QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年6月

2018年6月23日 00:20

壁の崩壊から見えたこと: 分からなければ手を抜くのか?

大阪で月曜日に発生したM6.1の地震では大阪府高槻市の寿栄小学校でブロック塀が倒れ、4年生の三宅璃奈さんが死亡しました。

高槻市の教育委員会によりますと、倒れたブロック塀は高さが3.5メートルあり、建築基準法では2.2メートルを超えるブロック塀を作ることは原則認められておらず、すなわち違法建築だったそうです(TBS News, 6月19日 6時3分)。

また、高さ1.2メートルを超える塀には、強度を補うための「控壁」と呼ばれる壁を設置する義務がありますが、この「控壁」も設置されていなかったとされています(同上)。

問題が深刻であるのは、この違法建築が寿栄小学校だけに留まらなかったことです。

高槻市の技術職員が目視検査で小中全59校を調べたところ、寿栄小の他に小学校9校、中学校6校で「控壁」のない違反状態の塀が確認されています(時事通信, 6月22日)。高さが基準を超えているとみられる塀も6校あり、同法違反の塀がある学校は全体の約3分の1に至っているのです(同上)。

これは高槻市だけで済むことなのしょうか。早急に、全国的に調査すべきであると考えます。

小中学校は避難場所に指定されているところが多く、避難場所に違法建築があり、災害時に子供たちが避難場所で「被災」してしまうとすれば冗談にもなりません。

昨日、2018 FIFAワールドカップ・ロシア大会から導入されたビデオ副審(VAR=ビデオ・アシスタントレフェリー)制度について言及しました。プロ野球も今シーズンから映像での「リプレイ検証」が用いられ、これらが見えてしまうことによってスポーツが変わるのではないかと書きました。

社会において地震などの災害も、見えなかったところを「露呈」させてしまう力があります。

それは、時に、非常時においても暴動が起こらない日本人の「美徳」も顕します。私は、これは災害時においてさえ、人の目(世間)があるからだと考えています。

それではなぜ、今回、小学校の壁建設において、いい加減な仕事をしてしまったのでしょうか(長らく、日本人は仕事に「拘る」職人的気質が評価されてきたのです)。無名のコンクリ-ト壁は、誰が作ったのかは分からなければ(人の目がなければ)手を抜くのでしょうか。

いずれにせよ、「見えて」しまったのならば、仕方ありません。修正するしかないのです。

そして、次回の地震で見えた時、見えないところまでしっかり仕事をしてきたことを証明しなければなりません。

2018年6月22日 23:59

VAR:全てが可視化され、スポーツは変わる

開幕して1週間を経た2018 FIFAワールドカップ・ロシア大会ですが、熱戦が続く中、ビデオ副審(VAR=ビデオ・アシスタントレフェリー)制度の導入が話題になっています。

簡単に言ってしまえば、ビデオ判定です。「副審」とは言われているものの実際には主審的な決定的な役割を担います。

それが如実に出たのは、6月22日、サンクトペテルブルクで行われたグループEの「ブラジル対コスタリカ」の試合でした。70分過ぎの後半、ブラジルのネイマール選手が相手ペナルティエリアでコスタリカの選手によって「倒され」ます。

それを見た主審は、一度はPKを宣言したのですが、後に、判定がVARによってひっくり返ってしまいます。結果は、ブラジルが2-0で勝利したのですが、2点はアディショナルタイムでしたので、あのPKが決まっていればあの段階で試合が決まっていたかもしれません。

サッカーでは、時に選手の「演技」がものを言うときがありました。しかしながら、全てを見せてしまうVARの導入は、大きくサッカースタイルを変えてしまう可能性があります。

実は、サッカーだけではないのです。

プロ野球も、今シーズン、本塁打かどうかの判断や全ての塁でのアウト、セーフの判定に対して、監督が映像での「リプレイ検証」を要求できるという「リクエスト」制度が導入されました(サンスポ, 2017年11月13日)。

権利を行使できるのは九回までに2度、延長戦では1度で、判定が覆った場合、回数は減らないことになっています(同上)。つまり、判定が覆れば審判のミスが続くなら、監督は何回でもリクエストできます。

確かに、審判のジャッジは正確になったのですが、検証に5分ぐらいはかかるため、判定の結果にかかわらず、試合の流れが変わってしまうような感覚があります(数年前までは、時間短縮という掛け声があったように記憶しているのですが)。

いずれにしましても、スポーツは可視化の時代に入っています。人の目で見えないシーンを「観る」のです。見えないところは見ないとし、審判の「ミスジャッジ」も試合の一部としていた時代は終わったのでしょう。

