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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年4月

2018年4月30日 23:37

なぜ、私たちは松坂投手を応援してしまうのか?

今シーズン、中日ドラゴンズに移籍した松坂大輔投手が、30日のDeNA戦で6回までを3打点1失点に抑えて、勝利投手となりました。大リーグ・メッツ時代の2014年6月10日のブルワーズ戦以来、4年ぶりの勝利であり、2015年に日本球界に復帰してからの初勝利です。

この勝利に中日ファンは当然喜んでいます。しかし、中日ファンばかりではなく、他球団のファンも喜んでいるのです。

私自身は、阪神タイガースファンなのですが、正直、松坂投手に頑張って欲しいという気持ちがあります。

そして、どうやらそれは、私だけではないようです。

4月19日、「中日VS阪神」の5回戦では、松坂投手が先発して7回を投げ切りました。7回の表の阪神の攻撃中、2アウト1,2塁で松坂投手は足がつったような仕草を見せると、中日の朝倉投手コーチが駆けようとしますが、松坂投手はそれを制止し、続投を主張します。

その瞬間、中日ファンのみならず、阪神ファンからも、自然発生の拍手と歓声が沸き起こり、球場全体から「がんばれ」「負けるな」という声援が松坂投手に投げかけられたのです(小西斗真「その瞬間、竜も虎も1つになった。「松坂の22球」が起こした奇跡とは。」Number Web, 4月26日)。

その段階で、阪神が2-1でリードしており、阪神ファンにも余裕があったことは確かですが、それでも、普通はあり得ないことです。

それでは、なぜ、皆、松坂投手が投げるのを見たいのでしょうか。なぜ、他球団のファンでさえ(限定性の中で)松坂投手を応援するのでしょうか。

その理由を、小西斗真氏は平成の怪物・松坂投手が実は無理をして勝ってきた事実があり、そして松坂世代の人々がサラリーマンとして靴底を擦り減らし、手当ももらえぬ残業で「無理をする」自分に重ねているのではないかと指摘しています(「なぜ人々は松坂大輔を見に行くのか。別格の"引力"には理由がある。」Number Web, 2月16日)。

私は、もちろん、そのような世代の支持はあると思います。しかしながら、松坂投手は、世代を越えて支持されているのです。それはどのように考えるべきでしょうか。

私は、まず、松坂投手は「松坂世代」の本家として、世代を超越し、プロ野球を代表する存在になっているからであると思います。

2018年に入ってから1月に中日、阪神、楽天で監督を務めた星野仙一氏が亡くなり、また最近、連続試合出場において日本記録保持者であった衣笠祥雄氏が亡くなりました。

どんなに活躍したプロ野球選手も、いつかは引退し、この世を去っていきます。

それは当たり前ですが、野球を観ている時、特に球場では、野球が一つのボールを巡る激しい闘いであるにもかかわらず、なぜか日常の中で時間を止めたいと思うような感覚があるのです。

言い方を変えれば、ずっと野球が続いて欲しいような気持ちです(もちろん、阪神が勝ちながらが、ベストですが)。

しかし、星野監督や衣笠氏の死去は、球界を代表するような選手や監督も、「非日常」の存在ではないことを突き付けてきます。

時間は容赦なく過ぎ去ります。野球界も例外ではないのです。それでも、やっぱり抵抗したい。

平成の怪物・松坂投手は、野球そのものを体現する存在であり、だから皆、彼に投げ続けて欲しいのではないでしょうか。剛速球が投げられるかどうか、コントロールが良いか悪いかとかそんなことはどうでもいいのでしょう。

松坂投手がKOされず、投げ続けているだけで「永遠性」を味わえるのです。しかし、それもいつか終わることを余儀なくされるのですが、それでも、野球ファンは今の「瞬間」が幸せなのです。

