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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年1月

2018年1月31日 00:42

肌の色を越えながら、現実味に欠けるのはなぜか?: 映画『最強のふたり』における反転するステレオタイプの弱点

感動する映画なのに、何か違和感が残るケースがあります。

映画『最強のふたり』(原題 Intouchables)
制作国 フランス
制作年 2011年
監督 エリック・トレダノ, オリヴィエ・ナカシュ
出演 フランソワ・クリュゼ, オマール・シー

あらすじ
【フランス、パリ。事故で全身麻痺になってしまった大富豪のフィリップは、金目当てや同情して近付いてくる人物に辟易しており、なかなか良い介護者を見つけられない。そんな中、フィリップは、生活保護の申請に必要な(職探しの形跡としての)不採用通知を得るためだけにやってきた黒人のドリスを採用することにする。貧困地域に育ったドリスは、服役歴もあり、フィリップの友人たちはいかがわしい顔をするが、良くも悪くも「普通」に接してくれるドリスにフィリップは友情を抱くようになる。】

制作国フランスのみならず、世界中でヒットした作品ですが、賛否両論です。

肯定する人たちは、最下層出身の移民系黒人のドリスと、全身麻痺の白人の大富豪のフィリップの正反対の境遇の二人が、友情を温めていくプロセスを評価します。

しかしながら、金持ちのクラシック音楽好きの白人と、貧しいけどとても陽気な黒人という描かれ方が、(プラスであっても)ステレオタイプ過ぎると否定する声もあります(「大ヒット・フランス映画『最強の二人』の背景に人種差別 ? アフリカ系フランス人の感想「黒人差別すぎて大嫌い」」2013年4月4日)。

私も、やや後者に近い観方でした。

まず、この作品は実話なのですが、オリジナルの人物は、黒人ではなく、アルジェリア系(移民系)のイスラム教徒の若者なのです。なぜ、実話がベースなのに、黒人のドリスという役を作らなくてはいけなかったのでしょうか。むしろ、映画もストレートにアルジェリア系のフランス人で良かったのではないかと思えます。

次に、私は観方を変えて、金持ちの非白人と貧しい白人の友情では物語が成り立たないのかどうかを、考えてみたくなりました。

実話の金持ちの全身麻痺の白人男性は、ほぼその通りなのでそれはそれで悪くないのですが、どうもひっかかります(当ブログ2014年2月 9日付で、「映画『箱入り息子の恋』の予定調和性」というタイトルで、同作品の「優しいけどダメ男」と「美しいけど盲目女性」の恋愛という設定を、ステレオタイプとして捉えました。特に、「美しいけど盲目女性」に違和感を覚えたのです)。

最後に、本作品はステレオタイプであっても、富裕層の白人も、貧困層の黒人も逆説的に描かれています。白人でも黒人に理解があり、黒人でも白人と友情を育むことができる。しかし、同時に、『最強のふたり』のような階層や肌の色を越えた友情が、日常において、かなり「非現実的」であることも確かです。

つまり、黒人や白人の負のイメージを反転させ、あり得ないストーリー展開を見せることで感動に繋げているのです。

しかし、感動はするのですが、何となくですが、結局、(実話なのに)映画だからと、思わせてしまうところがどこかにあります。映画的リアリティ(現実味)が欠如しているように感じるのです。

だったら、反対に金持ちの移民系と貧しい白人の友情という「あり得ない」設定から、微かなリアリティを見出すストーリーであってもいいような気がします。

2018年1月26日 01:19

My Revolutionと「小室氏の引退」と「誰にも決められない未来」

1月19日に音楽プロデューサーの小室哲哉氏が、音楽界からの引退を発表しました。

前回、西部邁氏が亡くなった際にも記しましたが、私は1994年から欧州に滞在しており、90年代半ば以降は殆ど日本を知りません。小室氏も80年代の「TMネットワーク」でキーボードを弾いていた姿が鮮烈に記憶に残っているだけです。

当時の小室氏の代表作に渡辺美里さんが歌った1986年の「My Revolution」があります(作詞は川村真澄氏)。

この曲を高校時代に聞いた私の世代は、学生運動もほぼ完全になくなった時に大学に入り、バルブ経済も終わった頃に大学を卒業します。

私は、この「My Revolution」を大学に入ってから一度歌ったことがありました。

大学4年の1993年の夏、欧州を研究するゼミの仲間たち7,8人とルーマニアのトランシルヴァニア地方を訪れたのですが、あまりにも暗い夜道を歩いている時、自然発生的に何か歌を歌おうということになり、なぜか、この曲の合唱?となりました。

1989年のルーマニア革命は、共産主義政権を倒したのですが、私たちがその旅で出会ったルーマニアの若者たちは皆、共産主義を批判し、(当時、Japan as Number Oneと称された)日本型の資本主義を礼賛していました。

