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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年10月

2018年10月31日 23:59

ジュリーのようにはいかない

10月17日、沢田研二さんがさいたまスーパーアリーナで開かれる予定だったコンサートを当日に急遽、中止にしたことが話題になりました。理由は「契約上の問題」とされ、沢田さんの説明では、「9千人と聞いていた観客が実際は7千人だった」というものでした。

この問題は、結局のところ、ファンと沢田さんの関係であり、チケットも購入していない「他人」が口を挟むべきことではないと思います。沢田さんがファンを失えば、それまでであり、ファンが沢田さんの決定を支持しているならば、何の問題もないでしょう。

そして、直後(10月21日)に大阪府大阪狭山市で行われた沢田さんのコンサートでは、批判的な声は殆どなかったようです(産経ニュース、10月31日)。もちろん、大阪のファンと埼玉のファンが同じ意見かどうかは分かりませんが、ファンからの大きな批判はないように観られます。

先日、経営学者の方とこの話になりました。

私たち大学の教員は、1人も教室に学生が来ない場合でも(履修者が0人の場合は別ですが)、30分~45分待たなくてはいけません。「個人事業主」である沢田さんとは大きく異なります。専任教員であろうと非常勤講師であろうと「雇用主」である大学に対して、誰もいない教室で「講義を担当する」という義務を果たさなくてはいけないのです。

当たり前と言えば、当たり前なのですが、沢田さんとは随分異なる立場です。

私の勤務校か非常勤先かは申しませんが、17時を過ぎる5限目などは「早く終えて欲しい」という学生もいます。それに合わせて早く終えてしまえば、経済学でいうところの「モラルハザード」となってしまいます。

今日も、ある講義が休講になって喜んでいるベトナムからの留学生がいたので、なぜ学生は学費を払っているのに喜んでいるのかと聞きました。私が「映画館に行って、お金を払った後で上映中止になって喜ぶ客はいないのでは?」と尋ねると、「映画と大学の講義は違います」、「映画は面白いけど、勉強はためになっても辛いんです」と言い返されました。

沢田さんは、先の大阪でのコンサートで「この年でも、また一から頑張ろうと思いました。そして、もう一度、さいたまスーパーアリーナを満杯にするという目標ができました」と発言されたそうです(同上)。

私は、数ではなく「ためになる辛い勉強を、いかに楽しく教えるか」を目標にしなければいけないのかもしれません。

最後に余談ですが、時の過ぎゆくままに記してきました当ブログ「グローバル化は足元からやってくる」が、12月に終了することになりました。後、2カ月、ベストを尽くして皆さまとお別れしたいと思っています。

2018年10月20日 19:14

「改革者」は、なぜ「独裁者」になってしまったのか?

サウジアラビア出身の著名なジャーナリストであるジャマル・カショギ氏が、10月2日にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館に入ってから「行方不明」になった事件が世界の耳目を集めています。

そして、ついに、サウジアラビア政府は同氏の領事館内での死亡を公表しました(BBC, 2018年10月20日)。

それによると、同氏と領事館職員が口論から殴り合いになり、その末に同氏が死亡したという内容ですが(同上)、王室のトップ(皇太子等)が事件に関与しているのではないかという疑念が拭い去れていません(AFP, 2018年10月18日)。

このニュースを、私はとても複雑な思いで見聞きしました。

実は、10月16日の早稲田大学エクステンションセンターの担当講義で、『少女は自転車にのって』(2012年)というサウジアラビアの初の長編映画を紹介しました。

同映画は、サウジアラビアの首都リヤドに住む10歳の少女ワジダが、近所の男の友達のブドゥラが自転車に乗り、「男に勝てるわけないだろう」と言ったことに対抗し、自転車を欲しいと思うことから始まります。自転車の値段は800リアルもするため、ワジダはコーラン暗唱コンテストに挑戦したり、頑張らなくてはいけないのです。

この映画の背景として、サウジアラビアにおいて基本的に女性は自転車に乗ることを禁じられていたということがあります。ところが、この映画が制作された翌年、女性が自転車を乗ることが許されることになりました。

つまり、サウジの少女が、自転車に乗りたい!自転車を買いたい!というだけのこの映画が、2012年に作れた理由があるのです。

サウジアラビアは、2011年の「アラブの春」以降、自由化、民主化が始まり、2015年に第7代の国王に即位したサルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ国王の下で、更に様々な改革に着手しています。今年に入ってから女性の自動車の運転や、女性のサッカー観戦まで解禁されました。