2018年4月29日 23:50

難民化したエイリアンとの友情: 映画『第9地区』が示す「人間-エイリアン」関係論

2018年4月21日付けの当ブログで、映画『アバター』(2009年)を論じました。『アバター』の主人公ジェイクは、「アバター」となり、地球から遠くはなれた星の衛星の「原住民」の社会に入り込むのですが、この作品にも共通性があります。

『第9地区』(原題District 9)
制作国 米国, 南アフリカ共和国
制作年 2009年
監督 ニール・ブロムカンプ
出演 シャールト・コプリー

あらすじ
【1982年、南アフリカ共和国。謎の惑星から来た宇宙船がヨハネスブルクの上空に浮いたまま停止する。人類が宇宙船に乗り込むと栄養失調の多くの宇宙人(エイリアン)たちがいた。「難民」と化したエイリアンは、ヨハネスブルクの地上に降ろされ、ヨハネネスブルク市内の居住区「第9地区」にて「保護」されることになる。そして、28年後、エイリアンたちは人間から「エビ」と呼ばれて差別され、「第9地区」はスラム化してしまう。エイリアン問題を担当する民間企業「マルチ・ナショナル・ユナイテッド社」(MNU)はエイリアンの強制移住を決定し、同社はヴィカスという男を現場責任者に指名する。ヴィカスは意味が分からないエイリアンたちから、無理やり移住承認のサインを得ようとし、歯向かうエイリアンはその場で射殺する。ところがある小屋を調査している際に、ヴィカスは謎の液体を浴びてしまう。するとヴィカスは、左腕から次第に身体がエイリアン化してしまう。】

南アフリカ共和国を舞台した同作品は、アパルトヘイト時代に起きたケープタウン第6地区からの強制移住政策を意識し、南アの歴史を色濃く反映したものになっているとされています。

ただ、描かれるテーマは人間とエイリアンの「友情」です。エイリアンの強制移住を推進する民間企業「MNU」に勤務する、ヴィカスは不本意ながら「事故」でエイリアン化してしまいます。

会社仲間、友人、親戚からも見捨てられたヴィカスは、「第9地区」に逃げ込み、地球名クリストファーというリーダー格のエイリアンとその息子と親交を結びます。

彼らとの「友情」も紆余曲折があるのですが、いずれにしても、人間なのにエイリアン化することで、社会学で言うところの「マージナルマン」となるのです。

【「マージナルマン」とは、二つ(以上)の社会集団に属し、一つのアイデンティティに固定されていない人間のことを指した米国の社会学者ロバート・パークが提唱した概念です。】

そして、徐々にヴィカスは心もエイリアン寄りになっていきます。

この作品の中では様々な人間が描かれます。私企業MNUの醜い人間たち、エイリアン相手に商売する人間ギャングたち、そしてエイリアンに理解を示すヴィカスと少数の人々。

しかしながら、エイリアン側の「人間模様」は映し出されません。地球名クリストファーというエイリアンとその息子だけが、人格化されているだけなのです。

エイリアンにも派閥があるような気がするのですが、そこまで描くとあまりにもエイリアンが「人間的」過ぎてしまうのでしょうか。

2018年4月28日 02:18

南北首脳会談の背景としてのグローバリゼーションと機械化

前回、金正恩・労働党委員長と韓国の文在寅・大統領による首脳会談を、金委員長のパフォーマンスにフォーカスして論じました。

そもそも、この時期に首脳会談が行われた理由は何だったのでしょうか。

政治的には、対米関係(米国との軍事衝突の危機を回避したい)という見方があり、経済的には、北朝鮮への制裁が相当な効果をあげているとも言われています(重村智計「南北首脳会談、なぜこのタイミングだったのか」iRONNA)。

特に石油に関する制裁は大きく、昨年の北朝鮮の石油輸入量は最大150万トンとされる中、今年は制裁によって原油と製品合わせて70万トンまでに落ち込むと見られています(同上)。

