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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年11月 2日 23:59

自己責任論と国益: 日本だけが紛争地域の情報を外電に頼っていいのか?

先月下旬、内戦下のシリアで2015年に武装勢力に拘束され、約3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平氏が帰国して以降、安田さんに対する自己責任論が議論されています。

代表的な言葉を抜き出すと「あなたを助けるためにかかった諸々の費用はすべて負担してくださいね」、「行くなと言われている場所に自己責任で行った結果でしょ?」(Litera, 10月25日)というようなものです。

当事者である安田さんも、11月2日、日本記者クラブで記者会見して、このような自己責任論に対し「紛争地という場所に行く以上は、当然、自己責任と考えています」、「はっきり言って自業自得」と認めています。

ただ、その上で、個人の自己責任と政府がどう対応するかは別物だとして、「本人がどういう人かよって行政の対応が変わるとなると、民主主義国家として重大な問題です」とも言われています。

言い換えれば、紛争地に行って危険な目にあったり、場合によっては殺されてしまうかもしれない状況を招くのは自己責任であるが、国家(政府)はどんな人物であろうとも助けなくてはいけないということになります。

国家(State)は、領土、国民、主権の構成要素から成立しており、国民の命を守るのは、領土を守るのと同様に国家の義務であり、日本も独立国家ですので、当然と言えば当然の理屈です。

この話題を留学生たちと話していたところ、外国では自己責任論は殆ど聞かないということになり(事実、歴史を紐解けば、自国民保護を言い訳に外国に干渉することのほうがむしろ問題でした)「こんな自己責任論がでるなら、日本はフリージャーナリストを紛争地域に行かせないようして、BBCやCNN、もしくは欧米のフリージャーナリストの情報を買えばいいのではないでしょうか」「外国人ならば自己責任論にならないでしょうから」という声が挙がりました。

確かに傭兵ならぬ傭ジャーナリスト論は一理あるんですが、その前になぜ日本の大手メディアは紛争地取材に行かないのかという問題を片付けなくてはいけません。

この問題に関して週刊誌報道では「仮に政府の制止を振り切って1社だけが単独で現地スクープを連発したら、横並び意識が強い記者クラブの中で、そのメディアは居心地が悪くなるだけ。政府からも嫌がらせされるかもしれない」という説を主張しています。それ故に、日本の大手メディアはリスクを負わずに、安田氏のようなフリーランスジャーナリストに頼っているというのです(週刊実話, 11月2日)。

私は横並び主義であるかどうかよりも、社員を紛争地に行かせることに(湾岸戦争までは派遣しており、亡くなるようなケースもあったように記憶していますが)、社内のコンセンサスが得られないことにあるような気がします。

いずれにしましても、日本の大手メディアは紛争地取材には積極的ではないのです。その上、フリージャーナリストが紛争地に行かなくなりますと、日本人が日本語で得る情報が極めて限定的になる可能性があります(外電を買うにしても英語等の外国語から日本語に翻訳するタイムラグが生じるでしょう)。

上記の留学生の声のように「それでもいい」という考え方もありますが、私は各国のメディアがそれぞれの観方で紛争地を観ることは重要であるように思います。また、高度情報化社会において、世界中の「知られていない」情報を得ることは大切なことです。

そう考えますと、(何でもナショナリズムに訴えれば良い訳ではないですが)安田さんのような日本語ネイティブの日本人のフリージャーナリストの存在は国益にも適うことになるのではないでしょうか。

安田さんは「自己責任」で行かれたのですが、将来は誰かフリージャーナリストに(お願いして)行ってもらうことになるのかもしれません。
プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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