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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年7月

2018年7月15日 22:31

FIFA:試合中に「魅力的な女性」を接写するのはいけない

国際サッカー連盟(FIFA)が、ワールドカップ(W杯)開催中の7月11日、各国の報道機関に対し、試合中にカメラで「魅力的な女性」を接写するのを止めるよう警告したというニュースがありました(BBC, 7月13日)。

なぜ、ダメなのかと言えば、若い美しい女性にフォーカスすることが「性差別」に繋がるからであるとされています(同上)。

このニュースを見た際、7月7日に行われました決勝トーナメント準々決勝(スウェーデン対イングランド)を思い出しました。

結果は、スウェーデンがイングランドに0-2で敗れ、敗退が決まったのですが、1人の美しいスウェーデン・サポーターが話題になりました。

0-2とリードされた後半34分の場面で、米国のスポーツ専門局「FOX Soccer」公式ツイッターがスウェーデンの黄色のユニホームを着て、客席からピッチを眺める若い女性の写真を報じたのです。その顔は「ウェーブのかかったブロンドのロングヘアからのぞく眉間にしわが寄り、心なしか目を赤らめながら物憂げな表情を浮かべている」と形容されています(THE ANSWER, 7月8日)。

その後、この写真に対して、
「私には彼女を慰める義務がある」
「スーパーモデルではないスウェーデン女性はいるのか?」
「彼女は超かわいいね!」
「しかし、しかし少なくとも彼女は美しい」
「どうして美人にこんなことができるんだ!?」
「泣きたくて肩が必要なら、僕のが空いているよ」
「僕のヨーロッパ旅行に今、スウェーデンが加わった」

などと世界中の(おそらく)男性からリアクションが出てくるのです(同上)。

悪いとは言い切れないのですが、金髪の美女が悲しむ姿が、スウェーデンの敗北を象徴するとすれば、あまりにも典型的なシンボルなのです。

米国のスポーツ専門局「FOX Soccer」だけがステレオタイプを作り出したのではなく、リアクションを取った男性たちとの「共犯関係」にあるのでしょう。

実はこの報道は、日本のテレビの地上波でもW杯の話題として放送されていました。そこにFIFAが懸念する「性差別」に対する配慮はありませんでした。

このような報道等が差別に繋がるのかどうかは、今後の(国際)社会が決めることかもしれません。この文脈ですと、高校野球のチアガールの接写もいけないことになります。

W杯は基本、国対抗であり、どうしてもステレオタイプが目立つのも事実です。しかし、グローバル化が進み、移民が増加すれば各国の代表も多様化しています。ステレオタイプがいけないという規範が生み出されるのもW杯からなのかもしれません。

2018年7月13日 23:27

「みんなの物語」が運ぶ思い出: 映画『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』の広がり

「聞き慣れた声」によって思考が、脱線してしまいました。

『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』
制作国 日本
制作年 2018年
監督 矢嶋哲生
出演(声) 松本梨香, 大谷育江, 芦田愛菜, 川栄李奈, 野沢雅子

あらすじ
【人々が風と共に暮らす街・フウラシティ。そこでは、一年に一度だけの「風祭り」が催されていた。フラウシティでは、「風祭り」の最終日に、伝説のポケモン・ルギアが現れて恵の風を起こしてくれることになっている。偶然、祭りに参加していた「サトシ」と「ピカチュウ」は、ポケモンの初心者女子高生「リサ」、嘘がやめられなくなってしまったホラ吹き男「カガチ」 、自分に自信が持てない弱気な研究家「トリト」、 ポケモンを毛嫌いする変わり者のおばあさん「ヒスイ」 、森の中で一人佇む謎の少女「ラルゴ」に出会う(「ストーリー」『ポケモン映画公式サイト』参照)。】

公開が始まったばかりなので書きにくいのですが、タイトルに「みんなの物語」とあるように、「リサ」、「カガチ」、「トリト」、「ヒスイ」、「ラルゴ」らの脇役のストーリーが先にあり、それが集約される形でメインの物語が展開していきます。

ポケモン映画なのですが、お決まりのバトルは少な目になっており、「サトシ」と「ピカチュウ」の出番も多くはありません。ですから、従来のポケモン(映画)ファンから見ましたらカラーが違い過ぎるかもしれません。

それでも、それぞれの脇役が、ポケモンと交わり、大問題を解決していくプロセスはポケモン物語の集大成のようにも見えます。

個人的には、ポケモンを毛嫌いする変わり者のおばあさん「ヒスイ」から目(耳)が離せない状況でした。と申しますのは、「ヒスイ」の声を野沢雅子さんが担当されていたからです。