なるほど、納得できます。

ただ、私はこの歴史的会談をテレビで見ながら、北朝鮮が経済開放を急がないと、現実としてグローバル化、機械化の波に飲み込まれてしまうように感じました。

実際、今回の首脳会談の前の4月20日の北朝鮮労働党中央委員会総会において、金委員長は「経済建設に総力を集中する新たな戦略的路線」を宣言しており、経済発展を重視する姿勢が見られます(毎日新聞、2018年4月27日)。

金委員長は、経済制裁を解除し、経済協力を引き出し、北朝鮮を経済的に発展させることを掲げているのです。そして、早くも朝鮮半島に平和が実現し、北朝鮮が経済開放をすれば、韓国よりも北朝鮮に直ちに莫大な利益がもたらされるだろうという声もあがっています(Bloomberg, 2018年4月25日)。具体的には、北朝鮮国内への投資機会が増え、輸送やインフラ、発電施設への投資ブームが起こり得るだろうと予測されています(同上)。

私はかつて「北朝鮮と安価な労働力:敵はロボットか?」(当ブログ2013年2月20日付)、というタイトルで、北朝鮮が急いで経済開放路線に踏み切らないと、その安価な労働力を活用せずに、世界のロボット化、機械化が先に進んでしまうのではないかと書きました。

あれから数年経ち、2015年の1人当たりのGDPを比較すると、バングラデッシュの3,700米ドル、ミャンマーの5,600米ドル、ベトナムの6,200米ドルに比べ、いまだに北朝鮮の1人当たりのGDPは1,700米ドルに過ぎなく、アジア各国に比べ遥かに低くいのです(CIA handbook)。

つまり、北朝鮮の労働賃金は安いことになりますが、「安価な労働力」自体が重要視されない状況も発生しています。近年、米国では、機械化が進み(それに、トランプ政権の政治介入もあり)、製造業の海外流出が止まり、製造拠点を米国へ戻す傾向が生じています。

もちろん、上記のグローバルな産業状況の変化が、今回の南北首脳会談の直接の理由ではないでしょう。しかしながら、北朝鮮の改革開放路線への転換が遅くなれば遅くなる程、北朝鮮は機械化との闘いを余儀なくされるのではないでしょうか。

そのためにも、まず、北朝鮮は山積する政治的課題を片付けていかなくてはいけないことになります。

2018年4月27日 23:59

金委員長のパフォーマンスを「カリスマ性」として認識すべきなのか?

北朝鮮の金正恩・労働党委員長と韓国の文在寅・大統領が、南北軍事境界線がある板門店の韓国側で会談をしました。3回目の南北首脳会談ですが、過去2回は平壌で開催されており、北朝鮮の最高実力者が南側を訪問したのは初めてです。

世界中から注目された会談は、金委員長のパフォーマンスに南側(西側)が「釘付け」にされたと言っても過言ではないでしょう。韓国の文大統領の存在を、「脇役」にしてしまったように見えました(文大統領は「食われてしまった」感が歪めません)。

会談の政治経済的な分析、歴史的な位置付けは別として、今回は何よりも金委員長がどのような態度で会談に臨むのか、委員長の振る舞いはどうなのかが注目されていました。

そして、今まで独裁者としてメディアに映し出されてきた金委員長は、ジョークも冴えており、カメラ目線も自然だったのです。

韓国の人々も概して好意的に捉え「率直で面白く、話ができる」という印象であったと報じられています(産経ニュース、4月27日)。

考えてみれば、金委員長はスイスでの留学経験があり、ドイツ語、英語などに通じているとされており、西側のメディア操作が上手かったとしても納得できなくはありません。

独裁者には、力だけではなれません。歴史の中の独裁者たちは、初期において、ある種のカリスマがあり、人々を惹きつける魅力があり、国民的な人気があるナショナリストであることが普通です。

