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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年3月

2018年3月25日 17:26

「合格」することより、「継続」することのほうが重要なのでは?

3月も中旬を過ぎ、大学の入試シーズンも終焉を迎えつつあります。今年の大学入試では、芸能人の番組企画での大学チャレンジが話題になりました。

オードリーの春日俊彰さんは日本テレビ系のバラエティー番組『得する人損する人』の企画で東京大学を目指して受験勉強をされ、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんがインターネットテレビAbemaTVの番組『偏差値32の田村淳が100日で青学一直線~学歴リベンジ~』で青山学院大学を受験しました。

結果はお二方とも不合格でしたが、大学全入時代に受験(勉強)が久しぶりにクローズアップされた感があります。

まず、私は、芸能人の方々が大学受験をされるのは大賛成です。

高度情報化社会の到来が叫ばれて久しく、今日、どのような職業であっても(タレントなら尚更)情報収集力と分析力、考察力が多かれ少なかれ必要でしょう。そして、言うまでもなく、大学とは、「考える力」を養う場です。

特定の大学に学びたいという希望も、何の問題もありません。あの大学で(あの学問を)学びたいという「拘り」も素晴らしいとも言えます。

しかしながら、今回のお二方は企画が終わり、とりあえず受験勉強を続ける予定はないようです。

番組内で不合格が判明した春日さんは、「来年また受ければいいじゃん」(『得する人損する人』2月8日放送)と同番組のレギュラーパネラーである坂上忍さんから言われると「またやるんですか...?」と消極的でした(同上)。

田村さんは「オレは法学学びたいって気持ちにウソはないから」と明言されており、悩んでいるようです。「また来年受けて法学部に入るって道もあるし」と再受験の可能性も述べられていますが、「違う形で法学の資料を自分で見て学ぶってこともできるし」と自分で勉強する可能性もあるようです(「【#19】今夜が本当のラストチャンス...青学入試"最終合格発表"!」『偏差値32の田村淳が100日で青学一直線~学歴リベンジ~』)。

ただ、番組企画に批判も寄せられています。

田村さんは「不合格で何も失わないヤツに言われたくない」と批判され、田村さんが「今年落ちただけでしょ」と語ったことに対しは、受験に対して真剣さが足りないと指摘されています(Asagei Plus, 3月7日)

芸能活動をしながらの番組企画としての挑戦でしたので、どれくらい真剣だったのかは分かりませんが、この企画が企画として終わってしまうのは非常に残念です。

大学全入時代だからということで申し上げるのではないのですが、今の時代は大学の入学試験の意義は薄れ、「合格」は大学を選ばなければ難しくありません。たとえ、難関大学に入学しても、入学しただけでは、かつてのような「人生の成功」を意味しないのです。

社会が激動する今日、4年間、いかに大学で学び、そして、大学を卒業した後も、社会の変化に対応するべく学び続けられるのかという「学業の継続性」が何よりも重要となってきます。

どちらかといえば、合格した後の2人がいかに学問に出会い、どのように勉強を続けるかを数年単位で見たいと思いました。それじゃ、TV番組にならないかもしれませんが、だとすれば、TVが時代の変化に合っていないということになりますね。

2018年3月24日 02:09

独裁は私的領域を奪っていく: 映画『太陽に灼かれて』における「公」と「私」

恋愛映画なのですが、独裁とは何かを深く考えさせられます。

『太陽に灼かれて』(英題 Burnt by the Sun)
制作国 ロシア
制作年 1994年
監督 ニキータ・ミハルコフ
出演 オレグ・メンシコフ, インゲボルガ・ダクネイト, ニキータ・ミハルコフ

あらすじ
【1936年ソ連、モスクワ郊外の別荘地。ロシア革命の英雄コトフ大佐は、妻マルーシャと一人娘のナージャ、そして旧友たちと休暇を過ごしていた。そのようなある日、ドミトリというかつてマルーシャの恋人だった謎の男性が大佐の家に現れる。ドミトリは、昔、軍人としてコトフ大佐に仕えていたが、大佐によってマルーシャとの関係を引き裂かれたことを「物語」として皆に語る。真実を知り、マルーシャは夫である大佐を責めるが、大佐の愛に理解を示すようになる。しかし、実は、スターリンを崇拝する秘密諜報員であったドミトリは、コトフ大佐をスパイとしてでっち上げ、大佐の逮捕を実行する。】