その改革の旗振り役が今回、「独裁者」のように報道されている国王の実子のムハンマド・ビン・サルマーン皇太子なのです。

サウジアラビアは、2016年、2030年までの経済改革計画「ビジョン2030」を発表し、(労働力に占める女性の割合を22%から30%に上げることも含む)数多くの改革目標を掲げました。

私は、経済改革計画「ビジョン2030」を持って、同国政府の今回のジャマル・カショギ氏の殺害(への関与疑惑)を肯定するつもりは全くありません。

ただ、改革の旗手であった国王と皇太子(=同国政府でもありますが)が、現在、このように「独裁者」と称されている現状を、冷静に分析しなければならないでしょう。

私は、当ブログ2011年9月 7日付、2016年5月 7日付の記事にて、誰もが独裁者になる可能性を記してきました。もちろん、改革者であっても独裁者になる可能性はあります(歴史上の多くの独裁者は、初期段階においてはカリスマ的な社会改革者でありました)。

もし、同国の改革が、独裁的な強権なしではできなかったとすれば、それは何を意味するのでしょうか。

もう一度、繰り返しますが、在外領事館での殺人事件は、サウジアラビアの「改革」とは別として捉え、事件を解明し、責任の所在をはっきりさなくてはいけません。しかし、同時にサウジアラビアの改革を(独裁ではない形で)進める方法も、模索する必要があるように思えます。

2018年10月15日 14:00

政治的アイデンティティと服の色

週末に所用があってタイの首都バンコクに行きました。

バンコクに到着すると、電車でもバスでもストリートでも「黄色い服」を着ている人が沢山いるのです。タイ人の多くが、阪神タイガースファンになり、矢野新監督の就任を祝っているという訳ではなさそうです(残念ながら黄色のモノトーンであり、縦縞は入っていません)。

現地の人に伺ったところ、2年前の2016年10月13日にラーマ9世(プーミポン・アドゥンヤデート国王)が崩御されたのですが、それを偲び、哀悼の意を表するために黄色い服を着ているとのことでした。

ただし、タイにおいて、特定の日や行事において黄色の服を着るという行為は(単に前の王様に対する哀悼の意だけではなく)非常に政治的です。

日本においてニュースでも報じられたように、タイでは地方出身で農村重視派のタクシン・チナワット首相が2001年2月に就任し、2006年9月に汚職疑惑で辞任するのですが、その頃から下層、農村、地方を土台とするのタクシン派と中間層と軍部と王党派を中心とする反タクシン派がデモを繰り返しています。

そのタクシン支持派のシンボルが赤であり、人々は赤い服を着てタクシン及びタクシン派を支持していることを表現します(巨人ファンであるということではありません)。逆に、反タクシン派(王党派)はシンボルが黄色なのです。

2006年9月、タクシン首相の汚職疑惑の後に軍事クーデターが発生し、反タクシンの王党派が政権を担ったのですが、2007年12月、総選挙で敗北し、タクシン元首相の側近や義理の弟が首相となりますが、副業禁止条項や選挙違反などで失職してしまいます。2011年7月の総選挙では、タクシン派が勝利し、タクシン元首相の妹のインラック・チナワットが首相就任しますが、その後、インラック首相は、人事問題の不正によって失職します。そして、また軍事クーデターが2014年5月に発生し、現在、王党派の軍事政権が続いています。

上記の通り、選挙で勝利して不正で失職し、クーデターが発生するという何とも言えない政治状況が続いているのですが、いずれの政権時でもデモが絶えないとうのが実態です。

いずれにしても、タイでは、黄色と赤は政治的アイデンティティを指しています。国民は、色と政治が結びついていることを良く知っており、服を選んでいることになります。

タイ.jpg

2018年10月13日 23:59

私が甲子園の最終戦を観に行かなかった理由

10月10日、水曜日。夕方、今シーズンの甲子園での最終戦となる「阪神タイガース対横浜DeNAベイスターズ」の25回戦を観に行こうか迷いました。

試合前の段階では、来シーズンも金本知憲監督は続投と報じられており、コーチ陣の入れ替えも微調整に留まるだろうと予想されていました。

今シーズン、阪神は10日の試合前において60勝79敗2分という成績で最下位、特に甲子園では、20勝39敗2分けという惨敗ぶりでした。

言うまでもなく、3年前、金本監督は、大きな期待を背負って登場しました。

「超変革」と称した1年目は、夢に溢れていました。年間成績は64勝76敗3分と負け越し、勝率457は、暗黒時代と称された野村監督の頃に遡る程の低成績でしたが、それでも、希望があったのです。