しかし、上記の通り、私たち学生には日本の「経済的成功」は実感がなく、バブル後の「自分探し」に夢中だったのかもしれません。

もっとかっこよく理論武装すれば、私たちには「社会革命」は古臭く、しかし、まだMy Revolutionによって自分を変えることによって、何らかの「変化」(良いこと)があると思っていたのかもしれません。「夢」と言えるほどの大きなものではないにしても。

そもそも、My Revolutionとは啓蒙主義的な反(社会)革命ソングで、その名の通り、ひたすら個人の変化を求めます。皆(個の総体)が、それぞれ変革してしまうと「上から」の社会革命は要らなくなってしまうのではないでしょうか。

そして、個の「革新」的変化は、総体としては社会における「保守」を導くようにも思えます。

それでは、私たちは(私は)、My Revolutionの延長上に何を得たのか?そもそも、「革命」の個への内在化に成功したのか?その結果、社会は「保守」的安定を得たのか?

小室氏が絞り出すように語った引退会見をYouTubeで見直した後、「TMネットワーク」の代表曲「Get Wild」(1987 年)と「My Revolution」を何度か聞きながら、考え込みました。

なんとなくクリティカル。

ただ、「自分だけの生き方、誰にも決められない」というメッセージだけは確かなような気がしました。

週刊誌にも、世間にも、誰にも決められない。

小室さん、辞めてもいいし、復活してもいい。未来は誰にも決められない。

2018年1月23日 02:45

失われた「保守」を求めて:西部氏はなぜ絶望したのか?

2018年1月21日、評論家、思想家、経済学者の西部邁氏が亡くなりました。

私は、翌22日に早稲田大学エクステンションセンターで欧州事情に関する担当講義があり、急遽、欧州の右翼化する政治の延長上に保守と右翼の違いを述べ、西部氏に言及することにしました。

西部氏の業績に関してはこれから様々に論じられることであると思います。それぞれの立場から、肯定、否定されることでしょう。

私にとって西部氏は高校時代に見ていた「朝まで生テレビ」を代表する知識人でした。好きか嫌いかという存在ではなく、今思うと「あの頃」に結び付く存在だったと感じます。と申しますのは、私は1994年から渡欧してしまいますので、西部氏のテレビでの姿も、80年代の印象が深いのです。

上記の通り、私は西部氏の著作に通じている人間ではないのですが、1983年に出版された『大衆への反逆』を(背伸びして)思春期に読んだ一人であります。

この大衆社会批判は、オルテガの『大衆の反逆』を日本分析に援用し、日本の戦後のあらゆる側面(左翼だけではなく、保守までも)を「大衆化」をキーワードに鋭く切り捌いた話題作でした。

出版から35年経った現在、急速なグローバリゼーションによって、世界が激変する中、私は改めて同書は読み直されるべきであり、同時に「大衆化する世界」というコンテクストで書き直されるべきであると感じます。

西部氏は死の10日前のインタビューで、自らの主張とかけ離れた現代の言論、社会状況に絶望していたそうです(毎日新聞, 1月23日)。

おそらく、西部氏の絶望とは、氏が40年に渡って批判してきた社会(世界)が、その分析が正しいにもかかわらず、氏の理想からどんどん乖離していった現実を嘆かれていたのではないでしょうか。

1980年代(もしくは戦後)の日本が失った「モノ」(価値)は、実は日本に留まらず、世界が今、失っている「モノ」(価値)に通底するように思えます。

そして、ヨーロッパから始まった「大衆の反逆」は、グローバリゼーションによって世界を包み込もうとしているのです。

この「大衆の反逆」の一因は、西部氏が指摘する「エリート」の大衆性でもあり、「大衆化した保守」への批判こそが、「大衆の反逆」を抑制することに繋がるように見えます。

私は、その日(22日)、大雪で時が止まったような東京で、急速に右傾化する欧州政治を講じながら(保守と右翼が明確に分離している今日故に)西部氏の批判する精神がより求められていることを語りました。

2018年1月16日 23:24

「絶対悪」と闘うための「絶対善」: 映画『マイネーム・イズ・ハーン』が描く英雄像

観ている時はとても感動しながら、後で何か引っかかる作品があります。

映画『マイネーム・イズ・ハーン』
制作国 インド
制作年 2010年
監督 カラン・ジョーハル
出演 シャー・ルク・カーン, カージョル

あらすじ
【アスペルガー症候群を患うインド出身のイスラム教徒リズワン・ハーンは、ムンバイで生まれ育ったが、母親の死後、米国に移り住んだ弟を頼りにサンフランシスコに渡る。病気からなかなか米国に馴染めないが、何とか化粧品を売り生計を立てていた。そのような中、仕事先で出会ったインド人のヒンドゥー教徒の美容師でシングルマザーのマンディラに出会う。ハーンは、マンディアの一人息子サミールとも友達になり、ハーンとマンディアは結婚する。しかし、直後の2001年9月に米国同時多発テロ事件が発生し、米国中でイスラム教徒が迫害されるようになる。3人は差別の対象となるが、特にハーンという姓になったことで、サミールは学校でいじめに遭い、殺害されてしまう。マンディラは、イスラム教徒のハーンと結婚したことが間違いであったと考え、ハーンに家から出ていかせるために、米国大統領に会って「マイネーム イズ ハーン」,「アイム ノット ア テロリスト」と伝えるまでは帰って来るなと言い放す。】