恋愛映画としてみればマルーシャを巡る三角関係なのですが、そこにスターリン時代の粛清が絡みドラマが展開していきます。

近隣の農民にも好かれ革命の英雄コトフ大佐は、一見、被害者として描かれます。愛国者で模範的共産主義者である大佐は、外国に通じたスパイとしていわれのない罪を着せられ、ドミトリによって逮捕されます。

つまり、ドミトリは、かつての恋人を奪ったコトフ大佐を、政治力を用いて陥れ、復讐するのです。

しかしながら、コトフ大佐もかつて、部下ドミトリを政治的にマルーシャから遠ざけ、マルーシャを自らの妻としているのです。その詳細については描かれておらず、微妙なところもありますが、いずれにしても、政治力を用いてドミトリの人生を翻弄したのは確かです。

ここでは、「公」と「私」の関係が、浮かび上がってきます。ドミトリもコトフ大佐も「私」の利益(私欲)を「公」の権力を用いて行っているという共通性があるのです。

政治における「独裁」とは、実は、この映画のように人々の「私」の領域を、直接的に、間接的に奪い悲劇を生み出すものなのです。

スターリン独裁のケースでは、実のところ、英雄コトフ大佐の存在は(2人のツーショット写真が作中、いみじくも数回、映し出されるのですが)、単にスターリンに対峙するものではなく、崇拝という形で「私」領域を奪うという点においてスターリンとの類似性があるのです。

最後に、2人の男性に私的領域における「幸せ」を奪われた(かつてのドミトリの恋人であり、現コトフ大佐の妻)マルーシャはどうしたらいいでしょうか。

彼女は、「太陽」(独裁者)に灼かれながら(翻弄されながら)政治に塗れた2人を(もしくはいずれかを)愛し続けるのでしょうか。それとも、政治的に2人に復讐するのでしょうか。もしくは、「太陽」を敵視するのでしょうか。

2018年3月23日 23:54

プーチン大統領が選挙で圧勝してスターリンに次ぐ長期政権となる事実が意味することは何か?

3月18日、ロシアで大統領選挙が行われ、ウラジーミル・プーチン氏が勝利し、4選目となりました。

今回、プーチン氏の得票率は76.69%ですが、第2位の共産党の候補であるパーベル・グルジーニン氏は11.77%に過ぎなく、プーチン氏の圧勝であると言えます(Sputnik International, 23 March 2017)。

プーチン氏は2000年3月に初めて大統領に当選したのですが、ロシア大統領の任期は憲法で「連続2期」に制限されているため、2008年から2012年までメドヴェージェフ氏が大統領となり、プーチン氏は首相となります。2012年に大統領に復帰し、今回、トータルで4選目となりました。

現在、ロシアの大統領の任期は6年となっており、今回の勝利でプーチン政権は2024年まで続きます。2000年から事実上の権力者と見なせば、20世紀以降において、旧ソ連のスターリン共産党書記長以来の長期政権となるとされています(朝日Digital, 3月19日)。

ヨシフ・スターリン氏は1922年から死去する1953年までソ連共産党の書記長として長らく最高権力者の座にあり(ただし、レーニンが1924年1月に死去するまでは、最高権力者ではなかったのですが)、約30年間、ソ連を動かしていたのですが、スターリンに次ぐと言われると、いかにプーチン時代が長いことが分かります。

しかしながら、2000年(得票率53.44%)から、2004年(71.9%)、2012年(63.6%)、2018年(76.69%)とプーチン氏が大統領選挙で4回も勝ち抜いてきた点は、「王様」のように共産党書記長が「終身」の権力者であったソ連とは大きくことなります。