野沢さんは、『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎、『いなかっぺ大将』風大左衛門、『ど根性ガエル』のひろし、『銀河鉄道999』の星野鉄郎、『怪物くん』怪物くん、『トム・ソーヤーの冒険』のトム『ドラゴンボール』悟空などをされてきました。上記は、私が子供の頃の同世代の「男の子」の声であり、主人公たちに憧れを抱いてきました。私は(おそらく私の同世代の男性は同じでしょうが)野沢さんのお声で育ってきた感覚があるのです。

本作では老婆の役ですが、懐かしく、感慨深く思わずにはいられませんでした。野沢さんの演じてきた「少年たち」も多かれ少なかれ(ポケモンではなくても)モンスターみたいなところがありました。

野沢さんが担当する「ヒスイ」の活躍を目にしながら、野沢さんとの私(たち)の思い出も「みんなの物語」に入るのかどうかと思いを巡られせました。

2018年7月10日 21:21

巷におけるW杯GK論は、高次元のサッカーの国民化に繋がるか?

今回のワールドカップは、様々な話題を提供してくれましたが、その一つは、ゴールキーパー(GK1)に関する良し悪しでした。

日本の正GKの川島永嗣選手は、日本の第一戦となったコロンビア戦の最初の失点シーンで批判を受けます。これはコロンビアのFKが日本の「壁」の下を通り、ゴールに入ったものでした。そして、第二戦のセネガル戦も最初の失点が続きます。セネガルの選手のシュートを川島選手がパンチングをするのですが、それが相手のフォワード選手に当たり跳ね返ってゴールに入ります。

この二試合が終わって川島選手へのバッシングがピークを迎えます。以下にみるように批判の根拠の多くが、海外での評価からきます。

国際サッカー連盟(FIFA)公式サイトの速報において、(川島の失点は)「日本守備陣にとって災害だ」と指摘するとともに、「間違い続きの喜劇」と酷評されていると報じられました(日刊スポーツ, 6月25日)。

更に、フランスのサッカー専門誌『フランス・フットボール』は、「コロンビア戦でやらかしたカワシマが再びミスをした。どういうわけかボールをマネに渡してしまい、ゴールが生まれた」と書き、英国営放送『BBC』は、川島を「poor goal Keeping(お粗末なゴールキーピング)」と揶揄したとされます(SOCCER DIGEST Web, 6月26日)。

しかしながら、日本が決勝トーナメントで敗北してから時間が経つと、川島選手を擁護する論調が出てきます。

準々決勝が始まる前の段階で、スポーツのデータ分析を手がける『Opta』がGKセーブ率ランキングを発表したところ、3位に日本代表のGK川島選手がランキングされたのです(フットボールチャンネル, 2018年7月6日)。

その流れで、日本の失点で川島選手のミスと言えるのはセネガル戦の1点だけであり、川島選手の異常なバッシングは、サッカーでGKやる子供を無くしてしまうのではないかとまで懸念する声が挙がります(「川島永嗣へのW杯異常バッシング、専門家警鐘」J-Castニュース, 2018年7月 8日)。

こき下ろしたり、持ち上げたりすることがいいことではありませんが、W杯です。正直、本当のところは、その技術的な問題に関しては、専門家ではないと分からないでしょう。素人では正確な判断はできなく、人々はマスコミの論調に影響されてしまう傾向があると思います。

しかしながら、それでも、かつてこれ程、巷で「GKとは何か」という議論が日本で交わされたがあったでしょうか。そして、何よりもこの議論が、サッカーの国民化に役立っているように感じるのです。

サッカーをやっているプロやセミプロだけがサッカーを語っているならば、国民的スポーツではありません。誰でも言いたい放題であるからこそ、国民的なのです。

例えば、野球は、実際にはやっていない人も語ることが許されるスポーツです。特に、関西では女性も野球(主に阪神)を語ります。私は、関西出身のプロ野球選手が多いのは、野球経験のない「おかん」が野球のルールを熟知していることにあると見ています。

経験していない人は、その分野に語るべきではないということを言う人がいます。確かに、経験者が語るプロの議論は必要でしょう。しかし、素人談義も、無駄ではないような気がするのです。

今回のW杯のGK論は、そのような観点から(GKを子供がやらなくなるのではなく)日本のサッカーのより高いレベルでの国民化に寄与しているとは考えられないでしょうか。

2018年7月 9日 00:05

誇るべき「クリーン・ナショナリズム」とその国際的背景

ワールドカップ・ロシア大会において日本代表に負けず劣らず注目されたのは、試合後、自主的に掃除をするサポーターたちでした。

海外でその行動が評価されているというニュースが、日本でも多数流れています。

初戦のコロンビア戦の後、英国の大衆紙「ザ・サン」は、「コロンビアに勝利した後、日本のファンはスタジアムを掃除していた」「2014年のブラジル大会でやっていたのと同じように、スタンドを掃除するというスタイルで勝利を味わっていた」と描写されています(ゲキサカ, 2018年6月20日)。