戦間期のドイツにおいて選挙で勝ち上がったヒトラーを持ち出すまでもなく、まず国民が魅了されるのです。

かつて私は当ブログ(2011年9月7日、2016年5月 7日)において「独裁者の法則」を記しました。人気者であった愛国者が、経済政策の失敗等によって自分への国民的支持が維持できなくなると、子飼いの秘密警察を用いて独裁者になっていくのです。

そうやって完成する独裁国家において、実は、最高権力の世襲は易しくないのです。二代目、三代目への継承が難しいのは、独裁者が権力固めに勤しみ、権力や資金を二代目に譲っても、先代のカリスマを世襲できないからです。

三代目となる北朝鮮の権力継承に関しても、当初、私はかなり難しいと考えていました(当ブログ、2011年12月21日付)。

しかしながら、今回の首脳会談で、非常にキャラ立ちしている金委員長を見ると、彼自身に良くも悪くもカリスマ性があるのかもしれません。

そう認識すれば、なぜ、北朝鮮だけにおいて、その独裁制が(3代に渡って)世襲されてきたのかが見えてくるような気がします。

2018年4月23日 01:45

手紙だからこそ良いのか、手紙だからこそダメなのか: 映画『親愛なるきみへ』の遠距離恋愛観

手紙の可能性と限界を描いた映画です。

『親愛なるきみへ』(原題Dear John)
制作国 米国
制作年 2010年
監督 ラッセ・ハルストレム
出演 チャニング・テイタム、アマンダ・サイフリッド

あらすじ
【サウスカロライナ州出身の米国陸軍特殊部隊の兵士であるジョンは、ドイツの基地に勤務している。2週間の一時休暇で帰省中に、女子大生のサヴァナと海辺で出会う。二人は直ぐに恋に落ちるが、自閉症のジョンの父親のことで喧嘩してしまう。そして、ジョンは特殊部隊として戦地に向かうが、別れ際に仲直りし、手紙でやり取りすることを約束する。ジョンは1年後に除隊するはずが、9・11同時多発テロ事件が発生し、軍との任務の延長が避けられなくなる。再び一時休暇に地元に戻り、ジョンはサヴァナに事情を説明するが、納得できないサヴァナと喧嘩してしまう。最終的に更なる文通の日々を誓う2人であるが、数か月後、ジョンはサヴァナからの別れの手紙を受け取る。】

彼らは2週間しか付き合っておらず、その後は、文通になります。ジョンは特殊部隊に勤務しており、勤務地は書けません。サヴァナは恋人がどこにいるかも分からないのですが、ジョンは「月の大きさは片目をつぶればどこにいても親指の大きさで同じだ」とサヴァナに語ります。

二人は、私たちは大丈夫と文通による遠距離恋愛を続けようとするのですが、ネタバレですが、最終的にはサヴァナが持たなくなります。サヴァナは別の男性と婚約してしまうのです。

ジョンの父親の葬式の後、ジョンはサヴァナに会います。そして、サヴァナはジョンが嫌いになったのではなく、ジョンを毎日、待つことが辛過ぎたと語ります。

ジョンは、「電話してくれれば君を失わなくても済んだのに、なぜ電話してくれなかったのか」と問います。それに対し、サヴァナは、「電話すれば、(別れる)決断ができなくなってしまう」と答えるのです。

そうすると、手紙は、このケースではどのように機能していることになるのでしょうか。米国と戦地に分かれる彼らを繋いでいたのも手紙であり、別れさせたのも手紙であることになります。

ネットが使えば直ぐに自分の気持ちを世界中に伝えられるSNS時代ですが、手紙は相手のみならず、自分との距離もあります。

ビートルズには「All My Loving」(1963年)という名曲があります。離れている恋人に「僕は、君に手紙を毎日、毎日書くよ」約束する曲です。正確には、一方的に宣言しているだけで、コミュニケーションではないのです。

手紙は、距離がある。だからこそ、良いのか。だからこそ、ダメなのか。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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