました。

1990年代に入り、英国、アイルランド政府の間で和平交渉が始まり、1998年にはベルファスト合意が成立します。同年、北アイルランド自治政府・北アイルランド議会が設立され、地元の当事者である社会民主党党首(カトリック穏健派)党首のジョン・ヒュームとアルスター統一党党首(プロテスタント穏健派)のデヴィッド・トリンブルがノーベル平和賞を受賞します。

しかしながら、和平はそれほど単純ではなく、上記の両党は2003年の総選挙では惨敗してしまいます。

第一党に躍り出たのが、上記のプロテスタント強硬派の民主統一党、第二党がカトリック強硬派のシン・フェインだったのです。民主統一党とシン・フェインは、長年、闘い合ってきた関係であり、北アイルランドは地方政府を構築できない状況に陥りました。

英国政府の直接統治を経て、2007年、ようやく、民主統一党とシン・フェインを中心に連立政権を樹立することに至りました。

それから約10年、両党を中心に、北アイルランド政府は運営されてきましたが、今年の1月、シン・フェインのマーティン・マクギネス副首相が辞任し、連立政権が崩壊します(マクギネス氏は3月21日に心臓病を悪化させて亡くなります)。

本年3月2日に行われた北アイルランド議会選挙では民主統一党が28議席、シン・フェインが1議席差の27議席となっており、また硬直状態が続いていたのです(BBC www.bbc.com/news/election/ni2017)。

このような時期に、国政において総選挙で保守党が過半数割れしてしまい、民主統一党はメイ政権に閣外協力することになったのです。

民主統一党はEU離脱に賛成です、しかし、アイルランド全土では、国民投票において離脱派は44.2%で負けており(離脱反対は55.8%)、民主統一党も北アイルランド政治の動向によっては、メイ政権とどこまで同調できるか分からないのです(BBC www.bbc.com/news/politics/eu_referendum/results)。逆に、メイ政権に寄り添えば、北アイルランド政治の停滞が続いてしまうかもしれません。

英国は北アイルランドに視点からも目が離せない状況になっています。

2017年6月12日 00:48

「正しくない」教師の魅力: 映画『ミス・ブロディの青春』が描く、信念と情熱の暴走

情熱的であったり、魅力的であることは、当然、正しいこととは異なります。

『ミス・ブロディの青春』(原題: The Prime of Miss Jean Brodie)
制作国 英国
制作年  1969年
監督  ロナルド・ニーム
主演  マギー・スミス

あらすじ
【1932年、スコットランド・エジンバラ。全寮制の伝統的な私立女子学校の教師をしているスコットランド人のジーン・ブロディ先生は、自由を尊び情熱的でロマンテックな女性教師だった。彼女は、2人の男性教師(美術教師と音楽教師)に交際を迫られるが、彼女は教育に全てを捧げるため結婚を捨てる覚悟でいる。このような彼女の態度は、多感な年頃の女学生に大きな影響を与え、いつしか、ブロディ組(サンディ、モニカ、ジェニー、メアリー)と言われるような親衛隊ができていた。ブロディ先生は、ファシズムやフランコニズムに共感し、彼女の影響を受けた女性徒がフランコ側に参戦し亡くなってしまう。ブロディ先生を解雇したいと考えていた保守的な校長はこの機会を利用することになる。】

学園もの映画の教師像は、『チップス先生さようなら』のチップス先生、『いつも心に太陽を』のサッカレイ先生、日本の金八先生にしても「正しい大人」として登場し、紆余曲折があっても学生を正しい道に導きます。

しかし、本作のブロディ先生は、正しくはないのです。正しくはないのに、その言動がとても魅力的な女性であるとされるブロディ先生は、その存在自体がとても厄介なことになります。

ブロディ先生は信念の人です。理想を持ち、ロマンテックで情熱的で(右翼的)革命家です。そして、親身の指導です。学生からの人気もあります。しかし、結果として学生は幸せにはならないのです。

ブロディ先生の対極に描かれる校長をはじめとする「保守的」な先生方は、無難です。何も変えず、時代の流れに身を委ねているだけです。学生の人気はありませんが、学生は進級、卒業し、学校は続くのです。

ブロディ先生に印籠を渡すのは保守的な校長ではありません。自分が全てを捧げた学生の1人であり、かつて親衛隊(ブロディ組)の一員だった女学生サンディが、彼女の大切なものを奪っていきます。

つまり、ブロディ先生は教育の結果、自滅したことになります。結局、この映画は教育現場の情熱と客観性のバランスを説いているのかもしれません。

しかしながら、若きマギー・スミス演じるブロディ先生には惹きつけられる「強さ」があります。正しいことを語る正統派のヒーロー先生よりも、信念故に「堕ちていく」強い教師は絵に映えるのです。

余談ですが、近年のマギー・スミスは(『ダウントン・アビー』の「バイオレット・クローリー伯爵夫人」もそうですが)、正しいことを言うけど、嫌われてしまう役が多いように思えます。いずれも、素晴らしい役柄です。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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