これも機械化の流れの中で理解することもできるのかもしれません。全てが見えてしまう中で、あらゆるスポーツは質が変化していくことでしょう。

可視化されるスポーツが、より楽しくなるのか、そうならないのかは、もう少し見守りましょう。とりあえず、時代の変化を受け止めて。

2018年6月21日 23:54

ばかばかしさの中に生きる意味を見出す: 映画『世界中がアイ・ラヴ・ユー』に示されるアレン哲学

ばかばかしいことも、程度を超えて繰り返されると哲学になるのかもしれません。

『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(原題 Everyone Says I Love You)
制作国 米国
制作年 1996年
監督 ウディ・アレン
出演 ウディ・アレン, ゴールディ・ホーン, アラン・アルダ, エドワード・ノートン
ドリュー・バリモア, ジュリア・ロバーツ

あらすじ
【NYのパーク・アヴェニューに住む20代の女性DJは、成功した弁護士の継父ボブと資産家の娘の実母ステフィと暮らしている。実父のジョーはパリ在住の作家で、頻繁にニューヨークに戻ってくるが、女性に振られてばかりいる。義理の姉のスカイラーは、ホールデンという男性と婚約中。義理の弟のスコットは保守の共和党支持で実父のボブと喧嘩が絶えない。DJは夏休みに実父のジョーとイタリアのヴェネチアを訪れる。ジョーは同じホテルに泊まるNY出身の米国人女性ヴォンに一目ぼれする。DJはゴンドラ漕ぎの青年に恋をして、婚約するが帰国すると熱が冷めてしまう。義理の姉のスカイラーも、母親ステフィが慈善活動で助けた犯罪者に恋をしてしまいホールデンとの婚約を解消する。やがて、クリスマスの季節がやってくる。一家は皆でクリスマスを過ごしにフランスのパリにでかける。】

ウディ・アレン監督のミュージカル・コメディ映画です。

美しさでは引けを取らない3都市:ニューヨーク、ヴェネチア、パリを舞台に、登場人物たちが恋をして振られたり、振ったりします。彼らは真剣ですが、真剣さ故に、観ている側には(こちらには)コメディにしか映らないのです。

もっとも、それはウディ・アレンの真剣なメッセージでもあるのです。

この映画の最後に、パリに訪れている家族全員で「マルクス兄弟仮装パーティ」に参加するシーンがあるのですが、1930年、40年代に一世風靡した兄弟コメディアン・グループ「マルクス兄弟」こそが(ばかばかしさの中に生きる意味を見出す)アレン映画の哲学でもあります。

アレンの1986年の監督作品『ハンナとその姉妹』において、アレン扮する中年男性が自殺に失敗して、映画館に行って「マルクス兄弟」の代表作『我輩はカモである』を観るのですが、小さい頃から何度も見てきたこのナンセンス映画をかみしめて、生きる意味を考え直すのです。

『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(Everyone Says I Love You)は「マルクス兄弟」の1932年の映画『御冗談でショ』の同名の楽曲から取られており、映画作品そのものが(『ハンナとその姉妹』以上に)「マルクス兄弟」へのオマージュのようなところがあります。

ニューヨークも、パリも、ヴェネチアも完璧な都市ではなく、それぞれに課題があるように、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』も人生の面白く、楽しい一面だけをフォーカスしているような気もします(ミュージカル・コメディですから、楽しくていいのですが)。

しかしながら、それでも、こういう「世界」があって欲しいなとも思うのです。

2018年6月20日 23:59

「譲歩」「敗北」であったとしても問題視しない2人とは?

2018年6月12日、シンガポールでドナルド・トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長によって行われた米朝首脳会談の評価が分かれています。

会議自体の演出という観点からは、シンガポールという第三国が舞台であったにもかかわらず、トランプ大統領が主導権を終始握り、「強いリーダー」を世界に見せつけたと評価されています(明治大学海野素央教授の分析, ANN News, 6月12日)。

しかしながら、朝鮮半島の非核化という観点からは、共同声明に「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を盛り込めなかったことが、米国の「譲歩」であると考える見方は少なくありません(朝日デジタル, 2018年6月13 ; BUSINESS INSIDER JAPAN, 6月14日)。

もし、この会談を「譲歩」と見なすならば、近年の米国大統領で最も「譲歩」したのがトランプ大統領であったと言えます。過去の大統領は、「譲歩」できなかったために、首脳会談に辿り着かなかったのでしょう。

それでは、トランプ氏はなぜ「譲歩」したのでしょうか。多くのメディアにおいて米国の秋の中間選挙を前にトランプ大統領が、とりあえずの外交で何らかの「政治的成果」を求めたと報じられています。

確かにそういう側面は否定できないでしょう。

しかし、米国マンマス大学が実施した米国の世論調査(18年6月12-13日)によれば、「米朝首脳会談でどちらの国がより多くの利益を得たと思うか」という質問に対して、38%が、北朝鮮が手に入れたものがより多かったとし、米国の利益がより多かったとしたのは9%に過ぎなかったのです(CNN, 2018年6月17 日)。

同様に、北朝鮮の人々も米朝会談に不満を感じているという意見があります。

ニュースアナリストのフィヨドール・テルティツキー氏は、核を放棄し、核保有国の地位を明け渡すことを決めた米朝共同宣言に対して国民から不満の兆候が出始めていると分析します(東洋経済online, 6月2日)。