ロシアでは、選挙の不正が指摘もされていますが、選挙によっては約25%から過半数近い反対票がプーチン氏に向けられているのも事実です。にもかかわらず、プーチン氏は「民主的」かつ「合法的」に政権の座にいるのです。そして、選挙不正の報道が出ること自体が、ロシアがソ連時代とは異なることを顕著に示しているように思えます。

ただ、今回の大統領選挙が、英国国内でロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のセルゲイ・スクリパリ元大佐と娘が何者かによって殺害された件によって、ロシアと欧州諸国との関係が悪化している中で行われたことも興味深いところがあります。

ロシアの有権者が、「強い」大統領、「強い」ロシアを求めているのかもしれません。

こうなりますと、2024年に72歳になるプーチン大統領が、どのように権力を維持しようとするのか、2024年以降も、ロシアの有権者がプーチン氏を支持し続けるのかを注目しなければなりません。

2018年3月15日 01:07

中国国家主席の「任期の撤廃」を考える:格差とミドルクラス

今月初めから開催されていた中国全国人民代表大会(全人代)で、「国家主席、副主席の任期は連続して2期を超えてはならない」とする従来の憲法上の規定が削除され、国家主席の任期が事実上なくなりました。

現国家主席の習近平氏の終身政権の道が開かれたことになり、日本のマスコミでは「独裁化」するのではないかという懸念と批判の声が挙がっています。

任期制の撤廃は民主主義に反する行為ですので、批判は理にはかなっているのですが、ただ解せないのは、経済発展を遂げ、五輪を開催し、名実ともに先進国入りを狙う中国が、なぜ、今、西側からの反発を招くようなことをする必要があるのかということです。

それは、習氏1人の政治的野望であると捉えるべきなのでしょうか(もし、そうだとすれば、中国の政治経済の先行きは明るくなく、その結果、世界経済にも多大な影響を与えることでしょう。

そのような中、吉田陽介氏の「中国国家主席の任期撤廃で習近平は「独裁者」になるのか」『Diamond Online』(3月14日)は興味深く感じました。

吉田氏は全人代の「政府活動報告」に着眼し、特に経済政策と人民中心主義から国家主席の「任期撤廃」を考察しています。

まず、前者の経済政策において、中国はまだ、「経済成長の内生的原動力」が十分ではなく、中国はまだ(独裁的な)大きな政府による積極的な財政政策を行う必要があると見ます(同上)。経済的に、強い上からの「力」が必要であるというのです。

そして、後者の人民中心主義は「人々の獲得感」と表現され、理念的には「民生の最低ラインを断固として守り、人民大衆の獲得感・幸福感・安心感」を不断に高めていくとされます。

具体期には、起業を促進するための措置、農民工の雇用拡大及び、賃金未払い問題の解決、社会の最低賃金基準の調整、農村の児童・生徒の中途退学率の引き下げ、都市部の「大班額(すし詰め教室)」の解消、授業以外の負担が過重な問題の解決、「健康中国」戦略の実施、食品や医薬品の安全確保、大衆の住宅問題の解決などの措置等、非常に細かく項目が挙げられています(同上)。

吉田氏は、中国は、習近平一人に権力を集中させて、経済的には「開発独裁」、政治的には「改革独裁」を目指していると解釈し、それらは「独裁」とは名が付いても、世論による「監督」が機能しており、日本人がイメージするような独裁にはならないと結論付けます(同上)。

中国には現在、約4億人のミドルクラスが出現しており、経済格差対策をしながらも、ミドルクラス対応の経済政策を促進せざるを得ないのです。そして、経済中心主義を敷く限り、政治的な独裁にも歯止めがかかると認識すべきなのかもしれません。

私は「独裁者の法則」(2011年9月 7日付)、「誰もが必ず、独裁者になる可能性があるのか?」(2016年5月 7日付)というタイトルで、当ブログで独裁について書いてきました。

最初から独裁者であった、独裁者はおらず、少なからずカリスマ性を持ち、国民的に人気を誇ったナショナリストである人物が後に独裁化するケースが多いのです。多くは、経済政策に失敗した後、「独裁化」が待っているのです。