日本のサポーターの清掃は、勝った試合だけではありません。負けたベルギー戦の後も、日本のサポーターは「いつも通り」に清掃をしました。それを、USA TODAY紙は「負けても彼らの素晴らしい精神は無くならなかった」と称したことが伝わってきます(The Huffington Post Japan, 7月3日)

このようなW杯のサポーターによる掃除は、今大会、日本から他国のサポーターに広がりを見せています。日本と対戦して敗北したコロンビアのサポーターも、自主掃除をし、ウルグアイとサウジアラビアの一戦いでは、勝ったウルグアイ・サポーターも、サウジアラビア・サポーターも試合後ゴミを拾ったそうです(The Huffington Post Japan, 6月21日)。

日本人場合はサポーターばかりではなく、代表選手までに広がり、日本代表は決勝トーナメントにおいてベルギーに敗北した後、ロッカーを綺麗にしてロシア語で『ありがとう』とのメモ書を置いて去ったと報じられました(朝日Digital, 7月4日)。

このような「クリーン・ナショナリズム」とも言えるような日本人の行動は、評価されるべきでしょう。

吉田麻也選手は以下のように語っています。
「僕たちのロッカーは、試合後はおそらく、イングランド・プレミアリーグのロッカーと比較するときれいだと思います。ファンの皆さまの行いに対しては僕たちも非常に感銘を受けています。スタジアムでの皆さんの行いは、世界中で見られていると思います。世界にたたえられるのは非常にうれしい。これが派生して、違う国のファンの方々も同じようなことをしてくれているというニュースを見ました。非常に誇らしいと思う」(産経ニュース, 2018年6月23日)。

英国のプレミアリーグ、サウサンプトンFCで活躍している吉田選手の言葉は重いです。英国サッカーはフーリガンを生み出したことでも有名です。清掃どころか、破壊行為を繰り返すファン。それはそれで根底に社会問題があり、単純に日本とは比較はできませんが、秩序を守る日本ファンは素晴らしいのです。

ただ、欧州のサッカーファンがあまりにも酷いということも、多少、日本サポーターへの海外マスコミの大絶賛へ繋がっていることもあるような気もします。

2018年7月 8日 21:27

家族の崩壊によって描く「家族愛」: 映画『万引き家族』の疑似家族性

「疑似」の関係であるからこそ、成立する物語があります。

『万引き家族』
制作国 日本
制作年 2018年
監督 是枝裕和
出演 リリー・フランキー, 安藤サクラ, 松岡茉優, 樹木希林, 城桧吏

あらすじ
【東京の下町。5人家族が小さな平屋で暮らしている。父・柴田治は日雇いの仕事をやったりやらなかったり、妻・信代はクリーニング店で働いているが薄給。2人には息子・祥太がいるが、贅沢はさせられない。同居する信代の妹・亜紀は風俗店で働くが、稼ぎは家には入れずに、家族は祖母・初枝の年金を当てにしているが、それでも生活には不十分である。そんな時、彼らは万引きをして生活を維持している。冬のある日、近所の団地の廊下で幼い女の子(ゆり)を見つけた治は、家に連れてきてしまう。一度は、元に帰そうともしたが、信代が娘として育てたいという。6人となった一家は、ある事件をきっかけにバラバラになってしまう。】

疑似家族がテーマです。

ネタバレですが、柴田家は疑似家族です。しかしながら、貧しいながら笑いが絶えず、「本当の家族」以上に家族らしいのです。

この設定では、家族は「血の繋がり」ではないことを学ぶことになります。家族とは、家族を作り、維持しようとする努力の賜物であり、故に、血が繋がっていなくても、家族の構築は可能なのです。

ただ、この作品の家族は、少し綺麗過ぎるような感じもします。不自然な程、良い(綺麗な)家族が、むしろ疑似性を強調するのかもしれません。

そして、この家族は崩壊します。そのきっかけは、この疑似家族(最後に加わった妹)を息子・祥太が守ろうとすることから始まります。本当の家族のように、妹を守ろうとする祥太の家族愛が、家族をバラバラにしていくのです。

もし、彼らが血の繋がった本当の家族だったらどうだったでしょうか。仮に万引きで捕まったとしても、窃盗以上において警察が介入することはないので、家族が崩壊にまで至ることはないでしょう。

つまり、疑似家族だからこそ悲劇が生じてしまうのです。

逆に家族が崩壊するまでの悲劇がなければ、家族愛をフォーカスすることはできなかったかもしれません。崩れるからこそ、家族とは何かが浮き出てくるのです。

万引きで食べていく家族は、現実に日本では例外でしょうし、そもそも犯罪です。しかしながら、万引きさえも、崩れ行く家族を映し出す手段にしか過ぎないのです。

映画を観終わった後、なぜか『サザエさん』が観たくなりました。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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