同氏は、首脳会談は北朝鮮のメディアでは伏せられており、会談の勝利が何かをまったく知らされていなかった北朝鮮国民は、実際のところ米朝首脳会談は「敗北」だった、と受け止めている可能性があるとしているのです(同上)。

北朝鮮の国民が、それ程、自己主張することが許されているのかどうかわかりません。

ただ、米国の有権者も、北朝鮮の国民も今回の首脳会談を「敗北」「譲歩」と捉えているとすれば、非常に興味深いのですが、「独裁的」である両氏は、おそらく、たとえ、「敗北」「譲歩」と言われても気にもしないでしょう。

やはり、この会談は、ドナルド・トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の間でしか行われなかったのかもしれません。

しかし、それでも、アクター論的な観点だけでは十分ではないようにも思えます。両者を(意識的に、無意識的に)動かした社会構造の変化は何だったのでしょうか。この首脳会談の背景を、もう少し、考察する必要があると感じます。

2018年6月19日 23:20

グローバル化する地震体験

6月18日(月)の午前7時58分頃、大阪府北部でM6.1の地震が発生しました。私は、非常勤で担当しております早稲田大学エクステンションセンターの講義があり、東京に滞在していました。

私が神戸三宮でフルタイムで勤務する大学には多くの留学生が在籍しています。その留学生たちは殆ど全て兵庫県、大阪府に住んでいます。

彼らは、中国、韓国、ベトナム、ネパール、モンゴル、バングラデッシュ、ミャンマー、台湾、ウガンダ、セネガル等から来ており、今回は、初めての地震体験となった人もいたようです。

あるベトナムからきた女子学生が、「先生、余震が終わるまでベトナムに帰国したい」と相談してきました。

「もし、帰るなら何日ぐらいですか」と聞いたところ、彼女は「テレビでは、大きな余震は2日から3日と言っているので、1週間後に日本に戻ってきます」と話すのです。私は、「帰国するのは自由ですけれど、1週間では、あまり変わらないかもしれないですよ」「余震は数カ月続く場合もあります」となだめて落ち着かせました。

一方で、あるネパール人の男子学生は、2015年4月25日にネパールのカトマンズにて、人生で初めて地震を経験した後に、来日したそうです。進学した日本語学校は、熊本。そして、2016年4月14日、熊本で被災します。2つの大地震を経て、今回、また大阪で地震に遭い「地震が自分を追いかけてくるんです」と苦笑いしていました。

ヒト、モノ、カネが国境を超えるグローバル化する今日、地震の体験も国際化しています。

しかしながら、私が2015年9月、2017年9月の2度のネパール訪問から学んだことは、震災対策は十分には共有されていないことでした。日本人なら小学校、幼稚園から何度も経験している避難訓練もネパールではされていなかったのです。

2017年9月に神戸ユネスコ協会の国際ボランティアとしてネパールの首都カトマンズを訪れた際は、ネパール語の避難訓練書を学生たちと一緒に作ってもっていき、小学校、中学校、高校で避難訓練をしました。現地の子供たちは、真剣に私たちと「逃げ方」を練習しました。日本人の当たり前の常識が、ネパールでは当たり前ではないのです。

実のところ、現地では赤十字のマニュアルもありましたが、学校で使われずに置きっぱなしになっていました。やはり、一緒に訓練しないとダメなのです。

私が教える留学生たちは、将来、母国に帰るかもしれませんが、地震の怖い経験だけではなく、「地震の知識」、「地震対策」も持ち帰って欲しいと願っています。

 1  |  2  |  3  | All 次へ >>

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
月別アーカイブ
2018年6月
2018年5月
2018年4月
2018年3月
2018年2月
2018年1月
2017年12月
2017年11月
2017年10月
2017年9月
2017年8月
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年11月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
カテゴリーアーカイブ
アジア事情 (14)
カンボジア (27)
スイス (27)
スポーツと社会 (132)
ネパール (26)
国際事情(欧州を除く) (233)
大震災/原発事故と日本 (30)
御挨拶 (14)
日本政治 (124)
日本社会 (296)
映画で観る世界と社会 (326)
欧州事情 (98)
留学生日記 (74)
英国 (100)

ページトップへ

カレンダー
<< 2018年06月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
壁の崩壊から見えたこと: 分からなければ手を抜くのか?
VAR:全てが可視化され、スポーツは変わる
ばかばかしさの中に生きる意味を見出す: 映画『世界中がアイ・ラヴ・ユー』に示されるアレン哲学
「譲歩」「敗北」であったとしても問題視しない2人とは?
グローバル化する地震体験
最新コメント
Wonderful blog! I fo...
Posted by dents located
Aѕking questions ar...
Posted by Folder Lock For Windows By Newsoftwares.Net
武蔵は春田に言います...
Posted by S
はじめまして、書き込...
Posted by たか
あなたもまだお若い。...
Posted by 葵東
最新トラックバック
この社会での性的魅力
from 哲学はなぜ間違うのか
ひとつ/長渕剛(Cover)
from 今日の天草