ですから、「開発独裁」や「改革独裁」が「独裁化」と無縁であるとは言えないのです。

しかしながら、それでも、現段階のレベルまで国家として経済発展を成し遂げた中国が、即時に独裁化するようにも見えません。むしろ、良し悪しは別として、格差問題などの対策としての「権力の拡大」である可能性が高いように思えるのです(当然、権力を拡大するのは、何かをするために権力が十分ではないと考えているからです)。

ただし、約4億人の中産階級の存在に関してはより詳細なる分析が必要です。米国の社会学者であるシーモア・M・リプセットは、戦間期においてドイツでナチズムを招いたのも中間層の急進化であるとしましたが、中間層は民主化のみならず、独裁も導く存在になり得るのです。

1人の政治家の野望よりも、社会全体の急進化のほうが世界平和には危険かもしれません。

2018年3月14日 04:04

美しさは努力で作られるものではないのか?: 映画『ベニスに死す』が投げかける「美しさとは何か」という問い

「先生、やっぱり、女性は見た目なんですよ」と自分で自分は美しくないと決めつけているある女子大生から言われたことがあります。その答えが、YesかNoかは別として、問い自体は、女性に限定するものではなく、普遍的なテーマかもしれません。

『ベニスに死す』(原題 Death in Venice)
制作国 イタリア
制作年 1971年
監督 ルキノ・ヴィスコンティ
出演 ダーク・ボガード, ビョルン・アンドレセン
あらすじ
【1911年、イタリアのヴェネチア(ベニス)。体調を崩し、静養に訪れた有名なドイツの老作曲家のアシェンバッハは、宿泊先の高級ホテルで偶然、見掛けた少年タジオに一目で心を奪われてしまう。タジオへの思いは日に日に増していくアシェンバッハだったが、何もできず、遠くで見つめるに過ぎない。そんな中、ヴェネチアは謎の疫病が蔓延し、多数の死者が出てしまう。アシェンバッハはタジオを残して、ヴェネチアを去るに去れない。ついに、アシェンバッハも病気に感染し、死を迎える。】

ドイツの文豪トーマス・マンの代表作の一つであり、巨匠ヴィスコンティ監督によって撮られたこの映画も名作とされています。

簡単に言ってしまえば、ドイツで有名な男性老作曲家が、イタリアのヴェネチアでタジオというスラブ系美少年に一目惚れしてしまう話です。

同性愛と言えば、同性愛なのですが2人の間に肉体的にも精神的にも交流はありません。一方的に、老作曲家が「恋」をするのです。

ストーリーは単純です。しかしながら、それではなぜ、この映画(小説)が名作となっているかといえば、ちょっと屈折した視点ながら「美しさとは何か」という永遠の問いが、投げかけられているからでしょう。

映画では芸術を言葉や音楽で語ってきた老作曲家が(原作では理屈を語ってきた作家が)、年甲斐もなく若い少年に一目惚れし、結果として疫病の流行るヴェネチアで命を落とします。それは、悲惨というよりも、むしろ滑稽であり、哀れなのです(テーマは、同性愛ではなく、観客が少年の美しさを認めるかどうかも、重要ではありません。むしろ、そうではないと思ったほうが、滑稽さと哀れさが増します)。

作曲家は、友人の男性に、「(美しさを人工的に創り上げてきた)芸術家の努力は無意味なのか?」と問います。友人は、「美しさは自然に発生するもので、努力ではない」「芸術家の自負以前に存在する」と断言します。

作曲家は、身をもって敗北します。

努力や理屈によって創出された「美しさ」、もしくは人間性という物語によって装飾された「美しさ」ではない、剥き出しの(作曲家にとっての)「美」に負けるのです。

ただ、疫病で華麗なヴェネチアが朽ちていく中、「ヴェネチアでの死」を選んだ老作曲家は、自分を笑いながら、幸せそうでもあるのです。

疫病とシンクロする「美」。ホラーよりも怖い作品です。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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