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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年11月 1日 01:50

なぜ、主人公マクマーフィーは逃げずに留まったのか?: 映画『カッコーの巣の上で』が示す「社会の構造」

早稲田大学エクステンションセンターの講義で自由をテーマの映画を採り上げることになった際、最初に思い浮かんだのがこの作品でした。

映画『カッコーの巣の上で』(原題One Flew Over the Cuckoo's Nest)
制作国 米国
制作年 1975年
監督 ミロス・フォアマン
出演 ジャック・ニコルソン, ルイーズ・フレッチャー

あらすじ
【刑務所に収監されていた38歳のマクマーフィーは、刑務所の労役から逃れるために刑務所でも狼藉を働き、精神鑑定も込みでオレゴン州の精神病院に送られてきた。その病院では、婦長のラチェッドが厳しい規律によって支配していた。その中で、マクマーフィーは、患者たちを賭け事を教えたり、ワールドシリーズを観ようと誘ったりする。特にチーフと呼ばれる聾唖のネイティブ・アメリカンの大男と仲良くなっていく。最初は、自分の殻に閉じこもっていた患者たちも徐々に自分らしさを取り戻していくが、患者の仲間を救うために警備員に暴力を振るったことでチーフと共に電気ショック治療を受けることになる。クリスマスの夜、マクマーフィ―は警備員を買収して女友達2人を病院に呼ぶ。沢山の酒を持ってきて夜中にどんちゃん騒ぎをして後、逃亡するはずであったが、マクマーフィーは飲み過ぎて朝まで寝過ごしてしまう。翌朝、婦長ラチェッドらが出勤し、大事件が起こることになる。】

第48回アカデミー賞(1976年)で作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の主要5部門を独占したアメリカン・ニューシネマの代表作の一つであり、様々に論じられてきた作品です。

映画の中で、主人公マクマーフィーは事実を知って仲間に激怒するシーンがあります。それは、今まで彼と同じように強制的に精神病院に入れられていると勝手に思っていた患者たちの殆どが、実は自分の意志で入院していたことを知った時です。

実は、婦長のラチェッドの「支配の構造」を、患者たちは自ら受け入れており、むしろ、患者たちの意志によってラチェッドの権力が支えられているのです。

マクマーフィーは、患者仲間たちがそれぞれ個として自立すること(自分を取り戻すこと)を自らのミッションとします。自分が逃亡することも忘れる程、仲間を一人の「人間」として扱い、ラチェッド婦長が代表する病院=権力と闘うのです。

マクマーフィーはなぜ、そこまでしなければいけなかったのでしょうか。彼を(逆説的に)「神」のような存在として認識すれば分かり易いという解釈があり、(「殉死」する彼は)まさに、その通りではあると思います。

ただ、私は、マクマーフィ―が仮に彼だけが精神病院から逃げ出して、「社会復帰」しても、外の社会に同じような構造があれば意味がないことを知っていたと考えたいのです。

病院から「逃げる」という行為は、少なくとも身近な精神病院の仲間が形成するコミュニティを変えてからではない限り、彼自身の人生においてプラスにならないのです(単なる逃避になってしまうのです)。

人間、嫌なことがあれば逃げたいと思うものです。しかし、逃げるために、まずやるべきことがあるのかもしれません。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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