キャッチフレーズを「挑む」とした2年目は78勝61敗4分の成績で着実に力を付けてきたように見えました。

そして、「執念」となった3年目の今年、成績はワーストを記録し、勝率440はまさに暗黒時代の再来を暗示しているように思われても仕方のないものでした。

私は阪神ファンとして、上記の数字を最終戦で甲子園で実感し、来シーズンに臨むべきだと思いました。

しかしながら、三宮で雨が降り出し、帰路に就くことにしました。スケジュール上、どんな雨でも試合決行であることは分かっていましたが、負け試合になった時、雨の中で自分が耐えられるか自信がなかったのです。今年の阪神は、甲子園で1勝2敗の割合で負け続けてきましたので、甲子園には多分負けるだろうと覚悟をもって行くことになりますが、でも雨に打たれながら1年を振り返るのは辛すぎます。

そして、翌10月11日、金本監督の辞任が伝わりました。驚きはなかったのです。監督を変えれば全て解決するものではないですが、監督は、最終的に勝負の結果を(フィールドにおいて)引き受けなければいけない存在です。3年目の結果が1年目であったなら、もしくは2年目であったなら、また違った見方もできたかもしれません。

阪神ですから、外からでは分からない内側のドロドロとした問題もあったかもしれません。阪神ファンは、それでも、それさえも「兄貴」ならば乗り越えてくれるのではないかと願っていたのです。

10月13日の土曜日、阪神は名古屋ドームでビジターとして今季の最終戦を迎えました。

延長の末、3-2阪神が勝利し、金本監督の最終試合を白星で飾りました。

試合終了後、名古屋の阪神ファンは、金本監督に対して、現役時代の応援歌を合唱し、お別れしました。私はテレビ観戦でしたが、何となく金本監督としてではなく、金本選手へ送られた餞別の歌であるかのように聞こえてきました。

2018年10月11日 00:22

映画が社会の固定観念を変える: 映画『おくりびと』の社会的インパクト

映画の力もまだ捨てたものではない、と思わせてくれた作品です。

映画『おくりびと』
制作国 日本
制作年 2008年
監督 滝田洋二郎
出演 本木雅弘, 広末涼子, 山崎努

あらすじ
【東京の管弦楽団のチェロ演奏者だった小林大悟は、楽団が解散してしまい失業する。音楽の道では食べていけないと、妻・美香と共に自分の故郷の山形県酒田市へ帰ることにする。酒田で、仕事を探していると、新聞の求人広告で「旅のお手伝い」と書かれたNKエージェントの求人広告を見つける。旅行代理店だと考え、面接を受けに行くと、業務内容は人生の「旅立ち」を助ける納棺であった。困惑する小林を、NKエージェントの社長である佐々木は、強引に入社させてしまう。帰宅し、妻に仕事内容を聞かれた小林は、「冠婚葬祭関係」としか言えなく、妻にも黙って納棺の仕事を始まることになる。紆余曲折ありながらも、小林が仕事になれてきた頃、小林が納棺の仕事をしていることが、妻や友人たちにばれ始め、旧友の山下からは「もっとましな仕事に就け」と言われ、妻・美香からも「そんな汚らわしい仕事は辞めて」と迫られ、仕事を続けていると美香は実家に帰ってしまう。】

「職業に貴賎無し」と言いながら、人気のある仕事と、人気のない仕事があります。給与の高い仕事は総じて人気がありますが、この物語では、給与が高いにもかかわらず、人気のない(この映画はヒットするまではなかった)納棺師がテーマです。

なぜ、納棺の仕事が人気がないか(なかったか)と言えば、人の死に係る仕事であるからでしょう。不思議なことに、人間が誕生する際のお助け人である産婦人科の医師や助産婦は人気のない仕事ではないのです。人は生まれて、死ぬのに、なぜ死ぬ時の仕事は、生まれてくる時の仕事と認識が異なるのでしょうか。

この世に生み出されることにポジティブさがあるのに、この世から(死に)行く場合は穢れに結び付くネガティブさがあるのです。

哲学的・文化人類学的な議論は別として、そんな納棺の仕事を「おくりびと」という新しいコンセプトで提示したこの作品は、人々の固定観念を変えることに成功したと言えるでしょう。

さて、それでも、納棺師の仕事は高給です。だから、(固定観念を変えるのは難しかったとはいえ)考え方次第でもあったかもしれません。

単純労働で低賃金のケースで、人々のイメージを変えるような映画が作れるでしょうか。更に、映画の可能性を模索してみたくなりました。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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