障がい者のインド出身のイスラム教徒のリズワン・ハーンは、何も悪いことをしていないのに、イスラム教徒というだけで、米国同時多発テロ以降、差別され、悲劇に見舞われます。

それにもかかわらず、ハーンは純粋にストレートに生きていきます。そして、結果として多くの米国人を感動させ、(ネタバレですが)大統領にまで会えるのです。

感動物語なのですが、感動と共に何か引っかかるものがありました。

ハーンは、当然テロリストではありません。アスペルガー症候群を患っているインド系のイスラム教徒です。そして、映画のハーンは、完璧なまでに良き米国市民なのです。

しかしながら、それ程ハーンを良く描いた上で「テロリストではない!」と言わなくてはいけない社会とは、一体何なのでしょうか。

それは、一般の(米国における)イスラム教徒のイメージが悪すぎることの反動であり、そのイメージを覆すために(イメージと闘うために)、障がい者でインド系イスラム教徒のスーパー良い人「ハーン」が必要になってくるのです。

言い換えれば、絶対悪のイスラム教徒のイメージ(偏見)が、絶対善としての「ハーン」の存在を生み出しているのです。テロリストは言うまでもなく、普通のイスラム教徒ではなく、同時にそれに対抗するハーンも普通の人ではいられなく、スーパースターになる必要があるのです。

であるとすると、米国でイスラム教徒への偏見が無くなる時には、ハーンのような「ヒーロー」も消えてしまわなくてはいけないのかもしれません。

2018年1月11日 02:59

NHK紅白歌合戦は、そのマンネリ性を維持するためにプチ変化している

当ブログ2018年1月 4日付にて、今年(2017年12月31日放送)の第66回NHK紅白歌合戦をとりあげました。

視聴率という観点から考えますと、今年の紅白は、歴代ワースト3位【39.4%】という視聴率ながら、その紅白が年間視聴率の1位であったことから、日本人のテレビ離れが進んでいると結論付けられます。

それでは、紅白の内容はどうだったのでしょうか。

紅白の特徴はマンネリ(マンネリズム)です。2年前の第66回NHK紅白歌合戦を語った際(当ブログ2016年1月 9日付)、言及していますが、紅白とはマンネリの中で交わされる「国民的」コミュニケーションなのです。

しかしながら、よく見ますと2年前と今回ではマンネリの「内容」が異なっています。今回、和田アキ子さんの「アッコ!」の掛け声もなく、小林幸子さんの豪華衣装も消えています。物議を醸した森進一さんの「おふくろ」さんもなく、トリを務めたマッチもいないし、何と言っても国民的アイドルSMAPもいないのです。

それでも、マンネリは続きます。

今年も「国民」が「億千万」と叫ぶ!?郷ひろみさんの「2億4千万の瞳」(少子化何とかしないと郷さんがこの歌、歌えなくなってしまう)。いつの間にか出場24回のTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」。水森かおりさんのプチ豪華衣装。郷ひろみさんと同じくらい変わらない松田聖子さん(今もイメージはお姫様)。氷川きよしさんの「きよしのズンドコ節」も、Xジャパンの「紅」も紅白らしく、マンネリの枠組みに入ってきました。そして、黒柳徹子さんも御健在でした。

紅白歌合戦は、プチ変化(進化?)するマンネリズムなのです。

この変化には、北島三郎さんは2013年のトリを最後に「卒業」するような大掛かりなものと、2012年から2015年まで「女々しくて」を歌い続けたゴールデンボンバーのようなプチ系がありますが(個人的には、ゴールデンボンバーに出演し続けて欲しかったです)、ミクロに観ると結構、激しい流動性があるのです。

本来、マンネリと変化は、根源的に相容れないものです。しかし、紅白歌合戦はそれを「無理なく」(時には無理やり感も出ますが)行っているのです。むしろ、それは、(永遠に)マンネリを継続させるための変化のようにも見えます。

そして敢えて言うならば、変化しながら時の流れに身を任せるかのように、「昭和」の面影は徐々に小さくなっています。

今年のトリは、紅組は、石川さゆりさんの昭和の名曲「津軽海峡・冬景色」でした。この曲のお蔭で、津軽海峡は、冬景色しかイメージできない!

白組は、ゆずの、NHKの2004年アテネオリンピックの公式テーマソング「栄光の架橋」でした。ちなみに、この曲以降、あらゆる五輪ソングはこの「架橋」に挑戦しなければならず、そしてまだこの曲に栄光が輝いていることを、2017年の紅白は表しているのでしょう。

2018年は平成の最後の紅白になります。また、大いなるマンネリと、隠れ見える変化を楽しませてくれることでしょう。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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